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7:君を帰すつもりはない。
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「パトリシア、落ち着いたか?」
やはり耳に心地よいテノールの声だ。
魔王がこんなにも美しい声を持っているなんて……。
しかもこの黒曜石のような瞳。
一点の曇りもなく、光を受け輝いており、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
魔は美しく人の心を捕らえると聞いていたが、まさにその通り。
……いや、感心して陶酔している場合ではない。
「私はパルマ修道院の修道女です。主に仕える身です。ここがどこか存じませんが、修道院へ帰らせていただきたいです」
「それは無理だ。パトリシア、君を修道院へ帰すつもりはない。それに私は君に言ったはずだ。王太子毒殺未遂事件、その罪を償うべきだと」
そうだった!
アズレークは魔王だという衝撃的な情報がもたらされ、すっかり失念していた。
あ~~~、でも増々分からない。
彼が魔王なら、なぜ私に王太子毒殺未遂事件の罪を償うように言うのか!?
……。
私の中で何かフッ切れた気がした。
「先ほどから、私を王太子毒殺未遂事件の犯人のようにおっしゃりますが、私はそんなことをしていません! あの時、私は王太子を心から愛していました。父親の政治ゲームとは関係なく、純粋に王太子の婚約者になりたいと思っていました。最終的にカロリーナが婚約者に選ばれましたが、だからって私が王太子を毒殺するなんてありえません。もしも、もしもですよ、敗北を認めず、私が何かしでかすとしたら。王太子ではなく、カロリーナに毒を盛りますよ! 実際はやりませんけどね。理解いただけましたか、魔王様!」
アズレークは意志の強そうな眉を、片方だけくいっとあげ、驚いた顔で私を見た。
「……なるほど。そうだったのか。君は……心から王太子を。そうか。そうなると少し事情が変わってくるが……」
少し考え込む仕草をしていたアズレークだが、すぐに輝くような黒い瞳をこちらへ向ける。
「ところで、魔王、とは何のことだ?」
「!? スノーがあなたは魔王だと」
キョトンした表情のアズレークは……不意打ちだ。
こんな美貌のこの顔は……反則。
思わず心臓がドクンと大きく反応してしまった。
「スノー、君は私のことを魔王だと思ったのか?」
「はい! ミニブタだった私を人間に変えてくださったのです。そんなことをできるのは、魔力が強い魔王様しかいないかと」
「スノー、君は……」
それは……瞬時に人の心を溶かす笑みだった。
魔は美しく人の心を捕らえる。
いや、これは魔になんか見えない。
見る者の心を温かくする、清純な笑顔にしか見えない。
アズレークは魔王とは思えない顔で笑った後、スノーと私を見た。
「私は魔王ではない。私の一族は、魔力を持つ一族だ。他の人より少しばかり、私の魔力は強いようだ。だからスノーのことも、人間に変えることができたに過ぎない。まあ、魔王と呼びたければ、そう呼んでもらっても構わないが……私の名はアズレークだ」
なんと……。
魔王ではなかったのか。
ホッとするのも束の間、アズレークはスノーと私が座るテーブルに近づくと、凛とする眼差しで尋ねた。
「君のさっきの話を聞くに、王太子毒殺未遂事件は、濡れ衣ということだが……では、誰が犯人だと言うのだ? あの当時、そんなことをするのは、君以外考えられないと思うが」
「それは……。私なりの推理はあります」
「ほう。ではその推理、聞かせてもらおう。スノー、私の分の紅茶を用意してもらえるだろうか?」
「かしこまりました。アズレークさま」
スノーが紅茶を用意し始めると同時に、私は自分の推理をアズレークに聞かせた。乙女ゲーの件には触れず、あくまで私とライバル争いをしていることで、カロリーナは王太子へのアピールがおろそかになった。その結果、ベラスケス家が没落し、私が消え、カロリーナは婚約者に選ばれたが、王太子と相思相愛であると実感できなかったのではないか。そしてその原因にもしや王太子が私に未練があるとでも勘違いし、カロリーナが毒を盛り、私に濡れ衣を着せたのではないか。
私に毒を盛られたと王太子が知れば、未練も消え、自分に気持ちが向くと、カロリーナは考えたのではないか。しかも事件は起きたが、あくまで未遂で終わっている。既にベラスケス家は爵位を剥奪され、一家離散していた。だからこの件は公にもならず、私が知ることもない。濡れ衣を着せようとしたことは、バレない。実際、私も今日初めて知ったのだと締めくくった。
この私の話を聞き終えたアズレークは、紅茶を一口飲み、沈黙した。口を閉じているが、その黒曜石を思わせる瞳は、何か考えているように思える。
しばらく静謐な時間が過ぎた後、アズレークが口を開いた。
「パトリシア、君の話を聞いて、私個人としては納得できた。でも残念だが、王命がくだされている。私は君を暗殺するようにという王命を受けた、刺客だ」
やはり耳に心地よいテノールの声だ。
魔王がこんなにも美しい声を持っているなんて……。
しかもこの黒曜石のような瞳。
一点の曇りもなく、光を受け輝いており、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
魔は美しく人の心を捕らえると聞いていたが、まさにその通り。
……いや、感心して陶酔している場合ではない。
「私はパルマ修道院の修道女です。主に仕える身です。ここがどこか存じませんが、修道院へ帰らせていただきたいです」
「それは無理だ。パトリシア、君を修道院へ帰すつもりはない。それに私は君に言ったはずだ。王太子毒殺未遂事件、その罪を償うべきだと」
そうだった!
アズレークは魔王だという衝撃的な情報がもたらされ、すっかり失念していた。
あ~~~、でも増々分からない。
彼が魔王なら、なぜ私に王太子毒殺未遂事件の罪を償うように言うのか!?
……。
私の中で何かフッ切れた気がした。
「先ほどから、私を王太子毒殺未遂事件の犯人のようにおっしゃりますが、私はそんなことをしていません! あの時、私は王太子を心から愛していました。父親の政治ゲームとは関係なく、純粋に王太子の婚約者になりたいと思っていました。最終的にカロリーナが婚約者に選ばれましたが、だからって私が王太子を毒殺するなんてありえません。もしも、もしもですよ、敗北を認めず、私が何かしでかすとしたら。王太子ではなく、カロリーナに毒を盛りますよ! 実際はやりませんけどね。理解いただけましたか、魔王様!」
アズレークは意志の強そうな眉を、片方だけくいっとあげ、驚いた顔で私を見た。
「……なるほど。そうだったのか。君は……心から王太子を。そうか。そうなると少し事情が変わってくるが……」
少し考え込む仕草をしていたアズレークだが、すぐに輝くような黒い瞳をこちらへ向ける。
「ところで、魔王、とは何のことだ?」
「!? スノーがあなたは魔王だと」
キョトンした表情のアズレークは……不意打ちだ。
こんな美貌のこの顔は……反則。
思わず心臓がドクンと大きく反応してしまった。
「スノー、君は私のことを魔王だと思ったのか?」
「はい! ミニブタだった私を人間に変えてくださったのです。そんなことをできるのは、魔力が強い魔王様しかいないかと」
「スノー、君は……」
それは……瞬時に人の心を溶かす笑みだった。
魔は美しく人の心を捕らえる。
いや、これは魔になんか見えない。
見る者の心を温かくする、清純な笑顔にしか見えない。
アズレークは魔王とは思えない顔で笑った後、スノーと私を見た。
「私は魔王ではない。私の一族は、魔力を持つ一族だ。他の人より少しばかり、私の魔力は強いようだ。だからスノーのことも、人間に変えることができたに過ぎない。まあ、魔王と呼びたければ、そう呼んでもらっても構わないが……私の名はアズレークだ」
なんと……。
魔王ではなかったのか。
ホッとするのも束の間、アズレークはスノーと私が座るテーブルに近づくと、凛とする眼差しで尋ねた。
「君のさっきの話を聞くに、王太子毒殺未遂事件は、濡れ衣ということだが……では、誰が犯人だと言うのだ? あの当時、そんなことをするのは、君以外考えられないと思うが」
「それは……。私なりの推理はあります」
「ほう。ではその推理、聞かせてもらおう。スノー、私の分の紅茶を用意してもらえるだろうか?」
「かしこまりました。アズレークさま」
スノーが紅茶を用意し始めると同時に、私は自分の推理をアズレークに聞かせた。乙女ゲーの件には触れず、あくまで私とライバル争いをしていることで、カロリーナは王太子へのアピールがおろそかになった。その結果、ベラスケス家が没落し、私が消え、カロリーナは婚約者に選ばれたが、王太子と相思相愛であると実感できなかったのではないか。そしてその原因にもしや王太子が私に未練があるとでも勘違いし、カロリーナが毒を盛り、私に濡れ衣を着せたのではないか。
私に毒を盛られたと王太子が知れば、未練も消え、自分に気持ちが向くと、カロリーナは考えたのではないか。しかも事件は起きたが、あくまで未遂で終わっている。既にベラスケス家は爵位を剥奪され、一家離散していた。だからこの件は公にもならず、私が知ることもない。濡れ衣を着せようとしたことは、バレない。実際、私も今日初めて知ったのだと締めくくった。
この私の話を聞き終えたアズレークは、紅茶を一口飲み、沈黙した。口を閉じているが、その黒曜石を思わせる瞳は、何か考えているように思える。
しばらく静謐な時間が過ぎた後、アズレークが口を開いた。
「パトリシア、君の話を聞いて、私個人としては納得できた。でも残念だが、王命がくだされている。私は君を暗殺するようにという王命を受けた、刺客だ」
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