114 / 215
【王妃の帰還】
105.王妃の帰還④ Side.メルティアナ
しおりを挟む
久方ぶりにブルーグレイへと帰ってきた。
部屋は綺麗に整えられていたけれど、なんだか久しぶり過ぎて落ち着かないし、やっぱりアンシャンテが恋しくなってしまう。
(シャイナーが追い出しさえしてこなければ…!)
甥のあのふてぶてしい態度が思い起こされてイライラしてしまう。
そんな気分を晴らすかのように今日も庭園へと足を運び、のんびりと茶と菓子を堪能する。
「ふぅ…。やっぱりここのお菓子は美味しいわね」
そうやって一息吐きながら次に思い起こすのは、ここに来た初日に夫から言われた言葉だ。
『セドリックのあれは元々の性格だ。お前の考えを押し付けるな』
言うに事欠いてあんな酷いことを言うなんて、本当に父親として許せないと思った。
久し振りに会ったにも関わらずあんな憎々しげな目で母親を見てくる子がどこにいるというのか。
あれが元からであるはずがない。
絶対に育て方を間違ったに決まっている。
きっと有る事無い事私の悪口でも吹き込んだのだろう。
だから反抗期が長引いているのだ。
(やっぱりここを出る時に一緒にアンシャンテに連れ出せばよかったわ)
そうしたらきっと今頃は素直で優しい子に育ってくれていたはずなのに…!
昔から少し冷めた子ではあったから『それは間違ってるわ』と言って愛情をこめて接したつもりだ。
もっと母親を大事にしなさい。母の言うことを聞きなさい。母には優しい言葉と丁寧な言葉を心掛けなさいと何度も何度も言い聞かせたのに、ちょっと離れている間にすっかり忘れてしまったのか、見事なまでにグレてしまっていた。
(きっと反抗期に放っておいたから拗ねているんだわ)
夫が吹き込んだ私の悪口で、捨てられたのだと勘違いしている可能性だって考えられる。
(可哀想に。これからはもっと積極的に話し掛けてあげなくちゃ)
そう思いながらカップを傾けていると、きゃいきゃいとどこか楽しげな侍女達の声が聞こえてきた。
「今日のデザートはアルメリア姫のお好きなアップルパイだそうよ」
「まあ、いいわね。後でアルフレッド殿にいつお持ちすればいいのか聞いておかないと」
「そうね。お仕事の休憩時間にお持ちするのが一番ですものね。きっと喜ばれるわ。ああでもアルフレッド殿には先にセドリック王子の方に行っていただいた方がいいかしら?」
「確かに。セドリック王子のあの殺気に耐えられる方は他にいらっしゃらないし、ご相談してみましょう」
「でも流石は側妃様よね」
「本当に。一時はどうなるかと思ったけれど…。アルフレッド殿がいらっしゃったらセドリック王子も落ち着いてくださるし、助かるわ~」
その会話を聞いて、そう言えばと思い出す。
セドリックは結婚して子ができたと兄から聞いた。
正妃の名はアルメリア。子の名はルカ…だっただろうか?
けれど問題はそこではない。
セドリックは側妃に護衛騎士を置いたらしいのだ。
そう────アルフレッドというアルメリア姫の騎士を。
(どうして側妃が男なのよ?!)
ブルーグレイは同性婚は認められていない。
そのはずなのにあっさりとアルフレッドという騎士は側妃に収まったらしい。
このことから考えるに、きっと正妃がセドリックを満足させてあげられなかったに違いない。
子さえ産めばそれでいいと思ってセドリックを蔑ろにしたのではないだろうか?
そんな正妃に嫌気がさして男に走ったのでは?
それなら夫が渋々認めてもおかしくはない気はする。
(そんな女、百害あって一利なしよ!さっさと追い出してやるわ!)
もう後継ぎは生まれているのだし、追い出したって問題はないはず。
「そうよ!そうだわ!」
セドリックを育てるのは夫のせいで上手くいかなかったが、セドリックの子はまだ赤子だ。
今度こそ自分好みに育ててやればいい。
「これで問題は解決ね!」
『おばあ様』は流石に嫌ね。私はまだまだ若いもの。
いっそ私をお母様と呼ばせてみようかしら?
あら素敵!
沢山可愛がって、私がいないと何もできないって甘えてくれるようになるといいわね。
将来的にはキラキラした笑顔で女性達を虜にして、女性に囲まれながら幸せに暮らすのよ。
そう言った意味ではセドリックは可哀想よね。
あの人の教育のせいで怖がられるような子に育ってしまったんですもの。
でも今からでも遅くはないわ。
私が子育ての何たるかを教えながら性格を丸くしてあげればいいだけの話だし、そう言った意味では側妃もいらないわね。
だってセドリックの癒しになるのは私だもの。
「取り敢えずアルメリアという正妃を追い出しましょうか」
こちらはセドリックに相手にされていないという話だし追い出すのは簡単だ。
その上で側妃も後で様子を見ながら追い出そう。
嘘か真か寵愛されているという話だし、ちゃんと時期は見計らう必要はあるけれど、そんな男はさっさと追い出して私と楽しく暮らしてほしい。
そう考えを纏めて即実行に移した。
「…………貴方がセドリックの正妃、アルメリアかしら?」
そして先触れを出し姫のいる宮へと足を運んだのだが、初めて見たアルメリア姫はまるでお人形のようで、セドリックには不釣り合いなどこか幼い見た目の小娘だった。
確かにこれならセドリックが気に入らないのもよくわかる。
(セドリックは私みたいな美女の方が好きですもの!)
うふふと一気に機嫌が良くなり、これなら負けないわと自信満々に胸を反らす。
「はい。ご挨拶が遅れ申し訳ございません。お初にお目に掛かります。ミラルカ皇国から参りました、アルメリア=ミラルカ=ブルーフェリアでございます」
「そう。私はこの国の王妃、メルティアナ=アンシャンテ=ブルーフェリアよ。早速だけど、貴女。セドリックと別れなさい」
「……は?」
「ですから、セドリックと離縁してミラルカに帰れと言っているの」
(貴女はいらないのよ)
はっきりとそう言ってやるとその場にいた全員が面食らったような顔で目を丸くしていた。
「聞けばセドリックは貴女に満足できず、側室を迎えたらしいじゃないの。しかも男を!妻として夫を満足させられないのは妃として失格よ。後継ぎの子だけ置いて今すぐミラルカへ帰ってちょうだい」
小娘なんてお呼びじゃないのよと王妃である私が直々に告げてやる。
(ああ、でも大事なことはきちんと伝えておかないといけないわね)
「子供はちゃんと私の手で育ててあげるから何も心配はいらないわ。話はそれだけよ」
子供だけ置いてさっさと国に帰れと言い放ち、私はそのまま部屋を出た。
きっと今頃は泣いていることだろう。
そのまま打ちひしがれて国に帰ってしまえばいい。
そう思った。
***
あれからアルメリア姫は荷物を纏めて泣きながら馬車でミラルカへと旅立ったらしい。
案の定セドリックは特に引き留めなかったようで、実に清々しい気分だ。
これでここでちやほやされるのは自分だけになったし、きっと居心地も良くなることだろう。
そう思っていたのに────。
「…………これは何かしら?」
「王妃様のお仕事です」
突然やってきた夫の側近が、何故か私に仕事を持ち込んできた。
「聞いていないわよ!」
「アンシャンテへ行かれる前にもお仕事はあったはず。ご存じないとは言わせませんよ?」
「だからってまだ帰って三日くらいしか経っていないのよ?!こんなにいきなり書類を回してくるなんて、貴方の神経を疑うわ!」
「全てご自分が蒔いた種でしょう?これまではアルメリア姫がして下さっていたのです。責任はしっかり取ってもらうようにとセドリック王子からも言われておりますので」
「なっ!酷いわ!セドリックがそんなことを言ってくるはずがないでしょう?!私はやらないわよ?!」
そう言って『やりたくない』と突っぱね、そのうち諦めるだろうと一週間ボイコットして私は仕立て屋を呼んだり商人を呼んだりとアンシャンテでの日々と同じように過ごした。
けれどその間その仕事をする者は誰もいなかったようで、書類はどんどん積み上がってしまったらしい。
(どうにもならないほど溜まる前に、さっさと誰かに任せてしまえばいいのに)
『気が利かない連中ね』と呆れて物も言えない。
けれどそうこうしているうちに「いい加減にしろ!」と夫が怒り心頭に私の元へとやってきた。
「姫を追い出しておいて仕事をせず遊び惚けてばかりとは、お前は何様のつもりだ?!」
「私は王妃ですわ!」
「王妃なら王妃らしく自分の仕事くらい責任をもって果たせ!」
「そんなもの下の者にやらせればよいではありませんか!王妃は上に立つ者としていざという時にだけ命じればいいのです。普段は優雅にお茶でも飲みながらのんびり過ごせばよいのですわ!」
「……それがお前の言い分か」
「そうですわ」
「私がアンシャンテで罪を犯したお前を、どうして自由にしているのか考えたことは一度でもあるか?」
「ありませんわ。だって私は何も悪くないですもの。シャイナーを潰したい方達に頑張ってちょうだいと言っただけで、人を殺したわけでもなければ、実際にその座から引きずり下ろすために手を打ったわけでもないんですよ?なのに追い出されて…本当に腹立たしいですわ」
「つまり反省など一欠片もしていないと────?」
「ええ。当然ですわ」
「そうか…。では一先ず今回の仕事放棄の件につき、ブルーグレイの法に基づき、其方から王妃の座を剥奪する!」
「……え?」
正直言われている意味が分からなかった。
「ど、どういうことですの?」
「ブルーグレイではその職務に応じた義務というものがある。王妃ならその地位に立つ者としての権限を持つと共に役割がきちんと定められているのだ。お前はそれを放棄し、義務を怠った。それ故の処分だ」
「な、何を?!これまで私がいなくても何も問題なんてなかったではないですか!」
「そうだ。その身はアンシャンテにあったし、こちらも大目に見てきたつもりだ」
「それならっ!」
「だが、今お前はブルーグレイに戻り、王妃としてこの国にある。ならば責務を果たすのは当然だ」
「そんなの無茶苦茶ですわ!」
「無茶苦茶でも何でもない。それがこの国の王妃としての役割だ。それができぬのなら王妃の座を剥奪すると言っている」
「で、では私はどうなるのです?!ここを追い出す気ですか?!」
「そうとってもらって構わん。温情で住む家くらいは用意してやるから、然るべき時が来ればそこで好きに短い余生を過ごすのだな」
「そんな!で、では今からでも仕事に励みますわ!それなら構わないのでしょう?!」
「お前に出来るのか?」
「できるに決まっていますわ!あんな小娘にもできていたことなのでしょう?あんな姫にできて私にできないはずがありませんもの!」
私は焦りに焦り、必死に夫に言い募る。
悔しいがここで王妃の座を剥奪されるわけにはいかない。
強制送還になってしまったせいでアンシャンテには今、誰も味方になってくれるような者はいないのだ。
ここを追い出されたら贅沢な暮らしができる場所なんてどこにもない。
だから取り敢えずなんとか必死に訴え、許しを得たのだけれど────。
「無理よ……」
管理業務?書類の作成?他国への手紙の返信?
できるわけがない。
だってこれまでお金は好きに使うだけだったし、管理する必要なんてなかったんですもの。
何をどう管理すればいいのかよくわからないわ。
書類なんて書いたこともないからちんぷんかんぷんだし。
他国への返信だって、知らない言語だったら書けるはずもない。
こんな辺境の小国の言葉なんて知らないわよ。
ほとんどの先進国で使われている言語で書いてきなさいよ。
気が利かないわね。何様なのかしら?
それでもできる範囲では仕事はやったつもりだ。
でもやってもやっても書類は返ってくるばかりだし、ちっとも減ってはくれない。
10日経った今ではもう手のつけようがないほどに書類が手元に溜まってしまっている。
────王妃様、こんなおかしな書類を渡されても困ります。管理業務をお分かりでないなら勉強し直すなりしてもう少しまともな判断をお願いします。
────王妃様、こちらは間違いだらけで読めたものじゃありません。せめて矛盾点をなくして再提出をお願いします。
────王妃様、礼状の方はまだですか?返信は早ければ早いほどいいので、早くしてください!
王妃様、王妃様、王妃様────。
「いい加減煩いのよ!!!!」
バァンッ!!
頑張ってるのに次から次に早くしろとせっつかれ、書いたら書いたで文句と共に返ってくる。
これじゃあ優雅にお茶を飲んだりドレスを新調したり欲しい宝石を買ったりする暇なんて全くないし、ちっとも心が休まらない。
(こんなの王妃の仕事じゃないわ!)
どう考えてもおかしいではないか。
「こんな…こんなの絶対におかしいわよ」
だって自分が国に帰れと言った時、あの姫は二、三枚の書類を手元に置いているだけだったし、お茶だってのんびり飲んでいた。
全然大変そうには見えなかったし、寧ろ余裕さえ感じさせていたではないか。
「うぅ…。こんなのきっと嫌がらせに決まっているわ」
きっと自分が慣れていないのをいいことに嫌がらせの書類が大量に紛れ込んでいるのだ。
絶対にそうに違いない。
そう結論づけて『文句を言いに行ってやる』と席を立ち、私は夫の元へと足早に向かったのだった。
部屋は綺麗に整えられていたけれど、なんだか久しぶり過ぎて落ち着かないし、やっぱりアンシャンテが恋しくなってしまう。
(シャイナーが追い出しさえしてこなければ…!)
甥のあのふてぶてしい態度が思い起こされてイライラしてしまう。
そんな気分を晴らすかのように今日も庭園へと足を運び、のんびりと茶と菓子を堪能する。
「ふぅ…。やっぱりここのお菓子は美味しいわね」
そうやって一息吐きながら次に思い起こすのは、ここに来た初日に夫から言われた言葉だ。
『セドリックのあれは元々の性格だ。お前の考えを押し付けるな』
言うに事欠いてあんな酷いことを言うなんて、本当に父親として許せないと思った。
久し振りに会ったにも関わらずあんな憎々しげな目で母親を見てくる子がどこにいるというのか。
あれが元からであるはずがない。
絶対に育て方を間違ったに決まっている。
きっと有る事無い事私の悪口でも吹き込んだのだろう。
だから反抗期が長引いているのだ。
(やっぱりここを出る時に一緒にアンシャンテに連れ出せばよかったわ)
そうしたらきっと今頃は素直で優しい子に育ってくれていたはずなのに…!
昔から少し冷めた子ではあったから『それは間違ってるわ』と言って愛情をこめて接したつもりだ。
もっと母親を大事にしなさい。母の言うことを聞きなさい。母には優しい言葉と丁寧な言葉を心掛けなさいと何度も何度も言い聞かせたのに、ちょっと離れている間にすっかり忘れてしまったのか、見事なまでにグレてしまっていた。
(きっと反抗期に放っておいたから拗ねているんだわ)
夫が吹き込んだ私の悪口で、捨てられたのだと勘違いしている可能性だって考えられる。
(可哀想に。これからはもっと積極的に話し掛けてあげなくちゃ)
そう思いながらカップを傾けていると、きゃいきゃいとどこか楽しげな侍女達の声が聞こえてきた。
「今日のデザートはアルメリア姫のお好きなアップルパイだそうよ」
「まあ、いいわね。後でアルフレッド殿にいつお持ちすればいいのか聞いておかないと」
「そうね。お仕事の休憩時間にお持ちするのが一番ですものね。きっと喜ばれるわ。ああでもアルフレッド殿には先にセドリック王子の方に行っていただいた方がいいかしら?」
「確かに。セドリック王子のあの殺気に耐えられる方は他にいらっしゃらないし、ご相談してみましょう」
「でも流石は側妃様よね」
「本当に。一時はどうなるかと思ったけれど…。アルフレッド殿がいらっしゃったらセドリック王子も落ち着いてくださるし、助かるわ~」
その会話を聞いて、そう言えばと思い出す。
セドリックは結婚して子ができたと兄から聞いた。
正妃の名はアルメリア。子の名はルカ…だっただろうか?
けれど問題はそこではない。
セドリックは側妃に護衛騎士を置いたらしいのだ。
そう────アルフレッドというアルメリア姫の騎士を。
(どうして側妃が男なのよ?!)
ブルーグレイは同性婚は認められていない。
そのはずなのにあっさりとアルフレッドという騎士は側妃に収まったらしい。
このことから考えるに、きっと正妃がセドリックを満足させてあげられなかったに違いない。
子さえ産めばそれでいいと思ってセドリックを蔑ろにしたのではないだろうか?
そんな正妃に嫌気がさして男に走ったのでは?
それなら夫が渋々認めてもおかしくはない気はする。
(そんな女、百害あって一利なしよ!さっさと追い出してやるわ!)
もう後継ぎは生まれているのだし、追い出したって問題はないはず。
「そうよ!そうだわ!」
セドリックを育てるのは夫のせいで上手くいかなかったが、セドリックの子はまだ赤子だ。
今度こそ自分好みに育ててやればいい。
「これで問題は解決ね!」
『おばあ様』は流石に嫌ね。私はまだまだ若いもの。
いっそ私をお母様と呼ばせてみようかしら?
あら素敵!
沢山可愛がって、私がいないと何もできないって甘えてくれるようになるといいわね。
将来的にはキラキラした笑顔で女性達を虜にして、女性に囲まれながら幸せに暮らすのよ。
そう言った意味ではセドリックは可哀想よね。
あの人の教育のせいで怖がられるような子に育ってしまったんですもの。
でも今からでも遅くはないわ。
私が子育ての何たるかを教えながら性格を丸くしてあげればいいだけの話だし、そう言った意味では側妃もいらないわね。
だってセドリックの癒しになるのは私だもの。
「取り敢えずアルメリアという正妃を追い出しましょうか」
こちらはセドリックに相手にされていないという話だし追い出すのは簡単だ。
その上で側妃も後で様子を見ながら追い出そう。
嘘か真か寵愛されているという話だし、ちゃんと時期は見計らう必要はあるけれど、そんな男はさっさと追い出して私と楽しく暮らしてほしい。
そう考えを纏めて即実行に移した。
「…………貴方がセドリックの正妃、アルメリアかしら?」
そして先触れを出し姫のいる宮へと足を運んだのだが、初めて見たアルメリア姫はまるでお人形のようで、セドリックには不釣り合いなどこか幼い見た目の小娘だった。
確かにこれならセドリックが気に入らないのもよくわかる。
(セドリックは私みたいな美女の方が好きですもの!)
うふふと一気に機嫌が良くなり、これなら負けないわと自信満々に胸を反らす。
「はい。ご挨拶が遅れ申し訳ございません。お初にお目に掛かります。ミラルカ皇国から参りました、アルメリア=ミラルカ=ブルーフェリアでございます」
「そう。私はこの国の王妃、メルティアナ=アンシャンテ=ブルーフェリアよ。早速だけど、貴女。セドリックと別れなさい」
「……は?」
「ですから、セドリックと離縁してミラルカに帰れと言っているの」
(貴女はいらないのよ)
はっきりとそう言ってやるとその場にいた全員が面食らったような顔で目を丸くしていた。
「聞けばセドリックは貴女に満足できず、側室を迎えたらしいじゃないの。しかも男を!妻として夫を満足させられないのは妃として失格よ。後継ぎの子だけ置いて今すぐミラルカへ帰ってちょうだい」
小娘なんてお呼びじゃないのよと王妃である私が直々に告げてやる。
(ああ、でも大事なことはきちんと伝えておかないといけないわね)
「子供はちゃんと私の手で育ててあげるから何も心配はいらないわ。話はそれだけよ」
子供だけ置いてさっさと国に帰れと言い放ち、私はそのまま部屋を出た。
きっと今頃は泣いていることだろう。
そのまま打ちひしがれて国に帰ってしまえばいい。
そう思った。
***
あれからアルメリア姫は荷物を纏めて泣きながら馬車でミラルカへと旅立ったらしい。
案の定セドリックは特に引き留めなかったようで、実に清々しい気分だ。
これでここでちやほやされるのは自分だけになったし、きっと居心地も良くなることだろう。
そう思っていたのに────。
「…………これは何かしら?」
「王妃様のお仕事です」
突然やってきた夫の側近が、何故か私に仕事を持ち込んできた。
「聞いていないわよ!」
「アンシャンテへ行かれる前にもお仕事はあったはず。ご存じないとは言わせませんよ?」
「だからってまだ帰って三日くらいしか経っていないのよ?!こんなにいきなり書類を回してくるなんて、貴方の神経を疑うわ!」
「全てご自分が蒔いた種でしょう?これまではアルメリア姫がして下さっていたのです。責任はしっかり取ってもらうようにとセドリック王子からも言われておりますので」
「なっ!酷いわ!セドリックがそんなことを言ってくるはずがないでしょう?!私はやらないわよ?!」
そう言って『やりたくない』と突っぱね、そのうち諦めるだろうと一週間ボイコットして私は仕立て屋を呼んだり商人を呼んだりとアンシャンテでの日々と同じように過ごした。
けれどその間その仕事をする者は誰もいなかったようで、書類はどんどん積み上がってしまったらしい。
(どうにもならないほど溜まる前に、さっさと誰かに任せてしまえばいいのに)
『気が利かない連中ね』と呆れて物も言えない。
けれどそうこうしているうちに「いい加減にしろ!」と夫が怒り心頭に私の元へとやってきた。
「姫を追い出しておいて仕事をせず遊び惚けてばかりとは、お前は何様のつもりだ?!」
「私は王妃ですわ!」
「王妃なら王妃らしく自分の仕事くらい責任をもって果たせ!」
「そんなもの下の者にやらせればよいではありませんか!王妃は上に立つ者としていざという時にだけ命じればいいのです。普段は優雅にお茶でも飲みながらのんびり過ごせばよいのですわ!」
「……それがお前の言い分か」
「そうですわ」
「私がアンシャンテで罪を犯したお前を、どうして自由にしているのか考えたことは一度でもあるか?」
「ありませんわ。だって私は何も悪くないですもの。シャイナーを潰したい方達に頑張ってちょうだいと言っただけで、人を殺したわけでもなければ、実際にその座から引きずり下ろすために手を打ったわけでもないんですよ?なのに追い出されて…本当に腹立たしいですわ」
「つまり反省など一欠片もしていないと────?」
「ええ。当然ですわ」
「そうか…。では一先ず今回の仕事放棄の件につき、ブルーグレイの法に基づき、其方から王妃の座を剥奪する!」
「……え?」
正直言われている意味が分からなかった。
「ど、どういうことですの?」
「ブルーグレイではその職務に応じた義務というものがある。王妃ならその地位に立つ者としての権限を持つと共に役割がきちんと定められているのだ。お前はそれを放棄し、義務を怠った。それ故の処分だ」
「な、何を?!これまで私がいなくても何も問題なんてなかったではないですか!」
「そうだ。その身はアンシャンテにあったし、こちらも大目に見てきたつもりだ」
「それならっ!」
「だが、今お前はブルーグレイに戻り、王妃としてこの国にある。ならば責務を果たすのは当然だ」
「そんなの無茶苦茶ですわ!」
「無茶苦茶でも何でもない。それがこの国の王妃としての役割だ。それができぬのなら王妃の座を剥奪すると言っている」
「で、では私はどうなるのです?!ここを追い出す気ですか?!」
「そうとってもらって構わん。温情で住む家くらいは用意してやるから、然るべき時が来ればそこで好きに短い余生を過ごすのだな」
「そんな!で、では今からでも仕事に励みますわ!それなら構わないのでしょう?!」
「お前に出来るのか?」
「できるに決まっていますわ!あんな小娘にもできていたことなのでしょう?あんな姫にできて私にできないはずがありませんもの!」
私は焦りに焦り、必死に夫に言い募る。
悔しいがここで王妃の座を剥奪されるわけにはいかない。
強制送還になってしまったせいでアンシャンテには今、誰も味方になってくれるような者はいないのだ。
ここを追い出されたら贅沢な暮らしができる場所なんてどこにもない。
だから取り敢えずなんとか必死に訴え、許しを得たのだけれど────。
「無理よ……」
管理業務?書類の作成?他国への手紙の返信?
できるわけがない。
だってこれまでお金は好きに使うだけだったし、管理する必要なんてなかったんですもの。
何をどう管理すればいいのかよくわからないわ。
書類なんて書いたこともないからちんぷんかんぷんだし。
他国への返信だって、知らない言語だったら書けるはずもない。
こんな辺境の小国の言葉なんて知らないわよ。
ほとんどの先進国で使われている言語で書いてきなさいよ。
気が利かないわね。何様なのかしら?
それでもできる範囲では仕事はやったつもりだ。
でもやってもやっても書類は返ってくるばかりだし、ちっとも減ってはくれない。
10日経った今ではもう手のつけようがないほどに書類が手元に溜まってしまっている。
────王妃様、こんなおかしな書類を渡されても困ります。管理業務をお分かりでないなら勉強し直すなりしてもう少しまともな判断をお願いします。
────王妃様、こちらは間違いだらけで読めたものじゃありません。せめて矛盾点をなくして再提出をお願いします。
────王妃様、礼状の方はまだですか?返信は早ければ早いほどいいので、早くしてください!
王妃様、王妃様、王妃様────。
「いい加減煩いのよ!!!!」
バァンッ!!
頑張ってるのに次から次に早くしろとせっつかれ、書いたら書いたで文句と共に返ってくる。
これじゃあ優雅にお茶を飲んだりドレスを新調したり欲しい宝石を買ったりする暇なんて全くないし、ちっとも心が休まらない。
(こんなの王妃の仕事じゃないわ!)
どう考えてもおかしいではないか。
「こんな…こんなの絶対におかしいわよ」
だって自分が国に帰れと言った時、あの姫は二、三枚の書類を手元に置いているだけだったし、お茶だってのんびり飲んでいた。
全然大変そうには見えなかったし、寧ろ余裕さえ感じさせていたではないか。
「うぅ…。こんなのきっと嫌がらせに決まっているわ」
きっと自分が慣れていないのをいいことに嫌がらせの書類が大量に紛れ込んでいるのだ。
絶対にそうに違いない。
そう結論づけて『文句を言いに行ってやる』と席を立ち、私は夫の元へと足早に向かったのだった。
43
あなたにおすすめの小説
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!
迷路を跳ぶ狐
BL
社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。
だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。
それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。
けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。
一体なんの話だよ!!
否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。
ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。
寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……
全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。
食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。
*残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる