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詠嘆編
第92話 先代の大御神
しおりを挟む目の前に現れたのは、正真正銘、私が深層心理で言葉を交わしたカミコ本人だった。あの時の簡素な服装とは違い、大神としての正装に身を包んでいるのか、神々しい雰囲気を身に纏っている。
カミコのことは私自身しか知らないため、その場にいた私以外の全員が、何の前触れもなく突然現れた人物を見て唖然としている。
私は座りながら、カミコに口を開く。
「カミコ、どうしてあなたがここに」
「色々と、あなたたちに伝えたいことがあってね」
「瑛春のこと?」
「そう。一応彼については、私も色々と知っているの。本当はもっと早く伝えたかったけど、常世の騒ぎの沈静化に手間取ってしまったの」
「騒ぎ?何かあったの?」
「その話はまたあとで」
「聖上、こちらの御方は…」
ユーリが恐る恐る聞いてくる。おそらく、カミコから感じられる力で大方予想はついているだろう。確認の意味を込めているとも感じられる。
「彼女はカミコ、大御神よ」
「「「大御神様ッ⁉︎」」」
想定していたが、全員が声を揃えて驚いた。そして、一斉に頭を下げる。その様子にカミコも驚き、慌てて補足する。
「今は瑞穂が大御神だから、私は先代大御神。今は大御神としての力は残っていない、ただの無垢な大神よ」
「では、何とお呼びすれば…」
「カミコで構わないわ。昔からみんなにそう呼ばれていたし」
「シラヌイ様や、カミコ様、生きている間に偉大な方々をこの目で拝見できるとは…」
「カミコ、さっきも言っていたけど、あなた、瑛春について何か知っているの?」
「えぇ、大した役に立つか分からないけど、幾つかね。まず、彼の正体だけれども、瑛春は人ではないわ」
「…それは薄々気付いていた。あれほどの人物がなぜ緋ノ国時代に表舞台に立って来なかったのか、それに彼に関する情報が一切なかった。人ではなく人ならざる者なら、右京の心刀会に情報が集まらないのも納得がいく」
可能性として想定していたものに現実味が帯びてくる。優秀な心刀会が情報を集められない時点で、概ねは察していたことだ。
「なら、人でなければ、何なの。妖、それとも大神?」
「そうね、大神…それも」
カミコは神妙な顔つきで答えた。
「彼は次代のタタリよ」
◇
大神は明確には死ぬことはない。神滅刀による神性自体の消失といった例外はあるが、生命、そして死という概念は存在せず、その姿形は人の信仰から成り立っている。
信仰によって創られるのが、大神の力の源であり大神を創り出す神性。そして、信仰がある限り大神の神性が尽きることはなく、永劫に存在し続ける。
しかし、例え死することのない大神であったとしても、永遠に近しい長き時を生きていれば、その心境心情に変化が生ずることがある。
一番身近な例として例えるなら、カミコ自身だろう。
太陽を司る大神として、現世の人の営みを見守り、過度な干渉を控えてきた彼女であったが、大和大神の傍若無人かつ非道な行いに対して激怒し、自らを慕う民を率いてそれに抗った。
それが、後の世に語り継がれる禍ツ大和大戦の始まりである。
半年に渡る戦の終結後、その真意に反して戦を起こしたカミコは、自らの陣営に勝利をもたらすも、結果として信仰を失ったことで自身の存在意義に疑問を抱き、その務めを生まれるべき次代の自分自身に引き継いだ。
こうして、大神が次代の大神に神性を引き継ぐことを代替わりという。
次代の自分自身、それが生まれるのは自身の真意が道を踏み外した時と云われている。その理由ははっきりとしていないが、大神にとって代替わりが生まれてくることは、自身の真意を正す謂わば自浄機能とも言える。
代替わりを成し遂げた大神はその神性が司るものを失い、消失するか、次代の大神に取り込まれるか、はたまた無垢なる大神となる。
◇
「次代のタタリ…」
「かつてのタタリは元々天下泰平を望む和魂の清らかな大神だったわ。それが、いつしか自身が上に立つ大神のための世を創ろうとしたの。それがタタリにとって、自らの本来の意思に反した瞬間だった」
「タタリにとって、それが代替わりを生むきっかけになったってこと⁇」
「そう言えるわ」
その話が本当であれば、次代のタタリである瑛春が、タタリの封印された夢幻の狭間に向かったことに納得がいく。
可能性として考えていた中の最後の一つ、最悪の結果をもたらすであろう事柄。瑛春がタタリを取り込み、その力を得るというもの。
その最悪の可能性に現実味が帯びてきた。
「瑞穂様、カミコ様の言うとおりなら、少しでも早く瑛春さんを追わないと…」
「そうね…」
「瑞穂、この子がもしかして今代の斎ノ巫女?」
「そうよ。彼女が斎ノ巫女、白雪千代」
カミコは名前を聞くと、千代の元へと歩み寄る。そして、優しく頭を撫でる。
「か、か、カミコ様っ⁉︎」
「ふふ、本当にあの子と瓜二つね。流石は親子といったところかしら。あの子に似て、可愛らしい子ね」
おそらく、カミコは自らに付き従った千代の母、白雪舞花のことを言っているのだろう。
「カミコ、あと一つ聞きたいことがあるの」
「えぇ、構わないわ。何かしら」
「夢幻の狭間に向かうには、千年桜の香を身に纏っている必要があるの。でも、瑛春が儀式で使った枝はごく少量。御剣はすぐに祝詞を唱えたから成功したけど、私たちはいくら頑張っても一度も成功しなかった。どうすればいいの…」
瑞穂の言葉を聞いたカミコは、しばらくの間熟考する。
「千年桜、かつて私が常世から現世へと現界した時に植えた、常世の桜のことね」
「常世の桜…」
「えぇ、常世は現世よりも自然の呪力が強い。桜の木は呪力を溜め込む特性を持っていて、自然の呪力の多くは桜の木に宿っている。常世の桜は長い年月を経ても枯れることなく、強い呪力を持つことからそう呼ばれているわ」
「何処にあるの?今すぐにでも香として使う必要があるの」
「常世の桜は、私の生家。そう、あなたが今まで住んでいた葦原村の屋敷の庭に植えられている桜のことよ」
瑞穂が住んでいた屋敷には、彼女が生まれる前から一本の桜の木が植えられていた。
「あの桜が、そうだったのね…」
「ええ。瑞穂、少し二人で話せないかしら」
「分かったわ。みんな、少し席を外すわね」
瑞穂はカミコを連れて禊ノ間を離れ、祈ノ間へと向かう。祈ノ間の祭壇は御剣が姿を消した時のままで放置され、香炉には夢幻の狭間へ向かうために使われた千年桜の枝が灰となって積もっていた。
「夢幻の狭間は向かう術の書かれた書物、あれ、書いたのあなたよね」
「えぇ、そうよ。夢幻の狭間は私たち大神にとっては故郷みたいな存在だから、そこに行くための手段を書いた書物は、信頼できる蝦夷の巫女に託していたの。まぁ、今となっては悪用されてしまったけど」
祈ノ間に入った瑞穂は、扉を閉める。そして、床に敷かれた座布団に腰掛け、カミコと相対する。
「向こうでは何があったの?」
「傀儡って知っているかしら?」
「生憎、知らないわ」
「傀儡は現世で死を迎えた魂が、常世の黄泉の国に渡る前に成る姿のこと。大きな戦の後は、必然的に根の国の傀儡の数が多くなる。中でも、呪力の暴走によって妖となった人が傀儡となれば、その魂は澱み、荒れ果てる。常世の大神たちが総出でその沈静化を図っていたわ」
おそらく、大きな戦とは此度の帝京で起こった皇国呼称でいう救國大戦のことだろう。帝京の民60万のみならず、戦に従軍した連合国軍兵士、黄泉喰らいの大水晶の影響を受けた妖によって、各地でも少なくない被害が出ている。
「こっちも大変だったけど、そっちも大変だったのね」
それを聞くと、カミコは少し申し訳なさそうな表情をする。
「これについては私たち大神をはじめ、常世の皆は感謝しているの。特に、私はね」
「お互い様よ。私たちもシラヌイや舞花さんに助けられたから身だから」
「ふふ。さて、話を戻すけど、瑛春の狙いはおそらくあなたが帝京で戦った本来のタタリ、その神性だわ。代替わりのために生まれた次代のタタリである瑛春は、本来のタタリを取り込むために気の長くなる年月を待ち続けていた。タタリを取り込めば、瑛春は名実共に真の大神になるでしょう。でも、彼が望むのは自身の思い通りに書き換えられた世…」
「そんな世、許すわけにはいかないわ」
「そうね」
「私は戦うわ。みんな、御剣を信じて待てば良いと言っていたわ。でも、従者を一人で死地に向かわせる訳にはいかないし、彼一人に荷を背負わせる訳にはいかない」
瑞穂は立ち上がり、傍らに置いていた刀を帯刀し、鉄扇を掴む。
「行くのね」
「えぇ…」
「ただ、一つ言っておくわ。常世の桜である千年桜は、一度傷がつけば枯れてしまう。瑛春が儀式で使った枝が折られたものであれば…」
「それでも、私たちには選択肢は残されていない」
「そう…。全ての力をあなたに受け継いだ今、私はこれ以上現世で力を行使することはできない。それと、シラヌイには私から命を与えているから、何かあればあの子を頼ると良いわ」
「助かる」
「瑞穂」
カミコは立ち上がると、背を向けて祈ノ間を出ようとする瑞穂に告げる。
「あなたには苦労をかけるわね」
「何を今更。お互い様って言ったでしょう。それに、私は…私の意思に従って戦うだけだから」
「それを聞いて安心したわ。私も出来る限りのことはするつもりよ。だから…」
カミコは背を向けた瑞穂を背後から抱きしめる。それは、母親が娘に向ける愛情そのものであった。
「無事に帰ってくるのよ。あなたと、あなたの愛する人との子のためにもね」
「はい」
瑞穂はカミコが自分から離れると、襖を開ける。
「千代、藤香、ついてきて‼︎葦原村へ向かうわよ‼︎」
◇
まるで、深い海の中を漂う様な感覚だった。
何処かの文献で読んだことがある。人は死の縁を彷徨った時、不思議な空間を彷徨うと。おそらく、今自分がいるこの空間がそれだろう。
"落ち着く…"
苦しくもなく、痛くも無い、呼吸することも忘れ、ただ優しい水に覆われたように流れに身を任せる。
『意識が薄れている、頑張って阿礼さん!』
何処からともなく、慌てた声が聞こえてくる。恐らくは僕のことを治療してくれている医官たちの声だろうか。
そうだ。僕は確か、誰かに刺されたんだ。誰か分からないが、背中を短刀でぐさりと。思い出せば、結構痛いというよりも刺された場所が熱かった気がする。
今の今まで、呆然としていてすっかりと忘れていた。焦りと緊張感の伝わる声からして、おそらく僕はかなり危険な状態なのだろう。
"はぁ、僕の人生もここまでかな…"
思い起こせば、数奇な運命に翻弄された人生だった。大和、迦ノ国、そして皇国と国を跨ぎ、司書部の部長として皇国の史記を執筆するまでになっていた。物心つく前に親に売られ、何も分からないまま厩戸に住み込み生活し、日銭を稼いでいた頃と比べると、文字を記憶し忘れることのないという、その人生を一変させてくれた特別な力には感謝しかなかった。
『仁、状況は?』
この声は、確か瑞穂だ。
そうだ。僕は刺される前に瑛春から頼まれた書物の解読を行なっていた。曖昧な記憶が徐々に甦ってくる。
『ぼやぼやしないで、この血を使いなさい!』
伝えなければならない。
僕は力を振り絞って声を出す。
"み、ずほ…"
そして、夢幻の狭間へと向かうための手段を伝えた。それから暫く、今までの疲れが一気に出てくるかの様に、力が抜けきり、何もできず動けなくなってしまう。
"疲れたな…"
呆然としていると、それまで闇の中だった周りに、一筋の光が差し込んできた。水面に落とした墨汁の様に、光が徐々に自分の側へと伸びてくる。
"光…?"
無意識に、その光に手が伸びた。すると、体が徐々に力を取り戻し、それまで自由の効かなかった体が動かせる様になる。
気がつくと、僕は医務室の寝具の上に寝かされていた。周りを見渡すと、外を望むことができる窓から見える景色は、陽が沈み、暗くなっていた。
「すぅ…すぅ…」
傍らに置かれた椅子に、小夜ちゃんが肌掛けを羽織ってうたた寝をしていた。どうやら、眠っている僕のそばについていてくれたみたいだった。
「……ふにゃ…」
寝具から立ち上がった僕は、肩から落ちそうになっていた肌掛けを整えてあげる。ふとその時、今まで感じたことのない感覚を覚える。
「これは…」
大事なことだから二度言うが、間違いなく、それは今まで感じたことのない感覚。
「もしかして…呪力…?」
試しに手のひらを上に向けて、いつしか斎ノ巫女様が唱えていた祝詞を呟く。手の先が淡く光り輝き、奇跡の技を再現する。
「………」
出来た。出来てしまった。
手のひらの上にはぼんやりと光を放つ球体が浮かび上がった。それまで、呪術を使うことはおろか、呪力すら感じたことのなかった自分が、何の拍子か呪術を使うことができてしまった。
後から聞いた話ではあるが、背中を刺されて大量に血を失っていた僕に、大御神である瑞穂が自らの血を分け与えてくれたのだと。
信じられないが、瑞穂の血は僕の血に順応するどころか、それまで確立できていなかった呪力さえも引き出してしまっているのだ。
"また、興味の沸くことが出来たなぁ…"
僕はそう思いながら、寝具に横になってもう暫く休むことにした。
この時はまだ、呪術が使えたことしか分かっていなかった。それよりも重大な事実が判明するのは、だいぶと後になる。
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