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【本編】

55.激怒するツガイ

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「なんなのよ?!あり得ないわ!」

俺が男達を倒したのを見てリリアン嬢が金切り声を上げる。
まさかこんなことになるとは思わなかったのだろう。
とは言えここでまた変な濡れ衣を着せられても困るから俺はそのまま部屋から飛び出した。

「待ちなさい!」

焦ったようにリリアン嬢が声を発するけど、待っても俺に利はない。
ドアの外に先程ドアを叩いた令嬢がいるかと思ったけど、そこには誰もいなくて不思議に思う。
あれは一体誰だったんだろう?
そう思いながら走る。
すると角を曲がったところで誰かにぶつかった。

「す、すみません!」

慌ててその相手の顔を見るとそこにいたのはディオンで、驚いた顔をした後俺を腕の中へと閉じ込めギュッと抱きしめてくる。

「ラスター。無事で良かった」

余程心配していたんだろうか?
どこか泣きそうな顔で俺を見つめてきて胸がギュッと締め付けられてしまう。

「何があった?」

優しく聞いてくるディオンに俺もわかる範囲で事情を説明しようと口を開こうとしたのだけど……。

「見つけたわよ?!」

息を荒げて必死に追いかけてきたリリアン嬢が来てしまった。

「リリアン侯爵令嬢?」
「ディオン様?!」

彼女はディオンの姿を確認した途端サッと居住まいを正してとても綺麗なカーテシーを披露する。

「ご無沙汰しております」
「……ラスターを追いかけてきたように見えたけど、どういうことか説明をしてもらっても?」

笑顔だし口調は優し気だけど、その目は全く笑っていない。
でも彼女はそれに気づいていないようだ。
ディオンの笑顔に明らかにホッとしたように胸を撫で下ろし、事実とは程遠い話をし始めた。

「その…マーガレット嬢にお願いしてラスター様に謝罪しようと呼び出したのは良いのですが、ちっとも謝罪を聞き入れていただけなくて、私、悔しくて、悲しくて、つい紅茶をかけてしまったのですわ。それで怒って出て行かれてしまったので慌てて追いかけてきたのです」

どうやら紅茶をかけたことは隠せないと思ったらしく、苦し紛れの言い訳を口にする。

「私、本当に反省していますの。ラスター様。申し訳ございません」

ポロポロと涙を流しながら謝罪してくるリリアン嬢。
凄いな。三秒で本当に泣けるなんて役者になれそうだ。

「……ラスター。本当?」

ディオンが疑わし気に聞いてくるけど本当のはずがない。

「えっと…殺されそうになって逃げてきたとしか…」

その言葉にディオンが纏う空気が変わる。

「殺されそうに?」
「ヴィクターさんが三人の男達を連れてきたんだけど、彼らが令嬢から依頼を受けたからと短剣で襲い掛かってきたんだ」
「ヴィクターが?!」
「あ、ヴィクターさんは多分知らないんじゃないかな?誰かに頼まれて部屋に案内しただけって感じですぐに退室したから」
「あいつ…っ!」

ディオンがギリッと歯噛みする中、リリアン嬢が泣きながら『誤解ですわ!』と叫んだ。

「酷い…。ラスター様、どうしてそんな嘘を仰るの?やっぱり以前のパーティーでワインをかけたことを怒ってらっしゃるのね?こんなに謝っているのに…うっ、ひど、酷いですわぁ…ぐすっ…」

そんなやり取りをしているとなんだなんだと人が集まってきた。
これはマズい気がする。

「私に貴方を殺すなんてこと、できるはずがありませんわ…っ!うぅっ…ぐすっ…。そんな恐ろしいことっ無理ですっ…ひっく…っ」

そんな彼女の姿を見て俺に非難の目が集まるのを感じる。

(やられた…)

女性の涙はある意味非常に強い。
それは前世でも痛感したことではある。
こうなっては何を言っても言い訳にしかならない。
何度リューンにシャーリーを泣かせるなと言われたことか。
そんなつもりはなかった、泣かせる気はなかったそう言っても無駄なのだ。
泣かせたのは事実だろうと言われたらそれまでだから。

だから俺は何も言い訳する気はなかった。
ここは甘んじて非難を受け入れようと思ったのだ。
でもそれを良しとしないのがディオンだった。

「泣けば済むと思うなよ?俺の大事なラスターが嘘を吐くはずがないだろう?ふざけてるのか?」

ヒヤリと冷たく響く声に含まれるのは本気の怒気。

「ディオン…様?」

これにはリリアン嬢も驚いて目を見開いている。

「ラスターは優しいからこの場でこれ以上何も言わないだろうけど、俺は絶対に許さない!見ろ、この服を!紅茶をぶっかけられてシミはできているし、逃げるために必死になって短剣を避けたせいで服も髪も乱れてよれよれになってる!これをどう見たら嘘だと言える?!どちらが本当のことを言っているかは一目瞭然だ!」
「ディオン…」
「ラスター。男達に襲われて怖かっただろう?守ってあげられなくてゴメン。実行犯を今すぐ殺しに行ってくるから場所を教えて?」
「「え?!」」

その言葉にリリアン嬢が真っ青になる。
俺もこれにはドン引きだ。
流石にそこまではしなくていい。

(そう言えば竜人ってツガイを愛せば愛するほど過激になるんだった)

前世では俺の方がリューンより強かったから平気だったけど、多分そうじゃなかったらとっくに殺されていた気がする。
こうなるとツガイが宥めないと歯止めが利かなくなるらしい。

「ディオン!俺は平気だから」

だから止めに入ったんだけど…全く聞こえてないな。

「ラスター…どこ?」

ニコリ。嗤う。
怖い。
でもこれに屈するわけにもいかない。

(仕方ないな)

「ディオン。二度、言わせないで?」

あんまりしたくはなかったけど、威圧スキルを使わせてもらう。

ちなみに魔法と違い、スキルは今世でも割と有効のようだ。
それは培ってきた経験から来るものだからなのかもしれない。
スタンピードの時に無意識に扇動スキルを使っていたのを思い出したから威圧スキルも使えるかもと思ったら案の定発動した。
勿論本気でやってしまうと全員跪かせてしまうから軽めに発動させたけど、ちゃんと効果はあるはず。

「うぅ…陛下…それは卑怯です…」

小声でそう呟き、渋々屈服するディオン。

「ゴメン。ディオン」
「……その代わりこの後はもう何を言われようと絶対に離れませんから」

ギュッと抱き込んでくるディオン。
どうやらそれで引いてくれるらしい。

(でも、言葉は戻してほしいな)

スキルのせいでまた戻ってしまったから何とかしたいところだ。

「ディオン。馬車で着替えてもいいかな?」
「勿論」

そう言ってエスコートしてくれる姿にホッとする。

そして俺達は呆然と立ち尽くすリリアン嬢に背を向けて馬車の方へと足を向けた。




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