たった五分のお仕事です?

オレンジペコ

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Ⅰ.ファースト・コンタクト

1.全ての始まりは王子の無茶振りから。

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【Side.エレンドス】

「嫁が欲しい!」

ある日この国の王子が執務机に突っ伏してそう叫んだ。

「好きに選んだらいいのでは?」

側近である僕はサクッとそう返し、急ぎの書類を書類の山に重ねた。
数々の令嬢から降るように求婚されているのだから好きに選べば済む話だ。
一体この王子は何を言い出したのだろう?
けれど王子はそういう意味じゃないと拳を握る。

「俺は恋がしたいんだ!」
「…はあ」
「男は獲物を追う生き物だろう?!寄ってくる中から選り好みするものじゃない!追うんだ!逃げる相手を追い掛けて捕まえたいんだ!」

そう言われても、こちらとしてはお好きにどうぞとしか言えない。
それなのに王子は無茶を言う。

「何とかしろ」

何とかと言われても一体どうしろと言うのだろう?
こちらが用意した相手を王子が追うのか?
付き合わされるご令嬢は楽しいかもしれないが…それはただの疑似恋愛で、出来レースというかお遊びでしかないのではないか?
けれどそこを指摘すると、王子はそういうのではなく、本気の恋がしたいと言い募る。

何という無茶な要望だろう?
それなら何も知らない王子の理想の相手を探して連れてこいということなのだろう。
落とすのは自分が勝手にするからと────。

無茶苦茶だ。
側近をなんだと思っているのだろうか?
さすがにそこまで自分は暇ではない。
けれどどう足掻いても引き下がりそうにないのが我儘王子が我儘たる所以でもあった。
仕事はできるくせに駄々を捏ねだしたら梃子でも動かないから始末に困る。
仕方がないので、一応望みを聞くだけ聞いて仕事を頑張ってもらおうと思った。

「では…どのような相手をご希望なのかお教え下さい」

そう返すと王子は嬉々として顔を輝かせ自分の望む相手の特徴を述べた。

「すぐには落ちそうになくて、甘い言葉にも靡かなくて、ボディータッチもしてこなくて、迫れば逃げるようなタイプがいい!」

どうやって捕まえるつもりだ?
難攻不落なツンツンタイプをこの王子が落とせるとはどうしても思えない。
これは慎重にいかないとこちらの責任問題にもなりそうだ。

「容姿諸々はどう致します?」

「優しくて可愛いタイプがいい!あ、あと家庭的で、一途な!これは譲れないぞ!」

前述のタイプと矛盾していないだろうか?
優しくて可愛くて一途で家庭的…。
どう考えてもツンツンタイプではない。
男を無邪気に弄ぶようなタイプがいいのか?
でもそれなら『一途で家庭的』と矛盾してしまうから難しい。

「そんな相手なら僕の嫁に欲しいですが?」

優しくて可愛くて家庭的で一途なお嫁さん…それはまさに理想の嫁だろう。
そんな人物が見つかるならこんな我儘王子にやるより自分の嫁にしたい。
けれど王子は誰にもやらんと言い放つ。
まだ見つけてもいないうちからそんな事を言うなんて…図々しいにも程がある。

そもそも落とせるかもわからない相手だ。
希望は迫れば逃げるタイプなのだろう?
とてもこの王子に捕まえられるとは思えない。
それなら気に入れば自分が落としてもいいのではないだろうか?
これは名案だ。
でも逃げられてしまうなら捕まえるのは容易ではない。
そうだ!お人好しという条件も足しておこう。
それならそこを利用して落とすことも可能かもしれない。
口八丁手八丁で落とせばいい。
そんな風に考えをまとめて、王子の要望に自分の希望を含めて魔術師の元へと足取り軽く向かった。



「この条件に当てはまる者を異世界から召喚して欲しい」

「…これはまた無茶なご要望ですね」

魔術師は苦い顔で嫌そうに顔を顰めたが、王子の命令だと言ったら渋々引き受けてくれる。

「わかりました。その代わり後から文句は言わないで下さいよ?この条件通りにしか召喚しませんので」

その言葉に勿論だと頷いて召喚の場へと立ち合った。
そう。自分では書いているつもりだったのだ。
王子が嫁希望と言っていたのが頭にあったせいで、わざわざ書くまでもなく女が召喚されると思い込んでいた。
けれど、魔法陣から光が迸りその場へと召喚されてきたのは……。

すぐには落とせそうになく、

甘い言葉にも靡かず、

ボディータッチなんてしてこない、

優しくて可愛くて一途で家庭的でお人好しの……

どこからどう見ても女ではない少年だった。

(確かにぴったり条件には当てはまってるのかもしれないけど…!)

そりゃあノーマルなら男に迫られたら逃げるよなとは思った。

とても可愛い見た目で自分や王子好みの外見ではあっても男は男。
これは……。

(絶対怒られる!)

側近として、思い切りやってしまったと落ち込んだ瞬間だった。

常々王子から「お前は確認作業が抜けている」と指摘されてきた事もあり、これでは言い訳のしようもない。
魔術師を見ると物凄くあくどい顔で笑っていたから、きっと意趣返しができたとでも思っているのだろう。
そのまま意気揚々と少年に話しかけ始めたのでもうこれは諦めるしかないと腹をくくる。

「ようこそ異世界のお方!」
「へ?」
「お時間は取らせません!あちらでの時間はたったの五分!こちらでの時間は約五日!それが過ぎたらちゃんと帰れますので!」

戸惑う少年に魔術師はそんなことを言い出したのでギョッとした。

(時間制限付きか?!)

落としたいなら五日で落とせということかと更に苦々しい気持ちになるが、考えてみればこれはある意味助かったかもしれない。
王子も条件付きなら相手が男でも諦める気になるだろうし、やっぱり女がいいなと思い直して縁談の中から相手を選ぶ気になるかもしれないからだ。
それなら魔術師の考えに乗ってみるかという気にもなった。

「たった五分の簡単なお仕事です!ボランティアと思って気軽にお付き合いください」

そうして笑った魔術師と一緒に笑顔で少年へと向き合った。

「ようこそアレファンドラへ!五日間、宜しくお願い致します」

まさかここから長い付き合いになるとは思いもせず、僕は戸惑う少年と握手を交わしたのだった。


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