黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

74.噂話

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「クレイ?」

リーネが回廊を歩いていると、思いがけずクレイの姿を見つけて驚いてしまった。

「もしかして、会いに来てくれたのかしら?」
「そうだと言ったら?」

そうして思わせぶりに笑ってくるクレイに思わず見惚れてしまう。

「悪くないわね。そういう貴方も好きよ?」

そうやってそっと近づきゆっくりと口づけを交わした。

「私の魔力の味はどうかしら?」

ほんの僅か交流してみたと笑うリーネにクレイがそっと笑みをこぼす。

「花の蜜の様で悪くはないな」
「じゃあ今度は貴方の魔力も分けてほしいものだわ」
「そうだな。それはまた今度ということにしておこうか」

その言葉に残念と口にしながらも、やっぱり落とし甲斐があるなとリーネはほくそ笑んだ。

「そうそう。今日はロックウェル様のお話で王宮内が持ちきりなのよ」
「?」
「なんでも第三部隊の黒魔道士達の心をあっという間に鷲掴みにしてしまったとか…」
「……面白そうな話だな」
「でしょう?私も小耳に挟んだだけなんだけど…」

そう言いながら王の前でその力を存分に見せつけ、隊長であるカルロを屈服させたという話をし始める。

「今日はその話を聞いた女性達がそれはもうあちこちで噂していたから…」

そうやって更に話を繋げようと思っていたところで、その声が鋭く割り込んできた。

「リーネ!」

驚きながら振り返ると、そこには厳しい顔をしたロックウェルの姿があって驚いた。

「…外部の魔道士に内部情報を不用意に与えるのは規律違反だぞ?」
「…申し訳ございません。ご友人ですし大丈夫かと甘く考えておりました」
「わかればいい。お前はもう下がれ」
「…失礼いたします」

どうも普段以上に言葉に棘があるのは気のせいだろうか?
何故そこまで怒っているのだろうと思いつつ、ここでこれ以上怒らせるのは得策ではないと速やかにその場から離れることにする。

「クレイ!今度の祝日、楽しみにしているわ」
「ああ」

機嫌よく笑い返してくれたクレイにホッと安堵しながらリーネはその場から立ち去っていく。
祝日は5日後だ。
ロックウェルに構っている暇などない。
それまでにクレイ好みの服を用意しなければと気持ちを切り替え、意気揚々と自室へと戻っていった。


***


「クレイ。リーネは余計なことを言ってこなかったか?」

静かな口調で尋ねるロックウェルにクレイは暫し考え、特にないと答える。

「お前の武勇伝を聞いただけだ」
「…そうか」

それだけではどの程度耳に入ったのかさっぱりわからないが、どうやら気を悪くした様子はなさそうだとロックウェルはホッと安堵の息を吐いた。

「それより仕事の方はもういいのか?」
「いや…あと少し残っているから、先に部屋で待っていてもらっても構わないか?」
「わかった。じゃあ少し散歩してから行くことにする」
「…まっすぐ行けばいいのに」
「退屈だからな」

そう言われてしまえばこれ以上無理を押し通すわけにもいかない。
ここで無理強いしてはそれこそ何かあるのではと勘繰られてしまう。

「わかった。その代わり絶対に待っていると約束してくれ」
「ああ。勿論」

そうやって約束してくれただけで一先ず良しとして、さっさと仕事を片付けるべく部屋へと戻った。




「はぁ…何を心配しているのやら」
クレイは去っていくロックウェルの背中を見ながらため息を溢す。
仕事が残っているにもかかわらずここまで飛んできたというのは、余計なことをリーネに吹き込まれたくないと言わんばかりのように見受けられた。
ロックウェルがその実力で王宮魔道士を掌握しているのも、女性たちにモテるのも今に始まったことではないだろうに。
そんなことよりも…。

(外部の者…か)

そちらの方がずっと心に突き刺さった自分がいた。
確かに自分は外部の魔道士ではあるのだが、あそこまで明確に線引きされてしまうとなんだか一気にロックウェルの存在が遠いものに感じられて仕方がなかった。
恋人だ友人だと思っていても、やっぱりロックウェルは自分とは立場が全然違うのだ。

(それこそ…わかりきっていた事なのにな…)

何となく夜までに気持ちを整理したくて散歩でもしてくると言ってはみたものの、あまりうろうろする気にもなれない。

「はぁ…」

そうやって庭園で花を眺めながらベンチに座っていると、ちょうど帰り際なのだろう女性たちがロックウェルの噂話をしているのが耳へと届いてきた。

「本当にロックウェル様は素晴らしいわよね」
「そう言えば聞いた?とっても綺麗な恋人がいるとか…」
「どうせ噂でしょう?」
「それがシリィものろけ話を聞かされたらしいわよ」
「えぇ?!この間までお忙しそうにしていたし、てっきりいらっしゃらないとばかり思っていたのに……」
「いない方がおかしいわよ」
「でもロックウェル様は引く手数多だからすぐに別の恋人をお作りになるかも知れないわよね」
「そうね。これまでもそうだったし、この機会にまた新しい方をお見つけになるかも」

きゃっきゃっと楽しげに話すそんな声を聞きながら更にどんよりと気持ちが落ち込んでいく。
ロックウェルの気持ちを疑うわけではないが、モテるのは事実だし、自分以外に恋人を作っても全くおかしくはない立場だ。
独り占めなどいつまでもできるはずがない。
それでも好きなものは好きなのだから仕方がないとここは割り切らざるを得ないだろう。

「切ない…」

これが恋というものなのだろうか?
こんな気持ち、これまで口説いてきた相手の誰にも感じたことはなかった。
どうして自分はこんな厄介な相手に捕まってしまったのだろうか?

「はぁ…」

そうしてクレイはまた深いため息を吐いた。


***


【おやまぁ…】
ロックウェルがサクサクと仕事を片付けていると呆れたようなヒュースの声が聞こえてくる。
「どうかしたか?」
そうやって片手間に尋ねてみると、ヒュースが驚きの一言を口にしてきた。

【とっても今更ですが、クレイ様が初めてロックウェル様への恋心をご自覚なさったようですよ】

その言葉に思わず手を止めてしまう。
「は?」
これまでも好き好きと言っていたのに一体どういうことなのか?
意味が分からない。

【ですから、あの方は鈍いと言っているではありませんか。ご自分で全くご理解されていなかったんですよ】

あんなに好きだと全身で訴え言葉にも出していたのに、肝心要の恋心には無頓着なのか全く自覚していなかったらしい。
一体どこまでずれているのだろうか?
順序がバラバラだ。

【ああでもこれは厄介ですね。また明後日の方向に暴走してくる可能性が出てきましたから、ご注意くださいね】

それはどういう意味だろうか?
気持ちを自覚したのなら後は甘い時間を二人で過ごすのが普通なのではないだろうか?

【あの方が普通の型に嵌ってくれるなら我々も苦労は致しません】

それは確かにと思わず頷いてしまうがどんな方向に暴走してくるのか、こればかりは想像もつかなかった。

「クレイは本当に一筋縄ではいかないな」
【そうなんですよ。お分かりいただけますか…】

はぁ…とため息を吐くヒュースに同情しながら、これなら明日の分まで少し多めに仕事を片付けておくべきだろうなと思い直し、より仕事に力を入れ始めた。

「心配するな。ある程度なら私も寛大に対処するから」
【そうですね。まあクレイ様が考えそうなことと言えば、他にも恋人を作ってもいい、とかそういうのですかね~】
「……」
【後は捨てる前には一言言ってくれとか、自分の事は気にせず幸せになってくれとか…?】
「ヒュース…それは私の気持ちが疑われているということか?」
【いいえ。そういう意味ではなく、クレイ様はご自分に自信がないのでついそちら方面に思考が行ってしまいやすいのです】
「…なるほど」
【ご自分でご自分を追い込んで自己完結パターンは今に始まったことではないので、お早めに何か対策を練っていただけると助かります】
「わかった」

そんなつまらないことで逃げられてはたまらない。
何が悲しくて折角自分の物になったクレイを手放さなければならないのか。

「あまりにふざけたことを言いだしたら一週間くらい寝台に閉じ込めて愛で倒してやる」
【……我々一同、そうならない様に願っております】

クスリと笑いながらヒュースはそのまま黙って下がっていった。


***


「クレイ?」
部屋へと戻るとそこにはクレイの姿があったが、どこか気落ちしたように元気がない。
不安げに揺れる瞳はまるで捨てられそうな小犬のように見えて仕方がなかった。
「どうかしたのか?」
わかってはいたが敢えてそう尋ねながら横へと座って自分の方へと引き寄せる。
「…なんでもない。それよりも先に食べよう」

今日はこの間みたいに後回しにしないでちゃんと食べようと促してきたので、それもそうかと一緒に先に食べることにした。
けれどどうもあまり食欲がないようで、本人が気付いているのかいないのかわからないがため息も多かった。
これはもう確実に何かを聞いた上で、ヒュースが言っていたようなことで落ち込んでいるのは間違いないと確信する。

(馬鹿だな…)

話を聞いていなければ間違いなくこれまで通りのお仕置きコース一直線なのに、わかっていないのだろうか?
けれどそこでふと…可愛がったらどうなるだろうという考えに思い至った。
少しくらいは素直になってくれるだろうか?
安心させてやれば気持ちも変わってくるかもしれないし、僅かなりとも上手く自信に繋げてやれれば、より一層自分から離れなくなるのではと考える。

(試してみる価値はありそうだな)

どうせクレイを手放す気など毛頭ないのだから、試せるものは全て試して攻略してみたい。
これまでどんな相手もあっという間に落としてきただけに、クレイのようなタイプは正直新鮮で仕方がなかった。

「クレイ…食欲がないのなら無理はするな」

取りあえずそうやって労わってやるが、クレイの表情は変わらない。
このままだときっと今日は帰ると言い出すことだろう。
それでは面白くないのだ。

「ロックウェル…悪いが今日は…」

案の定言い難そうにそう言いだしたクレイにそっと微笑みながら言葉を紡ぐ。

「クレイ。具合が悪いのなら私が回復魔法を掛けてやるし、今日は添い寝してやるからゆっくり休むといい」

その言葉は正直クレイには思いがけない言葉だったようで、驚きながらこちらを見つめてくる。
それはそうだろう。
このまま帰って一人でグルグル悩もうと思っていたのだろうから────。

「……でも…」
「気にするな。ほら、こっちに来い」

そうやって誘ってやると、おずおずとしながらもそっと自分の所へ来てくれたので、そのまま腕の中へと閉じ込めた。

「折角の一週間ぶりの逢瀬だが、今夜は優しく溶かしてやると約束していたからな。無理強いはしない」

その言葉にクレイがそっと窺うように顔を上げてくる。
それに引きつけられるように互いの眼差しが絡み合ってそのまま口づけを交し合った。

「ふっ…んぅ…」

甘く口づけを交わしていると、クレイの腕が背へと回ってそのままもっとと言うように求めてきたので、そのまま望むがままに激しく口づけてやる。
「はぁ…あっ…ぅん…ッ」
口づけだけで既に感じているようなクレイをそのまま寝台へと連れて行き、ゆっくりと流れるように押し倒した。
「クレイ…」
頬を染めるクレイの可愛い顔を堪能しながらゆっくりと服を剥いで床へと落として行く。
その滑らかな肌を優しく愛おしむように撫で、壊れ物を扱うかのように緩やかに可愛がった。
「あぁ…っ!」
「クレイ…気持ちいいか?」
「はぁ…。ど…して?」
戸惑うようにそうやって尋ねてくるクレイにただただ優しく微笑んでやる。
恐らく今日は朝から一度も怒らないから不思議に思っているのだろう。
「お前には恋人とはこういうものだと教えてやると以前言っただろう?」
その一環だと言ってやると納得したのかそのまま大人しく身を任せ始めた。

「あ…ロックウェル…」

そうやって切ない声で自分を呼ぶくせに、恋を自覚した途端離れていくなど絶対に許さない。

「クレイ…愛してる」

他の誰でもない。
ただただクレイだけを愛してる。
今日はそれだけをしっかりと教え込んでやろうと、ロックウェルはゆっくりとクレイを溶かしていった。


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