黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

149.氷解

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【ロックウェル様はさすがに最年少で魔道士長になられただけのことはありますね~】

書類をドルトに預けてくるからシュバルツの相手でもしておいてやれと言って執務室を出たロックウェルに、早速と言うようにヒュースが話しかけてくる。

「ヒュースには全てお見通しか」
【勿論でございます】

それでもそう答える口調はどこか楽しげだ。

【クレイ様は確かに仕事面では優秀ですが、ロックウェル様のようにあれこれと裏で策略を練ることは苦手な方ですから、きっと今回の件はどうしてこうなったのか全くわからないと仰るはずですよ?】

クレイからすれば、仕事が終わったら何故かあっという間に結婚が成立していた。ただそれだけのこと。

【依頼の裏で選定試験会場やカフェテリアで周囲に自分達の仲と結婚を公表。その後婚姻届にさり気なくサインをさせてそのまま提出。いや…本当に見事な手際ですね】

やはりヒュースには全てバレているらしい。
依頼の方はアイリスをどうにかできればそれで良かったが、思いがけずクレイがスパイ情報まで調べてくれたので今回の選定試験での収穫は相当の物だった。
婚姻届を出しに行くついでにその件についても報告書と共に王とドルトに話をしておこうと思いながら回廊を歩いていく。

「どうもクレイはドルト殿を父としか認識していないようだな。ありとあらゆる手続き一切が最終的にドルト殿に回ると言うのを知らないだけか?」
【そうですね。王宮内の事は全く興味がないようですから…。まあ届けを出しても結婚式まで黙っていればクレイ様はきっと全く気づかないでしょうし、式の日取りだけはご希望を聞いて差し上げてください】
「そうだな。口止めだけは徹底しておかないと、どうせクレイのことだからまたソレーユに逃げ出しそうだ」

絶対にそれだけはさせるつもりはない。
どうせもう少ししたらあのロイドがここへとやってくるのだ。
今の内に出来ることは全てやっておかなければ…。

【本当にロックウェル様くらいできる方でないとクレイ様を繋ぎとめておくのは不可能でございます。なにせこの私ですらよく振り回されてしまいますので】
「なるほど。それは相当だな」

そうして仲良く話をしていたところでちょうど前から王とドルトが並んでやってくるのが見えた。




「おお、ロックウェル!先程クレイの魔法が素晴らしい働きを見せたと聞いたが本当か?」
「はい。やはりクレイの魔法は一級品。誰一人怪我人が出ることなく収まりましてございます」
「そうかそうか。いや。あの魔法には本当に感謝せねばな。実は先程ルドルフの方でも一悶着あって…」

そうして魔法でサシェを攻撃しようとした女魔道士がいたという話を教えてくれた。
どうやら二人が内密で付き合っているという話を耳にして襲い掛かったらしい。
そこをルドルフが庇うようにサシェの身を抱き込んだところで、クレイの魔法が発動し魔法を弾き飛ばしてくれたのだとか。

「実はな、それだけでなくあの魔法は刃物にも有効でな」

女魔道士は魔法が効かないとなったところで、ロッドの先に魔法を掛けて槍状にしサシェに突撃したらしい。
どこまでも恐ろしい行動だ。
余程二人が似合いだったのだろう。

「刃の部分が刺さるまさにその瞬間、悲鳴が上がったところでその刃の部分が消滅したんだ」
「なるほど。まあクレイは物理攻撃も効かないようにしたと言っていましたし、そういった類の魔法だったのでしょう」

正直白魔道士顔負けの防御魔法だ。
ほんの少し…いや、かなりプライドは刺激されてしまう。
やはり魔法では絶対にクレイに勝てる気がしない。

「その女魔道士はもう捕まえて牢の方に連行させておいたが、後でクレイにも礼を言っておいてくれ」
「かしこまりました」

そうして頭を下げたところで、こちらも報告がと声を上げる。

「先程無事選定試験を終えまして、白魔道士8名、黒魔道士9名を採用する運びとなりました。他にスパイが紛れ込んでいたとクレイが調べを進めてくれまして黒幕に不穏な輩がいるとのことでしたので早急な対処をお願い致したく」
「そうか。それはすぐにでもショーンを呼び出し指示を出さねばな」
「はい。それとこちらはドルト殿に……」

そしてそっと婚姻届を手渡すと、彼の表情がフッと綻んだ。

「ロックウェル様は本当に仕事が早いですね。一体どう言いくるめられたのです?」

一筋縄ではいかなかったでしょうと微笑まれ、ただ迂闊な可愛さを利用させてもらいましたとだけ答えるにとどめた。

「そういうことでしたらお祝いはまた後日ですね」
「はい。宜しくお願い致します」

これで話は終わりだ。
ドルトは全て分かった上で対処してくれることだろう。
そのまま礼を執りながら二人を見送り、そっと先程の王の話を振り返る。


どこまでも自分には及ばないクレイの魔法の力────。
それは昔も今も何も変わらないし、これからも近づくことも追い越すこともできはしないのだろう。
多少モヤッとはするけれど、昔ほどにはこだわっていない自分がいた。

【ロックウェル様にはロックウェル様の良さがあり、クレイ様にはクレイ様の良さがあるのです。気にすることなく補い合って生きていかれるのが一番でございますよ】
「ヒュース……」
【大体ロックウェル様はすでにその地位に相応しいほどの相当のお力をお持ちでございます。ご自分を卑下なさる必要などないのです。それに────クレイ様は正直宝の持ち腐れでしてね、ほぼ仕事かロックウェル様の為にしかその強大な魔法力をお使いではないんですから。『そこを利用して自分の好きなように魔法を使わせてやれ』くらい割り切って頂いても良いくらいです】
「…………」
【クレイ様はロックウェル様が本当にお好きなので、それくらい全く気にすることなくいくらでも力になってくださいますし、我々もロックウェル様が好きなのでご協力するのは厭いません。これ即ち、ロックウェル様はこの国一番の果報者であると同義でございます】

クレイを手に入れた時点で望んでできないことなどもうほぼないと言うことなのだからとヒュースは柔らかく笑った。

【ご結婚なさるのですから、もう何もかもお一人で抱えることなくこれからはクレイ様も頼ってやってください】

正直その言葉はこれまで誰にも言ってもらえなかった言葉だった。

自分はグロリアス家を出てからずっと一人で頑張ってきた。
自分の周囲に人は沢山いたし、人を使うのも得意だった。
けれど実力で実家を見返したいという思いが強かったせいか、それはただの手段でしかなく、根本では自分の力で何とかしたいと言う思いが強かったように思う。
勉強も、仕事も、自己研磨も、全て怠ったりはしなかった。
何事にも一生懸命自分なりのベストを尽くした。
だから…概ね何一つ悔いのない人生を歩いてきたと言っても差し支えないだろう。
努力をしただけの結果を手にして今の地位にいるのだから────。

それなのにどうしてヒュースの言葉はこれほど胸へと響くのだろうか?

【ロックウェル様はどうしても昔から頑張りすぎる面がおありでしょう?ご自分でお気づきではなかったのかもしれませんが…クレイ様の元へ足を運ばれたのは肩の力を抜きたかったからでは?】

まだ友人だった頃、本当にクレイの力に嫉妬し疎ましく思っているだけだったのなら距離を置けばそれで良かった。
それでも依頼を持って時折やってきていたのはクレイが優秀な黒魔道士だからというだけの事ではなく、直接クレイに会って話して肩の力を抜きたかったのだろうとヒュースは口にする。
確かに言われてみればただ仕事を依頼するだけならファルを介して頼めばいいだけの話だ。
王宮とは何のしがらみもないクレイの存在は…その自由さは…自分とは全く違っていたから少し羨ましくもあったのかもしれない。
自分は気づかぬままにその自由さに触れて、窮屈な日常からひと時癒されたかったのだろうか?

【人とは本当に複雑なものでございます。憧れ、羨望、嫉妬、憎悪、自己嫌悪…色々な想いが複雑に絡み合って、支え合い補い合って生きていく。我々はそんな存在を、誰よりも愛おしく思っております】

これまで努力を重ねた自分を卑下する必要などない。
ただそんな様々な感情を抱えている自分を認めてやればいい。
それは長く生きた魔物としての重みのある言葉だった。

だからだろうか?
気が付けば一筋の涙が頬を伝っていた。
何が一番心の琴線に触れたのかはわからなかったが、その言葉はどこまでも自分の心に沁み渡っていった。

「ヒュース……」
【ロックウェル様はクレイ様に劣等感など抱かず、掌でコロコロ転がしながら穏やかにお過ごしになって、困った事があれば気楽に頼ってくださればそれで良いのですよ。貴方はそれだけのものを既に掌中に収められているのですから】
「…そうだな」

他の誰でもない。ヒュースの言葉だからこそ、これ程素直に聞けるのかもしれないなとふと思った。

「クレイは本当に羨ましいくらいいい眷属に恵まれているな」
【お褒めいただけるのは嬉しいですが、いわば私は親のようなもの。ロックウェル様の眷属も素晴らしい者ばかりですし、どうぞ大切に親交をお深めになってください】

これからはもっと頼りにしてやってほしいとヒュースらしいフォローを入れてそのまま下がってしまったので、そっと自分の眷属へと声を掛ける。

「キサラ、ヴァリアーク、用向き以外の時も話をしてくれたら嬉しい」
【光栄でございます】
【私共もそうしていただけたら嬉しゅうございます】

どことなく嬉しそうに声を弾ませた二体に満足げに笑うと、ロックウェルはフッと息を吐いて、軽くなった肩を感じながら軽やかな足取りで執務室へと帰っていった。


***


「シュバルツ…。それでシリィとはどこまでいってるんだ?」

クレイはロックウェルを見送った後少しだけ特訓をして、休憩がてらずっと気になっていたことをシュバルツへと尋ねた。

「何を邪推しているのかは知らないが、シリィとはただの友人のような間柄だぞ?」

サラリと答えたシュバルツに疑いの眼差しを向けるが、そこにちょうどシリィがやってきてその通りだと言ってくる。

「同じ白魔道士同士仲が良いだけよ?クレイとロイド…は例えが悪いわね、クレイと…う~ん…ルドルフ様みたいな感じよ。うん」
「…まあそう言うのなら別に構わないが…好きならライアード王子にちゃんと話すべきだと思ってな」
「クレイ…シリィはお前に失恋したばかりだぞ?その言葉は酷くないか?」
「うっ…そこは悪いとは思ってるが…」

そこを突かれると正直何も言えない。

「全く…お前はロックウェルと大人しく結婚してさっさと落ち着いてくれ。振り回される周りが迷惑で仕方がない」
「振り回してるつもりはないぞ?」
「振り回しているだろう?自覚がないからタチが悪いんだ」
「お前は本当に俺に対して遠慮がないな」
「嫌いだからな」

サクッと言われて思わず笑ってしまう。

「お前のそう言うところは潔くて好きだな。ロイドにも見せてやりたい」
「…お前は本当に最悪だな。どうしてわざわざ嫌われそうな部分を好きな相手に見せなくてはいけないんだ?」

シュバルツがジトッと睨んでくるが、何故怒られるのかさっぱりわからない。

「ロイドはロックウェルみたいにちょっと腹黒いところがあるから、裏表がないシュバルツみたいなのは好きだと思うぞ?」

だから隠さない方が絶対にいいと言ってやるとシュバルツは途端に真っ赤になった。

「ほ…本当か?」
「ああ。俺が言うんだから間違いない」
「…そこは若干疑わしいが、…まあ少しくらいは期待してもいいの…か?」
「シュバルツ様?クレイが言う通りですよ?シュバルツ様の良いところは素直で裏表のないところです。もっと自信を持ってください!」
「ありがとう、シリィ。どこかの黒魔道士の言葉よりシリィの言葉の方がずっと信じられるな」
「………」

酷いと思いながら二人と話しているとちょうどロックウェルが帰ってきた。
どこかスッキリしたような顔をしているが……。
なんだか気になってそっと席を立ってそのまま側まで歩を進める。
そして間近でジッと見つめるとどこか目が赤いような気がした。

「ロックウェル…泣いたのか?」

そっと目尻を指で辿ってそう声を掛けると意外そうな顔をされたが、ロックウェルが泣くなんてあまりないことだけに心配になってしまった。

「ヒュース…何かあったのか?」

だからそう尋ねたのに、ヒュースはのんびりと「さあどうでしょうね」としか返してこなかった。

「……ヒュース。もしかしてお前が泣かせたのか?」

あり得ないとは思ったが、ことロックウェルの事に関してはヒュースと言えど泣かせたら承知しないぞと敢えて声を上げてみる。

【おやおや。クレイ様が婚姻を渋るから傷ついてとか、そう言ったお考えにはならないんですかね~】
「……っ?!」

けれど返ってきた言葉はどこまでも予想外で、ヒュースからのそんな言葉に思わずロックウェルを窺ってしまう。

「ロ…ロックウェル…そうなのか?俺は別にお前のそばに居たくないとかそう言うわけではなくて…」

思わずどう弁明すればいいのかわからず焦ったように言葉を探したが、どうしても上手い言葉が出てこなかった。
もし自分の事でロックウェルが泣いて、それをヒュースが慰めたのだとしたら申し訳なさすぎる。

【嘆かわしいですね。クレイ様も男ならこう…安心させる一言なり、ロックウェル様に言って差し上げればよろしいのに…】

確かに言われてみればここ最近不安にさせるような事を言ったり言い訳ばかり口にしていた気がする。
やはりヒュースがこう言うからには原因は自分なのだろうか?

(しまったな…)

正直これまでを振り返ると自分はロックウェルに甘えすぎていたように思う。
自分の事でいっぱいいっぱいでロックウェルを気遣うこともあまりなかったし、付き合ってからもやきもきさせるようなことばかりしていた。
それは決してわざとではなかったが、黒魔道士ではないロックウェルからしたら不安になるようなことばかりだったかもしれない。
そんなロックウェルを『嫉妬深いな』としか思わず放置していた自分は、もしかしてかなり問題があったのではないだろうか?
もしかしてそれもあって以前の白魔道士と黒魔道士の衣装交換を言い出したのかもしれないとふと思った。

「…………」

そう言うことなら、自分はもっと積極的に好き以外の言葉でロックウェルを安心させてやるべきなのだろう。
ここは腹を決めてきちんと丁寧に言葉を選んで口にすべきだと心に決めて、そっとロックウェルの前で居住まいを正す。

「ロックウェル…不安にさせて悪かった。俺はあの封印が解かれた日からお前が注いでくれた愛情をこれから一生かけて返させて欲しいと思っている。だから…、その…これからは一人で何でも抱え込まずに俺を頼ってくれたら嬉しい。もう不安にさせたりしないから、俺の全てでこれからずっとお前を支えさせてくれないか?」

一応自分なりに誠意を込めて言ってみたつもりだ。
これで伝わるといいなと、そう口にしたところで勢いよく引き寄せられてそのまま強く抱き締められてしまった。

「ロックウェル…?」
「まさかお前がここで公開プロポーズをしてくれるなんて思ってなかった…」
「は?プロポーズならこの間しただろう?」

今のははっきり言って決意宣言的なもので、プロポーズとは全く違うと思うのだが……。

「今のも立派なプロポーズだ」

どうにも言われている意味がわからないが、これで少しは安心させてやることができたと考えていいのだろうか?

「クレイ……」

何故か熱い眼差しを向けられるが、今はまだ勤務時間内だ。
このまま襲われる気はない。

「ほら、ロックウェル。まだ仕事があるだろう?さっさと離せ」

だからそう言ったのにロックウェルはどこか残念そうにポツリと呟いた。

「折角感動していたのに、どうしてお前はそんなにあっさりしているんだ」
「仕事優先なだけで他意はない」

そう言いながらもどことなく幸せそうなロックウェルを見るのは嬉しいものだ。

「俺は仕事に励むカッコいいお前も好きだからな」
「…………」
「そうだ。プロポーズで思い出した。レイン家に入るということもあるし、俺的にはお前の仕事が落ち着いた頃なら別にいつでも結婚してもいいぞ?」

どうせ今回魔道士達を新たに迎えたことから暫くは忙しくなってしまうだろう。
教育したり組織を立て直したりと恐らく数か月掛かりでバタバタと大変になってしまうはずだ。
もしかしたらその間に同性婚第一号も出てくれるかもしれない。
それなら安心して目立つことなく結婚できるし、そっと籍だけ入れて二人で楽しく日々を過ごしていきたいなと思った。

(まあ正直今と何が変わるのかよくはわからないが…)

それでもロックウェルがそれで安心してくれるならそうしてやりたいと思ったのだ。
もう自分の事で泣かせたくはない。
だからそう言ってやったのに、それを聞いたロックウェルが何故か目を光らせた気がした。

「なるほど?仕事優先なお前らしい意見だな、クレイ」
「?」

何故それほどまでに罠にかかった獲物を見るような目で自分を見つめてくるのだろうか?

「そう言うことなら時期的にはちょうどいい。早速頑張るとしようか」
「ロックウェル…?」
「クレイ。暫く忙しくなるが、すぐに諸々片付けるから新婚旅行先でも決めて大人しく待って居てくれ」
「は?」
「ああ。新居の方の家具一式もお前や眷属達に一任するからお願いできるか?」
「別にそれは構わないが…」
「そうか。ではドルト殿に話は通しておくから」
「え?ああ……」

なんだろう?なんだかロックウェルにスイッチが入ってしまったような気がする。

(…まあいいか)

落ち込まれるより仕事に打ち込んでもらえる方がずっといいに違いない。

「じゃあ俺はもう暫くシュバルツの面倒を見た後アイリスの様子を見てくるから…」

そう言って踵を返したのだが、そこで何故か皆の視線が生温かく向けられているのを感じて首を傾げた。
何かおかしかっただろうか?
よくはわからないが今話していたのは自分達のことだし、安心させてやれればそれで良かったはずだ。
特に気にする必要はないだろうとさらりと流す。

「じゃあシュバルツ。休憩は終わりにして続きをやるか」

だからそう声を掛けたのに、何故かシュバルツからは意味深に盛大なため息をつかれてしまった。

「お前は…本当に優秀なんだか迂闊なんだかわからない奴だな…」
「?」
「まあいい。精々頑張れよ」
「…?いや、頑張るのはお前だろう?今のままだとロイドを落とすのは難しいぞ?」
「……っ!」
「ほら、やるぞ」

そして気持ちを切り替えてまたシュバルツの教育へと精を出した。


***


目を覚ますとそこはどこかの寝台の上だった。
自分は一体どうしたのだろう?

(そうだ……)

クレイと話している所にロックウェルがやってきて、あり得ないことにクレイと結婚すると言っていたように思う。
クレイは結婚したくないと言っていたのに、あの男は外堀を埋めて逃げられないように囲い込んだのだろう。
だからクレイは最終的に結婚を決意せずにはいられないほど追い込まれてしまったのだ。

「酷いわ……」

本来自由なはずの黒魔道士を法で縛りつけるなんて本当にロックウェルは酷い男だ。
そうやってなんとかクレイを逃がしてやりたいと思っていたところで、扉をノックする音が聞こえてきた。

「…どうぞ」

そう声を掛けると扉がそっと開いて、ローラとクレイが顔を見せた。

「クレイ!」

慌てて寝台から飛び降りて、泣きそうになりながらそのまま胸へと飛び込むとクレイは優しくフワリと受け止めてくれた。

「クレイ…私……」

どう言っていいのかわからぬままに言葉を口にするが、クレイはただ優しく頭を撫でてくれる。

「アイリス。心配をかけて悪かった。俺がいつまでもけじめをつけなかったのが悪かったと反省している」
「…クレイ」

そしてそのまま三人でテーブルへと移動し、向かい合うように座った。

「俺がもっと白魔道士の事をちゃんとわかっていたら済んだ話で、ロックウェルもアイリスも何も悪くないんだ」

毎年誘われるままに抱いたのは軽率だったとクレイは言うが、それは自分が望んでしたことなのだから謝られるようなものではないと答えを返す。

「私はクレイが黒魔道士だってわかってるからそうやって傍に居られる方法をとったの。だからクレイは悪くないのよ」

そうだ。そこは何の問題もない。
けれどクレイはそこを一番申し訳ないと思っているようだった。

「…ねえクレイ?ロックウェルが言っていた封印って……?」

だから話を逸らすために敢えてその話題を振った。
きっとその封印の件がなければ今でも自分とクレイは年に一度逢瀬をする間柄だったに違いないのだから…。

「ああ、それは…」

それからクレイは一連の話をゆっくりと語ってくれた。
王宮での事件を皮切りに起こったそれは、本当にロックウェルがクレイからの信用を失うに足るもので、よくぞそこから信頼を取り戻したものだと驚くような内容だった。

「…だから俺はそんなロックウェルを本当に愛しているし、あいつの想いにちゃんと応えてやりたいと思ったんだ」
「…そう」

その話を聞いてなんだか心がすっきりとした気がする。
確かにこれでは自分に勝ち目はないだろう。
二人の想いの強さは本物だった。

「そういうことなら諦めなくちゃ…ね……」
「本当にすまない」

そうやって謝ってくれるクレイにまだまだ切ない気持ちは消すことができないけれど、それでもちゃんと前に進んでいけるような気がした。

「クレイ…ありがとう」

これで最後だと思うと名残惜しいが、その言葉と共にそっとクレイの唇へと顔を寄せる。

ちゅっ…。

軽いリップ音と共に唇を離し、クレイへと笑顔で口を開いた。

「あ~あ。今度はカッコいい白魔道士の男でも探したいな…!」

黒魔道士はコリゴリだと強がりを言って、そのまま涙を見せないように背を向ける。
そんな自分を敢えてクレイは見送ってくれた。
今はもうそれでいい。
今日はローラとファルに付き合ってもらってお酒を飲んで、そのまま酔いつぶれて寝てしまおう。

こうしてアイリスは気持ちを振り切るように王宮を後にし、ローラと共に街へと向かった。




「……なるほどな。あいつらが急にそんな関係になったから何かあるとは思ったが、そう言うことだったのか」

酒場で事の成り行きを話して聞かせるとファルはそうやって納得した後、何はともあれ気持ちを吹っ切れて良かったなと豪快に頭を撫でてくれた。

「俺はアイリスが王宮で暴走してそのまま牢屋に入るかとひやひやしてたんだ」
「…………」

ファルの言葉に確かにその可能性は高かったかもしれないと思わず反省してしまう。
クレイへの気持ちが積もり積もってもうどうしようもないほど制御不能に陥っていたように思う。
けれどカフェテリアで暴走した時、あの場の者達はクレイがちゃんと守ってくれていた。
それは即ち自分の事も同時に守ってくれていたと言うことだ。
あんな騒ぎを起こしたのだからたとえ怪我人が出なかったとしても拘束されていてもおかしくはなかったのに、目が覚めたのは牢ではなく寝台の上だったし、帰る時も特に門番からも呼び止められなかった。
つまりはお咎めなしということで釈放されたと考えていいのだろう。

「まあ兎に角これでクレイも既婚者か……」

何かお祝いでも考えないとなとファルが口にしたので、ローラがそう言うことなら伝えておくわと請け負った。

「?ローラ…もしかして」

あまり聞きたくはない気もするが、多分そうなのだろうと言う確信があった。

「ええ。王宮魔道士に選ばれたの」

正直無理だと思ったんだけどと前置きをした上で、ローラはそっと採用通知を見せてくれた。
そこにはちゃんと魔道士長であるロックウェルのサインも為されている。

「魔力と言うより、サポート力をかなり評価してもらったみたい。タイミング、判断力、実力等総合的に判断したってロックウェルからも直接言ってもらえたわ。だからアイリスには申し訳ないけど私は王宮で頑張ろうと思う」

そう言ったローラの表情はどこか毅然としていてかっこよかった。
これでは自分も負けてはいられない。

「…ローラ、おめでとう。それと…今日は色々ごめんなさい」

そうやって謝った自分にローラはクシャリと顔を歪めながら泣き笑いの表情でありがとうと答えてくれた。




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