花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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統一編

第82話 宴

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「私の役目も、無事果たせましたね」

 全てが終わった後、舞花はそう呟く。自らと、そして自らの子の代に渡って繰り広げられた因縁の戦いに、ようやく終止符が打たれたのだ。

 彼女の役目も、ここで終わりを迎える。

「お母様」

 舞花が振り返ると、そこには幾多の運命に翻弄され、自らの愛した者と、親友によって育まれた愛しき娘、千代が立っていた。

「千代。遅くなってごめんなさい」

 舞花が手を広げると、千代は周りの目を気にすることなく飛びつき、思う存分抱きしめた。その光景を、瑞穂たちは優しく見守っていた。

「ようやく、あなたをこの手で抱きしめることが出来ましたね」
「お母様…お母様」
「ふふ、甘えん坊さんですね。全く、誰に似たのやら」

 舞花は抱きしめてくる千代を優しく撫でる。その姿はまさしく、母親という尊い存在そのものであった。その光景に、思わず瑞穂は涙を流す。

「七葉の言うこと、ちゃんと聞いていましたか?」
「はい…。私にとって、お母様も、七葉お母様も、私の大切なお母様です」
「えらいですね。私も、自分の子がこんなに立派に斎ノ巫女のお勤めを果たしているのを見て、安心しました」

 そして、舞花の身体はあの時の七葉のように、少しずつ薄くなっていた。

「舞花さん」
「瑞穂之命様、いえ…大御神様。不束な娘ですが、私の娘をこれからもよろしくお願いします」
「はい。もちろんです」
「本当は、いつまでもこうしていたいのですが、お役目を果たした手前、亡き者がこれ以上現世に留まることはできません」

 舞花は、抱きついていた千代の肩に手を置くと、優しく肩を掴む。

「千代」
「はい」
「あなたは、皆に愛されて大きくなりました。今度は、皆を守るために、斎ノ巫女の名に恥じないよう、お勤めを果たしなさい」

 そして、千代の頭に自分が被っていた冠を被せる。それは、かつて斎ノ巫女となった舞花が、時の大御神カミコから授かった親愛の証、大御神と斎ノ巫女を繋ぐ印でもあった。

「私は常世でも、ずっとあなたの側で見守っています」
「は…はいっ」
「シラヌイ様」

 舞花は、かつて共に戦った盟友の名を呼ぶ。

「いずれまた、会えることを楽しみにしておるぞ。殿…いや、舞花」
「はい。いずれ、また。それでは、皆さんもどうかこの子を、私の愛する娘を、どうぞよろしくお願いします。皆さんに、大御神様のご加護が在らんことを」

 舞花の言葉に、瑞穂をはじめとする皇国勢はゆっくりと頷く。それを見て安心した舞花は、最後には光り輝く灰となって、雲ひとつない澄み切った空へ舞った。


 ◇


「しばらくの間、お別れじゃな」

 帝京の城門で、私たちを見送るために足を運んだカヤがそう言う。

「本当に良かったの、カヤ?私たちが手伝わなくても」
「これは、余たち大和の民に与えられた試練じゃ。余たちの手で元に戻さねばならん」

 そう言ったカヤは優しく微笑む。

 戦いから一夜が明け、大和の国都たる帝京の被害は甚大だった。60万の大和臣民たちは失われ、町のほとんどが廃墟と化していた。兵士の中には、帝京に家族を残していた者も多かった。

 まさに、落日という言葉が相応しい惨状だった。

「なぁに、失われた命は帰って来ぬが、時なら幾らでもある。それに、どれだけの苦難の道であったとしても、余たちの心まで折れてはおらぬ。大和はこれまで、幾度困難に直面しようとも、必ず立ち上がったのじゃからな。此度も、また立ち上がるだけじゃ」

 カヤを始め、シオン、コチョウ、ゴウマといった七星将の生き残りや、大和兵たちの目に光が宿っていた。

「大和人は決して後ろを振り向かぬ。壊れたのなら、皆で力を合わせて、元通りにすれば良い。前を向いて生きる。それが、この戦いで散っていった者たちに出来る、弔いじゃからな」

 その言葉を聞いた私は、少し安心した。何より、目の前で肉親の死を目の当たりにしたカヤの心情は、私だから理解できる。それを乗り越え、帝として先導に立ったという事は、しっかりと前を向いているという事だからだ。

「皇都に戻れば、すぐに救援隊を編成してここに向かわせるわ。カヤ。近いうちに、また会いましょう」
「うむ!それまで息災での、瑞穂殿!」

 私たちはカヤに別れを告げる。

 馬に跨り、仲間や皇軍兵たちの方を見る。皆、私の言葉を待っていた。

「帰りましょう!私たちの国へ!」

 皇国軍を率いて皇都への帰途に就いた。馬上から見渡すと、皆一様に何かから解放されたかの様な安堵の表情に満ちていた。

「あたしらもここで別れるよ。皇国皇さん、あんたらと戦えたこと、誇りに思うよ」
「俺は迦ノ国を立て直す。聖上がお隠れになってしまったからな。俺が聖上の意思を継いで、迦ノ国をまとめ直すつもりだ」
 
 道中、胡ノ国、そして迦ノ国の面々と別れる。

「みっちゃん‼︎」

 全てを終わらせ、皇都へと凱旋した私たちを出迎えたのは、私の代わりに皇都の守護を担ってくれていた凛たちであった。凛は、私の姿を見ると、涙を流して抱きついてきた。

 皇都は、帰郷する道中に目にした村々とは違い、巫女たちによる結界のおかげで、破壊されることなくその姿を保っていた。

"帰ってきたんだ…私たちの国に"

「心配したんだから!本当に良かった!良かったよ!」
「ただいま…りっちゃん‼︎」

 私たちは、再会の喜びを分かち合った。


 ◇


 それから数日後、瑞穂は皇宮の政務室で政務に追われていた。

 各地からの被害報告は山積みになり、その上、政務室には各地の復興状況が逐一報告される。さらには、皇国の救援隊が大和の帝京、改めて京に派遣され、復興の手助けを担っているところだ。

 戦が終わっても、瑞穂たちに休む暇は与えられない。今は皇国も、皇から民に至るまで、戦の残した爪痕を少しでも和らげようと、奔走していた。

 戦いの一番の労力と気力を使うのは、やはり戦後の処理だろう。いくら本国が本格的な戦さ場にならなかったとしても、やるべき事はいくらでもある。タタリの生み出した黄泉喰らいの水晶の影響で、凶暴化した妖が襲った各地の村の被害も大きい。

 皇都も無傷とはいえなかった。巫女達が結界を張っていたとはいえ、皇都以外からの避難民の救援に向かった多くの兵士や検非違使たちが犠牲となっていた。彼らの親族に対する手厚い補償。従軍兵達への褒賞。そして、自らを犠牲に皇国臣民を助けた彼らに対して、最大限の弔いをしなくてはならない。

 各地に縁のある者は故郷で眠りにつき、それ以外の者たちは月灯の地に眠ることになった。瑞穂の母親である明日香は、彼女の故郷でもある葦原村、その明風神社の奥にある墓地に埋葬された。

 従軍した兵や検非違使達には、皇国で産出される月晶石と呼ばれる水晶で作られた『救國大戦従軍記章』が授与、指揮官や将軍には論功が行われ、然るべき褒賞が与えられた。

「お疲れ様です、瑞穂様。お茶をお持ちしました」

 政務室に、お茶を持った千代が入ってくる。いつも当たり前になっていた光景が、瑞穂にとってどこか懐かしく感じた。

「なんだか不思議な感じ…」
「ふえっ、何のことですか?」

 千代から差し出されたお茶を啜った瑞穂は、政務室から見える外を眺める。

「私たちの先代や母親たちの因縁を、私たちが終わらせた。何だか、不思議だなって」
「そうかもしれません。私たちがこうして同じ時代に集い、同じ目的を果たすべく戦い、見事に打ち勝ったのは、何かの因果が働いているのかもしれませんね」

 そう言って、千代も自分のお茶を啜る。すると、何やら襖の外が騒がしくなる。

『だ、駄目なのです!姉様は今、大切な政務中なのです!』
『良いじゃん小夜ちゃん』
『駄目って言ったら駄目なのです!えっ⁉︎何で仁様達まで⁉︎』
『いえ、その…』
「瑞穂はーん‼︎」

 ミィアンを先頭に、全員が瑞穂の政務室へと入ってくる。その手には、大小の盃と酒器が握られていた。

「ふ、ふえっ‼︎どうしたんですか皆さん⁉︎」
「あらあら、みんな揃って…」
「す、すみません姉様、止められなかったです…」
「せっかく大戦に勝ったんやぇ、酒の一つでも傾けんと‼︎」
「悪いな瑞穂、千代、政務中に」

 御剣は瑞穂と千代に盃を手渡す。

「ふふ、そうね。今夜くらい、無礼講といきましょうか」
「それじゃあ、決まりやぇ‼︎今宵はぱぁーっとやるぇ!」
「そうですね。此度の勝利を祝福して乾杯といきましょうか」
「お酒お酒‼︎」
「お腹減った~」
「女子衆たちに用意させてくるわ!」
「宴か、懐かしいのぅ」

 政務室に豪華絢爛な料理と、秘蔵の酒が次々と運び込まれてくる。やがて、盛大な宴が幕を開けた。

「ほら、あんちゃん。飲め飲め」
「おにぃさん、うちが酌してあげるぇ」
「ちょ、ちょっと待った!」

 右京とミィアンは、人の頭よりも大きい盃に並々酒を注ぐ。

「御剣のちょっとイイとこ見たーい!」
「「「見たい!」」」
「はい、飲~んで飲んで飲んで‼︎」

 強引に断りきれない雰囲気にされた御剣は、並々注がれた盃の酒を飲み始める。

「良い飲みっぷりやぇ‼︎」
「盛り上がってきたな!それじゃあ、男衆」
「「「おう‼︎」」」
「脱げ脱げぇ‼︎」
「御剣、お前もだぁ!」
「ちょ、お前らっ、ちょっと待て‼︎袴を握るな!あっ、アーッ‼︎」
「ぎゃーはっはっは!」
「あわ、あわわわ‼︎」
「ちょっ、何してるのあんた達って…ぶはははっ‼︎」
「ほらほら、御剣‼︎脇が甘ぇぞ‼︎」
「右~に左に隠してぽん!ちょいと手元が狂ってさ‼︎」
「「「あ、はい!ちゃんちゃかちゃんちゃん!」」」
「ちょ、見えてる‼︎見えてるから‼︎」
「ははは、御剣の御剣が丸見え…」
「小夜ちゃん、琥珀ちゃん、見ちゃいけませんよ~」

 瑞穂は、その光景を見て思わず微笑んだ。疲れも、悩みも、全て吹き飛んだように思えたからだ。過去を振り返るのも大切であるが、こうして今を、この瞬間を楽しむことも、大切であることに気づいた。

「ほんと、お馬鹿さんばっかり…」
「そう言うところが、私たちの良いところだもの」

 横に座った藤香は、男衆の馬鹿騒ぎを眺めながら瑞穂の盃にお酒を注いだ。

「これ…」
「藤の花を使ったお酒、藤の花は吉祥を意味するから、祝いの席に良いかなって」
「ありがとう、藤香」
「「乾杯」」

 その日は、宴に出たほとんどの面子が酔い潰れ、翌日の昼までぐっすりと夢の中であったという。


 ◇


 水蓮亭の一室では、輝夜が日和、そして凶月と共に月見酒を傾けていた。

「大義だったわね、凶月」
「姫様から直接お酌いただけるとは、恐悦至極に存じます」

 普段は粗野な凶月であったが、今宵ばかりは大人しかった。輝夜の酌を受け、凶月の盃にお酒が注がれる。

「どうだったかしら、皇国皇瑞穂之命という存在は?」

 盃の酒を口にした凶月は、ゆっくりと口を開く。

「不思議なお方でした」
「不思議、ねぇ…」
「あの御方と同じ場所にいれば、何故か力が湧いてくる。心が優しく包まれ、気分が高揚する。今まで感じたことのない不思議な感覚でした」
「それが、あの人の力よ」
「ふふ、あはは、姫様があの御方に夢中になる理由もわかりました!」

 輝夜は月見団子をそっと口へと運ぶ。

「お姉様、その瑞穂帝より親書が届いていますよ。どうやら、各国の皇に同じように送られている様です」

 日和から手渡された親書に目を通した輝夜は、思わず微笑んでしまった。

 そこには、瑞穂が思い描くこれからの神州の在り方が記されていた。


 ◇


「みんな、報告に参りました」

 政務が落ち着きを見せた初冬、皇国にも初雪が降り始めた。私は皆と共に、故郷である葦原村へと帰郷していた。

 かつての宇都見国の侵攻により、村のほとんどが焼け落ちたものの、残った村の人たちのおかげで、少しずつ元の姿を取り戻しつつある。

 最初に向かったのは、明風神社の境内から山に抜ける道の先にある霊園。

 思い起こせば、今日に至るまで苦難、悲しみに悔やむ毎日だった。緋ノ国時代、お祖母様の死から始まり、隣国迦ノ国からの突然の侵攻。

 何とか耐えきれたかに思えたら、宇都見国、斎国両軍による侵攻を受け、信濃さん、睦美お姉様を始めとする葦原村の人たちが命を落とした。

 そして、その後に起こった大和と迦ノ国の戦は他人事ではなくなる。私の前から姿を消していたお母様が、タタリの意思に心を侵され、立ちはだかった。

 私の手でタタリとの繋がりを断ち切ったお母様は、今は葦原のみんなと同じこの場所で、永い眠りについていた。

 今でも思う。自分がもし、反乱を起こさず緋ノ国を打ち倒していなかったら。侵攻を防ぎきれなかったら。この現世、そして私たちは一体どんな結末を迎えたのだろうかと。

 同時に、今、世に訪れたひと時の平和は、私が今まで下した決断の末に、そして、犠牲の上に手に入れることが出来たものとも思う。

 複雑だ。

 選択には後悔はなかった。それでも、戦を重ねるたび、何かが起こるたび、自分の目指す道が誤りではなかったかと思えてしまう。

 かつての大御神、カミコならどうだったのだろうか。

「私と、もう一人の私、大御神と因縁の関係であったタタリは、私に付き従ってくれた仲間と共に、打ち破りました。今は、私の理想を実現するために色々と忙しくしております」

 手を合わせ、目を瞑って語りかける。

「ここまで来れたのは、みんなのおかげです。私を支えていただき、ありがとうございます」

 そして、ここに眠る一人ひとりの名前を口にする。誰一人として、忘れられるはずがない。否、忘れてはならない。

 すると、不思議な感覚を感じた。

 私の頭を、誰かの手が優しく撫でてくれた。その手は一つだけではなく、幾つも、まるで順番に代わって撫でてくれた。

"これは、お祖母様かな…ふふ、今度は睦美お姉様…信濃さんは分かりやすいなぁ…"

 まるで、よく頑張ったと褒めてくれているようだった。同時に小さい頃、村の人たちに可愛がってもらった記憶が蘇ってくる。

"みんなには馬鹿なことしてよく怒られたけど、頑張った時はこうやって撫でられて褒められたなぁ…"

 そして、最後に触れられた手の感触を感じると、自然と涙が零れ落ちていることに気付いた。

「お母…様」

 お母様の手は、他の人よりも長く、ゆっくり、そして優しく撫でてくれた。それは、自分の道が正しかったのだと肯定してくれているようにも思えた。

「ありがとう…みんな」

 そう呟くと、お母様の手がゆっくりと離れていく。名残惜しい気持ちもあったが、いつまでも甘えている訳にもいかなかった。

 皇国皇として、まだやるべき事は山積みだった。

「最後まで、使命を完うして参ります。どうか、見守っていてください」

 私は、墓標にお酒と菓子を添えて、霊園を後にした。
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