花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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詠嘆編

第91話 地底湖の落ち神

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 夢幻の狭間 最深部


 夢幻の狭間、その最深部へと向かっていた御剣は、落ちる水の音を頼りに底へと進んでいった。体中に感じる空気の圧に耐えながら、体勢を整え、呪術で体を強化した。

 凄まじい衝撃音と共に水面に着水する。大穴の底には流れ落ちる水で巨大な地底湖が広がっていた。普通の人間であれば、水に打ち付けられた瞬間に命を落としていただろう。しかし、御剣は自身が人ならざる存在であることに感謝しながら、生き延びることができた。

 かなり深く沈んだ水中から顔を出し、近くの陸地へと上がる。

 "ずぶ濡れだな…"

 手頃な岩場を見つけた御剣は、濡れた袴と羽織りを脱いで近くの岩に引っ掛けると、呪術で即席の火元を作って乾かし始める。

 暫くして乾いた羽織りと袴を着た御剣は、辺りを見回す。ここが最深部であることは間違いないのだろうが、地底湖以外何もないということはないだろうとら考えていた。

「さて、何処へ向かえばいいのか…」

 地底湖の周囲を見回すと、洞窟となったこの場所に一箇所だけ人工的な灯籠が吊り下がっていることに気付く、御剣が灯籠へと近づくと、灯籠は一人でにぼんやりと輝きを放つ。

 明らかに人が、それも呪術に心得のある者が作った代物だった。呪術が組み込まれ、または呪力を持つ物は、呪装具と呼ばれている。

 "呪力に反応したのか…"

 呪装具の一種である灯籠は、その先にある横穴を照らし出す。

 "行ってみるか…"

  横穴を歩き続けると、御剣の歩く方角に設置された灯籠が順次灯りを点けていく。それはまるで、御剣をある場所へと誘うかのように。

 辿り着いた先の光景に、御剣は思わず驚愕する。そこに広がるのは、地上で見た斎乃宮と似た造りをした宮城が、洞窟の中に建っていた。

"落の都や斎乃宮、此処と言い、夢幻の狭間は不思議な処だな…"

 灯籠は宮城に向けて続く石畳に沿って、まるでそこへと誘うかのように備え付けられている。宮城へ向けてさらに石畳を歩いていると、少し広くなった場所に誰かが座り込んでいることに気づく。

"人か、否か…"

「頼もう、其許よ」
「………」

 後ろ姿しか見えないが、黒い装束を見に纏ったその人物は、背丈から見て子ども、髪は長く纏められているため少年少女かは分からない。しかし、その子どもは御剣の問いに一切反応を見せなかった。

 御剣が一歩近づくと、その背中が少し揺れ動いた。そして、立ち上がりゆっくりと御剣の方へと振り向く。

"否か…"

 御剣はその時、目の前の人物が少年であることを理解すると同時に、この少年が本能的に危険であることも理解した。

 目や口から血を流し、顔を斜めに傾けて赤い目で御剣を凝視する少年。その顔は狂気に満ちており、表情は歪み、引き攣ったように口角を釣り上げている。

「く、くくく…」
「話は通じないようだな…」

 業火を構える御剣。それが合図となったのか、少年は身を震わせて御剣へと飛び掛かる。恐ろしく速い動きで一気に詰め寄ると、少年は御剣の胴へと腕を振るう。

"血迷ったのか⁉︎"

 刀を持つ相手に素手で挑む少年。そんな少年の攻撃を、御剣は躊躇うことなく業火で防ぐ。

 結果は分かりきっていた。少年の右腕は動線に構えられた御剣の業火の刀身によって斬られ、千切れた腕が宙を舞う。

 御剣は少年の腕を斬り飛ばすと、柄を逆手に持ち直して胴を切り裂く。

「くく…その太刀筋、よく覚えているぞ」

 胴を斬られた少年は、斬られた腕を庇うことなく、ゆっくりと御剣の方を振り返る。

「何者だ、貴様」
「我か⁇お前ならよく知っているだろう、大御神の神器」
「生憎、お前とは初対面だ。なぜ俺の事を知っている」
「何故、何故とな。それは我はお前に斬られた事があるからだ。この様にな」

 少年とは思えない低い声でそう言い、斬り口から新たな腕を生やす。

「妖か、その類か。やはり人ではないな」
「そうさ。我は勒金方大神、かつてお前や大御神たちに敗れ、この場に封じられた大神だ」

 それを聞いた御剣は再び刀を構える。

「なるほど、納得がいった。普通の人間なら腕を生やすことなんて出来ないからな」

 今度は御剣の方から斬りかかる。上段に構えてクツワの目の前まで肉薄し、刀を横に振るう。しかし、クツワは両手で業火を挟み込むと、その勢いのまま御剣の身体を宙へと投げる。

 そして、宙に浮かび身動きが取れないところを狙って、背中から新たに生やした複数の長い腕を伸ばす。

 御剣も、己に迫り来る腕を宙で断ち斬っていく。斬られた腕からは血飛沫が舞うが、クツワは一切痛みやその類いの感情を見せず。ただひたすら御剣を仕留めようと、斬られた分だけ再生させて迫り来る。

「くくく、流石は神器と言ったものか。我を楽しませてくれる」

 クツワは背中から生やした腕を使い、素早く御剣へと迫る。大きく振りかぶった腕を避けると、先ほどまで御剣のいた場所が地面まで抉れる。

 横に避けた衝撃を利用して、大きく地面を蹴る。避けた方向とは反対側の方へ一気に跳び、地面を抉っていた腕を横薙ぎに斬りつける。

 しかし、クツワもその瞬間を狙って御剣に向けて複数の腕を伸ばす。先に斬りつけていた腕から離れ、迫り来る腕を業火で弾き返す。

"何とか近づければ…"

「火符、火花」

 御剣は業火に呪力を込め横一線に振るう。すると、業火の刀身に纏わりついていた火の粉が広がると同時に、クツワを包み込むように爆発を連鎖させる。

 煙が晴れると、そこには身体を異形のものへと変貌させ、最早人の面影は感じられない恐ろしい姿となったクツワがいた。

「さぁ、これから本番だよ。神器ィィ‼︎」
「化け物が‼︎」

 クツワは腕を地面に押し込むと、御剣に向けて柱を生やすように腕の束を地面から突き出す。御剣は後ろに飛び退いてそれを避けるが、背後には岩の壁が迫る。

 最後に跳び上がった御剣は、背後の壁を蹴ってクツワに向けて一気に詰め寄る。

「火符、火柱‼︎」

 お返しと言わんばかりに、御剣は呪術で発現させた火炎の柱をクツワの足元から突き出し、その体を燃やしながら宙へと叩き上げる。

「グガァァ‼︎」

 そして、宙に浮かび上がったクツワの胴に、業火の刀身を叩き付ける。試練を乗り越え更に強い呪力を得た業火は、何物をも焼き尽くさんと大火を纏い、クツワの体を焼く。

「アァァ‼︎アヅイ、アヅイィィ‼︎」

 クツワの胴は刀身で斬れなかったが、猛烈な勢いで燃える炎の呪力が体に纏わりつき、黒く燻むまでクツワの体を焼き尽くす。

 ただの火とは比べ物にならないほどの火力に、クツワは身体中の腕を自身の体に巻きつけ、悶え苦しむ。

「そうか。思い出した…」

 御剣は悶え苦しむクツワの元へと歩む。業火を鞘へと納め、その手には神を殺す力を持つ妖刀、神滅刀である草薙剣が握られていた。

「勒金方大神、かつて俺たちの先代に封印された堕ち神だったな…」

 そして両手で柄を握り、中段に構える。

「その痛みはかつて無惨にもお前に殺された無垢な人々の痛みだ」

 側まで歩み寄る。

「や、ヤメロ…」

 手を差し出したクツワに向けて、御剣は草薙剣を振り下ろす。

「願わくば、来世では慕われる大神となれ」

 
 ◇


 我は、かつて小さな村の土着神だった。

 神代からその土地の時代の移り変わりをずっと見守り続けていた。初めは数人が住む集落だったが、いつしか人が集まり、子が生まれ、畑が作られ、そして我を信仰する者が現れると、やがてその信仰は神社を建てるまでに広がる。

「勒金方大神様、今年も豊作となりました。これも、貴方様が村を見守っていらしているおかげでございます」
「大神様はお団子が好きなんだよ!お供物しておこう!」
「大神様、妻の病が無事に治りました。貴方様のおかげです」
「大神様」
「大神様」

 毎日、村の誰かが我の祠に訪れては、近況や良き仕儀を報告してくれた。貢ぎ物も欠かさず供えられ、子らの間で我の好物が団子となってから、よく団子ばかり供えられたりもした。

 我は初め、団子というものは好きではなかった。しかし、子を初め村の者たちが笑顔で供えてくれる姿を見ていると、口にしているうちにいつしか団子が好物となっていた。

 村の発展、そして季節の移ろいを見守ることが、我にとって大神であることの楽しみになっていると同時に、大神としての生きがいを感じていた。

 それが、なぜ崩れ去ったのだろうか。

 大和大神からもたらされた信仰なくして存在し続けることができる力。大和大神側につくことでその力を分け与えられた我は、いつしかその力に溺れ、大神の所業とは思えない悪逆非道を行った。

 自らの存在意義が狂い始めたのは、この時からだった。

 自らを崇め奉っていた村を焼き、村人たちの血肉を食らった。そして、自らの欲求を満たすべく、本能赴くままに殺戮を繰り返した。

 こうして、我の魂は和魂から荒魂へと変化し、堕ち神と成り果てた。

 一度は村の巫女たちに封じられたが、タタリによって我は再び自由の身となり、興尾見村と呼ばれる村を襲った。

 しかし、我の自由はそう長く続かなかった。

「勒金方大神様、私は大御神様に仕える斎ノ巫女、白雪舞花と申します」

 我の前に現れたのは、大御神の神器と斎ノ巫女たち。大神は死なない、死という概念がそもそも存在しない。大神がその存在を失うのは、信仰が失われて初めて起こりうるもの。

 我はそう思っていた。

 しかし、結果は違った。

 我を殺すことは出来なくとも、その存在を封じることは可能だった。斎ノ巫女が発現させた呪術に囚われ、我は万物の流れ着く世界、夢幻の狭間へと封じられた。

 運命の導きか、当代の大御神の神器と再び刃を交えた。

 我は神器の武人に斬られ、かつての我の宿命を思い出した。同時に、深く悔いた。

 そして…。


 ◇


 草薙剣で斬ったクツワは、おそらく本来の姿であろう少年の姿へ変わっていた。まるで、今まで取り憑いていた何かを焼き尽くし、自身本来の姿を取り戻したようだ。



「大御神の神器、我は今どうなっている…」

 地面に倒れながら、クツワはオレに問いかける。その声は先ほどと違って優しく、静かでお淑やかな声だった。

「人々に慕われていた、本当の大神の姿に戻っている」
「そうか…」

 そう呟くと、クツワは何処か安心した様に小さくため息をつく。その体が徐々に薄れていることに気付く。

「主の言うとおりだ…」

 クツワは目を閉じる。

「来世で慕われる大神か…なれる様にまた一から徳を積む…」
「………」
「堕ちた我を滅したこと、感謝しているぞ。大御神の神器、御剣よ…」

 そう言い残し、クツワは光る灰になって消える。光の灰が舞うその様は、幻想的な様子だった。

 クツワの最期を見届けた俺は、宮城へ向けて再び歩を進めることにした。


 ◇


 皇国 皇都皇宮 禊ノ間


 瑛春及び彼に同調する勢力による阿礼暗殺未遂事件、そしてタタリを封印した夢幻の狭間の存在は、私たちに休む間を与えなかった。

 瑛春を追って夢幻の狭間へと向かった御剣を除き、禊ノ間に建国当初から私と共に歩んできた全員が集まっていた。

「聖上、阿礼の容体は…」
「心配要らないわ。まだ目を覚さないけど、徐々に良くなっていると医官が言っていたから」
「そうですか。安心致しました…」

 皇都での騒動の沈静化を図るため、第1軍の指揮を担う右京もしばらくの間皇都へ滞在していた。これには、兄想いの小夜が喜んでいた。現在、周辺各国と戦などが生じる恐れはなく、国内の治安警備が軍のもっぱらの任務となっているため、将軍不在でも何とかなると言ったところだ。

 右京が阿礼を心配していたのも、彼がこの中で一番阿礼に対して世話をかけていたからだ。彼にとっては、妹の小夜と同じくもう一人弟として見ている様だった。

「本題に移るわ。皆も知っての通り、瑛春とその一派が蝦夷から夢幻の狭間に関する書物を3つ、これを窃取。そして、その書物の解読を担っていた阿礼を襲い、当事者である瑛春は夢幻の狭間へと向かった。御剣がその後を追っている。これが、ここまでの状況よ」
「聖上…」

 私は座卓に両手をつき、深々と頭を下げる。

「阿礼が襲われ、瑛春を取り逃したのは全て私の失態。まずは皆に謝りたい」
「聖上、聖上の所為ではありません。取り逃したのは私でございます。どうかお顔を上げていただき、私めに罰を与えください」

 仁は私に向けて頭を下げるが、私はそれを止めた。

「仁、これは私の失態よ。貴方に彼の捕縛を頼んだのも私。事を甘く見たゆえに起こり得た事。部下である貴方が謝る必要などないわ」
「ですが…」
「大和での戦いで、千代やユーリ、そして初代斎ノ巫女白雪舞花様が封じてくれたタタリ。そのタタリが封じられているのも、同じく夢幻の狭間になるわ。瑛春がこの刻に何故行動に移したのか。理由は分からないけど、これほどまで奇妙な刻の合致は君が悪いわ」
「狙いは分からぬのか?」
「はい。実際は予測の枠を出ませんが、瑛春の狙いはタタリ。タタリの力を狙っている可能性もあります」
「奴の正体は分からないのか、右京」
心刀会ウチの奴等に当たらせていたが、有益な報は一切入ってきていない」
『私が説明するわ』

 突然、禊ノ間に聞いた覚えのある声が響き渡る。すると、祭壇に置かれていた勾玉が光を放ち、その光が見知った人物の姿を映し出す。

「カミコ⁉︎」
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