上 下
115 / 215
【王妃の帰還】

106.王妃の帰還⑤ Side.セドリック

しおりを挟む
バカ女があろうことかアルメリア姫を追い出した。
まあ実質はバカンスに行かせただけだし、実害はないが。
とは言え姫が代替わりでしていた仕事がそのまま自分に降ってきて、あの女は早々に仕事を放棄したらしい。

(馬鹿なことを…)

俺がまだ小さかった頃は『子供の教育が』と逃げる手もなくはなかった。
けれど今はそんな手は使えるはずがないし、ここに戻ってきたからには王妃として仕事をこなさなければならないと言うのに……。

ちなみに姫は代行していた王妃の仕事は丸投げしていったが、王子妃の仕事は後でするから置いておいてくれと言っていたらしい。
急ぎがあればアルフレッドに頼んでくれてもいいが、俺達の間の邪魔はしたくないのでとも。
実にできた女だ。あのバカ女とは全然違う。
ここにきてまたほんの少し、姫への評価が俺の中で上がった。

(まああの女と比べたら誰でも評価は高くなるとは思うがな)

そんな事を考えながら仕事をこなす。
隣には常にアルフレッドがいるから最高と言ってもいいだろう。
姫は一か月くらいバカンスに行っていてくれてもいいくらいだ。
随分仕事にも慣れたことだし、あの姫ならひと月分の仕事も上手くやりくりしてすぐに終わらせるだろう。
これからはたまには視察にでも送り出してやろうか?
向こうも羽を伸ばせるし、俺もアルフレッドといられるしまさに一石二鳥。
王子妃の仕事の一環としてなくはないし、ありかもしれない。
そんな事を考えていたらアルフレッドが胡乱気な顔で俺を見てきて、おかしなことを考えていないだろうなと言ってきた。
本当に鋭い奴だ。

「別に。ただ姫はバカンスを楽しんでいるかと考えていただけだ」
「…それ、絶対これからはたまに視察に送り出してやろうかなとか考えてただけだろ?俺にはわかるぞ?」
「何だアルフレッド。随分鋭いな。愛する俺のことだからわかるのか?」

そうだったら嬉しいと笑ってやったら、そういうわけではなく俺が物凄く悪巧みしてそうな顔をしていたかららしい。

「言っとくけど、今後姫が視察に行くなら俺は絶対姫についてくからな」
「……それは困るな」
「今回は本当に特別だから!」
「…………そうか」

物凄く残念だ。
いや、姫を丸め込んで上手くやればいいだけか?
きっとすぐに協力してくれるだろう。
簡単だな。是非やろう。

俺がそんな事を考えているとはつゆ知らず、アルフレッドは徐ろにあのバカ女の話を口にしてくる。

「大体お前の母親、とんでもなく酷くないか?俺、姫を追い出しにかかった時本気でびっくりしたんだけど!」
「あの女は昔から自分中心だからな。父もどうしてさっさと離縁しなかったのか理解に苦しむ」

そもそもの話、アンシャンテに帰った時点で離縁しておけばよかったのだ。
当時は確かに32才くらいでまだまだ若かったし、離縁したらしたで後妻を勧める貴族も多かっただろうが、それでももう少し何とかならなかったのかと言ってやりたい。

「そう言えば今の陛下って随分若くで即位したんだっけ?」
「ああ。昔から少々やんちゃだったらしくてな、親からこれで落ち着くようになるんじゃないかと言われて結婚と同時に即位させられたとかなんとか言っていたな」
「へぇ…」
「そう言った意味では俺は気楽だ。父が死ぬまで王として責務を果たしてくれるらしいから、無理に即位しなくてもいいと言ってもらえたしな」
「え?!そうなのか?」
「ああ。このままルカが真っ当に育てば次の王はルカになるだろうし、俺は即位せずお前と好きなだけイチャイチャできる」
「え……」
「そのためならたとえ8割王の仕事が降ってこようと頑張る気にもなれるというものだ」

堂々とそう言ってやったら、お前絶対頭おかしいぞと言われたが俺は全く気にしない。
そんな話をしながら慣れた手つきで仕事を片付けていると、王妃の動向を探らせていた者から報告が入った。

「陛下が動かれました」
「そうか」

アルメリア姫を母が追い出し、初日から仕事を放棄して一週間。
ここに至り父もようやく重い腰を上げたらしい。
これで離縁してさっさとここから追い出してくれれば片は付く。
そう思っていたのに────。

「許しただと?」
「はっ。法を盾に王妃の座を剥奪するとは仰ったのですが、仕事をするから許してほしいと言われ……」
「甘いな」

実に甘い。
普段の冷静な父らしくなく、本気で嫌になる。
けれどアルフレッドはそれは俺の母親だからではないかと言ってきた。

「そりゃああんな人でもセドの母親だし、気を遣ってるんだって。陛下ってなんだかんだセドの事結構可愛がって大事にしてるし」
「……」

それは確かにそうかもしれないが────。
それとこれとは別だと思う。

「そうだな…例えば俺の母親がまだ生きていたとしよう。そんな母親が何か重大なことをやらかしたとして、俺が複雑な気持ちになっているのがわかっててお前は母親を即始末しにかかったりはしないだろ?」
「…………なるほど?」

それは確かにそうかもしれない。
多分アルフレッドの気持ちを考えてばっさり始末したりはしないだろう。
するとしても微弱な毒を陰で盛るよう指示を出し、ゆっくりゆっくり病気に見せ掛けて弱らせ、自然死に見せ掛けて殺すくらいの配慮はすると思う。

(いっそあのバカ女もそうしてやろうか?)

それなら父だって諦めがつくような気がする。
そうとなったら早速暗部に指示を出し、毒の手配をしておこう。
善は急げだ。

「アルフレッド。わかった。俺も少し冷静ではなかったようだ」
「わかってくれたか?それなら良かった」

満面の笑みを浮かべてくるアルフレッドが可愛い。
今日も沢山癒された気がする。

「あ、そう言えばなんかワイバーン便でレトロンから書状が届いてたぞ?」
「レトロン国から?」

一体何の用だろうと思いその書状を開くと、内容はシャメルの購入の話だった。
それによると取り敢えず既に持っているガヴァムを除き、4カ国分のシャメルが欲しいとのこと。
ミラルカ、レトロン、フォルティエンヌ、アンシャンテの分らしい。
また生産ラインが整い次第各国のトップ主導の元国全体に広げていきたいとも書かれてあり、かなり莫大な利益に繋がりそうな話だった。
これなら近いうちに十分アンシャンテへ払った賠償金分の利を取り戻すことはできるだろう。
そのことにホッと安堵の息を吐く。

それにしても父はどうしていつまでもあの女を自由にさせているのだろう?
あの女は言ってみれば罪人のようなものだ。
普通なら帰ってきて早々に幽閉してしまってもおかしくはない。
それに思い至らなかった時点で自分はもしかしたら冷静ではなかったのかもしれないなとふと思った。

(父が考えそうな事…か)

何があるだろう?
普通に考えたら『自分の妻で俺の母親だから気を遣った』が正解だろう。
けれど父は王としての判断を私情で早々間違ったりはしない。
必要であればその命さえ俺同様すぐにでも奪うだろう。
それなら何か目的があるはず────。
そう考えたところで、とても嫌だがなんとなくの可能性に思い至ってしまった。

「…………俺への教育か」

今回母に許しを与えたのも案外そのせいなのかもしれない。
つまりはあの母を使って、俺の成長を促しにかかっていたのだ。
俺がここまで冷静さを失ってイライラするのはアルフレッドが絡んだ時か相手があの母親の時だけだ。
きっと『将来の王として、如何に冷静さを取り戻せるか』というのを見たくもあったのだろう。
死ぬまで王でいてやると言ってはくれたが、病気で急に亡くなることだってなくはないし、俺を鍛えることは必要だと思ってくれたのだと思う。
アルフレッドが絡んだら俺が暴走するのは嫌という程知っているし、だからこそ母を使ってみようと思ったのかもしれない。

これではまだまだ子供だと言われたようなものだ。
母からの子供扱いは見当違いの腹立たしいものでしかないが、父からのこういったものはすべからく俺の成長を願ってのことなので腹を立てるのは筋違いだし、寧ろ有り難く思うべきことだとわかってはいる。

そう言えば最初に言っていたではないか。
『話し合いを』と。
俺が冷静に話し合いができるのを待っていてくれた……恐らくこれが母を放置している理由なのだろう。
どれだけ腹立たしくても冷静でないうちは判断は下すな。保留にしてでも落ち着いて事に当たれ。
父は最初から暗にそう示していた。
ヒントがあったのに気づかなかったのは俺の落ち度だ。
実際父は母にしっかり監視をつけていると報告は受けているし、完全放置というわけでもない。
姫の件も恐らく俺がフォローしなければしないで、何かしら動いてはくれただろう。
それだけアルメリア姫は父から気に入られているのだから。

「はぁ…参ったな」

さてどうしたものか。
これから父のところへ行って、すぐにでも話し合いの席を設けるべく動くべきか。
それとも自滅していくバカ女を見て留飲を下げてから動くべきか。
そう考えたのは一瞬で、俺はすぐさま父の元へと足を向けた。


***


「セドリック。どうやら冷静になれたようだな?」
「父上…。人が悪いですよ」
「そう言うな。ちょうどいい学びの機会になっただろう?」
「否定はしません」
「そうか。なら近いうちに話し合いの場でも設けるか」
「そうですね。どうせ仕事をすると言ってもすぐに泣きついてくるでしょうし、そのタイミングでやればいいのでは?」
「そうだな。そうしよう」

そうして二人でサクッと決めたのだが────あのバカ女はそんな俺達の斜め上の行動をし、自ら自分で自分の首を絞めにかかったのだった。

しおりを挟む
感想 221

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

処理中です...