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【続編】
98:アズレークでは難しい?
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逃亡を図ろうとするカロリーナをとらえるため、既に国王陛下が動き出していることはよく分かった。
「アズレーク、カロリーナが見つかるまで、スノーはこのままなの?」
「スノーにかけられてしまった『呪い』は冬眠のような状態で、王太子の時のような命に関わる『呪い』ではない。無論、こんな風に寝たままで、話すことも笑うこともないスノーをただ見ているだけというのは……辛いことだ。だから今日と明日。明日が終わるまではカロリーナが捕まるのを待つ。カロリーナの逃亡に手を貸す者がいるのかどうかは分からないが、いたとしても数は多くない。だから捕えることができると思っている」
カロリーナが国内にいることを国王陛下は許さないだろう。自身の威光をかけ、捜索をするだろうから、きっと見つけ出すと思うが……。
「……アズレークでこの『呪い』を解くことは難しいの……?」
聞かれると思っていたのだろう。
アズレークは苦笑している。
「パトリシア。『呪い』というのは、解く際、かけた時と同じ条件が必要となる――というのは知っていると思う。今回で言うならば。パトリシアに対し、カロリーナは激しい嫉妬を覚え、不幸にしてやりたいと思った。だが、殺すことはできない。殺せばもし捕まった時、断頭台送りになると分かっている。だから、殺したいほど嫉妬しているが、殺しはしない。真綿で首を締めるように永遠に苦しめてやる。そんな状況で『呪い』をかけた。そして『呪い』を解くためには、これと同じ状態を作り出す必要があるわけだが」
そこでアズレークは頭を抱える。
「それをスノーに対して作り出す必要があるんだ。それは……なかなかに難しい」
なるほど。
アズレークが頭を抱えるのは尤もだ。
スノーは。
まだ子供だ。それにスノーのことを知る人間なんて少ない。見るからに純粋無垢なスノーに対し、殺したいほどの嫉妬を抱き、永遠に苦しみを与えるなんて感情を持てる人間は……想像がつかない。
「私は……カロリーナとはよっぽど相性が悪いようだ。こうもカロリーナに振り回されるなんて」
アズレークの盛大なため息に思わず笑ってしまう。
スノーのことが心配で、ずっと表情が硬くなっていた。
今の笑みで硬直していた頬の筋肉が、初めて緩んだ気がする。
「パトリシア。君は心が優しい。今のスノーの状態にとても心を痛めていることはよく分かる。何より自分の身代わりになったようなものだ。だが、スノーの『呪い』は必ず解く。もしカロリーナが捕まらなかったとしても。既にスノーの『呪い』を解けるかもしれない人間の想定はできている。……ただ、それは……嫉妬という人には見せたくない感情を表出させるようなものだ。できればカロリーナ本人に『呪い』を解かせたいと思っている」
この言葉は胸にジンと染み渡る。
アズレークが私のことをよく理解してくれていると分かる上に、絶対にスノーの『呪い』を解くつもりであると分かったからだ。何よりも。ついさっき、苦笑して頭を抱えていたのに。カロリーナで『呪い』を解けなかった場合の算段も立てているのだ。やはりアズレークは……すごい。
「コン、コン」
ノックの音に返事をすると、メイドが顔をのぞかせた。
既にアズレークはレオナルドに姿を変えている。衣装も白シャツに、髪色と同じアイスブルーのセットアップに変っていた。
「ロレンソ様が、お約束はないのですが、もし会えるようでしたら会いたいということで、いらしているのですが。いかがいたしましょうか」
レオナルドと顔を見合わせる。
どうしたのだろう? 魔力がまだ回復していないので、数日はグレイシャー帝国に滞在すると言っていたのに。
「パトリシア、会うのでいいかな? スノーは現状、このまま寝かせておくしかないから」
「はい。できることはやっていると思うので、今はロレンソ先生に会いましょう」
レオナルドはメイドにロレンソを応接室に案内するよう伝え、私は別のメイドを呼び、湯たんぽが冷めていたら、お湯の入れ替えをするよう依頼し、部屋を出た。
◇
応接室に待っていたロレンソは。
グレイシャー帝国のロレンソではない。
片眼鏡をつけ、落ち着いたグレーのテールコートにグリーンのタイ、黒のベストにズボンと、町医者ロレンソの姿に戻っている。
ただ、レオナルドに言われ、静かに腰をおろすその様子は……やはり気品があった。漂う洗練された雰囲気はどうしたって誤魔化せないようだ。
メイドが紅茶を出して部屋を出ると、ロレンソが早速口を開いた。
「今朝、あなた達と別れたばかりなのに、こんな形で訪問してしまい、申し訳ないです。数日ですが、診療所を開けなかったので、様子が気になってしまい……。先程、診療所を見に行ったのです。すると街中に騎士がいる。どうしたのかと思ったら……。カロリーナーードルレアンの魔女が逃亡しているという話を聞きました。魔女とパトリシア様は因縁が深い。少々心配になり、訪ねてしまいました」
「アズレーク、カロリーナが見つかるまで、スノーはこのままなの?」
「スノーにかけられてしまった『呪い』は冬眠のような状態で、王太子の時のような命に関わる『呪い』ではない。無論、こんな風に寝たままで、話すことも笑うこともないスノーをただ見ているだけというのは……辛いことだ。だから今日と明日。明日が終わるまではカロリーナが捕まるのを待つ。カロリーナの逃亡に手を貸す者がいるのかどうかは分からないが、いたとしても数は多くない。だから捕えることができると思っている」
カロリーナが国内にいることを国王陛下は許さないだろう。自身の威光をかけ、捜索をするだろうから、きっと見つけ出すと思うが……。
「……アズレークでこの『呪い』を解くことは難しいの……?」
聞かれると思っていたのだろう。
アズレークは苦笑している。
「パトリシア。『呪い』というのは、解く際、かけた時と同じ条件が必要となる――というのは知っていると思う。今回で言うならば。パトリシアに対し、カロリーナは激しい嫉妬を覚え、不幸にしてやりたいと思った。だが、殺すことはできない。殺せばもし捕まった時、断頭台送りになると分かっている。だから、殺したいほど嫉妬しているが、殺しはしない。真綿で首を締めるように永遠に苦しめてやる。そんな状況で『呪い』をかけた。そして『呪い』を解くためには、これと同じ状態を作り出す必要があるわけだが」
そこでアズレークは頭を抱える。
「それをスノーに対して作り出す必要があるんだ。それは……なかなかに難しい」
なるほど。
アズレークが頭を抱えるのは尤もだ。
スノーは。
まだ子供だ。それにスノーのことを知る人間なんて少ない。見るからに純粋無垢なスノーに対し、殺したいほどの嫉妬を抱き、永遠に苦しみを与えるなんて感情を持てる人間は……想像がつかない。
「私は……カロリーナとはよっぽど相性が悪いようだ。こうもカロリーナに振り回されるなんて」
アズレークの盛大なため息に思わず笑ってしまう。
スノーのことが心配で、ずっと表情が硬くなっていた。
今の笑みで硬直していた頬の筋肉が、初めて緩んだ気がする。
「パトリシア。君は心が優しい。今のスノーの状態にとても心を痛めていることはよく分かる。何より自分の身代わりになったようなものだ。だが、スノーの『呪い』は必ず解く。もしカロリーナが捕まらなかったとしても。既にスノーの『呪い』を解けるかもしれない人間の想定はできている。……ただ、それは……嫉妬という人には見せたくない感情を表出させるようなものだ。できればカロリーナ本人に『呪い』を解かせたいと思っている」
この言葉は胸にジンと染み渡る。
アズレークが私のことをよく理解してくれていると分かる上に、絶対にスノーの『呪い』を解くつもりであると分かったからだ。何よりも。ついさっき、苦笑して頭を抱えていたのに。カロリーナで『呪い』を解けなかった場合の算段も立てているのだ。やはりアズレークは……すごい。
「コン、コン」
ノックの音に返事をすると、メイドが顔をのぞかせた。
既にアズレークはレオナルドに姿を変えている。衣装も白シャツに、髪色と同じアイスブルーのセットアップに変っていた。
「ロレンソ様が、お約束はないのですが、もし会えるようでしたら会いたいということで、いらしているのですが。いかがいたしましょうか」
レオナルドと顔を見合わせる。
どうしたのだろう? 魔力がまだ回復していないので、数日はグレイシャー帝国に滞在すると言っていたのに。
「パトリシア、会うのでいいかな? スノーは現状、このまま寝かせておくしかないから」
「はい。できることはやっていると思うので、今はロレンソ先生に会いましょう」
レオナルドはメイドにロレンソを応接室に案内するよう伝え、私は別のメイドを呼び、湯たんぽが冷めていたら、お湯の入れ替えをするよう依頼し、部屋を出た。
◇
応接室に待っていたロレンソは。
グレイシャー帝国のロレンソではない。
片眼鏡をつけ、落ち着いたグレーのテールコートにグリーンのタイ、黒のベストにズボンと、町医者ロレンソの姿に戻っている。
ただ、レオナルドに言われ、静かに腰をおろすその様子は……やはり気品があった。漂う洗練された雰囲気はどうしたって誤魔化せないようだ。
メイドが紅茶を出して部屋を出ると、ロレンソが早速口を開いた。
「今朝、あなた達と別れたばかりなのに、こんな形で訪問してしまい、申し訳ないです。数日ですが、診療所を開けなかったので、様子が気になってしまい……。先程、診療所を見に行ったのです。すると街中に騎士がいる。どうしたのかと思ったら……。カロリーナーードルレアンの魔女が逃亡しているという話を聞きました。魔女とパトリシア様は因縁が深い。少々心配になり、訪ねてしまいました」
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