花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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統一編

第81話 舞え、花吹雪が如く

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「馬鹿が、言ったはずだ。我は大神、ただの刀では…」
「ただの刀、ならな」

 草薙剣、かつて大御神方と大和大神方に分かれて起こった大戦の最中、当代の神器剣史郎が手にしていた無銘の刀であった。大御神であるカミコが現世から去る間際、役目を終えた神器剣史郎の呪力が刀に注がれ、神滅刀と同等の力を宿した、いわばもう一振りの神滅刀である。

 神滅刀の正体とは、大御神、黒国主といった大神たちの神器が刀として具現化したものである。

 だからこそ、タタリに深手を負わせることが出来た。

「貴様…その刀は…」

 胴を貫かれたタタリは、口から血を流す。俺は問いに答えることなく、さらに刀身を胴へと捩じ込む。

「がぁっ、ぐっ」

 最初から使えば、対策を講じられる。そう考えた俺は、戦いの最中、鞘に袋を掛けて悟られないように帯刀していた。だからこそ、タタリの不意を突くことが出来た。

「これが、俺たちの力だ」
「き、貴様ァァ‼︎」

 タタリは鋭い爪で俺を切り裂こうとするが、その攻撃を琥珀が間に入って防いでくれた。冷静さを失ったタタリは、防御から攻撃へと移った琥珀の斬撃を受けることに意識を集中する。

 しかし、唐突にタタリの腕が朽ち始める。俺と同時に胴へ刀を突き刺した藤香が、即効性の腐敗毒を流し込んでいたからだ。

「な、なにっ⁉︎」
「頭がガラ空きやぇ‼︎」

 ミィアンがタタリの頭部目掛けて方天戟を振るう。硬い甲皮を纏っていたタタリの頭部は、方天戟の刀身が命中するや、大きくひびが入る。

「「剛符、鉄槌‼︎」」

 さらに、両側からゴウマが左顎を、凶月が右側頭部を殴打した。

 タタリの顔は歪み、凄まじい衝撃波が広がる。

「かはっ⁉︎」

 すぐさま左腕を再生させ、ゴウマを薙ぎ払おうとした瞬間、カヤが放った鉄鋼矢が命中し、甲皮を貫いてそれを阻止する。

 休む暇もなく続けられる攻撃に耐えかねたのか、タタリは氷漬けにされていた下半身を切り離し、上半身だけを靄にして脱出を図る。

 しかし、瑞穂はそれを見逃さなかった。宙に浮いた靄を囲むように結界を創り出し、結界の中にその靄を閉じ込めた。

「この程度の結界で、我を捕まえたとでも思っているのか‼︎」
「捕まえた訳じゃないわ。ただの時間稼ぎよ」

 結界の中に、呪術で創り出された無数の蝶が現れる。瞬く間に結界の内側は蝶で埋め尽くされ、靄となったタタリの姿が埋もれていく。

「コチョウ‼︎」
「終幕よ」

 コチョウが手を握ると、結界の中に現れた蝶たちが爆発を起こす。その爆発は結界の中に閉じ込められたタタリの靄を巻き込みながら、激しく燃え上がる。

 同時に、結界にひびが入る。爆発の炎によって焼かれたタタリの靄は、黒い液体となってひび割れた結界の隙間から地面に流れ落ちる。

「とどめだ」
「待って!御剣!」

 再生しかけたタタリに斬りかかろうとした御剣を、瑞穂が呼び止める。

「何故止める⁉︎」
「離れて!様子がおかしいわ」
「グ…アガガ」

 タタリは人の姿に戻ろうとするも、何らかの作用によって歪な形へと変化し始める。硬い甲皮で覆われていたその背は大きく割れ、人の腕がゆっくりとタタリから這い出るように現れた。

「そ、そんな…」
「あれは、一体…」
「嘘じゃ…父上が…なぜ…」

 やがて、タタリから這い出た者の姿を見て、一同は言葉を失う。そして、誰よりもその光景に絶望したのは、カヤであった。

 変わり果てた肉親の姿に、感情を抑えきれなかった。

「この我が、己が身を捨て…依代の肉体を使うことに…なるとはな…」
「依代…、まさか、帝の体を利用していたの…?」
「奴は依代を使い新たな肉体を創り出していたのじゃ。しかし、その肉体が限界を迎えた所為で、本体である依代に魂を移し替えたのじゃ」

 人の姿へと戻ったシラヌイがそう告げる。

「で、では…聖上は…」
「嘘じゃ…嘘じゃぁぁあ‼︎」

 理性を失ったカヤが頭を抱えて絶望に打ちひしがれる。彼女にとって、たった一人の肉親であり、この時まで生存を信じていた存在が、ただの魂の器と化し、敵に乗っ取られているという事実は、到底受け入れ難いものであった。

「戯れは終わりだ」

 ミノウの姿をしたタタリは、無駄の一切ない動きで瑞穂たちへと斬りかかった。目にも止まらぬ速さで接近するタタリの攻撃を、何とか防ぐ瑞穂。

 そばに居た御剣が草薙剣を振るう。しかし、タタリは斬撃を全て打ち返し、空間を斬ることで真空波を放つ。

 背後からのミィアンの攻撃を躱し、がら空きとなった頸を狙って神滅刀を振るう。動体視力が常人を凌駕するミィアンであったが、間一髪その動きについていくことができ、紙一重で斬撃を躱す。

 シオンは氷の礫、そして無名は素早い動きでタタリを捉えようとするが、その動きを上回っており捉えきれない。

「速いッ‼︎速すぎる‼︎」
「気を抜くと首を斬られるぞ‼︎」

 大神でさえ滅することができる神滅刀。その膨大な力を持つ刀身に常人が少しでも触れれば、その身体は朽ち果ててしまう。まさに、常に死と隣り合わせの戦いであった。

 その剣戟から距離を置いた瑞穂の側に、舞花が駆け寄る。

「瑞穂様」
「舞花さん」
「タタリの動きを止めてください。私たち3人で、タタリを境界へと封印します」
「⁉︎」
「大神である存在を滅するには、この方法しかありません。かつて、貴方様に付き従った大神様たちがそうしたように」

 タタリ相手に防戦を強いられる状況を見て、瑞穂は現状の打開策が舞花の提案に限られることを理解した。

「それしか、方法がないのですね」
「はい…」

 舞花は瑞穂の言葉にゆっくりと頷く。

「分かりました。上手くいくか分からないですし、あいつ相手にどれだけ粘れるか…」
「一瞬、たった一瞬でも動きを止めれば、事足ります。あとは私たちを信じて任せてください」

 そして、舞花の側に千代とユーリが立つと3人は両手の平を前に掲げてゆっくりと目を瞑った。

「聖上、頼みました」
「ユーリ、あなたも無茶言うわね…」
「瑞穂様、信じてますから」
「えぇ」


 ◇


 私が再びタタリへと飛び出した後、舞花さんたちはゆっくりと祝詞を口ずさむ。それは、八百万の大神の力を借りるためのものでありながら、聴く者全てに様々な感情を生み出す不思議な謠でもあった。

 その謠を耳にしながら、私は全神経を集中させる。呪力が体を巡る感覚を感じると、あれほど素早かったタタリの動きを捉えることが出来た。

"お母様、みんな、私に力を貸してください"

 刀の刀身同士が交わると、周囲に二つの呪力の波動が広がる。大神同士の闘いは、常人を寄せ付けない空間を創り出す。

 タタリの神滅刀を押し込むと同時に、右手の拳で左頬を殴りつける。

「聖上…」
「凄い、あのタタリを押している…」

 頬を殴ったタタリは吹き飛び、地面を転がる。そこに刀を突き立てようとするが躱され、横から斬撃を受ける。

 すぐに体勢を立て直し、横からの斬撃を刀で受け止める。タタリの足元に桜の花びらを散らし、花びらに込めた呪力を解放して攻撃する。タタリはその攻撃を呪術で相殺し、互いに間合いをとる。

「驚いた。貴様の剣術の腕がここまでとは」

 私は桜吹雪の剣先をタタリへと向ける。

「努力の賜物よ」

 私は突きの構えを取る。我流の剣術である私の構えに名前などない。ただ、唯一言えるのは、その構え一つ一つが洗練された技を繰り出すのに必要不可欠といったところだ。

 重心を下げ、膝を折る。そして、足を伸ばすと同時に地面を蹴り上げ、タタリに向けて一直線に飛び出した。

 その剣先が向かうのは、タタリの心の臓。依代である肉体は、元は人の身体。どれだけ大神の力によって強靭となっていようとも、その生命の根源までは変えることが出来ない。

「その程度の動き、我に捉えられぬとでも思ったか」

 タタリは神滅刀を中段に構え、私の突きを払おうとする。

「滅してやろう、大御かッ⁉︎」

 タタリの首に、鋼鉄矢が命中した。

「父上の仇、取らせてもらうぞ」

 矢を放ったのは、紛れなくカヤだった。絶望に打ちひしがれていた彼女は、その精神に打ち勝ったのだ。

 そして、私の突きが心の臓へと命中する。先ほどの甲皮とは打って変わり、人の身体となったタタリの心の臓へ容易く入り込んだ。

「ぐっ、ぐぉお‼︎」

 素早く刀を引き抜き、タタリの振り下ろしてきた神滅刀を受け流す。火花が散り、私とタタリの呪力がぶつかり合い、呪力同時の相殺が起こる。

"まだ倒れない…なら‼︎"

 そして姿勢を低くして、タタリの腿を切り裂き、体ごとぶつかる。足元を斬ったことでタタリはよろめき、背後に倒れ込んだ。

 その隙を逃さず、呪術で四肢を拘束する。

「つらぁっ‼︎」

 動きを封じたタタリの胴を、桜吹雪を纏った刀身で斬り裂く。すると、斬り裂いたタタリの傷口から、黒い呪力の渦が私を飲み込まんと噴き出す。

「くっ⁉︎」
「瑞穂ッ‼︎」

 前に飛び出してきた御剣が、その渦から私を守るために自らの呪力を持って相殺させようとした。呪詛痕のある左手を渦に押し込み、苦痛の表情を浮かべながら押し返す。

「御剣ッ‼︎」
「構うな!」

 呪詛痕を持つ御剣がタタリの呪力を相殺するには、その生命に相当の負荷を掛けることになる。御剣は、その危険を承知の上で持てる全ての呪力を解き放ったのだ。

「かはっ‼︎」

 御剣の呪力によって黒い渦は消し飛び、御剣は吹き飛ばされる。私は、持てる呪力の全てを桜吹雪に流し込み、倒れ込んだタタリの心の臓に再び刀身を突き立てた。

「舞花さんッ‼︎」

 私が声を上げると、私とタタリの周囲に大きく、そして複雑な術式が広がった。それは、斎ノ巫女の千代、初代斎ノ巫女の舞花さん、そして神威巫女のユーリの3人の術式が重なったものである。

「禍事罪穢れ、払え給え‼︎」

 私は桜吹雪を引き抜き、術式が輝くと同時にタタリから離れた。術式はタタリを中心に円柱の光の柱を現出させ、タタリを包み込んだ。

「させるかぁぁあ‼︎」

 タタリは渾身の力を振り絞って、神滅刀で結界を破壊しようとする。しかし、ついには刀自体がタタリの強力な呪力の流入に耐えきれず、粉砕してしまう。

「な、に⁉︎」
「「「境界大封印‼︎」」」

 タタリを包み込んでいた光の結界は、舞花さん、千代、ユーリの3人の声と同時に、中心に向けて収縮する。

「これで、これで終わりと思うな大御神ぃいッ‼︎」

 光の柱は封じたタタリと共にゆっくりと消え去った。そこには何も残らず、そして、あの禍々しいタタリの呪力すらも、感じられない。

 タタリが出現させた傀儡兵たちも、タタリの消滅と同時に無に消えた。

「………」
「………」
「終わった…のか?」
「そうね…」

 私はその場に座り込むと、大きく息をついた。

「終わったのよ」
「タタリの呪力が感じられません…無事に、封印できたものかと…」

 千代の言葉を聞き、張り詰めていた空気が一気に緩やかなものとなったのを感じた。そして、その場にいた全員がひとえに体の力を抜いた。

 私の元に、シラヌイが歩み寄ってくる。

「信じられぬが、遂に成し遂げたのじゃな」
「えぇ…」
「なぁなぁ、という事は、喜んでええよなぁ?」
「えぇ」

 私の答えを聞いたミィアンは、方天戟を頭上に掲げ、大きな声で叫んだ。

「みんな、ウチらの勝利やぇ‼︎」

 それに呼応したのは、意外にもカヤであった。カヤは連合軍の兵士たちに向けて、この事実を高らかに宣言した。

「皆の者、此度の戦い、我らの勝利じゃ‼︎」
「「「うぉぉぉおおおお‼︎」」」
「各方面隊にも伝えよ‼︎勝ち鬨じゃ‼︎」

 その言葉を聞いた連合軍の兵士たちから、感性が湧き上がる。私はその光景を見て、思わず頬を緩めた。

「大丈夫、御剣?」

 ボロボロになり、腕を押さえながら歩み寄ってくる御剣。

「見ての通りだ」
「ふふ…。ねぇ、御剣」
「何だ?」
「勝ったよ」
「そうだな」

 私と従者は、自分の思いを伝えるのにその言葉だけで十分だった。私は差し出された手を握り、ゆっくりと立ち上がった。

「俺たちの勝利だ」


 ◇


 レイセンは、崩れた天守の上からその光景を目にしていた。

 そして、何も口にすることなくその場からゆっくりと立ち去る。

 この日、神州の歴史に刻まれることになる大戦に終止符が打たれた。

 かつて、禍ツ大和大戦において大御神の因縁の相手であったタタリは、時の大御神瑞穂之命とその仲間たちによって封じられた。

 これにより、タタリの力によって生み出された妖たちは、惨劇の地となった大和の帝京から消滅した。

 帝京に進軍した連合軍は帝京を完全に掌握。新たな帝となったカヤの御旗の元、大和国の国都として、新たな出発点を迎えた。

 勝利を手にした瑞穂たちは、長きに渡る戦いの疲労を癒すため、一路帝京を離れて皇都への帰路に着くことになった。
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