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呪怨劇
20、生成りの少女は選択を迫られる
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「吉田。お前は人間に戻りたいか?それとも、鬼となっても呪詛を完成させたいか?」
護の口から出てきた問いかけに、佳代は即答することはできなかった。
それもそのはず。
そもそも、自分の肉体に起きた変化を受け入れることすら難しい状況だというのに、いきなり自分がどうしたいのかを決めろ、というのはさらに難しいことだ。
だが、護はそれを理解したうえで、あえて問いかけているということを佳代は理解した。
そして同時に。
――わたしにはもう、時間がない、ってこと?
という推測が頭の中に浮かんできた。
時間がない。それはつまり、このままではもう間もなく、吉田佳代という人間の意思が消え去ってしまう、ということ。
わずかに残った理性がそう思った瞬間、佳代は身を震わせる。
その原因は恐怖だ。
――わたしが、わたしじゃなくなる……想像するだけしかできなかったけど、現実にわたしの身に降り注いで、それがどれだけ怖いことか、ようやく実感しているの?
普通、人間は個々人の内側に各々の『自己』を持っている。
その自己を認識することで、他者との共存を図ることができるだけでなく、『自分』という今ある存在を知ることができるのだ。
だが仮に、認識できる自己がなくなってしまったら、他人との共存はおろか、『自分』という存在が未知の存在になってしまう。
そして、知らないということは、十分に恐怖するに値するものであり、普通の人間ならば避けたいと思うものだ。
だが、佳代は。
――あぁ、けれどそれでもいいかな……どうせ、心配してくれる友達はいないし、お父さんとお母さんは、最初こそ心配してくれても、だんだんわたしのことなんて忘れていくだろうし
佳代には、自分が自分でなくなることを、自力で思いとどまる理由がなかった。
何より今のまま、『吉田佳代』として生きていても苦しいし、つらいだけ。
ならばいっそ、このまま人生を終わらせてしまったほうが楽になれる。
そう思った瞬間。
「まさか、このままのほうが楽になれるとか考えてんじゃねぇだろうな?」
護の厳しい声が響いてきた。
自分の心を見透かされたことに驚き、佳代は目を見開き、護の方を見る。
だが、護は淡々とした様子で続けていた。
「言っとくが、このまま鬼になったらそのままお前は祓われることになるぞ?」
「ナ、ンデ?」
「お前な。目の前に突然、得体の知れない化け物が出てきたら普通、退治されるのが普通だろ」
護の発言は極端ではある。
だが、鬼を含め一目で特殊生物とわかる動物が町中に出現した場合、警察を通じて調査局に連絡が行き、職員が派遣されることになる。
その後、派遣された職員によって、特殊生物は捕縛あるいは修祓のどちらかが行われるのが常だ。
少なくとも、人間をやめることができるからと言って、楽になれるということはない。
「妖になるより、人間でいたままのほうがまだ楽だぞ?」
「ソンナコトナイ!人間ノママデモ、今マデズット苦シカッタ!!」
「ただの人間だったお前が苦しかったから妖になるってのか?ふざけんな!」
びりっと空気が震える。
恐る恐る、護を見ると、鬼の形相とまではいかずとも、怒っているということがわかる表情をしていた。
「ドウシテ、ソウ言イ切レル?!」
「妖の世界も人間の世界と変わりない。異端者には冷たい、その一点においてな」
幼いころから見鬼の才の影響で、普通の人間には見えないものが見え、聞き取れない声を聞いてきた。
当然、普通の人間から見ればそんな能力を持っている護は異端以外の何物でもない。
両親や親類、そして出雲の地にいる風森家の人間を除き、周囲の人間は護に対して人間らしい扱いをすることなど、一度もなかった。
――少なくとも、俺は父さんと母さん。親戚や風森家の人たち以外からは邪険に扱われ続けてきた。所詮、人間は異端者を受け入れる度量なんてもんを持ち合わせちゃいない、愚鈍な存在でしかねぇんだ
だが、異端者を同朋として迎え入れることをしない種族は人間だけではなく、妖も同じことだ。
妖は人間よりもさらに単純に、力の強弱で上下関係が変わるだけであるため、基本的には共生関係を築いているのだが、妖であっても異端者には冷たい。
受け入れないということは決してないが、受け入れるまでの時間は、かなり長い。
それこそ、悠久にも近い時が必要となるだろう。
人間の感覚がいまだ強い佳代に、それを耐えるだけの精神力があるとは考えられない。
何より。
「どうせいつか死ぬとしても、一度、人間として生まれたんだ。人間の生を全うしてからにしろ!でなきゃ後々、俺らが面倒被るんだからな!!」
「ヘ?結局、自分ガ楽シタイダケ?!」
「悪いかっ?!」
「普通、ソコハ別ノコトヲ言ウトコロジャナイノ?!」
いつの間にか、佳代の方が突っ込みに回って漫才のようなやり取りが行われているが、そのやり取りの中で、佳代の声が本来のものへ戻りつつあった。
「まぁ、それはひとまず置いておくとして」
「置イテオクンダ……」
「で?どうする?人間に戻れるなら戻るか、それともこのまま俺に殺されるか」
「……ナ、ナンカ、チョット選択肢ガ変ワッテナイ?」
「鬼になって呪詛を完成させるなら、俺は迷わず修祓するぞ?てか、呪詛振りまかなくても顔見知りが鬼になった時点で即滅するぞ」
猛烈に嫌そうな顔で、あっさりと宣言してのけた。
そもそも、護は家族と月美を含めた風森家に連なる人間以外がどうなろうと、知ったことではない。
たとえそれが同業者や血を分けた親類であってもだ。
だから、人間に戻りたいと思うのならば全力でそれを支援するし、鬼になるというのなら有無を言わさず滅する。
土御門護とは、そういう人間だ。
つまり、佳代は目の前の同級生に生きるか死ぬかの選択を迫られているということになる。
――人間に戻って、また同じ苦しみを味わうの?けれど、このまま鬼になっても、どの道、土御門くんに殺されちゃう……
どうすれば、どちらを選ぶことが最善なのか。
佳代は、その選択に頭を抱えたくなってしまっていた。
護の口から出てきた問いかけに、佳代は即答することはできなかった。
それもそのはず。
そもそも、自分の肉体に起きた変化を受け入れることすら難しい状況だというのに、いきなり自分がどうしたいのかを決めろ、というのはさらに難しいことだ。
だが、護はそれを理解したうえで、あえて問いかけているということを佳代は理解した。
そして同時に。
――わたしにはもう、時間がない、ってこと?
という推測が頭の中に浮かんできた。
時間がない。それはつまり、このままではもう間もなく、吉田佳代という人間の意思が消え去ってしまう、ということ。
わずかに残った理性がそう思った瞬間、佳代は身を震わせる。
その原因は恐怖だ。
――わたしが、わたしじゃなくなる……想像するだけしかできなかったけど、現実にわたしの身に降り注いで、それがどれだけ怖いことか、ようやく実感しているの?
普通、人間は個々人の内側に各々の『自己』を持っている。
その自己を認識することで、他者との共存を図ることができるだけでなく、『自分』という今ある存在を知ることができるのだ。
だが仮に、認識できる自己がなくなってしまったら、他人との共存はおろか、『自分』という存在が未知の存在になってしまう。
そして、知らないということは、十分に恐怖するに値するものであり、普通の人間ならば避けたいと思うものだ。
だが、佳代は。
――あぁ、けれどそれでもいいかな……どうせ、心配してくれる友達はいないし、お父さんとお母さんは、最初こそ心配してくれても、だんだんわたしのことなんて忘れていくだろうし
佳代には、自分が自分でなくなることを、自力で思いとどまる理由がなかった。
何より今のまま、『吉田佳代』として生きていても苦しいし、つらいだけ。
ならばいっそ、このまま人生を終わらせてしまったほうが楽になれる。
そう思った瞬間。
「まさか、このままのほうが楽になれるとか考えてんじゃねぇだろうな?」
護の厳しい声が響いてきた。
自分の心を見透かされたことに驚き、佳代は目を見開き、護の方を見る。
だが、護は淡々とした様子で続けていた。
「言っとくが、このまま鬼になったらそのままお前は祓われることになるぞ?」
「ナ、ンデ?」
「お前な。目の前に突然、得体の知れない化け物が出てきたら普通、退治されるのが普通だろ」
護の発言は極端ではある。
だが、鬼を含め一目で特殊生物とわかる動物が町中に出現した場合、警察を通じて調査局に連絡が行き、職員が派遣されることになる。
その後、派遣された職員によって、特殊生物は捕縛あるいは修祓のどちらかが行われるのが常だ。
少なくとも、人間をやめることができるからと言って、楽になれるということはない。
「妖になるより、人間でいたままのほうがまだ楽だぞ?」
「ソンナコトナイ!人間ノママデモ、今マデズット苦シカッタ!!」
「ただの人間だったお前が苦しかったから妖になるってのか?ふざけんな!」
びりっと空気が震える。
恐る恐る、護を見ると、鬼の形相とまではいかずとも、怒っているということがわかる表情をしていた。
「ドウシテ、ソウ言イ切レル?!」
「妖の世界も人間の世界と変わりない。異端者には冷たい、その一点においてな」
幼いころから見鬼の才の影響で、普通の人間には見えないものが見え、聞き取れない声を聞いてきた。
当然、普通の人間から見ればそんな能力を持っている護は異端以外の何物でもない。
両親や親類、そして出雲の地にいる風森家の人間を除き、周囲の人間は護に対して人間らしい扱いをすることなど、一度もなかった。
――少なくとも、俺は父さんと母さん。親戚や風森家の人たち以外からは邪険に扱われ続けてきた。所詮、人間は異端者を受け入れる度量なんてもんを持ち合わせちゃいない、愚鈍な存在でしかねぇんだ
だが、異端者を同朋として迎え入れることをしない種族は人間だけではなく、妖も同じことだ。
妖は人間よりもさらに単純に、力の強弱で上下関係が変わるだけであるため、基本的には共生関係を築いているのだが、妖であっても異端者には冷たい。
受け入れないということは決してないが、受け入れるまでの時間は、かなり長い。
それこそ、悠久にも近い時が必要となるだろう。
人間の感覚がいまだ強い佳代に、それを耐えるだけの精神力があるとは考えられない。
何より。
「どうせいつか死ぬとしても、一度、人間として生まれたんだ。人間の生を全うしてからにしろ!でなきゃ後々、俺らが面倒被るんだからな!!」
「ヘ?結局、自分ガ楽シタイダケ?!」
「悪いかっ?!」
「普通、ソコハ別ノコトヲ言ウトコロジャナイノ?!」
いつの間にか、佳代の方が突っ込みに回って漫才のようなやり取りが行われているが、そのやり取りの中で、佳代の声が本来のものへ戻りつつあった。
「まぁ、それはひとまず置いておくとして」
「置イテオクンダ……」
「で?どうする?人間に戻れるなら戻るか、それともこのまま俺に殺されるか」
「……ナ、ナンカ、チョット選択肢ガ変ワッテナイ?」
「鬼になって呪詛を完成させるなら、俺は迷わず修祓するぞ?てか、呪詛振りまかなくても顔見知りが鬼になった時点で即滅するぞ」
猛烈に嫌そうな顔で、あっさりと宣言してのけた。
そもそも、護は家族と月美を含めた風森家に連なる人間以外がどうなろうと、知ったことではない。
たとえそれが同業者や血を分けた親類であってもだ。
だから、人間に戻りたいと思うのならば全力でそれを支援するし、鬼になるというのなら有無を言わさず滅する。
土御門護とは、そういう人間だ。
つまり、佳代は目の前の同級生に生きるか死ぬかの選択を迫られているということになる。
――人間に戻って、また同じ苦しみを味わうの?けれど、このまま鬼になっても、どの道、土御門くんに殺されちゃう……
どうすれば、どちらを選ぶことが最善なのか。
佳代は、その選択に頭を抱えたくなってしまっていた。
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