黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

88.飲み会

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(何故こうなる…)

正直飲み会など開きたくない。
クレイがまた明後日方面に誰彼構わず魅了しにかかったらどうフォローすればいいのか…。
考えるだけで頭が痛いと思いながらロックウェルが部屋へと戻ると、そこには先に来ていたクレイがボンヤリと椅子に座って考え事をしているようだった。
けれどなんだかいつもと少し様子が違っているように見えて仕方がない。
何かあったのだろうか?

「クレイ…」

消え入りそうなその存在を確かめるようにそっと背中から抱きしめると、クレイはハッとしたようにいつもの表情へと戻った。

「ああ。お帰り」

そうしてにこりと笑ってはくれたが、やはり先程の様子がどうしても気に掛かって尋ねてみることにする。

「クレイ…言いたくないことなら言わなくてもいいが…。何があった?」

静かにそう尋ねた自分に、クレイがどこか自嘲するように笑った。
それは昔に見たあのどこか遠いような存在のように見えて、思わず不安な気持ちに駆られてしまう。

「クレイ…?」
「お前に隠し事はできないな…」

けれど何も話してくれないかと思ったが、クレイはそう言って育ての父に会ったのだとちゃんと話してくれた。
「ずっと会っていなかったが…正直会ってすぐに父とわかって嬉しかった」
「…そうか」
本当の父ではなかったが、クレイにとっては生まれた時から自分の父親で、家を出るまでずっと育ててくれた人だったのだ。
それは実の父に対する気持ちとはまた違う思いがあるのだろうと思えて、ロックウェルはなんと声をかければいいのか悩んだが、ただ一言…会えてよかったなとだけ伝えてやった。
もう会わない、もう会えないと思っていた相手に思いがけず会えたのなら、それは前向きに良かったと…そう思って良いものだと思えたからだ。
けれどその言葉を口にしたところでクレイが俯いてしまったので、何かまずかったかと焦ってしまう。

「クレイ?」
「……」

答えないクレイにようやく事情を察して、そっと頭に手を置いてやり何も言わずにただ側にいてやった。
ポタリとテーブルに落ちた雫には目をやらず、こう言う時に側にいてやれて良かったなと────ただそう思った。


***


その後ハインツの教育へと向かい、無事に終わったところでハインツから声を掛けられる。

「クレイ。もし良かったら来週の勉強の後でルドルフ兄上も誘って一緒に食事でもしない?あ、もちろんロックウェル様も一緒に!」

皆でたまにはゆっくりと勉強以外で話してみたいと言い出したハインツに、クレイは少し考えてから答える。

「…俺は別に構わないが、王が煩いんじゃないのか?」
「え?父上?う~ん…確かにまだ過保護な面はあるけど、最近は少しマシになったように思うし多分大丈夫じゃないかと…」
「ちゃんと確認してからなら俺は構わないが、無理はしないようにな」
「ありがとう。そうだ!クレイさえ良ければ来週は僕、眷属について教わりたいな。物知りだって今日他の魔道士から聞いたから興味が湧いて…」

そうやって以前とは違って伸び伸びと学び始めたハインツに、クレイもそっと温かな眼差しを向ける。

「わかった。じゃあ来週はハインツが知りたいことをなんでも教えてやる」
「ありがとう!すごく嬉しい」

そうやって微笑み合う二人に、ロックウェルはついでとばかりに今日の件を持ち出してみた。

「クレイ。ついでと言ってはなんだが、第一部隊の者達がお前と話したいから飲み会をしたいと言い出したんだが…」
「え?」
「今夜…空いてないよな?」
「別に空いているが?」

父親の件もあったから一応断りやすいようにそう尋ねたつもりだったのにあっさりとそんな返事を返してきたため、ロックウェルとしては途方に暮れる。
これは気晴らしに呑みたいと言うように受け取ってもいいのだろうか?
それとも単純に夜は空いているからと言うことなのか?
けれどその時、突然ハインツが興味津々で会話に入ってきた。

「だ、第一部隊の飲み会ですか?!」
「…ええ。皆がクレイと話してみたいから是非と」
「あ、あのっ!僕もこっそり参加とかできないでしょうか?難しいのはわかりますが、魔道士の方々がどんなお話をされるのかとても興味があって…」

王宮の外には出たこともないし、魔道士達と話す機会も早々ない。
だからこそチャンスがあるなら行ってみたいのだと言うハインツにクレイは少し考えてから悪戯っぽく笑った。

「ハインツ。お前がどうしても行きたいなら俺と同じように瞳を封印して、俺の弟として飲み会に参加すればいい」
「なっ…!」
「ええっ?!いいの?クレイ!」

ロックウェルはクレイの提案に驚きを隠せなかったが、ハインツは目を輝かせてその話に飛びついてきた。
「別に俺とロックウェルも一緒だから大丈夫だろう?心配なら俺の眷属をつけてやるし、警護は万全だ」
その言葉に更にハインツが喜びを露わにする。
「クレイの眷属に会えるの?!」
「ああ」
そう言ってクレイが自分の眷属へと声を掛けた。

「コート。悪いがハインツを今日ここに無事に連れ帰るまで守ってやってくれないか?」
【かしこまりました】

そう言ってコートと言う眷属がそっとハインツの影へと身を潜める。
「え?これでおしまい?」
「ああ。コートはロックウェルに預けているヒュースと違って無口だから、何もなければ何も言ってこないし気にならないだろう」

「…そっか。眷属にも色々な性格の者がいるんだね」

そして今日の飲み会の前に迎えに来るからと言ったクレイに笑顔で応えて、ハインツは嬉しそうに二人を見送ってくれた。




「クレイ。本当に連れて行くのか?」
「ああ。滅多にない機会だし、いい勉強になるだろう」

その言葉にまあそれもそうかと思い直す。
確かにハインツにとっては今は重要な時期だろう。
魔法を学び始めて日は浅いが、段々使える魔法も多くなってきた。
最初は心配したが、意外にもクレイは黒魔道士の術も基礎が特に重要だと言って随分丁寧に教えていて、聞くとどうもその辺りはヒュース達に教えてもらったものをそのまま教えているとのことだった。
この辺りの基礎さえしっかり出来上がっていればあとは自由に呪文を組み替えたり、新しい魔法に応用したりとできるようになるらしい。
それは正直基礎ばかりの白魔道士の術とは違って面白く、実に多様で興味深かった。
これは確かにクレイがロイドの新魔法に興味を持つわけだと納得もいった。

「あいつはこういうところが天才的で話していて面白いんだ」

そんな言葉に嫉妬はするが、自分には到底真似できないだけに余計ライバル視してしまったとは言うに言えない。

(やっぱりあいつが一番のライバルだ)

出会うのがもし逆だったならクレイは絶対にロイドと付き合っていたような気がするとさえ思えて、また黒い気持ちが湧きだしそうになる。

「ロックウェル?何か気がかりでもあるのか?」

そうやって思考を沈ませているとクレイから声を掛けられて慌てて浮上する。
「いや。大丈夫だ。じゃあ皆には今夜飲もうと言っておくから」
「ああ。じゃあ俺もハインツと支度をしたら執務室に行くから」
「店は適当でいいのか?」
「ああ。お前達に任せる」
「わかった」
そして賑やかな飲み会になりそうだと、ロックウェルはそっと皆へと報告に向かった。


***


「え~?!クレイ、弟がいたの?!」
飲み会で開口一番シリィが驚いたように尋ねてくる。
「ああ。ほら、ハリー。皆にちゃんと挨拶をしろ」
「は、初めまして。今日は突然お邪魔してすみません。宜しくお願いします」
瞳を封印し碧眼になったハインツが皆にぺこりと頭を下げる。
一応髪型もばれない様にツンツン頭に変えて、服装も黒魔道士の服装にしてある。
それだけでも印象ががらりと変わり、誰もハインツ王子とは気づかないようだった。
「ハリーはまだ子供だから酒じゃなくてこっちだぞ」
そう言いながら飲み物を手配して、他にもあれこれ世話を焼いてくれるクレイにハインツはやけに嬉しそうだ。
「まだ駆け出しだから今日は色々魔道士の事を知りたいってついてきたんだ」
「へぇ~可愛いわね」


そうして暫くそれぞれ乾杯と言いながら酒を飲み話をしていたのだが、クレイと話したい者達が次々やってきては酒を注ぎ今日の第三部隊の魔法の件や他の魔法について質問をしてきた。
「ええっ?!クレイの眷属ってレノバイン王時代から知ってるの?!すっごいわね!」
「今そんなに力のある眷属を抱えてる者って希少だぞ?!」
「いいなぁ。私もそんな眷属従えてみたい…」
黒魔道士達がそうやって眷属の事を話しているのを聞いてロックウェルはそうなんだと思っていた。
どうやら眷属にもランクがあるらしい。
「そっかぁ…クレイの眷属、8体中古参って何体なの?」
「古参は7体かな」
「な、7体?!古参が7体?!魔力どれだけ高いのよ?!」
そんな驚きの声にクレイが何でもないことのように答える。
「そんなに驚かなくても普段使わなければ魔力も消費しないし…」
「でも古参だと契約の時にも魔力を持っていかれるんだろう?」
確か信頼関係を得るための保険だとかなんとか聞いたぞとその黒魔道士は言うが、クレイはそれに対して首を傾げていた。
「え…どうだったかな?そんなことはなかったと思うんだが…」
きょとんとしたように答えたクレイにハラハラしながらロックウェルはこれはフォローすべきなのかどうなのかわからなくて、様子を見ることしかできない。
「いいなぁ。僕も兄さんみたいに眷属と早く契約してみたい」
ハインツがにっこりと横から口を出すと、クレイもそっと微笑みながらすぐだと答えを返した。
「お前もすぐだ。眷属と契約する時は、気が合う奴で尚且つ自分の魔力の波長に合う奴を選ぶといい」
誰彼かまわず眷属契約を結ぶのではなく、また相手の魔力で選ぶのでもなく、ただフィーリングで選べばいいとだけクレイは言ったのだが、それには異議を申したいと言う黒魔道士が口を出してくる。
「黒魔道士として上を目指すのなら、そんな甘い考えで眷属契約するのではなくやはり位の高い眷属と契約する方がいいに決まっている」
「そうだ。クレイはたまたま古参が多かっただけだろう?フィーリングだけで選ぶなんてナンセンスだ」
その言葉にザワッと眷属が騒ぐのを感じた。
「…静まれ」
どうも主を馬鹿にされたと思ったのか、眷属達が怒ったらしい。
けれどクレイの言葉にすぐに眷属達は大人しくなったものの、他の黒魔道士の眷属達が騒ぎ始めてしまった。

【早く謝ってくださいませ!】
【逆らわないでくださいませ!】
【お頼みしますから、どうぞお謝りを!】
【迂闊な言葉は危険でございます!】

そんな様子にその場にいた白魔道士達がケラケラと笑い始める。
「なんだ眷属でもクレイに勝てる奴はいないのか?」
「こりゃあロックウェル様がクレイに一目置くわけだ」
そんな言葉に黒魔道士達が馬鹿にされたと怒り出した。
「ふざけるな!俺の眷属の数だって8体だ!」
「私だって古参を一体抱えているわよ?数じゃなくて質も重要だと思うわ」
しかしそこでハインツがきょとんとしたように失言を繰り出してくる。

「え?クレイの眷属は眠っているのも合わせて全部で18体だよ?」

ロックウェルは思わずその言葉に吹き出し、むせてしまった。
「ゴ、ゴホッ!ハ、ハリー!!」
それは禁句だと言おうとしたが時すでに遅し。
見える者には見ようと思えば見えるのか、確認するかのようにそれを見遣るとヒッと声を上げて距離を開けてしまった。

「全くハリーは迂闊だな。そういうことは聞かれない時は黙っておくものだぞ?」
「え?ご、ごめんなさい。僕知らなくて」
「まあいいけどな。お前だって…そうだな。その気になれば12体くらいは眷属と契約できるだろう」
「ええ?本当に?!」
「ああ。だから、どんな奴とフィーリングが合うかちゃんと考えて契約しろよ?」
「うん!お話がいっぱいできるタイプがいいなぁ」
「そうか。じゃあ早速今度教えてやるから試してみよう」
「やったぁ!」

無邪気に盛り上がる二人には最早脱力するしかない。

(この迂闊兄弟!!)

そう思っていると足元でヒュースがまたため息を吐いた。


どうしたものかと様子を見ていると、黒魔道士ではなく今度は白魔道士達が興味津々でクレイへと話しかけ始めた。
「18体って凄いな。フィーリングが合えば白魔道士でも眷属と契約できたりするのか?」
「ああ。別にできるぞ」
「いいな。最近ロックウェル様も眷属が控えているようだし、俺も一体契約してみようかな」
「あ~…ただ白魔道士とフィーリングが合う眷属は少ないと思うから、契約で呼び出す際の条件は吟味した方がいいと思うな」
「と言うと?」
「基本的に眷属は動いて魔力を食うから、使役される方を好むんだ。白魔道士は癒しの力が主だから、自分が動く場合がほとんどだろう?それは眷属にとっては魔力が食えないから美味しい相手ではないんだ」
「なるほど」
「で、それでも契約したいと言ってくるのは、単に楽をしたいだけの奴か何かそこに旨味を見つけてくるマニアックな奴が多い」
「……」
「そのマニアックな奴と気が合えばラッキーくらいに思って試してみるのがベストだろうな」
「…難しそうだな」
「そうだな」
「え~。でもそれじゃあクレイは18体万遍なく使ってるってこと?」
「いや。今は9体は眠らせてるし、残りも普段はそんなに積極的には使ってないしな」
「それだと話が合わなくない?」
動くことで魔力を主から受け取るのに、眠ったり動かなかったりだとクレイの眷属は不満に思ったりはしないのだろうか?
そこで見兼ねたのかクレイの眷属が口を挟んできた。

【我々は望んでクレイ様の眷属になっておりますし、クレイ様はうっかりさんなので我々が勝手にフォローで動くからよいのです】
「こらっ!バルナ!お前は黙っていろ」
【ですがヒュースとコートがいない時は私がフォローすべきかと】
「いいから下がっていろ」
【そうですか?】
ではとすんなり下がった眷属にホッとしたクレイにまた白魔道士達が楽しげに話しかける。

「面白い!クレイってうっかりなの?笑えるわ~!」
「まあ飲んで飲んで!ほら、弟くんも!」
「あ。ありがとうございます」
そうして和気藹々とクレイの周りは盛り上がっているが、少し距離を置いた黒魔道士達はそっとクレイの方を窺うだけだ。

「…本当だ」
「何あの数…異常よね」
「どうしてあんなに…」

そんな声が聞こえてくるからそれがどれだけおかしな数なのか初めて認識する。
ロイドは全く気にしていなかったし、リーネも気にしていなかったからうっかりしていたが、気にする者は気にするのだろうか?

【そんな大層なものではないのですがね~】

「ヒュース」
こっそりぼやきを溢してきたヒュースにロックウェルは密かに尋ねてみる。
「あれはフォローすべきなのか?」
【放っておいて大丈夫ですよ。既に我々で彼らの眷属には注意しておきましたし、何かしようと思っても誰も動きはしません】
「……?」
【大体クレイ様の眷属が多いのは、寂しがり屋のクレイ様を放っておけない者が引き寄せられて話を聞いてるうちに放っておけないからと契約を持ち出すことが多いのです。言ってみればクレイ様は眷属ホイホイ。いや、使い魔もそのパターンが多いから、言ってみれば魔物ホイホイ。ただそれだけの話なのです】
引き寄せられる者は当然クレイの魔力にも惹かれるから当然のように元から実力のある者が多い。
そんな中で自分達、既に控えている眷属がいてもクレイの傍に来られる者と言えばほんの一握り。
それがクレイと会話してほだされるか惚れ込むかして契約する感じなのだ。
その際にもう眷属がいるからとクレイが言って、では眠ってもいいから眷属にという者と、では使い魔でも構わないから使ってくれと言ってくる者がいる。
レオなどは前者だ。
他にも眷属の実力があって使い魔に甘んじている者達も沢山いるから、クレイさえその気になればまさに選びたい放題。
他人にヤイヤイ言われるような類のものではない。
魔力の消費をするのは他人ではなくクレイだし、眷属は皆クレイに惚れ込んで仕えている。ただそれだけの話なのだから。

【クレイ様が我々を使って何かを企むなどあり得ませんしね。くだらない人間の考える下種な考えなど放っておけばよいのです】

「いや…しかし」
【ふふっ…ロックウェル様はお優しいお方ですし気になるのでしょうが…クレイ様がその気になれば魔道士達を黙らせる方法などいくらでもあるのですよ?それこそ、王位にでも付けばこの国をレノバイン王のように治めることさえ可能なのでございます】
「え?」
【国全体に例の結界を張り巡らせましてね、自分よりも高い魔力の者しか魔法を使えなくしてやるのです】
「…!!」
それは即ち、当時レノバイン王以外誰も魔法が使えなかったということではないだろうか?
【そうですね。実質彼の王よりも高い魔力の者など存在しなかったので、それだけで白魔道士は無力。後は眷属を抱える黒魔道士のみですが、彼は抱える眷属も多かったので誰も敵うはずがございません。それこそ誰も逆らうことなどできない圧倒的支配力を持つ王だったのですよ】
そうやって自分の力を見せつけた後あっさりと結界を解いて、皆魔法でいがみ合わずに平和に暮らそうではないかと言い放ち、恐る恐る歩み寄ってきた者達を王宮へと召し上げ国を作り、整え、民のためにあらゆることを尽くしていった王だったとヒュースは懐かしげに話した。
【まあただの昔話でございます。大体クレイ様はレノバイン王よりもうっかりしておりますし、面倒くさがり屋なのでそんなことは致しませんでしょうがね】
そんな風にどこか面白そうに語った後でヒュースはそっと身を潜めてしまう。
あの話しぶりではヒュースはその眷属の中に含まれていたのではないだろうか?
それならば色々なことをクレイに教えられるのも妙に頷ける。

一先ずヒュースがそこまで言うのなら取りあえずは黙って見ておいて後々フォローを入れればいいかと思い直し、ロックウェルはそっと成り行きを見守ったのだった。



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