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5.ご褒美…?
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王子に抱かれたその日、気絶するように眠ったせいで夜中にお腹が減って目が覚めた。
そしたら枕元に水差しと食事が置かれていて、メモに一言『無理だけはしないように』と書いて置かれてあった。
この綺麗な字はきっとガイナー王子だろう。
あんな風に俺に対して怒りをぶつけてきたにもかかわらずこういうところは優しい人だと思う。
いや。婚約者である妹の兄だからというのもあるのかもしれない。
いずれにせよお腹がペコペコの今、これは非常に有難かった。
「いただきます」
冷めてはいるけど美味しい食事。
俺はそれをしっかりと味わいながら食べ、シャワーに行ってからもう一度寝た。
翌朝。
俺はもう一度王子からの忠告を思い出していた。
直接の忠告も嫌がらせも王子から禁止を言いつけられてしまった。
他にできることと言ったら、あの女を見かける度に睨んでやることくらいだろうか?
悔しいが、これ以上王子にお仕置きされる訳にはいかないし、それがせめてもの抗議の形だ。
『目は口ほどにものを言う』という言葉もあるくらいだから完全に無駄ということはないだろう。
取り敢えずこれ以上王子にお仕置きされて、万が一にでも後ろでしか感じられなくなって俺が嫁を取れなくなったら公爵家が潰れてしまうし仕方がない。
できる範囲で俺は抗議を続けてやる。
そんな思いで今日一日あの女を見かけるたびに睨んでいたら、階段の上であの女から呼び止められた。
ちなみにこれは俺から近づいたんじゃなく、向こうの方から近づいてきたんだからセーフなはず。
(王子は…いないな)
一応周囲を軽くチェック。
どうやら見える範囲に王子はいなさそうだ。
もうあんなことをされるのは懲り懲りだし、さっさとこの女から離れよう。
後でまた王子に捕まってお仕置きだと言われたらたまったものではないし、ここは速やかに距離を置くのが得策だ。
そう思ったのに、この女は俺をそう簡単には逃がしてくれなかった。
「ジェレミー様。今日はずっと私を見かけるたびに睨んでいらっしゃいましたよね?そんなに私のことがお嫌いですか?」
呼び止めてきた本人から涙ながらにそう訴えられるが『そもそもお前が悪いんだろう?』と俺は言ってやりたい。
俺は最初から妹の婚約者に近づくなと散々言ってきた。
それを無視したのは女の方だ。
いずれにせよもう俺には睨むくらいの選択肢しかないんだから、それくらい甘んじて受け入れてほしい。
「当然だ。いくら言っても態度を改めようとしないお前に、どこに嫌わずに済む要素があるのか教えて欲しいものだな」
わかったらさっさと失せろと睨んでその場から去ろうとしたのだけど、何故か彼女にまとわりつかれて適わなかった。
「待って、待ってください!」
「俺に気安く触れるな!」
「誤解をっ、誤解を解きたいんです!」
思いのほか強く腕に絡みつくように縋られて、鬱陶しさにうんざりしてしまう。
「離せ!」
「キャッ!」
振り払った拍子に彼女の身体がよろけて階段の方へと身を躍らせる。
(マズい!)
これは流石に死ぬと思って咄嗟にその手を掴み、場所を入れ替えるように思い切り引っ張った。
勢い余って彼女は尻もちをつく羽目になったが、階段落ちよりはマシだろう。
そしてこの場合当然落ちるのは俺の方だが、確実に死にそうな彼女が落っこちるより頑丈な俺が落ちる方がずっと助かる可能性は高いと思ったんだ。
一応受け身だって覚えてるし、運が良ければ軽傷で済むはず。
そう思ったのに────。
「間に合った……」
気づけば俺は何故か王子の腕の中にすっぽり収まっていて、王子は片手で手すりを掴みながら俺を抱き込み、荒い息を整えていた。
よっぽど焦ったのか聞こえてくる心臓の音は物凄く早い。
「ジェレミー。あまり驚かせるな」
「ガイナー…王子?」
どうしてここにと思ったものの、すぐに俺はハッとなって、慌ててその場で言い訳を考え始めた。
どう考えてもこのシチュエーションは俺から彼女に近づいたようにしか見えないと思ったからだ。
しかも直接害をなそうとしたように見えなくもない。
「あ、あの、これは…っ」
「わかっている」
「え?」
「落ちそうになった彼女を咄嗟に助けようとしたんだろう?」
その言葉にジワリと胸に温かいものが込み上げてくる。
これまで叱られてばかりだったのに、急に優しくされるとどうしていいのかわからなくなってしまって対応に困ってしまう。
「クララ嬢も、怪我はないか?」
「あ…ガイナー王子。私、私…っ、ジェレミー様に振り払われて…。グスッ…怖かった…っ!」
そう言いながらあの女は両手で顔を覆って泣き始めてしまった。
(仕方ないが…この女の中じゃ、完全に俺は悪者だな)
怖かったのは確かだろうし、ここで文句を言うほど俺も鬼ではない。
精々王子に慰めてもらえばいいのだ。
その隙に俺は逃げよう。
そう思ったのに、王子は全く動く気配がない。
こうなったら当然あっちに行くだろうと思ったのにどうしたんだろう?
しかもあり得ないことに、その後王子は思いがけない行動に出た。
「そうか。では後はそこの君。確か彼女と同じクラスだっただろう?彼女のことは君に任せる。俺はこのままジェレミーを医務室に連れて行くから」
そう言って側にいた女生徒にあの女を任せて、俺をヒョイッと横抱きにしたのだ。
昨日運んでもらう時もしてもらったとは言え、流石に生徒の目が多いこの時間帯に姫抱っこはやめてほしい。
「ちょ、ちょっと待ってください!ガイナー王子!」
慌てて声を掛け、自分は大丈夫だと訴えるが『足を捻っているかもしれないだろう?』と言われてそのまま問答無用で運ばれてしまう。
そして医務室で怪我はなかったと太鼓判を押してもらいやっと解放されたものの、心配だから帰りは一緒に寮まで帰ろうと言われてしまった。
確かに階段での一件は動揺はしたけど、王子のお陰で怪我もなかったし、このまま放っておいてくれてもいいのに。
そう思いながらその日は残りの授業を受けた。
放課後────。
宣言通りガイナー王子と一緒に寮へと歩いて帰る。
ちなみに寮は敷地内にあるため十分歩いて帰れる距離だし、特に馬車に乗る必要もない。
だから当然並んで歩くことになるんだが、何故か心配だからと言って腰に手を添えられたエスコート状態で歩く羽目に。
流石にこれは恥ずかしいと思って『そこまでしなくても…』と言ってみたものの、心配だからの一言で片づけられてしまった。
何故だ。
そして流石に送ってもらって『はい。さようなら』というわけにもいかないから、部屋の中へと招いてお茶を振舞った。
一応実家から送られてきた荷物に入っていたものだからそこそこ高級茶葉だし、王子に出す分に問題はないだろう。
「どうぞ」
「ああ。ありがとう」
そうして香りを楽しみながら茶を堪能するガイナー王子。
「うん。美味しい」
どうやら王子の口に合ったようだ。
「お口に合って良かったです」
「ああ。そうだジェレミー。ちょっといいか?」
「はい。なんでしょう?」
何か話でもあるんだろうかと居住まいを正すと、王子の方を真っ直ぐに見遣った。
「お前はクララ嬢と俺の仲を勘違いしていそうだが、それは杞憂だ」
「…………はい」
「俺と彼女は何の関係もない赤の他人同士だと改めて言っておこう」
王子はそう言うけれど、あの女の態度からはとても信じられそうにない。
どう見てもベタベタし過ぎだ。
思わず眉を顰めてしまう。
そんな俺に王子は続けて言ってくる。
「俺とリリベルは政略的な観点から婚約しているのだと、お前は知っているだろう?」
それはまあ…確かに知ってはいる。
でも心配は心配だった。
王子の気が変わったらなかったことにすることなんて簡単だからだ。
だからこそこちらも躍起になってあの女に忠告をしに行っていたのだから。
なのに王子は冷静な声で俺を諭すように言葉を紡いでくる。
「俺達が結婚するのは決定事項だ。だからその点に関しては何も心配はしなくていいと、この場で言わせてほしい」
その言葉を聞いて俺は物凄くホッとした気持ちになった。
どうやら王子は本気でこの婚約を破棄する気はないようだというのが、しっかりと伝わってきたからだ。
リリベルは昔から『私、王子様と結婚するのが夢なの』と笑顔で口にし、実際にそのための努力を惜しまなかった。
ガイナー王子の婚約者の立場を得た後も努力を重ね、王子妃の勉強だけではなく自主的に国政の勉強もしているし、外交を考えて三か国語の習得にも力を入れている。
これで他の女にその地位を奪われましたなんてことになったら可哀想すぎて目も当てられない。
今は女性でも活躍の場は多くなってきているが、王子妃の椅子は王太子妃とこの第二王子妃の椅子の二つだけ。
こんなに努力している妹の幸せのためにも、俺はその座を奪いに来る邪魔者はできる限り排除してやりたかった。
(そもそもここまで努力するってことは、ガイナー王子のことをそれだけ好きってことだと思うし…)
兄としては当然応援してやりたいところだ。
そんな俺にガイナー王子ははっきりと言ったのだ。
ちゃんとリリベルと結婚するから安心してほしい────と。
これでやっと肩の荷を下ろすことができる。
「……良かったです」
心から安堵して笑顔でそう言ったら、『じゃあその話は終わりにして、今度はクララ嬢を助けたジェレミーにご褒美をあげる話をしようか』と王子が言ってきた。
「ご褒美…ですか?」
「ああ。今日は彼女を助けようとしていただろう?だから、お仕置きではなくご褒美をやろう」
ご褒美。何がもらえるんだろう?
俺からすればリリベルとの結婚を考えてくれただけで十分ご褒美になっているんだが…。
「あの。お気持ちだけで十分です。俺は王子がリリベルと結婚してくれると言ってくださっただけで十分ご褒美を頂けた気分なので」
だから素直にそう言ったのに、何故か凄絶な笑みで『そう遠慮するな』と言われ、素早く動いたガイナー王子にあっという間に抱き上げられて寝室へと連れ込まれてしまった。
「え?!」
これには驚きすぎて頭がパニックになってしまう。
「あ、あのっ!お仕置きはしないはずでは?!」
「ああ。これはお仕置きではなくご褒美だから」
お仕置きではなくご褒美?これが?
「一緒では?!」
「全然違う。それを今から教えてやろう」
そう言ってガイナー王子はにこりと微笑んだ。
****************
※階段落ちイベントは、助けようとして手が届かなかったパターンと今回のパターンとどっちにしようかなと思ったものの、結局こちらにしてみました。
手を伸ばして届かなかったところが突き落としたように見えてしまったというシチュエーションの場合、ガイナー王子がもっとクールなキャラで、まだジェレミーに惚れてないという設定の方が合う気がしたんですよね。
再度のお仕置きからなんやかんやあって、ジェレミーの方から告白して、またなんやかんやあって卒業式で上手くいくみたいな?そういうシチュも割と好きなんですが、今回はタイトル回収でガイナー王子がジェレミーにグイグイ行く感じでまとめてみました(^^)
そしたら枕元に水差しと食事が置かれていて、メモに一言『無理だけはしないように』と書いて置かれてあった。
この綺麗な字はきっとガイナー王子だろう。
あんな風に俺に対して怒りをぶつけてきたにもかかわらずこういうところは優しい人だと思う。
いや。婚約者である妹の兄だからというのもあるのかもしれない。
いずれにせよお腹がペコペコの今、これは非常に有難かった。
「いただきます」
冷めてはいるけど美味しい食事。
俺はそれをしっかりと味わいながら食べ、シャワーに行ってからもう一度寝た。
翌朝。
俺はもう一度王子からの忠告を思い出していた。
直接の忠告も嫌がらせも王子から禁止を言いつけられてしまった。
他にできることと言ったら、あの女を見かける度に睨んでやることくらいだろうか?
悔しいが、これ以上王子にお仕置きされる訳にはいかないし、それがせめてもの抗議の形だ。
『目は口ほどにものを言う』という言葉もあるくらいだから完全に無駄ということはないだろう。
取り敢えずこれ以上王子にお仕置きされて、万が一にでも後ろでしか感じられなくなって俺が嫁を取れなくなったら公爵家が潰れてしまうし仕方がない。
できる範囲で俺は抗議を続けてやる。
そんな思いで今日一日あの女を見かけるたびに睨んでいたら、階段の上であの女から呼び止められた。
ちなみにこれは俺から近づいたんじゃなく、向こうの方から近づいてきたんだからセーフなはず。
(王子は…いないな)
一応周囲を軽くチェック。
どうやら見える範囲に王子はいなさそうだ。
もうあんなことをされるのは懲り懲りだし、さっさとこの女から離れよう。
後でまた王子に捕まってお仕置きだと言われたらたまったものではないし、ここは速やかに距離を置くのが得策だ。
そう思ったのに、この女は俺をそう簡単には逃がしてくれなかった。
「ジェレミー様。今日はずっと私を見かけるたびに睨んでいらっしゃいましたよね?そんなに私のことがお嫌いですか?」
呼び止めてきた本人から涙ながらにそう訴えられるが『そもそもお前が悪いんだろう?』と俺は言ってやりたい。
俺は最初から妹の婚約者に近づくなと散々言ってきた。
それを無視したのは女の方だ。
いずれにせよもう俺には睨むくらいの選択肢しかないんだから、それくらい甘んじて受け入れてほしい。
「当然だ。いくら言っても態度を改めようとしないお前に、どこに嫌わずに済む要素があるのか教えて欲しいものだな」
わかったらさっさと失せろと睨んでその場から去ろうとしたのだけど、何故か彼女にまとわりつかれて適わなかった。
「待って、待ってください!」
「俺に気安く触れるな!」
「誤解をっ、誤解を解きたいんです!」
思いのほか強く腕に絡みつくように縋られて、鬱陶しさにうんざりしてしまう。
「離せ!」
「キャッ!」
振り払った拍子に彼女の身体がよろけて階段の方へと身を躍らせる。
(マズい!)
これは流石に死ぬと思って咄嗟にその手を掴み、場所を入れ替えるように思い切り引っ張った。
勢い余って彼女は尻もちをつく羽目になったが、階段落ちよりはマシだろう。
そしてこの場合当然落ちるのは俺の方だが、確実に死にそうな彼女が落っこちるより頑丈な俺が落ちる方がずっと助かる可能性は高いと思ったんだ。
一応受け身だって覚えてるし、運が良ければ軽傷で済むはず。
そう思ったのに────。
「間に合った……」
気づけば俺は何故か王子の腕の中にすっぽり収まっていて、王子は片手で手すりを掴みながら俺を抱き込み、荒い息を整えていた。
よっぽど焦ったのか聞こえてくる心臓の音は物凄く早い。
「ジェレミー。あまり驚かせるな」
「ガイナー…王子?」
どうしてここにと思ったものの、すぐに俺はハッとなって、慌ててその場で言い訳を考え始めた。
どう考えてもこのシチュエーションは俺から彼女に近づいたようにしか見えないと思ったからだ。
しかも直接害をなそうとしたように見えなくもない。
「あ、あの、これは…っ」
「わかっている」
「え?」
「落ちそうになった彼女を咄嗟に助けようとしたんだろう?」
その言葉にジワリと胸に温かいものが込み上げてくる。
これまで叱られてばかりだったのに、急に優しくされるとどうしていいのかわからなくなってしまって対応に困ってしまう。
「クララ嬢も、怪我はないか?」
「あ…ガイナー王子。私、私…っ、ジェレミー様に振り払われて…。グスッ…怖かった…っ!」
そう言いながらあの女は両手で顔を覆って泣き始めてしまった。
(仕方ないが…この女の中じゃ、完全に俺は悪者だな)
怖かったのは確かだろうし、ここで文句を言うほど俺も鬼ではない。
精々王子に慰めてもらえばいいのだ。
その隙に俺は逃げよう。
そう思ったのに、王子は全く動く気配がない。
こうなったら当然あっちに行くだろうと思ったのにどうしたんだろう?
しかもあり得ないことに、その後王子は思いがけない行動に出た。
「そうか。では後はそこの君。確か彼女と同じクラスだっただろう?彼女のことは君に任せる。俺はこのままジェレミーを医務室に連れて行くから」
そう言って側にいた女生徒にあの女を任せて、俺をヒョイッと横抱きにしたのだ。
昨日運んでもらう時もしてもらったとは言え、流石に生徒の目が多いこの時間帯に姫抱っこはやめてほしい。
「ちょ、ちょっと待ってください!ガイナー王子!」
慌てて声を掛け、自分は大丈夫だと訴えるが『足を捻っているかもしれないだろう?』と言われてそのまま問答無用で運ばれてしまう。
そして医務室で怪我はなかったと太鼓判を押してもらいやっと解放されたものの、心配だから帰りは一緒に寮まで帰ろうと言われてしまった。
確かに階段での一件は動揺はしたけど、王子のお陰で怪我もなかったし、このまま放っておいてくれてもいいのに。
そう思いながらその日は残りの授業を受けた。
放課後────。
宣言通りガイナー王子と一緒に寮へと歩いて帰る。
ちなみに寮は敷地内にあるため十分歩いて帰れる距離だし、特に馬車に乗る必要もない。
だから当然並んで歩くことになるんだが、何故か心配だからと言って腰に手を添えられたエスコート状態で歩く羽目に。
流石にこれは恥ずかしいと思って『そこまでしなくても…』と言ってみたものの、心配だからの一言で片づけられてしまった。
何故だ。
そして流石に送ってもらって『はい。さようなら』というわけにもいかないから、部屋の中へと招いてお茶を振舞った。
一応実家から送られてきた荷物に入っていたものだからそこそこ高級茶葉だし、王子に出す分に問題はないだろう。
「どうぞ」
「ああ。ありがとう」
そうして香りを楽しみながら茶を堪能するガイナー王子。
「うん。美味しい」
どうやら王子の口に合ったようだ。
「お口に合って良かったです」
「ああ。そうだジェレミー。ちょっといいか?」
「はい。なんでしょう?」
何か話でもあるんだろうかと居住まいを正すと、王子の方を真っ直ぐに見遣った。
「お前はクララ嬢と俺の仲を勘違いしていそうだが、それは杞憂だ」
「…………はい」
「俺と彼女は何の関係もない赤の他人同士だと改めて言っておこう」
王子はそう言うけれど、あの女の態度からはとても信じられそうにない。
どう見てもベタベタし過ぎだ。
思わず眉を顰めてしまう。
そんな俺に王子は続けて言ってくる。
「俺とリリベルは政略的な観点から婚約しているのだと、お前は知っているだろう?」
それはまあ…確かに知ってはいる。
でも心配は心配だった。
王子の気が変わったらなかったことにすることなんて簡単だからだ。
だからこそこちらも躍起になってあの女に忠告をしに行っていたのだから。
なのに王子は冷静な声で俺を諭すように言葉を紡いでくる。
「俺達が結婚するのは決定事項だ。だからその点に関しては何も心配はしなくていいと、この場で言わせてほしい」
その言葉を聞いて俺は物凄くホッとした気持ちになった。
どうやら王子は本気でこの婚約を破棄する気はないようだというのが、しっかりと伝わってきたからだ。
リリベルは昔から『私、王子様と結婚するのが夢なの』と笑顔で口にし、実際にそのための努力を惜しまなかった。
ガイナー王子の婚約者の立場を得た後も努力を重ね、王子妃の勉強だけではなく自主的に国政の勉強もしているし、外交を考えて三か国語の習得にも力を入れている。
これで他の女にその地位を奪われましたなんてことになったら可哀想すぎて目も当てられない。
今は女性でも活躍の場は多くなってきているが、王子妃の椅子は王太子妃とこの第二王子妃の椅子の二つだけ。
こんなに努力している妹の幸せのためにも、俺はその座を奪いに来る邪魔者はできる限り排除してやりたかった。
(そもそもここまで努力するってことは、ガイナー王子のことをそれだけ好きってことだと思うし…)
兄としては当然応援してやりたいところだ。
そんな俺にガイナー王子ははっきりと言ったのだ。
ちゃんとリリベルと結婚するから安心してほしい────と。
これでやっと肩の荷を下ろすことができる。
「……良かったです」
心から安堵して笑顔でそう言ったら、『じゃあその話は終わりにして、今度はクララ嬢を助けたジェレミーにご褒美をあげる話をしようか』と王子が言ってきた。
「ご褒美…ですか?」
「ああ。今日は彼女を助けようとしていただろう?だから、お仕置きではなくご褒美をやろう」
ご褒美。何がもらえるんだろう?
俺からすればリリベルとの結婚を考えてくれただけで十分ご褒美になっているんだが…。
「あの。お気持ちだけで十分です。俺は王子がリリベルと結婚してくれると言ってくださっただけで十分ご褒美を頂けた気分なので」
だから素直にそう言ったのに、何故か凄絶な笑みで『そう遠慮するな』と言われ、素早く動いたガイナー王子にあっという間に抱き上げられて寝室へと連れ込まれてしまった。
「え?!」
これには驚きすぎて頭がパニックになってしまう。
「あ、あのっ!お仕置きはしないはずでは?!」
「ああ。これはお仕置きではなくご褒美だから」
お仕置きではなくご褒美?これが?
「一緒では?!」
「全然違う。それを今から教えてやろう」
そう言ってガイナー王子はにこりと微笑んだ。
****************
※階段落ちイベントは、助けようとして手が届かなかったパターンと今回のパターンとどっちにしようかなと思ったものの、結局こちらにしてみました。
手を伸ばして届かなかったところが突き落としたように見えてしまったというシチュエーションの場合、ガイナー王子がもっとクールなキャラで、まだジェレミーに惚れてないという設定の方が合う気がしたんですよね。
再度のお仕置きからなんやかんやあって、ジェレミーの方から告白して、またなんやかんやあって卒業式で上手くいくみたいな?そういうシチュも割と好きなんですが、今回はタイトル回収でガイナー王子がジェレミーにグイグイ行く感じでまとめてみました(^^)
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