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第一部 アストラス編~王の落胤~
73.演習にて
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第三部隊の演習場の方へと足を向け、予定通り今日の演習を見せてもらうと声を掛ける。
すると案内役の者がすぐに笑顔で対応してくれた。
「ロックウェル様。お待ちしておりました。陛下も先程いらっしゃいまして、あちらにてお待ちでございます」
「ご苦労」
わざわざハインツ王子の教育日を狙って演習を設定してきたカルロ。
これを機に王の前で恥をかかせ、ハインツ王子の教育係には相応しくないのではと皆で嘲笑う予定らしいのだが…。
正直ハインツ王子の教育くらいで疲れる自分ではないし、クレイの件で気力も充実しているから今ならいつも以上に力を発揮できる気がする。
後は油断さえしなければ大丈夫だろう。
そう思いながらまずは王へと声を掛けた。
「陛下」
「おお、ロックウェル。ハインツの教育はどうだ?順調か?」
「ええ。まだ2回目ではありますが、飲み込みも早く問題なく学んでおられます」
「そうか。お前には色々あれもこれも世話を掛けて本当に申し訳ない」
「いいえ。私が望んでしていることばかりですので、どうぞお気になさらず」
「そうか」
どうやらクレイのことも含めて、色々労ってくれているようだ。
もしかしたらルドルフ王子やショーンから何かしら情報が入っているのかもしれない。
王からすればクレイの事は不安で仕方がないのだろうし、その辺は徐々に信用してもらう以外に方法はないだろう。
ロックウェルはその件に関して黙って一礼して応えると、念の為と防御と守護の魔法を陛下へと掛けさせてもらうことにした。
「大丈夫とは思いますが、陛下に何かあってもいけませんので」
「そうか。では宜しく頼む」
その言葉と共に呪文を唱え王を完璧に守る。
これで少しくらい何が起ころうと大丈夫だろう。
ではと笑顔で一礼し自席へと下がると、そのまま第三部隊の者達へと視線を向けた。
「始めてくれ」
その言葉と共に演習が始まりを告げる。
広々とした演習場で第三部隊の者達がペアを組み、それぞれロッドを手に魔法を唱え始める。
第二部隊の白魔道士の演習と第三部隊の黒魔道士の演習は内容が全く違うため実に見ごたえがあった。
(今度全体の演習もすべきだろうな…)
黒魔道士と白魔道士をペアで組ませて攻撃と防御をしっかりさせ合えば互いにいい刺激になることだろう。
たるんでいる者はそれこそ相手からせせら笑われるだろうから気合も入ってやる気も出てくるはずだ。
それなら普段は演習のない第一部隊も一緒に演習に参加できるし、いいかもしれない。
そうやって今後の事に考えを向けていると、自分の方へと魔法が飛んできたので魔法でバシッと弾いてやる。
「気をつけろ」
「も、申し訳ございません」
意図的にかただの事故か…。
流れ矢的なものはあって然るべきだし特に気にすることもなくすぐに戻れと促してやればいいだけだ。
別に怒る必要もない。
ただ自分に攻撃を加えてきた者の名と顔だけ把握しておけばいいのだから。
それから小一時間、幾度となく流れ矢的に攻撃の類が自分の方へと飛んできた。
中にはなかなか威力のあるものも含まれていて思わずため息が出てしまう。
一体どれだけ自分に敵意があるのだろう?
だが、彼らはわかっているのだろうか?
下手な魔法を使ってくると言うことは、それだけ弛んでいると叱責されてしまうだけであることを────。
(まあカルロがその叱責を逆手にとって部下を庇い、自分の株を上げに来る可能性も高いな)
とんだ茶番ではあるが、攻撃が当たれば一石二鳥。
叱られても上司の株が上がるだけ。
流れ矢はたまたまと言い切ってしまえば問題ないと言うところだろう。
どちらにせよ今日の事を演習後、噂として広め、自分の評価を貶める方向なのは間違いないようだ。
それならそれでいくらでもやり方はある。
ロックウェルはにやりと笑うとそのままそっと席を立った。
皆の目が一斉に自分の方へと向けられる。
それはまるで叱責を待ち構えてでもいるかのようだ。
だがそう簡単に思うように行動してやるつもりはない。
にこやかに演習場内へと足を向け、ぐるりと皆を見回してやる。
「どうやら皆、心ここにあらずなのか弛んでいる者も多いようだ。ここはやる気が出るよう私も参加させてもらうとしよう」
「…と仰いますと?」
カルロが代表でそう尋ねてきたので笑顔でもって答えを返した。
「そうだな。これから私が防御に徹するから、各々攻撃してくるといい。私に怪我をさせることができる程実力がある者がいれば、第一部隊に引き抜いてやろう」
甘い餌をぶら下げて不敵に笑ってやる。
「制限時間は…そうだな。30分だ」
その言葉に皆の心に一気に火が付いたのを感じた。
それはそうだろう。
5分、10分なら不可能と思っても、30分も防御に徹していれば魔力は尽きてきて誰だって当然疲れも出てくる。
それは逆を言えば誰にでもチャンスが巡ってくるということに他ならない。
それはカルロにとっても大きな誘惑だったらしく、簡単に話に乗ってきた。
「それは私にも権利が?」
「当然だな。仕事において、私は誰にでも平等に接するよう心掛けている」
「わかりました。では是非お願い致します」
それから皆が皆、思い思いに自分へと攻撃を仕掛けてきたのでそれら全てをその実力に見合った防御壁で弾き飛ばす。
(なるほど。なかなかの使い手も含まれてはいるな)
バシッと攻撃してくる者の中でもこれはいかにも手加減して付き合い程度にやってきたのだと感じさせるものも数名含まれていた。
これらはこれが茶番だとわかっている者なのだろう。
それとは別に、第一部隊に引き抜かれたいという熱い思いを抱えた者、単純に自分への攻撃を加えて一矢報いたい者、兎に角上に行けたラッキーだからとマイペースに実力を駆使して攻撃に加わってくる者など、そこには様々な感情が感じられて面白かった。
「はぁ…さすがと言うかなんというか…」
早々に攻撃から離脱したレイスが傍らのレーチェへと声を掛けてくる。
先程からロックウェルが各々の実力に合わせた防御壁を瞬時に張っていることに一体幾人の者が気付いているのだろう?
最低限の魔力消費だけで済ませていると言っても過言ではないのだから、たとえ30分と言えどもロックウェルに怪我をさせるなど容易ではない。
しかも人知れず回復魔法まで時折唱えているのだから恐れ入る。
「ふふっ…そうね。でも、チャンスはチャンスよ?」
緩急をつけた攻撃の合間に強い魔法が来れば少しのタイムラグはどうしても出てくる。
そこを狙えば怪我を負わせることはできるのではとレーチェは言った。
「まぁね。興味ないけど」
レイスはどこか楽しげにそう返し、ただ状況を見守っている。
そして最後の3分────。
これまで様子を見ていた者達まで含めて一斉にロックウェルへと攻撃態勢に入った。
「ここでいかないと怒られそうだしね」
「同感だわ」
レイスとレーチェも加わり呪文を唱える。
けれど唱えるのは攻撃魔法ではなく拘束呪文だ。
二人掛かりで拘束に掛かるとロックウェルは意外だというような顔をしたあと、面白いというように妖艶に笑った。
その笑みに皆の背にゾクリと悪寒が走る。
それと同時にこれまでの防御壁とは全く違う全方位の防御魔法が発動した。
バシィッと半径1メートルに渡ってそれは広がり、近くにいた者達が吹き飛ばされる。
そして慌ててそちらを見遣ると、拘束魔法はあっさりと解除され、ロックウェルが余裕の笑みで立っている姿が見られた。
「今のはなかなか良かったが、そろそろ時間のようだ」
その言葉と同時に王がパンパンと手を叩いてくる。
「ロックウェル!見事だった!」
それと同時に皆が一斉に膝をつく。
「さすが魔道士長だな。これからも皆の事を宜しく頼む」
「…ありがたきお言葉を頂きありがとうございます」
そうして王は次に第三部隊の者達へと目を向けた。
「皆、弛んでいるぞ!もっと切磋琢磨せねば第一部隊など夢のまた夢だ。精進するように!」
「…はっ!」
「…カルロ。私の目から見てもお前の実力はやや足りぬように感じた。どうやら部下の指導が行き届いていないようだな。追って別の部隊長を任命しようと思う故、覚悟するように」
以上だと言って、王はそのまま演習場から出ていってしまう。
その言葉にカルロは呆然とせざるを得ない。
ロックウェルを利用して自分の株を上げるどころか、蓋を開けてみれば自分自身が追い込まれていたのだ。
当然そうなるだろう。
これには部隊の者達も何も声を掛けることができない。
何せ演習を見た上での陛下直々の言葉なのだから────。
けれどカルロはそれを受け入れることができなかった。
ブルブルと怒りに震え、ギラリとロックウェルへと視線を向ける。
「ロックウェル────ッ!!」
魔力を爆発させるように全力で渾身の一撃を放ってくるカルロに、場にいた者達が驚きに目を見開く。
ロックウェルを殺しに行ったも同然のその行為に誰も動くことができない。
これでは傍にいる者も巻き込まれると誰もが思ったが────。
ドゴォッ……!!という音と共に黒煙が立ち上り皆が状況を確認するも、そこには変わらず立つロックウェルの姿があるばかり。
【…ロックウェル様。皆を防御魔法で守るくらいならご自分の身ももう少しお守りください】
「一応守ってはいたが?」
そこには眷属と思しき魔物の姿があり、皆驚きに目を瞠ってしまう。
【僅かでもお怪我させてしまっては私が主に叱られてしまいます】
「そんなもの、回復魔法でどうとでもなる」
ばれるはずがないと笑うロックウェルに眷属が深いため息を吐いた。
眷属によって壁まで吹き飛ばされたカルロの方へとそっと視線を向けたロックウェルに、皆が皆事の成り行きを見守る。
これは絶対にただでは済まないだろう。
けれどスタスタとそちらへと向かったロックウェルは、あっさりとそのままカルロに回復魔法を掛けた。
「うっ…」
気を失っていたカルロが呻き声を上げながら目を覚ます。
「カルロ。追って沙汰は陛下から賜るだろう。部屋に戻って暫く謹慎しておくといい」
それだけを告げると特にこれ以上何もせずこれで演習は終わりだと皆に言い置いて、鮮やかにその場から立ち去ってしまった。
そんな姿に第三部隊の者達は胸を掴まれる。
「すごい…」
「あの魔力の高さは尊敬だな」
「まさかあの演習の後にあの場の皆を護るだけの魔法を唱えられるなんて…」
「さすがに白魔道士だけあって慈悲深いな」
最後には、自分を殺そうとした相手にまで回復魔法を掛けるなんて驚きだと皆が尊敬のまなざしでロックウェルを見送っていた。
「あらあら。随分ロックウェル様の株が上がってしまった事…」
「本当にね~。全部計算だとしたら凄いよね」
ケラケラと笑うレイスにレーチェが眉を顰める。
「ただ慈悲深いだけでしょう?」
「ははっ!どうかなぁ…」
あの人はそんなに甘い人じゃないよとレイスが笑うのを、レーチェはただ不思議そうに見つめたのだった。
***
その演習場での出来事は瞬く間に王宮内へと話が広まり、さすがロックウェル様と感嘆のため息があちらこちらで聞かれることとなった。
それに比例するかのようにロックウェルに熱い視線を向ける女性が当然増えていく。
「やっぱりロックウェル様は素敵よね」
「あの方になら遊ばれてもいいわ」
きゃいきゃいとそんな風に騒ぐ女官吏や女魔道士達を横目に、シリィは夕方には既に大きなため息を吐いていた。
「ロックウェル様…。不穏分子を抑えられたのは素晴らしいですが、少し遣り過ぎだったのでは?」
「なにがだ?」
「ロックウェル様の噂であちこち騒々しいことこの上ないのですが…」
自分にまでとばっちりがきそうで迷惑だとシリィが眉を顰めてくる。
「別に構わないだろう?そもそもの目的である不穏な輩を抑えることができたんだから」
噂などどうせすぐに消えるとロックウェルは言い切ったが、シリィは納得がいかないようだった。
「…確かにそうかもしれませんけど、先日仰っていた恋人の方の耳に入ったら厄介なのでは?」
まあいいですけどねとシリィは呆れたように言い、今日はこれで失礼しますと帰っていった。
「クレイが噂を耳にするなんてないのに…心配性だな」
思わずクスリとそう微笑んだのも束の間、足元からヒュースがぼやくように呟いた。
【甘いですよ。もうすでにお耳に届いてしまいました】
「……?何がだ?」
【今夜のお約束前に少し時間ができたからとリーネに接触しに来られたようですね~】
本当にどこまでもタイミングが悪い主だとヒュースは言う。
【リーネが楽しげにロックウェル様のお話をしておりますよ?】
その言葉と同時に思わず立ち上がってしまった。
余計なことを話されてまた逃げられてはたまらない。
「どこだ?!」
【西庭園近くの回廊ですね】
その言葉と同時にロックウェルは一気に走り始めた。
すると案内役の者がすぐに笑顔で対応してくれた。
「ロックウェル様。お待ちしておりました。陛下も先程いらっしゃいまして、あちらにてお待ちでございます」
「ご苦労」
わざわざハインツ王子の教育日を狙って演習を設定してきたカルロ。
これを機に王の前で恥をかかせ、ハインツ王子の教育係には相応しくないのではと皆で嘲笑う予定らしいのだが…。
正直ハインツ王子の教育くらいで疲れる自分ではないし、クレイの件で気力も充実しているから今ならいつも以上に力を発揮できる気がする。
後は油断さえしなければ大丈夫だろう。
そう思いながらまずは王へと声を掛けた。
「陛下」
「おお、ロックウェル。ハインツの教育はどうだ?順調か?」
「ええ。まだ2回目ではありますが、飲み込みも早く問題なく学んでおられます」
「そうか。お前には色々あれもこれも世話を掛けて本当に申し訳ない」
「いいえ。私が望んでしていることばかりですので、どうぞお気になさらず」
「そうか」
どうやらクレイのことも含めて、色々労ってくれているようだ。
もしかしたらルドルフ王子やショーンから何かしら情報が入っているのかもしれない。
王からすればクレイの事は不安で仕方がないのだろうし、その辺は徐々に信用してもらう以外に方法はないだろう。
ロックウェルはその件に関して黙って一礼して応えると、念の為と防御と守護の魔法を陛下へと掛けさせてもらうことにした。
「大丈夫とは思いますが、陛下に何かあってもいけませんので」
「そうか。では宜しく頼む」
その言葉と共に呪文を唱え王を完璧に守る。
これで少しくらい何が起ころうと大丈夫だろう。
ではと笑顔で一礼し自席へと下がると、そのまま第三部隊の者達へと視線を向けた。
「始めてくれ」
その言葉と共に演習が始まりを告げる。
広々とした演習場で第三部隊の者達がペアを組み、それぞれロッドを手に魔法を唱え始める。
第二部隊の白魔道士の演習と第三部隊の黒魔道士の演習は内容が全く違うため実に見ごたえがあった。
(今度全体の演習もすべきだろうな…)
黒魔道士と白魔道士をペアで組ませて攻撃と防御をしっかりさせ合えば互いにいい刺激になることだろう。
たるんでいる者はそれこそ相手からせせら笑われるだろうから気合も入ってやる気も出てくるはずだ。
それなら普段は演習のない第一部隊も一緒に演習に参加できるし、いいかもしれない。
そうやって今後の事に考えを向けていると、自分の方へと魔法が飛んできたので魔法でバシッと弾いてやる。
「気をつけろ」
「も、申し訳ございません」
意図的にかただの事故か…。
流れ矢的なものはあって然るべきだし特に気にすることもなくすぐに戻れと促してやればいいだけだ。
別に怒る必要もない。
ただ自分に攻撃を加えてきた者の名と顔だけ把握しておけばいいのだから。
それから小一時間、幾度となく流れ矢的に攻撃の類が自分の方へと飛んできた。
中にはなかなか威力のあるものも含まれていて思わずため息が出てしまう。
一体どれだけ自分に敵意があるのだろう?
だが、彼らはわかっているのだろうか?
下手な魔法を使ってくると言うことは、それだけ弛んでいると叱責されてしまうだけであることを────。
(まあカルロがその叱責を逆手にとって部下を庇い、自分の株を上げに来る可能性も高いな)
とんだ茶番ではあるが、攻撃が当たれば一石二鳥。
叱られても上司の株が上がるだけ。
流れ矢はたまたまと言い切ってしまえば問題ないと言うところだろう。
どちらにせよ今日の事を演習後、噂として広め、自分の評価を貶める方向なのは間違いないようだ。
それならそれでいくらでもやり方はある。
ロックウェルはにやりと笑うとそのままそっと席を立った。
皆の目が一斉に自分の方へと向けられる。
それはまるで叱責を待ち構えてでもいるかのようだ。
だがそう簡単に思うように行動してやるつもりはない。
にこやかに演習場内へと足を向け、ぐるりと皆を見回してやる。
「どうやら皆、心ここにあらずなのか弛んでいる者も多いようだ。ここはやる気が出るよう私も参加させてもらうとしよう」
「…と仰いますと?」
カルロが代表でそう尋ねてきたので笑顔でもって答えを返した。
「そうだな。これから私が防御に徹するから、各々攻撃してくるといい。私に怪我をさせることができる程実力がある者がいれば、第一部隊に引き抜いてやろう」
甘い餌をぶら下げて不敵に笑ってやる。
「制限時間は…そうだな。30分だ」
その言葉に皆の心に一気に火が付いたのを感じた。
それはそうだろう。
5分、10分なら不可能と思っても、30分も防御に徹していれば魔力は尽きてきて誰だって当然疲れも出てくる。
それは逆を言えば誰にでもチャンスが巡ってくるということに他ならない。
それはカルロにとっても大きな誘惑だったらしく、簡単に話に乗ってきた。
「それは私にも権利が?」
「当然だな。仕事において、私は誰にでも平等に接するよう心掛けている」
「わかりました。では是非お願い致します」
それから皆が皆、思い思いに自分へと攻撃を仕掛けてきたのでそれら全てをその実力に見合った防御壁で弾き飛ばす。
(なるほど。なかなかの使い手も含まれてはいるな)
バシッと攻撃してくる者の中でもこれはいかにも手加減して付き合い程度にやってきたのだと感じさせるものも数名含まれていた。
これらはこれが茶番だとわかっている者なのだろう。
それとは別に、第一部隊に引き抜かれたいという熱い思いを抱えた者、単純に自分への攻撃を加えて一矢報いたい者、兎に角上に行けたラッキーだからとマイペースに実力を駆使して攻撃に加わってくる者など、そこには様々な感情が感じられて面白かった。
「はぁ…さすがと言うかなんというか…」
早々に攻撃から離脱したレイスが傍らのレーチェへと声を掛けてくる。
先程からロックウェルが各々の実力に合わせた防御壁を瞬時に張っていることに一体幾人の者が気付いているのだろう?
最低限の魔力消費だけで済ませていると言っても過言ではないのだから、たとえ30分と言えどもロックウェルに怪我をさせるなど容易ではない。
しかも人知れず回復魔法まで時折唱えているのだから恐れ入る。
「ふふっ…そうね。でも、チャンスはチャンスよ?」
緩急をつけた攻撃の合間に強い魔法が来れば少しのタイムラグはどうしても出てくる。
そこを狙えば怪我を負わせることはできるのではとレーチェは言った。
「まぁね。興味ないけど」
レイスはどこか楽しげにそう返し、ただ状況を見守っている。
そして最後の3分────。
これまで様子を見ていた者達まで含めて一斉にロックウェルへと攻撃態勢に入った。
「ここでいかないと怒られそうだしね」
「同感だわ」
レイスとレーチェも加わり呪文を唱える。
けれど唱えるのは攻撃魔法ではなく拘束呪文だ。
二人掛かりで拘束に掛かるとロックウェルは意外だというような顔をしたあと、面白いというように妖艶に笑った。
その笑みに皆の背にゾクリと悪寒が走る。
それと同時にこれまでの防御壁とは全く違う全方位の防御魔法が発動した。
バシィッと半径1メートルに渡ってそれは広がり、近くにいた者達が吹き飛ばされる。
そして慌ててそちらを見遣ると、拘束魔法はあっさりと解除され、ロックウェルが余裕の笑みで立っている姿が見られた。
「今のはなかなか良かったが、そろそろ時間のようだ」
その言葉と同時に王がパンパンと手を叩いてくる。
「ロックウェル!見事だった!」
それと同時に皆が一斉に膝をつく。
「さすが魔道士長だな。これからも皆の事を宜しく頼む」
「…ありがたきお言葉を頂きありがとうございます」
そうして王は次に第三部隊の者達へと目を向けた。
「皆、弛んでいるぞ!もっと切磋琢磨せねば第一部隊など夢のまた夢だ。精進するように!」
「…はっ!」
「…カルロ。私の目から見てもお前の実力はやや足りぬように感じた。どうやら部下の指導が行き届いていないようだな。追って別の部隊長を任命しようと思う故、覚悟するように」
以上だと言って、王はそのまま演習場から出ていってしまう。
その言葉にカルロは呆然とせざるを得ない。
ロックウェルを利用して自分の株を上げるどころか、蓋を開けてみれば自分自身が追い込まれていたのだ。
当然そうなるだろう。
これには部隊の者達も何も声を掛けることができない。
何せ演習を見た上での陛下直々の言葉なのだから────。
けれどカルロはそれを受け入れることができなかった。
ブルブルと怒りに震え、ギラリとロックウェルへと視線を向ける。
「ロックウェル────ッ!!」
魔力を爆発させるように全力で渾身の一撃を放ってくるカルロに、場にいた者達が驚きに目を見開く。
ロックウェルを殺しに行ったも同然のその行為に誰も動くことができない。
これでは傍にいる者も巻き込まれると誰もが思ったが────。
ドゴォッ……!!という音と共に黒煙が立ち上り皆が状況を確認するも、そこには変わらず立つロックウェルの姿があるばかり。
【…ロックウェル様。皆を防御魔法で守るくらいならご自分の身ももう少しお守りください】
「一応守ってはいたが?」
そこには眷属と思しき魔物の姿があり、皆驚きに目を瞠ってしまう。
【僅かでもお怪我させてしまっては私が主に叱られてしまいます】
「そんなもの、回復魔法でどうとでもなる」
ばれるはずがないと笑うロックウェルに眷属が深いため息を吐いた。
眷属によって壁まで吹き飛ばされたカルロの方へとそっと視線を向けたロックウェルに、皆が皆事の成り行きを見守る。
これは絶対にただでは済まないだろう。
けれどスタスタとそちらへと向かったロックウェルは、あっさりとそのままカルロに回復魔法を掛けた。
「うっ…」
気を失っていたカルロが呻き声を上げながら目を覚ます。
「カルロ。追って沙汰は陛下から賜るだろう。部屋に戻って暫く謹慎しておくといい」
それだけを告げると特にこれ以上何もせずこれで演習は終わりだと皆に言い置いて、鮮やかにその場から立ち去ってしまった。
そんな姿に第三部隊の者達は胸を掴まれる。
「すごい…」
「あの魔力の高さは尊敬だな」
「まさかあの演習の後にあの場の皆を護るだけの魔法を唱えられるなんて…」
「さすがに白魔道士だけあって慈悲深いな」
最後には、自分を殺そうとした相手にまで回復魔法を掛けるなんて驚きだと皆が尊敬のまなざしでロックウェルを見送っていた。
「あらあら。随分ロックウェル様の株が上がってしまった事…」
「本当にね~。全部計算だとしたら凄いよね」
ケラケラと笑うレイスにレーチェが眉を顰める。
「ただ慈悲深いだけでしょう?」
「ははっ!どうかなぁ…」
あの人はそんなに甘い人じゃないよとレイスが笑うのを、レーチェはただ不思議そうに見つめたのだった。
***
その演習場での出来事は瞬く間に王宮内へと話が広まり、さすがロックウェル様と感嘆のため息があちらこちらで聞かれることとなった。
それに比例するかのようにロックウェルに熱い視線を向ける女性が当然増えていく。
「やっぱりロックウェル様は素敵よね」
「あの方になら遊ばれてもいいわ」
きゃいきゃいとそんな風に騒ぐ女官吏や女魔道士達を横目に、シリィは夕方には既に大きなため息を吐いていた。
「ロックウェル様…。不穏分子を抑えられたのは素晴らしいですが、少し遣り過ぎだったのでは?」
「なにがだ?」
「ロックウェル様の噂であちこち騒々しいことこの上ないのですが…」
自分にまでとばっちりがきそうで迷惑だとシリィが眉を顰めてくる。
「別に構わないだろう?そもそもの目的である不穏な輩を抑えることができたんだから」
噂などどうせすぐに消えるとロックウェルは言い切ったが、シリィは納得がいかないようだった。
「…確かにそうかもしれませんけど、先日仰っていた恋人の方の耳に入ったら厄介なのでは?」
まあいいですけどねとシリィは呆れたように言い、今日はこれで失礼しますと帰っていった。
「クレイが噂を耳にするなんてないのに…心配性だな」
思わずクスリとそう微笑んだのも束の間、足元からヒュースがぼやくように呟いた。
【甘いですよ。もうすでにお耳に届いてしまいました】
「……?何がだ?」
【今夜のお約束前に少し時間ができたからとリーネに接触しに来られたようですね~】
本当にどこまでもタイミングが悪い主だとヒュースは言う。
【リーネが楽しげにロックウェル様のお話をしておりますよ?】
その言葉と同時に思わず立ち上がってしまった。
余計なことを話されてまた逃げられてはたまらない。
「どこだ?!」
【西庭園近くの回廊ですね】
その言葉と同時にロックウェルは一気に走り始めた。
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翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
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