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【王妃の帰還】
105.王妃の帰還④ Side.メルティアナ
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久方ぶりにブルーグレイへと帰ってきた。
部屋は綺麗に整えられていたけれど、なんだか久しぶり過ぎて落ち着かないし、やっぱりアンシャンテが恋しくなってしまう。
(シャイナーが追い出しさえしてこなければ…!)
甥のあのふてぶてしい態度が思い起こされてイライラしてしまう。
そんな気分を晴らすかのように今日も庭園へと足を運び、のんびりと茶と菓子を堪能する。
「ふぅ…。やっぱりここのお菓子は美味しいわね」
そうやって一息吐きながら次に思い起こすのは、ここに来た初日に夫から言われた言葉だ。
『セドリックのあれは元々の性格だ。お前の考えを押し付けるな』
言うに事欠いてあんな酷いことを言うなんて、本当に父親として許せないと思った。
久し振りに会ったにも関わらずあんな憎々しげな目で母親を見てくる子がどこにいるというのか。
あれが元からであるはずがない。
絶対に育て方を間違ったに決まっている。
きっと有る事無い事私の悪口でも吹き込んだのだろう。
だから反抗期が長引いているのだ。
(やっぱりここを出る時に一緒にアンシャンテに連れ出せばよかったわ)
そうしたらきっと今頃は素直で優しい子に育ってくれていたはずなのに…!
昔から少し冷めた子ではあったから『それは間違ってるわ』と言って愛情をこめて接したつもりだ。
もっと母親を大事にしなさい。母の言うことを聞きなさい。母には優しい言葉と丁寧な言葉を心掛けなさいと何度も何度も言い聞かせたのに、ちょっと離れている間にすっかり忘れてしまったのか、見事なまでにグレてしまっていた。
(きっと反抗期に放っておいたから拗ねているんだわ)
夫が吹き込んだ私の悪口で、捨てられたのだと勘違いしている可能性だって考えられる。
(可哀想に。これからはもっと積極的に話し掛けてあげなくちゃ)
そう思いながらカップを傾けていると、きゃいきゃいとどこか楽しげな侍女達の声が聞こえてきた。
「今日のデザートはアルメリア姫のお好きなアップルパイだそうよ」
「まあ、いいわね。後でアルフレッド殿にいつお持ちすればいいのか聞いておかないと」
「そうね。お仕事の休憩時間にお持ちするのが一番ですものね。きっと喜ばれるわ。ああでもアルフレッド殿には先にセドリック王子の方に行っていただいた方がいいかしら?」
「確かに。セドリック王子のあの殺気に耐えられる方は他にいらっしゃらないし、ご相談してみましょう」
「でも流石は側妃様よね」
「本当に。一時はどうなるかと思ったけれど…。アルフレッド殿がいらっしゃったらセドリック王子も落ち着いてくださるし、助かるわ~」
その会話を聞いて、そう言えばと思い出す。
セドリックは結婚して子ができたと兄から聞いた。
正妃の名はアルメリア。子の名はルカ…だっただろうか?
けれど問題はそこではない。
セドリックは側妃に護衛騎士を置いたらしいのだ。
そう────アルフレッドというアルメリア姫の騎士を。
(どうして側妃が男なのよ?!)
ブルーグレイは同性婚は認められていない。
そのはずなのにあっさりとアルフレッドという騎士は側妃に収まったらしい。
このことから考えるに、きっと正妃がセドリックを満足させてあげられなかったに違いない。
子さえ産めばそれでいいと思ってセドリックを蔑ろにしたのではないだろうか?
そんな正妃に嫌気がさして男に走ったのでは?
それなら夫が渋々認めてもおかしくはない気はする。
(そんな女、百害あって一利なしよ!さっさと追い出してやるわ!)
もう後継ぎは生まれているのだし、追い出したって問題はないはず。
「そうよ!そうだわ!」
セドリックを育てるのは夫のせいで上手くいかなかったが、セドリックの子はまだ赤子だ。
今度こそ自分好みに育ててやればいい。
「これで問題は解決ね!」
『おばあ様』は流石に嫌ね。私はまだまだ若いもの。
いっそ私をお母様と呼ばせてみようかしら?
あら素敵!
沢山可愛がって、私がいないと何もできないって甘えてくれるようになるといいわね。
将来的にはキラキラした笑顔で女性達を虜にして、女性に囲まれながら幸せに暮らすのよ。
そう言った意味ではセドリックは可哀想よね。
あの人の教育のせいで怖がられるような子に育ってしまったんですもの。
でも今からでも遅くはないわ。
私が子育ての何たるかを教えながら性格を丸くしてあげればいいだけの話だし、そう言った意味では側妃もいらないわね。
だってセドリックの癒しになるのは私だもの。
「取り敢えずアルメリアという正妃を追い出しましょうか」
こちらはセドリックに相手にされていないという話だし追い出すのは簡単だ。
その上で側妃も後で様子を見ながら追い出そう。
嘘か真か寵愛されているという話だし、ちゃんと時期は見計らう必要はあるけれど、そんな男はさっさと追い出して私と楽しく暮らしてほしい。
そう考えを纏めて即実行に移した。
「…………貴方がセドリックの正妃、アルメリアかしら?」
そして先触れを出し姫のいる宮へと足を運んだのだが、初めて見たアルメリア姫はまるでお人形のようで、セドリックには不釣り合いなどこか幼い見た目の小娘だった。
確かにこれならセドリックが気に入らないのもよくわかる。
(セドリックは私みたいな美女の方が好きですもの!)
うふふと一気に機嫌が良くなり、これなら負けないわと自信満々に胸を反らす。
「はい。ご挨拶が遅れ申し訳ございません。お初にお目に掛かります。ミラルカ皇国から参りました、アルメリア=ミラルカ=ブルーフェリアでございます」
「そう。私はこの国の王妃、メルティアナ=アンシャンテ=ブルーフェリアよ。早速だけど、貴女。セドリックと別れなさい」
「……は?」
「ですから、セドリックと離縁してミラルカに帰れと言っているの」
(貴女はいらないのよ)
はっきりとそう言ってやるとその場にいた全員が面食らったような顔で目を丸くしていた。
「聞けばセドリックは貴女に満足できず、側室を迎えたらしいじゃないの。しかも男を!妻として夫を満足させられないのは妃として失格よ。後継ぎの子だけ置いて今すぐミラルカへ帰ってちょうだい」
小娘なんてお呼びじゃないのよと王妃である私が直々に告げてやる。
(ああ、でも大事なことはきちんと伝えておかないといけないわね)
「子供はちゃんと私の手で育ててあげるから何も心配はいらないわ。話はそれだけよ」
子供だけ置いてさっさと国に帰れと言い放ち、私はそのまま部屋を出た。
きっと今頃は泣いていることだろう。
そのまま打ちひしがれて国に帰ってしまえばいい。
そう思った。
***
あれからアルメリア姫は荷物を纏めて泣きながら馬車でミラルカへと旅立ったらしい。
案の定セドリックは特に引き留めなかったようで、実に清々しい気分だ。
これでここでちやほやされるのは自分だけになったし、きっと居心地も良くなることだろう。
そう思っていたのに────。
「…………これは何かしら?」
「王妃様のお仕事です」
突然やってきた夫の側近が、何故か私に仕事を持ち込んできた。
「聞いていないわよ!」
「アンシャンテへ行かれる前にもお仕事はあったはず。ご存じないとは言わせませんよ?」
「だからってまだ帰って三日くらいしか経っていないのよ?!こんなにいきなり書類を回してくるなんて、貴方の神経を疑うわ!」
「全てご自分が蒔いた種でしょう?これまではアルメリア姫がして下さっていたのです。責任はしっかり取ってもらうようにとセドリック王子からも言われておりますので」
「なっ!酷いわ!セドリックがそんなことを言ってくるはずがないでしょう?!私はやらないわよ?!」
そう言って『やりたくない』と突っぱね、そのうち諦めるだろうと一週間ボイコットして私は仕立て屋を呼んだり商人を呼んだりとアンシャンテでの日々と同じように過ごした。
けれどその間その仕事をする者は誰もいなかったようで、書類はどんどん積み上がってしまったらしい。
(どうにもならないほど溜まる前に、さっさと誰かに任せてしまえばいいのに)
『気が利かない連中ね』と呆れて物も言えない。
けれどそうこうしているうちに「いい加減にしろ!」と夫が怒り心頭に私の元へとやってきた。
「姫を追い出しておいて仕事をせず遊び惚けてばかりとは、お前は何様のつもりだ?!」
「私は王妃ですわ!」
「王妃なら王妃らしく自分の仕事くらい責任をもって果たせ!」
「そんなもの下の者にやらせればよいではありませんか!王妃は上に立つ者としていざという時にだけ命じればいいのです。普段は優雅にお茶でも飲みながらのんびり過ごせばよいのですわ!」
「……それがお前の言い分か」
「そうですわ」
「私がアンシャンテで罪を犯したお前を、どうして自由にしているのか考えたことは一度でもあるか?」
「ありませんわ。だって私は何も悪くないですもの。シャイナーを潰したい方達に頑張ってちょうだいと言っただけで、人を殺したわけでもなければ、実際にその座から引きずり下ろすために手を打ったわけでもないんですよ?なのに追い出されて…本当に腹立たしいですわ」
「つまり反省など一欠片もしていないと────?」
「ええ。当然ですわ」
「そうか…。では一先ず今回の仕事放棄の件につき、ブルーグレイの法に基づき、其方から王妃の座を剥奪する!」
「……え?」
正直言われている意味が分からなかった。
「ど、どういうことですの?」
「ブルーグレイではその職務に応じた義務というものがある。王妃ならその地位に立つ者としての権限を持つと共に役割がきちんと定められているのだ。お前はそれを放棄し、義務を怠った。それ故の処分だ」
「な、何を?!これまで私がいなくても何も問題なんてなかったではないですか!」
「そうだ。その身はアンシャンテにあったし、こちらも大目に見てきたつもりだ」
「それならっ!」
「だが、今お前はブルーグレイに戻り、王妃としてこの国にある。ならば責務を果たすのは当然だ」
「そんなの無茶苦茶ですわ!」
「無茶苦茶でも何でもない。それがこの国の王妃としての役割だ。それができぬのなら王妃の座を剥奪すると言っている」
「で、では私はどうなるのです?!ここを追い出す気ですか?!」
「そうとってもらって構わん。温情で住む家くらいは用意してやるから、然るべき時が来ればそこで好きに短い余生を過ごすのだな」
「そんな!で、では今からでも仕事に励みますわ!それなら構わないのでしょう?!」
「お前に出来るのか?」
「できるに決まっていますわ!あんな小娘にもできていたことなのでしょう?あんな姫にできて私にできないはずがありませんもの!」
私は焦りに焦り、必死に夫に言い募る。
悔しいがここで王妃の座を剥奪されるわけにはいかない。
強制送還になってしまったせいでアンシャンテには今、誰も味方になってくれるような者はいないのだ。
ここを追い出されたら贅沢な暮らしができる場所なんてどこにもない。
だから取り敢えずなんとか必死に訴え、許しを得たのだけれど────。
「無理よ……」
管理業務?書類の作成?他国への手紙の返信?
できるわけがない。
だってこれまでお金は好きに使うだけだったし、管理する必要なんてなかったんですもの。
何をどう管理すればいいのかよくわからないわ。
書類なんて書いたこともないからちんぷんかんぷんだし。
他国への返信だって、知らない言語だったら書けるはずもない。
こんな辺境の小国の言葉なんて知らないわよ。
ほとんどの先進国で使われている言語で書いてきなさいよ。
気が利かないわね。何様なのかしら?
それでもできる範囲では仕事はやったつもりだ。
でもやってもやっても書類は返ってくるばかりだし、ちっとも減ってはくれない。
10日経った今ではもう手のつけようがないほどに書類が手元に溜まってしまっている。
────王妃様、こんなおかしな書類を渡されても困ります。管理業務をお分かりでないなら勉強し直すなりしてもう少しまともな判断をお願いします。
────王妃様、こちらは間違いだらけで読めたものじゃありません。せめて矛盾点をなくして再提出をお願いします。
────王妃様、礼状の方はまだですか?返信は早ければ早いほどいいので、早くしてください!
王妃様、王妃様、王妃様────。
「いい加減煩いのよ!!!!」
バァンッ!!
頑張ってるのに次から次に早くしろとせっつかれ、書いたら書いたで文句と共に返ってくる。
これじゃあ優雅にお茶を飲んだりドレスを新調したり欲しい宝石を買ったりする暇なんて全くないし、ちっとも心が休まらない。
(こんなの王妃の仕事じゃないわ!)
どう考えてもおかしいではないか。
「こんな…こんなの絶対におかしいわよ」
だって自分が国に帰れと言った時、あの姫は二、三枚の書類を手元に置いているだけだったし、お茶だってのんびり飲んでいた。
全然大変そうには見えなかったし、寧ろ余裕さえ感じさせていたではないか。
「うぅ…。こんなのきっと嫌がらせに決まっているわ」
きっと自分が慣れていないのをいいことに嫌がらせの書類が大量に紛れ込んでいるのだ。
絶対にそうに違いない。
そう結論づけて『文句を言いに行ってやる』と席を立ち、私は夫の元へと足早に向かったのだった。
部屋は綺麗に整えられていたけれど、なんだか久しぶり過ぎて落ち着かないし、やっぱりアンシャンテが恋しくなってしまう。
(シャイナーが追い出しさえしてこなければ…!)
甥のあのふてぶてしい態度が思い起こされてイライラしてしまう。
そんな気分を晴らすかのように今日も庭園へと足を運び、のんびりと茶と菓子を堪能する。
「ふぅ…。やっぱりここのお菓子は美味しいわね」
そうやって一息吐きながら次に思い起こすのは、ここに来た初日に夫から言われた言葉だ。
『セドリックのあれは元々の性格だ。お前の考えを押し付けるな』
言うに事欠いてあんな酷いことを言うなんて、本当に父親として許せないと思った。
久し振りに会ったにも関わらずあんな憎々しげな目で母親を見てくる子がどこにいるというのか。
あれが元からであるはずがない。
絶対に育て方を間違ったに決まっている。
きっと有る事無い事私の悪口でも吹き込んだのだろう。
だから反抗期が長引いているのだ。
(やっぱりここを出る時に一緒にアンシャンテに連れ出せばよかったわ)
そうしたらきっと今頃は素直で優しい子に育ってくれていたはずなのに…!
昔から少し冷めた子ではあったから『それは間違ってるわ』と言って愛情をこめて接したつもりだ。
もっと母親を大事にしなさい。母の言うことを聞きなさい。母には優しい言葉と丁寧な言葉を心掛けなさいと何度も何度も言い聞かせたのに、ちょっと離れている間にすっかり忘れてしまったのか、見事なまでにグレてしまっていた。
(きっと反抗期に放っておいたから拗ねているんだわ)
夫が吹き込んだ私の悪口で、捨てられたのだと勘違いしている可能性だって考えられる。
(可哀想に。これからはもっと積極的に話し掛けてあげなくちゃ)
そう思いながらカップを傾けていると、きゃいきゃいとどこか楽しげな侍女達の声が聞こえてきた。
「今日のデザートはアルメリア姫のお好きなアップルパイだそうよ」
「まあ、いいわね。後でアルフレッド殿にいつお持ちすればいいのか聞いておかないと」
「そうね。お仕事の休憩時間にお持ちするのが一番ですものね。きっと喜ばれるわ。ああでもアルフレッド殿には先にセドリック王子の方に行っていただいた方がいいかしら?」
「確かに。セドリック王子のあの殺気に耐えられる方は他にいらっしゃらないし、ご相談してみましょう」
「でも流石は側妃様よね」
「本当に。一時はどうなるかと思ったけれど…。アルフレッド殿がいらっしゃったらセドリック王子も落ち着いてくださるし、助かるわ~」
その会話を聞いて、そう言えばと思い出す。
セドリックは結婚して子ができたと兄から聞いた。
正妃の名はアルメリア。子の名はルカ…だっただろうか?
けれど問題はそこではない。
セドリックは側妃に護衛騎士を置いたらしいのだ。
そう────アルフレッドというアルメリア姫の騎士を。
(どうして側妃が男なのよ?!)
ブルーグレイは同性婚は認められていない。
そのはずなのにあっさりとアルフレッドという騎士は側妃に収まったらしい。
このことから考えるに、きっと正妃がセドリックを満足させてあげられなかったに違いない。
子さえ産めばそれでいいと思ってセドリックを蔑ろにしたのではないだろうか?
そんな正妃に嫌気がさして男に走ったのでは?
それなら夫が渋々認めてもおかしくはない気はする。
(そんな女、百害あって一利なしよ!さっさと追い出してやるわ!)
もう後継ぎは生まれているのだし、追い出したって問題はないはず。
「そうよ!そうだわ!」
セドリックを育てるのは夫のせいで上手くいかなかったが、セドリックの子はまだ赤子だ。
今度こそ自分好みに育ててやればいい。
「これで問題は解決ね!」
『おばあ様』は流石に嫌ね。私はまだまだ若いもの。
いっそ私をお母様と呼ばせてみようかしら?
あら素敵!
沢山可愛がって、私がいないと何もできないって甘えてくれるようになるといいわね。
将来的にはキラキラした笑顔で女性達を虜にして、女性に囲まれながら幸せに暮らすのよ。
そう言った意味ではセドリックは可哀想よね。
あの人の教育のせいで怖がられるような子に育ってしまったんですもの。
でも今からでも遅くはないわ。
私が子育ての何たるかを教えながら性格を丸くしてあげればいいだけの話だし、そう言った意味では側妃もいらないわね。
だってセドリックの癒しになるのは私だもの。
「取り敢えずアルメリアという正妃を追い出しましょうか」
こちらはセドリックに相手にされていないという話だし追い出すのは簡単だ。
その上で側妃も後で様子を見ながら追い出そう。
嘘か真か寵愛されているという話だし、ちゃんと時期は見計らう必要はあるけれど、そんな男はさっさと追い出して私と楽しく暮らしてほしい。
そう考えを纏めて即実行に移した。
「…………貴方がセドリックの正妃、アルメリアかしら?」
そして先触れを出し姫のいる宮へと足を運んだのだが、初めて見たアルメリア姫はまるでお人形のようで、セドリックには不釣り合いなどこか幼い見た目の小娘だった。
確かにこれならセドリックが気に入らないのもよくわかる。
(セドリックは私みたいな美女の方が好きですもの!)
うふふと一気に機嫌が良くなり、これなら負けないわと自信満々に胸を反らす。
「はい。ご挨拶が遅れ申し訳ございません。お初にお目に掛かります。ミラルカ皇国から参りました、アルメリア=ミラルカ=ブルーフェリアでございます」
「そう。私はこの国の王妃、メルティアナ=アンシャンテ=ブルーフェリアよ。早速だけど、貴女。セドリックと別れなさい」
「……は?」
「ですから、セドリックと離縁してミラルカに帰れと言っているの」
(貴女はいらないのよ)
はっきりとそう言ってやるとその場にいた全員が面食らったような顔で目を丸くしていた。
「聞けばセドリックは貴女に満足できず、側室を迎えたらしいじゃないの。しかも男を!妻として夫を満足させられないのは妃として失格よ。後継ぎの子だけ置いて今すぐミラルカへ帰ってちょうだい」
小娘なんてお呼びじゃないのよと王妃である私が直々に告げてやる。
(ああ、でも大事なことはきちんと伝えておかないといけないわね)
「子供はちゃんと私の手で育ててあげるから何も心配はいらないわ。話はそれだけよ」
子供だけ置いてさっさと国に帰れと言い放ち、私はそのまま部屋を出た。
きっと今頃は泣いていることだろう。
そのまま打ちひしがれて国に帰ってしまえばいい。
そう思った。
***
あれからアルメリア姫は荷物を纏めて泣きながら馬車でミラルカへと旅立ったらしい。
案の定セドリックは特に引き留めなかったようで、実に清々しい気分だ。
これでここでちやほやされるのは自分だけになったし、きっと居心地も良くなることだろう。
そう思っていたのに────。
「…………これは何かしら?」
「王妃様のお仕事です」
突然やってきた夫の側近が、何故か私に仕事を持ち込んできた。
「聞いていないわよ!」
「アンシャンテへ行かれる前にもお仕事はあったはず。ご存じないとは言わせませんよ?」
「だからってまだ帰って三日くらいしか経っていないのよ?!こんなにいきなり書類を回してくるなんて、貴方の神経を疑うわ!」
「全てご自分が蒔いた種でしょう?これまではアルメリア姫がして下さっていたのです。責任はしっかり取ってもらうようにとセドリック王子からも言われておりますので」
「なっ!酷いわ!セドリックがそんなことを言ってくるはずがないでしょう?!私はやらないわよ?!」
そう言って『やりたくない』と突っぱね、そのうち諦めるだろうと一週間ボイコットして私は仕立て屋を呼んだり商人を呼んだりとアンシャンテでの日々と同じように過ごした。
けれどその間その仕事をする者は誰もいなかったようで、書類はどんどん積み上がってしまったらしい。
(どうにもならないほど溜まる前に、さっさと誰かに任せてしまえばいいのに)
『気が利かない連中ね』と呆れて物も言えない。
けれどそうこうしているうちに「いい加減にしろ!」と夫が怒り心頭に私の元へとやってきた。
「姫を追い出しておいて仕事をせず遊び惚けてばかりとは、お前は何様のつもりだ?!」
「私は王妃ですわ!」
「王妃なら王妃らしく自分の仕事くらい責任をもって果たせ!」
「そんなもの下の者にやらせればよいではありませんか!王妃は上に立つ者としていざという時にだけ命じればいいのです。普段は優雅にお茶でも飲みながらのんびり過ごせばよいのですわ!」
「……それがお前の言い分か」
「そうですわ」
「私がアンシャンテで罪を犯したお前を、どうして自由にしているのか考えたことは一度でもあるか?」
「ありませんわ。だって私は何も悪くないですもの。シャイナーを潰したい方達に頑張ってちょうだいと言っただけで、人を殺したわけでもなければ、実際にその座から引きずり下ろすために手を打ったわけでもないんですよ?なのに追い出されて…本当に腹立たしいですわ」
「つまり反省など一欠片もしていないと────?」
「ええ。当然ですわ」
「そうか…。では一先ず今回の仕事放棄の件につき、ブルーグレイの法に基づき、其方から王妃の座を剥奪する!」
「……え?」
正直言われている意味が分からなかった。
「ど、どういうことですの?」
「ブルーグレイではその職務に応じた義務というものがある。王妃ならその地位に立つ者としての権限を持つと共に役割がきちんと定められているのだ。お前はそれを放棄し、義務を怠った。それ故の処分だ」
「な、何を?!これまで私がいなくても何も問題なんてなかったではないですか!」
「そうだ。その身はアンシャンテにあったし、こちらも大目に見てきたつもりだ」
「それならっ!」
「だが、今お前はブルーグレイに戻り、王妃としてこの国にある。ならば責務を果たすのは当然だ」
「そんなの無茶苦茶ですわ!」
「無茶苦茶でも何でもない。それがこの国の王妃としての役割だ。それができぬのなら王妃の座を剥奪すると言っている」
「で、では私はどうなるのです?!ここを追い出す気ですか?!」
「そうとってもらって構わん。温情で住む家くらいは用意してやるから、然るべき時が来ればそこで好きに短い余生を過ごすのだな」
「そんな!で、では今からでも仕事に励みますわ!それなら構わないのでしょう?!」
「お前に出来るのか?」
「できるに決まっていますわ!あんな小娘にもできていたことなのでしょう?あんな姫にできて私にできないはずがありませんもの!」
私は焦りに焦り、必死に夫に言い募る。
悔しいがここで王妃の座を剥奪されるわけにはいかない。
強制送還になってしまったせいでアンシャンテには今、誰も味方になってくれるような者はいないのだ。
ここを追い出されたら贅沢な暮らしができる場所なんてどこにもない。
だから取り敢えずなんとか必死に訴え、許しを得たのだけれど────。
「無理よ……」
管理業務?書類の作成?他国への手紙の返信?
できるわけがない。
だってこれまでお金は好きに使うだけだったし、管理する必要なんてなかったんですもの。
何をどう管理すればいいのかよくわからないわ。
書類なんて書いたこともないからちんぷんかんぷんだし。
他国への返信だって、知らない言語だったら書けるはずもない。
こんな辺境の小国の言葉なんて知らないわよ。
ほとんどの先進国で使われている言語で書いてきなさいよ。
気が利かないわね。何様なのかしら?
それでもできる範囲では仕事はやったつもりだ。
でもやってもやっても書類は返ってくるばかりだし、ちっとも減ってはくれない。
10日経った今ではもう手のつけようがないほどに書類が手元に溜まってしまっている。
────王妃様、こんなおかしな書類を渡されても困ります。管理業務をお分かりでないなら勉強し直すなりしてもう少しまともな判断をお願いします。
────王妃様、こちらは間違いだらけで読めたものじゃありません。せめて矛盾点をなくして再提出をお願いします。
────王妃様、礼状の方はまだですか?返信は早ければ早いほどいいので、早くしてください!
王妃様、王妃様、王妃様────。
「いい加減煩いのよ!!!!」
バァンッ!!
頑張ってるのに次から次に早くしろとせっつかれ、書いたら書いたで文句と共に返ってくる。
これじゃあ優雅にお茶を飲んだりドレスを新調したり欲しい宝石を買ったりする暇なんて全くないし、ちっとも心が休まらない。
(こんなの王妃の仕事じゃないわ!)
どう考えてもおかしいではないか。
「こんな…こんなの絶対におかしいわよ」
だって自分が国に帰れと言った時、あの姫は二、三枚の書類を手元に置いているだけだったし、お茶だってのんびり飲んでいた。
全然大変そうには見えなかったし、寧ろ余裕さえ感じさせていたではないか。
「うぅ…。こんなのきっと嫌がらせに決まっているわ」
きっと自分が慣れていないのをいいことに嫌がらせの書類が大量に紛れ込んでいるのだ。
絶対にそうに違いない。
そう結論づけて『文句を言いに行ってやる』と席を立ち、私は夫の元へと足早に向かったのだった。
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※皆様いつもありがとうございます♪この度スピンオフ作品をアップしましたので、ご興味のある方はそちらも宜しくお願いしますm(_ _)m『王子の本命~ガヴァム王国の王子達~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/91408108/52430498
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