黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

48.困惑

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(父上?)

あまりにも焦ったように出ていく父の姿にハインツは首を傾げた。
一体どうしたと言うのだろうか?
その姿がどうしても気になってこっそりと後を追う。
すると回廊の奥から父の声が聞こえてきた。


「クレイ!待て!」


(クレイ?)
クレイと言うとあの自分を助けてくれたクレイだろうか?
気になってそっとそちらに向かうと、そこには先程の女魔道士に相対する王の姿しかなかった。
(え?)
これは一体どういうことなのか…。


「クレイ!そんな姿をしていても私にはわかる!先程の力は確かに謁見の時に覚え込んだお前の気だった」
「……」


そんな言葉にまさかと思いながらその女性の気を感じ取る。
(あ……)
それは確かにあのクレイの気そのもので────。


「そんな恰好までしてここまで侵入し一体何をするつもりだった?何が目的だ?ハインツと接触しにきたのか?お前は何を企んでいる?!」

そうやって必死に詰問する王に、けれどクレイは冷たい眼差ししか向けようとはしない。

「俺はライアード王子の護衛の仕事でここに来たに過ぎない。この格好も仕事の一環だ。仕事は先程の件でほぼ片付いた。だからこれ以上は特に動くこともない」

そう義務的に答えを返しさっさと立ち去ろうとするクレイに、王は尚も言い放つ。

「私はお前がハインツに近づくことは一切許さんからな!」

けれどそんな言葉にクレイは振り向くことなく颯爽と歩き去ってしまう。
後に残された国王は複雑な表情でただただクレイの背を見送るだけだ。



(父上…?)
あんな父の姿を見たのは初めてだった。
クレイは王妃側とは無関係に見えるが、もしかしてあちら側の人間だったりするのだろうか?
(でも…それならあんな話をしてくれるとは思えないんだけどな…)
もし王妃側の人間だったなら、わざわざ何も知らなかった自分に色々教えてくれることなどしなかったのではないだろうか?
何か他に父の琴線に触れる何かがあるのだろうか?
ハインツはふとそう思い至って不安な気持ちになった。
やはり父は何かを隠しているように思えて仕方がなかった。
そう考え至ったところでふと背後に気配を感じ思わず振り返ると、そこには兄のルドルフが立っていて思わずヒッと声を上げそうになる。
昔から父に王妃側のトップであるルドルフはお前の敵だとずっと言い続けられていた。
だからこそ、当たり障りなく接して決して心許したりしないようにと自分なりに思っていたのだ。
敵なのだから怖くないはずがない。

「……ハインツ」
「……はい」

一体何を言われるのかわからずただ小さく返事を返すことしかできない自分が情けなかった。

「父からクレイについて何か聞いているか?」
「……いいえ」
「そうか。ではこの件は忘れろ」

それだけを言うとルドルフはあっさりと踵を返して行ってしまう。
一体どういうことなのか自分には全く分からなかったが、ルドルフは何か感じることがあったのかもしれない。

(怖い……)

王宮内で何かが蠢いているのを感じて怖くて仕方がなかった。
こんなことはあの部屋にいる時は感じたことがなかったと言うのに……。
自分はやはり籠の中の鳥でしかなかったのだ。
ここはこんなにも怖い所だった。
自由などなく、不安しかないそんな場所。
そんな場所で自分などが果たして王になどなれるのだろうか?
あまりにも怖くて、ハインツはその重さに身震いすることしかできない。

(誰でもいい…。僕を助けて…)

ハインツは怯えるようにその場で小さく震えながら救いを求めた。


***


広間から王が足早に出ていく姿を見てルドルフは何かあると目を光らせた。

いつも自分には見向きもしない自分の父。
たまたま魔力を持たない子だったからと言って王は可愛がってくれなかったと母は昔からよく嘆いていた。
こんなにそっくりな目をしていると言うのに…。そう言った母の言葉を小さな頃は信じきっていて、疑ったことなど一度もなかった。
だから、次期王に相応しい姿を見せれば父もきっと認めてくれると思い必死に勉強も剣技も国政もなんでもできることは頑張ってやってきた。
けれど父の態度は変わることはなく、また大人になるにつれ余計な言葉が耳へと届くようになってきた。

────『不義密通』

つまり自分は王の子ではない。そんな悪意ある言葉だった。
自分の中に父の血が一滴も流れていないなどそんなことがあるはずがないではないかと苛立ちを隠せなかった。
あの優しい母がそんなことをするはずがない。
無礼にも程があると────。
けれどそこでふと思ったことがあった。

────父は母を疑っているのではないだろうか?

悪意ある言葉を真に受け、母が自分を裏切ったのだと思い込んでいるのではないか?
だから自分達を疎み、ハインツだけを可愛がるのではないか?
そう思った。
いつか誤解が解ければいいと…そう思い続けてきたけれど、夫婦間はとうに冷め切っていて、自分にできることはないと感じるほどだった。
いつしか自分の中には、いつまでも母を誤解し自分を認めてくれない父に対する嫌悪感のみが残された。

けれど、そんな父が気に掛ける者がハインツ以外にもいたのかと少し興味が湧いた。
だから頃合いを見計らって足早に声のする方へと足を向けたのだ。
そこには既に先客がいて、蒼白になりながら王を見つめているハインツの姿があった。


「そんな恰好までしてここまで侵入し一体何をするつもりだった?何が目的だ?ハインツと接触しにきたのか?お前は何を企んでいる?!」


そんなどこか怯えたような王の言葉が耳へと届く。
一体何に対して怯える必要があると言うのだろう?


「俺はライアード王子の護衛の仕事でここに来たに過ぎない。この格好も仕事の一環だ。仕事は先程の件でほぼ片付いた。だからこれ以上は特に動くこともない」


対するクレイの言葉も王に対しては不遜だが、内容的には特におかしなところは見受けられない。
彼の仕事は護衛だ。
敢えて他に目的があったのだとしても、恐らく恋人であるロックウェルに会いに来た────ただそれだけの事だろうに。
けれど王は納得がいかないのか、叫ぶようにその言葉を紡いだ。


「私はお前がハインツに近づくことは一切許さんからな!」


(…父上?)

確かに彼の魔力は高く、先程の戦い方も素晴らしかった。
だからだろうか?
もしやクレイがその力でハインツを殺すかもしれないと、不安に駆られたのかもしれない。
けれどクレイはそんなことをするような者には見えなかったし、理由もない。
父の考えすぎだと思うのだが…。

(もしかして他にも何かあるのか?)

それがわからなくて、つい話しかけなくてもいいのにハインツへと声を掛けてしまった。
そんな自分にハインツは怯えたような眼差しを向けてくる。
その眼差しは先程のクレイに対する父の目とそっくりで、胸が悪くなった。
(別に取って食いやしないのに…)
腹違いとは言え兄弟なのにそこまで怯えられる理由が正直わからない。
(所詮籠の中の鳥…か)
父に甘やかされて育った病弱な末の弟。
たまたま紫の瞳を持って生まれてはきたが、この分では王位につけたとしても国は乱れてしまうだろうと思えた。
もっとしっかりしてもらわなければこの国は終わってしまう。

(…このままでは王位はハインツには渡せないな)

何か手を考えて自分が王になる道を模索するしかないだろうと素直に思った。
国を乱し国民を路頭に迷わせるわけにはいかないのだ。
(王は民のために尽くさねばならない)
だからこそ、自分はもっともっと頑張って、どうあっても父に認めてもらわなければならないのだ。

ハインツとの会話から得られるものは何もなさそうだったため、さっさと話を終わらせ毅然と前を向く。
胸にあるのはただ国を想う心だけ。
例え弟をその座から引き摺り下ろすことになろうとも、自分は王になってみせる。

────そう決意を固めながら…。


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