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12.※自分の気持ちがわからない

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尾関がどこか不安げに抱いてほしいと言ってきたので、ストーカー女を忘れさせてやろうと思った。
やはり強がったりいきなり変なことを言い出したのはあの女のせいだったのかと無性に腹立たしい気分でいっぱいになってしまう。
尾関はなんだかんだ言っても『普通』の奴なのだ。
あんなことをされて平気なはずがない。
情緒不安定になっていても何も不思議ではなかった。
多分自分に告白してきたのだって、最初はそんなつもりはなかったのだろうと思う。
友情が壊れるかもしれないことをずっと言えなかったからこそこれまで我慢していたのだろうし、それに気づかなかった点に関しては悪いことをしたなと一応反省はしている。
こうして関係が変わるのは望んでいたことではないけれど、一緒にいる時間が増えるだけなのだと思い直せば特段嫌ではなかった。
告白には物凄く心揺さぶられたし、こいつのことは好きだとは思うから付き合うことに関してはもう何も言うまい。
それに、そのうち尾関から他に好きな相手ができたと言われ別れることになったとしても、多分そのまま友人関係は続いていくだろうと思った。
そう考えると何も問題などはなく、拒否する理由もないのでいいかと開き直ることにしたのだ。
俺は望んでいた『普通』の恋人ができて、尾関は長年の片思いが叶った。
それでいいんじゃないかと思った。
そしてどこかスッキリした思いで尾関を改めて抱いたのだが─────。

「はぁ…。たける…」
熱い眼差しが自分へと向けられる。
縋る様に伸ばされた手がいつもとは違って愛おしそうに自分を絡めとってくる。
「んっんっ…」
切ない眼差しで自分を見つめながら口づけて、幸せそうに笑うこいつを見て………。

─────これまでにないほど欲情する自分がいた。

(なんでだ?!相手は尾関だぞ?!)
何故かいつもと勝手が違うことに内心で激しく動揺する。

「はぁ…。んぅ…気持ちいい…」

誤魔化すように緩やかに突き上げるとそう言葉を溢しながら嬉しそうに自分を受け入れる尾関。
その姿はこれまでとは全く違っていて、『友達』ではなく『恋人』にしか見えなかった。
この同居中、尾関がトロトロになる程抱いたことだってあるはずなのに、その時と何かが大きく違う気がする。
俺の目がおかしくなってしまったのだろうか?
「あっ…そこ、凄ッ…」
気持ち良さそうに溺れる姿にグッとくるのを感じて、激しく動揺してしまう自分がいた。
(嘘だろ?)
自分の手で乱れる尾関の姿に心臓がうるさく音を立てる。
一体これは何だろう?
これまであった自分の中の余裕が、何故かガリガリと削られていく気がした。

これまでもずっと自分に抱かれる尾関は可愛い奴だとは思っていた。
失恋で涙をこぼしながら『忘れたい』と泣く健気な奴だと思いながらずっと慰めるように抱いてきたのだ。
けれど今日は全く違う。
今日の尾関はただ真っ直ぐに自分への想いを抱えて抱かれていた。
嬉しそうに、愛おしそうに、どこか切なげに自分を見つめる尾関─────。
そんな尾関は以前とは比べ物にならないほど可愛いすぎて、たまらない気持ちになった。
(最悪だ……!)

好き────かもしれない。

初めて本気でそう思った。

付き合うと決まってからもまだどこかで友人として見ていた自分の目が変わった瞬間だった。

今腕の中にいるのは親友でもなければセフレでもない。
正真正銘自分のことが好きな『一人の男』なのだと実感してしまう。
これだけ全身で『好き』を表現されて気づかない方がおかしい。

「はぁ…。たける…もっと…」

甘えるように求められて、思わずギュッと抱きしめてしまう。
頼むから───それ以上熱っぽい目で俺を見つめないでほしい。

「智也…」

なんだか心臓がうるさくて、つい尾関の名前を呼んでしまう。
「た…ける…?」
はふはふと熱い吐息を溢しながらも尾関は不思議そうに自分の方を見つめてきたが、俺はそれに応える言葉が見つからなくて、体位を変えて誤魔化すことしかできなかった。
「…今度はバックでいっぱい突いてやる」

だから、これ以上その目で俺を見つめるな─────。

正直今の自分の顔を見て欲しくはないと思った。
どんな顔をしているのか自分では考えもつかない。
だから顔が見られない体位にしてしまいたかった。
「あぁッ…!」
ズンッと奥まで突き上げると尾関が歓喜の声を上げる。
そうして俺は赤く染まっているであろう頬を早くどうにかしたくて、余裕のないまま尾関の弱いところを探しながら腰を振り続けた。


***


「それで?結局付き合うことになった…と」
「ああ」
「美味しい!美味しいですよ、所長!」
「ストーカー様様ですね♡ハイスペック彼氏!イケメン万歳!」
「うるさい!お前ら、俺で遊ぶな!仕事をしろ仕事を!」
案の定職場で揶揄われてブチ切れる。
本当に他にネタはないのかと言いたくなってもおかしくはないだろう。
こっちは未だに戸惑いが大きいと言うのに─────。

どうにも昨日尾関を抱いてから色んな感情が頭の中をぐるぐると回っていておかしいのだ。
こんな気持ちになったことなんてこれまで一度としてなかったことで、正直戸惑いしかなく困っているというのが現状だった。
だから仕事中も合間合間についぼんやりしてしまって、そのことを目敏く見つけた菊野が何かあったなら聞きますよ~とにじり寄ってきてしまった。
どうやら他の面々も気になっていたらしく、逃がしませんよという目で囲まれて敢え無く白状する羽目になったのだが、案の定遊びのネタを提供するだけになってしまった。
本当にうんざりだ。
折しも時刻はもうほぼ定時を迎えようとしたところ─────。
こうなったらさっさと逃げるに限る。
そう考え、今日の時間外業務は自分の担当ではないからと席を立った。

元々今日は外で飲もうと尾関が言っていたから、一度車で迎えに行って家に戻ってから一緒に出ようと考えていた。
今から出れば時間的にもちょうどいいだろう。
そう思っていたところで探偵社の扉がコンコンと軽く叩かれた。
そこに立っていたのは何故か尾関で、笑顔で『迎えに来たよ』と言われてしまう。

─────何故だ…。

「俺が迎えに行こうと思ってたのに」
そう悪態を吐くと、尾関はどこ吹く風というように自分の方が早く終わったからと宣った。
「今日は出先がこの辺だったから、藍河と入れ違ったら嫌だし迎えに来たんだ」
「そうか」

そんな普通のやり取りをする自分達だったが、ここで菊野が悲鳴を上げた。
「所長!どうしてそんなに普通なんです?!」
「そうですよ!恋人同士になったんでしょう?!いつものドSはどこ行ったんです?」
「恋人にはより一層ドS全開になるもんじゃないんですか?!」
他の調査員達まで好き放題言い出すからたまらない。

「誰がだ!それに俺は尾関には昔からドSな顔は見せたことなんてない!」

「えええっ?!あれって冗談じゃなかったんですか?!」
その言葉に何故か皆がショックを受けたような顔で後ずさる。
そんな同僚達の姿に、追い打ちをかけるように尾関が笑顔で口を開いた。
ストーカーの件では色々お世話になりましたと礼を口にしてから自分を援護してくれたのだ。
「藍河は口は悪いけど優しくて面倒見のいいやつだから、あんまり誤解しないでやってほしいな」
「そうだよな?!」
尾関の言葉に後押しされてほら見ろと皆に訴えたが、皆はそれはおかしいと重ねて言ってきた。
「ないです、ないです!藍河所長ですよ?!ちょっと揶揄っただけで給料下げるとか言っちゃう人ですよ?!」
「そうですよ!口が悪いってレベルじゃなくて、ドSそのものですよ?尾関さん、ベッドで泣かされてるからわかるでしょう?!」
「……?藍河はいつも丁寧に優しく抱いてくれるからそんな風に思ったことはないけど?」
鈍感に泣かされたことはあってもそれ以外ではないと口にした尾関に、腐女子達が叫んだ。
「もしかして尾関さんだけに優しいとか?!何それ、萌える!」
「こいつだけは傷つけたくないんだ的な?!何それ美味しすぎる!」
「まさか所長がね~…。それじゃあ他に相手が見つからないわけだ」
ニヤニヤと笑う奴らが憎たらしい。
「~~~~っ勝手な妄想を繰り広げるな!」
いい加減頭にくる。
俺は普段どんな風に思われているのだろう?
はっきり言っておかしな妄想をされるほど鬼畜ではないはずなのに…。

「だって所長~…よく考えてくださいよ。これまでの付き合いで、所長がドSにならずに無償で誰かに優しくしたことってあります?」

そんなもの、考えるまでもなくあるはずだ。
そう考えて、反論すべく自分を振り返ってみる。
無償で優しく…無償で優しく……。

「ああ、暑い日に飲み物買ってやっただろう?」
「ええっ?!あれ、金やるから買って来いって言って買いに行かせてたじゃないですか。あれはパシリですよパシリ」
確かに助かりましたけど~と文句を言われる。
「休暇申請を快くOK出してやったりは優しさだぞ?」
「それは~後から倍の仕事詰め込むから覚悟しろよとかなんとか怖い笑顔で言ってたからカウントしません~」
「は?別に本気で言ってたわけじゃないし、仕事だって普通の奴しか回してないだろう?」
「それはそうですけど、ドSな笑顔で言ってた時点でアウトです」
そんな感じで次々思いつく限りのことを口にしたが、悉くNGを出されて悔しい気持ちでいっぱいになった。
「もう、本当に所長は天然ドSなんですから!尾関さん、虐められたら愚痴でもなんでも聞きますから気軽に遊びに来てくださいね?」
けれどそんな失礼な調査員達にも尾関は変わらぬ笑みを向ける。
「大丈夫。藍河は俺にはそんなこと言ったことないし。でもこうして新しい面が見られるのは新鮮で楽しいから、また遊びには来たいかな」
「尾関!本当にお前いい奴だな!聞いたか!これが俺がずっと言ってた『普通』だ!これが恋人基準!これが俺の一番求めてたやつなんだ!」
どうだ見たかと満足げに言い放った俺に、皆はそれはどう考えても『普通』ではなく『特殊』だと返してきた。
「所長とそんな風に普通に振舞える人なんてこれまで誰もいなかったじゃないですか~!」
「そうですよ!尾関さんは普通の人じゃなくて奇特な人なんです!ある意味奇跡の人です!」
「そうそう!ハイスペックなだけじゃなくドSも落とす魔性の人なんですよ、きっと!」
そんな風にぎゃいぎゃい楽しそうに言い募ってくる失礼な面々にまた言い返そうと口を開きかける。

けれどその口はいきなり背後から抱きしめてきた尾関の口によってあっさりと塞がれてしまった。

「んんんっ?!」
「「「きゃー♡」」」

大喜びの菊野達は兎も角、いきなりなんてことをするんだと思い切り尾関を睨みつけるが、振り返って見たその顔があまりにも幸せそうだったので思わず絶句してしまった。
「…え?」
何か嬉しいことでもあったのかと驚いていると、尾関はそのままはにかむように笑って俺を腕の中へと閉じ込めてしまう。
「お前の方からあんなに熱烈な告白をされて嬉しくないわけがないだろ?」
ポツリと俺にだけ聞こえる声で囁いた尾関に一気に顔が熱くなった。
そんな尾関が喜びそうなことを俺は口にしただろうか?
「気づいてないとか…本当に藍河らしいけど、そういう所も好きだ」
そこからは一気に恋人モードの尾関になってしまったので、離れろと言って思い切り引きはがしてやった。

正直この尾関は苦手だ。
どうにも予想がつかなくて心臓がうるさくて仕方がないのだ。
本当に恥ずかしい奴だとしか思えない。
けれどそんな自分達を生温かい眼差しで見遣り、皆はそれ以上茶化さず行ってらっしゃいと笑顔で送り出してくれた。
どうやら引き際はちゃんとわきまえてくれているらしい。

「ほら、遊んでないでもう行くぞ」
「ああ。今日は何飲もうかな」
「今日は日本酒だろう?」
「そう言えば親父が藍河が地酒持って遊びに来るのを楽しみにしてるって言ってたな」
「それな。実は二種類で決めかねてるんだ。後でお前の意見も聞かせてくれ。お前の料理も久し振りに食べたいって言ってたから、それに合うやつの方がいいだろう?」
「はいはい」
そんな風に仲良く肩を並べる姿を『尾関さんすごい!所長お幸せに!』と喜色満面で見つめられていたなんて思いもよらず、俺は尾関と共にその場を後にしたのだった。



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