黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

9.魔王城の主

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クレイは影を渡り、眷属オススメの観光スポット『魔王城』へとやってきていた。

「凄い!真っ黒な城でカッコいいな!」

森の奥深くに建てられた見ただけでも心が弾む荘厳な黒い城だ。
黒魔道士として心惹かれる佇まいと言っても過言ではないだろう。
ここに魔物好きな者が住んでいるとなると、益々楽しみになってくる。

浮き立つ気持ちのまま嬉々として門を通って中に入ると、早速可愛い魔物のお出迎えだ。
そんな素敵な歓待にまた心が躍る。

「はぁ…たまらないな」

来てみてよかったと感嘆の溜息をついて、早速魔物と戯れようと近づくと何故か警戒するように吠えられてしまった。
どうやら言葉が話せない魔物のようだが、これは困った。

「……嫌われたかな?」
【この国は魔物と人が頻繁に争っているようですし、単に警戒しているだけでは?】
「ああ、なるほどな。じゃあこっちが敵じゃないとアピールしたら警戒しなくなってくれるかな?」

それなら眷属達を全部解放して、戯れてやったら敵じゃないとわかってもらえるかもしれない。
そう思って瞳の封印を解いて眠らせていた眷属達も全て起こしてみた。

【クレイ様!】
【お久しぶりの召喚。嬉しく思います!】
「ハハッ!お前達は本当にいつも可愛いな。久しぶりだしいっぱい可愛がらせてくれ」

スリスリしてくる眷属達が可愛くて笑顔で戯れていると、魔物が戸惑うようにこちらを見てきたのでおいでと誘ってやった。
すると恐る恐るという感じで近づいてきたので、怖くないぞと顎を擽ってやる。

「お前達の主人と友達になりたいんだが、中に入ってもいいだろうか?」

そうして笑顔で尋ねると魔物は擽ったそうにしながらも、どうしたものかと思案しているようだった。
そうこうしていると背後から突然眷属を攻撃してくる気配を感じたので、すぐさま魔法で弾き飛ばしてやった。
折角楽しく戯れているのに、無粋な真似をするのは一体誰だろう?

そしてそちらへと視線を向けると、そこには六人の男女が厳しい眼差しでこちらを見遣っていた。

「その人を離しなさい!」

その人?
ここには自分と眷属、あとは魔物しかいないのだが……。

「そこの貴方!早く離れなさい!食べられるわよ?!」

食べられるとは穏やかではないが、自分以外人はいないし、食べるような者もここにはいないというのに何を騒いでいるのだろう?
そうしてキョトンとしていると、城の奥からたくさんの魔物達が姿を現した。
どうやら新たな客を出迎える為にやってきてくれたらしい。
本当にこの城にいる者は皆親切だ。
こんなに大歓迎してくれるなんて…。

「はぁ…早く魔王と思う存分魔物達の優しいところや可愛さを語り合いたい」

そうして期待に胸を膨らませていると、最初に歓待してくれた魔物がクイクイと裾を引っ張ってきた。
どうやら中に入れと誘ってくれているらしい。
けれどそんな微笑ましい行動をする魔物に、あろうことかその六人の男女が攻撃態勢を取り始めた。

「やむを得ん!殲滅する!」

そうして剣やら弓やら槍やらを構える物騒な者達。

(殲滅?誰を?)

歓迎している相手に武器を構えるなんてとんでもないと思うのは間違った認識だろうか?

「コート。何か誤解がないか?」
【ありそうですね。とは言えクレイ様が結界を張ってくださればそれで済むのでは?】
「ああ、それはそうだな」

折角歓待に出てくれた魔物達が誤解で怪我をしたり殺されたりしたら可哀想だ。
何を熱くなっているのかは知らないが、ここは平和的に帰ってもらってちょっと頭を冷やしてもらうことにしようか。
そうして城全体を包むように結界を発動させ、異分子を弾き飛ばして門を閉ざした。

「取り敢えず敵対心を持つ者は入れないようにしたから、防犯はバッチリだ。敵意がない相手なら普通に入れるから、問題はないだろう」

瞳の封印を解いているからこれくらいの規模の結界だろうと朝飯前だ。
これで誰にも邪魔されずにゆっくり魔王と話せるし、魔王城の観光もできるはず。
そうして魔物に誘導されるように中へと向かうと、新たに城から出てきていた魔物達が戸惑うようにこちらを見てきたので先程と同じように『魔王の友達になりにきた』と笑顔で挨拶をしておいた。
すると納得してくれたのか、皆で頷き合いゾロゾロと揃って魔王の元へと案内してくれた。
本当に気の優しい魔物達だ。



廊下を進みながら時折話せる魔物達に教えてもらいながら絵や置物を鑑賞していると、奥の方からカツカツとした足音が聞こえてきた。
今度は誰だろうと思っていると、そこには若い男が立っていた。

「お客人。我が主人が是非ご挨拶をと申しているのですが、ご同行願えますか?」
「魔王か?こちらも是非会いたいと思っていたんだ。是非頼む」
「…はい。ではお名前をお伺いしても?」
「ああ、名乗るのが遅れてすまない。俺はクレイ。アストラスの黒魔道士だ」
「クレイ様ですね。わたくし、レノヴァと申します。以後お見知り置きを」
「レノヴァか。こちらこそ宜しく頼む」
「クレイ様はこちらへはどのようなご用件で?」
「ああ。俺の眷属達がここの魔王は魔物好きで絶対話が弾んで仲良くなれるというから、観光がてら足を伸ばしてみたんだ」
「そうでございましたか。眷属と言いますと、そちらの方々全てでございますか?」
「ああ。可愛いだろう?みんな家族同然の者達ばかりだ」
「左様でしたか。道理で皆穏やかな表情だと思いました」
「みんな賢くて優秀で優しい者達ばかりなんだ」
「ふ…クレイ様は本当にこの者達がお好きなのですね。ところで、先程城の周りに何やら結界らしきものが張られたように感じたのですが…」
「ああ、あれか。なんだか攻撃的な奴らが攻撃態勢を取ってきたから、排除しようと思って…。勝手に張ってすまなかった」
「いえいえ。一過性のものでございましょう?別に構いませんよ」
「えっ…一過性のもののほうがよかったか?気が利かなくてすまない。敵意あるものだけ排除する結界を張ったから、解除するまでこのままなんだ。帰る時にでもすぐに解除するから…」
「えっ?!いえいえ構いませんよ!寧ろ助かりますのでお気遣いはいりません。ありがとうございます」
「そうか?そう言ってもらえると嬉しい」

この人物も魔王城にいるだけあって優しい人物だと思いながらホッと安堵の息を吐く。
ロックウェルから散々『郷に入らば郷に従え』と言われてきただけに、また失敗したのではと焦ってしまった。
大丈夫だと言われて素直に胸をなで下ろす事ができた。




「こちらが主人の部屋となっております」

レノヴァが来たからか他の案内役の魔物達は下がり、そうして連れられて辿り着いたのは一際重厚な扉の前だ。
それをコンコンとノックしてレノヴァがその扉を大きく開く。

「ジーク様。アストラスからの御客人、クレイ様をお連れいたしました」

その言葉と共に頭を下げ丁寧に礼をとった。

「アストラスから参りました、黒魔道士 クレイと申します」

そしてゆっくりと顔を上げると、そこには赤褐色の髪とルビーのように赤い瞳を持つ精悍な顔つきの偉丈夫が立っていた。
けれど何故か彼はこちらを見やりながら固まっている。
何かおかしかっただろうか?

「魔王様?ジーク殿、とお呼びしても?」

無礼だと言われてしまうだろうか?
仲良くなりたくて来ただけに、ここで嫌われては元も子もないと丁寧に挨拶をしたつもりだったのだが……。
そうして反応を見ていると、急に真っ赤になりながら目を逸らされてしまった。何故だ…。

「す、すまない。そんなに綺麗な紫の瞳を初めて見たから思わず見惚れてしまった。俺のことは気さくにジークと呼んでほしい」
「そうか。それは助かる。こちらも堅苦しいのは好きではない。クレイと気軽に呼んでくれ」

すっかり元に戻すのを忘れていたが、どうやらこの紫の瞳が原因だったようだと納得がいったのでお言葉に甘えて砕けた口調へと変えることにした。
けれど次いで紡がれた言葉に今度はこちらが固まってしまう。

「クレイ…か。確か意味は資質や天性という意味だったな。天から授かったものを確かに持ってるようだし、すごくお前に合ったぴったりな名前だ」

そんな風に言われたことはこれまで一度としてなかった。
クレイはアストラスでは普通に泥土の意味合いしかない。
それなのに初対面のこの男はあっさりと何でもないことのようにそれを覆してしまった。
国が変われば意味も変わる。
そんなことに気づかせてもらって、少し感動してしまったのかもしれない。
だからだろうか?気づけば頬に一筋の涙が伝っていた。

「お、おいっ?!」

一体どうしたんだとジークが慌てたように声を上げるが、これは別にジークが悪いわけではない。
弱っている時に思ってもみなかった言葉を掛けられて涙腺が緩んでしまっただけの話だ。

「頼む、泣かないでくれ」

遠慮がちに頭を撫でるジークに思わずクスリと笑みがこぼれ落ちる。
やはり眷属が勧めてくれた通り優しい男らしい。

「すまない。少し感傷に浸ってしまっただけだ」

そうして涙を拭って、今日訪れた理由を口にする。

「少し…伴侶と喧嘩してな。気分転換にこの国をブラついていたんだが、眷属達がここに気が合いそうな相手が住んでいると教えてくれたから観光も兼ねて足を伸ばしてみたんだ」
「そうだったのか。もしかして酷いことでも言われたのか?お前さえ良ければここに暫く滞在してくれても構わないぞ?客人は珍しいし、ゆっくりしていってもらえたら嬉しい」
「そうか。そう言ってもらえると有難い。そうだ。さっきレノヴァには言ったんだが、城の周囲に勝手に結界を張ってしまったんだ。悪意のない者しか入れない仕様になっているが、もし不都合があれば即解除するから、遠慮なく言ってくれ」

これはちゃんと言っておかないとと改めて話すと、ジークもまた笑顔で別に構わないと言ってくれた。

「この国は冒険者だとか勇者だとか名乗る連中がいてな、頻繁にこの城に入り込んでくるんだ。魔物達も殺されたり傷つけられたりするし、怒りに見舞われることも多々あるからな。入ってこない方が有難い」
「え?じゃあさっき下で会った連中も?」

もしかしてそういった輩だったのだろうかと尋ねると、そうだと言われてしまった。

「正直クレイのように好意的にここにやって来る者は初めてだ」
「そうか。それは意外だったな。黒い城なんて、見るからに黒魔道士が喜びそうなのに…」
「クレイは魔物は怖くないのか?」
「別に怖くないぞ?むしろ可愛いし優しいし大好きだ。正直人と話すより魔物達と戯れる方が何倍も癒されるし、一緒にいてすごく楽しい」

そうして笑顔でバルナに抱きつくと『クレイ様』と窘められたが、その顔には困ったような優しい笑みが浮かんでいた。
そんなやり取りにジークは気を悪くするでもなくどこか嬉しげに微笑みを浮かべてくれる。

「クレイ。お前を心から歓迎する。折角だし場所を移してゆっくり語り合おうか」

そうして二人で軽食をつまみながら、仲良くお茶を楽しんだ。


***


フローリアはその日、レイン家当主ドルトが近日中に挨拶に来ることをロックウェルから伝えられた。
ここは自分から挨拶に伺うべきだろうと言ったのだが、事情があり本邸には積極的に行けないのだと言われてしまう。

(これは…男同士で結婚した弊害といったところなのかしら?)

恐らく、ドルトは認めているが奥方は認めていないとかそう言った事情だろうと察せられた。
それならそれで素直に聞き入れておいた方がスムーズだろうと、そのまま笑顔で了承の意を示しておく。

「わかりましたわ。そう言えば今日はクレイの姿がないのですね。仕事でしょうか?」

あれだけロックウェルに調教されたのだ。
逃げるという選択肢はないだろうと思っての事だったが、意外なことにそのまさかだったらしくロックウェルは少々落ち込んでいるようだった。

「飴と鞭の配分を間違えました」
「あら、ロックウェル様でもそういうことがあるのですね。でも仕方がありませんわ。相手はあのクレイですもの。一筋縄ではいかないでしょう。折角ですからトルテッティの秘技をお教えいたしますわ。きっとシュバルツも活用しているはずですし、安全性は保証いたします。黒魔道士を手懐けるにはもってこいの手法だと思いますので」

そうしてクスリと笑いながらいくつかの手法を教えておいた。
これはロックウェルも意外だったのか、興味津々で話を聞いてくれる。

「これこのように、回復魔法は奥が深いのですわ」
「なるほど。非常に勉強になりました」
「私達を快く受け入れてくださったほんのお礼です。是非ご活用ください」
「ありがとうございます」

そうして微笑んだロックウェルに満足してそっと席を立つと、そうだったとロックウェルが口を開いた。

「クレイが手配してくれた、ルッツと姫の衣類が商人から届けられています。後程ご確認頂けたら嬉しいです」
「え?」

その言葉に思わず驚きを隠せない自分がいた。
こういったことはロックウェルがしてくれるものだとばかり思っていたからだ。

「私が用意できればよかったのですが、王宮の方がバタバタしているのを察してクレイが先に手を回してくれたようなのです」

意外なことにクレイは思った以上に気の利く男だったらしい。
とは言えあんな女心のわからなさそうな男にドレスが選べるとは思えないし、期待はしないでおこうとロックウェルに言われた部屋へと足を踏み込んだのだが、そこにあったのはどれもこれもセンスの良い自分に似合うドレスの数々だった。
正直本当にクレイが選んだのかと疑いたくなるレベルだ。

「凄いですわ。もしかして服のセンスだけは一流なのかしら」

夜会用には使えないが普段使いには最適なドレスが色とりどりに揃えられており、つい目移りしてしまう。
トルテッティでも様々なドレスに袖を通したが、着たことがないデザインに興味を惹かれ早速試着して見ることにした。

「まぁ……」

少し大人っぽいデザインだが、不思議としっくりくる落ち着いた色合いのドレス。
海のように深い青緑のベルベット生地に、煌めく星のように散りばめられたダイヤが美しく品質にもこだわりを感じさせるもので、それは王女が着ていても全くおかしくはない代物だった。
そういったものが全部で30数点まるで日替わりで着ろと言わんばかりに置かれてある。
しかもそれに合わせた装飾品や靴などもきちんと用意されているようだった。
正直総額いくら使ったのだと問いたくなるレベルだ。
王宮でならまだ理解できるが、一個人一貴族に用意できる額の上限を軽く超えている気がする。

(これは…流石に驚きですわ)

どうやらクレイは思っている以上に規格外のようだ。

「こちらの紅色も…光沢があって素敵ですわ」

肩口に薔薇をイメージした装飾があしらわれ、僅かにグラデーションを効かせながら斜めに美しくデザインされていて裾はマーメイドラインで上品にまとまっている。
どうやら気分次第で色々楽しめるように、ドレスの形も様々なようだ。
これには流石にクレイを見る目が変えざるを得ない。

(鈍いようで押さえるべき点は押さえているということかしら…)

そう言えば一流の黒魔道士は女を落とすのが上手いと聞いたことがあった。
クレイやロイドの性格の悪さを見てそれはないだろうと思い込んでいたが、あながち嘘ではないのだろうなと思い直してしまった。
こんな風に自分に似合うものをさらりと用意されたら、喜ぶ者も多いことだろう。

「フローリア様。良くお似合いですわ」

侍女がそれはもう嬉しそうに自分を着飾り、満足げな笑みを浮かべてくる。
化粧も整えれば、そこには国にいた時とほとんど変わらないかそれ以上に美しくなった自分が鏡に映っていて驚きを隠せなかった。
自国では淡い色合いのドレスばかり着ていたが、こうやって見ると濃い色合いも自分にはよく似合う。
それにいつもの少々気の強そうな印象は全くなく、思わず守ってあげたくなるような嫋やかな姫にさえ見えてしまうからなお驚きだ。

(おかしいわね。何が違うのかしら?)

そうして首を傾げていると、侍女が嬉々として今日のメイクのポイントを話し始めた。

「本日はこのシックな瑠璃色のドレスに合うようナチュラルなメイクに致しまして、姫様が本来持っておられるその透明感溢れる慈悲深さを強調して仕上げてみました。姫様の聖女もかくやというお美しさに、誰もが見惚れること間違いなしでございます!」

そう力説するだけのことはあり、確かに素晴らしい仕上がりだった。

(欲しいわね)

正直こんな男所帯に置いておくのが勿体無いほどの腕前だ。
もしこの先ここから出ていくことがあれば、彼女を連れていきたいものだとふと思った。
トルテッティでの自分の侍女よりも自分の事を良くわかってくれそうなところが好ましい。

「貴女のお名前は?」
「私ですか?私はキティと申します」
「そう。キティ、これから宜しくね」

こうしてフローリアは侍女兼レイン家での良い話し相手を確保することができ、ここ一番の笑みを浮かべたのだった。


***


「ヒュース…。クレイの様子は?」

その頃ロックウェルは、大きな溜息を吐きながらソファの背に身を預けていた。

クレイがいない────それがひどく悲しかった。

いつも仕事から帰ると笑顔でここにいたクレイがいない。
疲れて帰ってくると「お疲れ」と言ってコーヒーを差し出され、そっと寄り添い癒すように魔力を交流させ口づけてもらえる────そんな幸せな時間をこれまで当たり前のように感じてしまっていた。
甘くじゃれ合い、それを見て眷属達が微笑ましげにやれやれとため息をつく。それが結婚してからの日常だった。
それがなくなって初めて…自分のしたことに後悔がこみ上げる。

【少し他の眷属達からも様子を聞いてまいりましたが、気分転換はなかなか上手くいっているご様子。今は新たにご友人となったジーク様と楽しく夕餉を摂っているようでした】

そんな言葉にピクリと反応する。
クレイが友人を作るのは珍しい。
ただの知り合いではないのだろうか?

【元々カルトリアにクレイ様をお連れしたのは、あの国の食がクレイ様に合うと考えたからと、魔物に優しい人物がいるというのを知っていたからなのですよ】

その言葉にどういう事だと疑問が湧いた。
正直食は兎も角として、あの国は魔道士もろくな者がいないし、魔物は全て敵というお国柄だ。
とてもクレイに合っているとは言い難い。
けれどそれに対してヒュースはそんなことはないと言い切った。

【あの国で魔王と称される者がおりますでしょう?彼は魔物が好きなのです。だからクレイ様ともとても話が合い、クレイ様も殊の外楽しくお話しなされているご様子。今日から暫く城に泊まるようですし、これで我々も一安心でございます】
「魔王…」

確かにそう呼ばれる者がいるらしいということは知っていた。
けれど一般的に魔王は人々の敵という認識がされている。
まさかその魔王がクレイの友人になるなど想定外もいいところだ。
視点が変われば確かにクレイとは話が合いそうだと納得はいくが、城に泊まると聞いて不安になった。

「…ちなみにどういう男だ?」
【魔王ジーク殿ですか?がっしりした体躯のなかなかの男前ですよ。包容力があって、優しい御仁です。クレイ様もすっかり気を許されたご様子で、会話も弾んで和やかにお過ごしになられているご様子】
「…………」

それは非常にまずいのではないだろうか?
このタイミングでそんな相手ができたなら、クレイの気持ちがそちらへと傾いても全くおかしくはない。
クレイの特別親しい相手といえば、ファルとロイドと自分くらいのものだ。
シリィやリーネ、シュバルツなんかとも近しいが、そこには少し距離がある。
クレイとの距離を近づけるのに、ファルで数年、ロイドで数ヶ月、そして自分で出会いからひと月程だったと思う。
クレイと親しくなるにはそれなりに時間を有するのだ。
それがたった1日でと言うのは────破格だった。

「最悪だ」

いくら眷属一押しの相手だからと言ってもこれはショックでしかない。
眷属達がやけに好意的なのも気になって仕方がない。

【ロックウェル様?大丈夫ですよ。恋愛関係になるなど杞憂です。クレイ様にはロックウェル様だけでございます】

そうやってヒュースは声を掛けてはくれるが、それでさえなんの保証もないではないか。

今日カルトリアまでクレイの意向を聞きに行ってもらったものの、その報告を聞いて激しく動揺してしまった。
仕事を断られること自体はまだ想定の範囲内だったが、それ以上にショックだったのがクレイの気持ちの部分だった。
やはりクレイは自分の気持ちを疑っていたらしい。
それほど今回の件ではやりすぎてしまったということなのだろう。
『好きなのに伝わらないのが辛い』とも言ってくれていたそうだが、かなり思い詰めていたようだし、ゆっくり色々考えたいということは別れることも視野に入れているということに他ならなかった。
そんな中での新たな出会いに焦るなという方が土台無理な話だ。

【おや…。…まあ大丈夫でしょう】
「何かあったのか?!」

そんな心境の中、急に低い声を出したヒュースに不穏なものを感じて食い気味に尋ねると大丈夫だと返ってきたが、全く大丈夫な気がしない。
この一瞬で何かあったのは間違いないだろう。

「ヒュース!」
【大丈夫でございます。クレイ様はご結婚されているときちんとお伝えしておりますし問題ございません】

それは口説かれたと言うのと同じではないか?

「…それを……信じろと?」

苦々しい気持ちで言葉を紡ぐ。
クレイは人付き合いが苦手だから自分ではモテないと思っていて、その分隙も多い。
そこに相手がつけこまない保証などどこにもないではないか。
悩んでいる今ならそれこそいくらでもつけこむことができるだろう。
そうして疑心暗鬼になってギリッと歯噛みする自分にヒュースがやれやれとばかりに溜息を吐く。

【はぁ…では先程フローリア姫からお聞きになった夢現で夜這いでも掛けられますか?止めはしませんが、一応シュバルツ殿に安全性のご確認をして下さいね】

こちらの嫉妬心を誰よりもわかってくれているだけにヒュースの提案は的確だった。
確かに嫉妬に駆られて無理矢理連れ去ってくるよりはその方がずっと建設的だ。
城にいる間クレイに部屋に結界を張って寝るよう促すから、それでいいかと問われ、それでいいと答えすぐさま動くことにする。
こんな風にクレイを奪われて良しとするはずがない。
どんな手段を使おうとすぐにでもこの腕の中へと取り戻さなければとても安心できない自分がいた。



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