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総撃編
第43話 御前試合
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神居古潭 神都
神居古潭の国都は大神が眠る神の都【神都】と称され、国の元首は大宮司であるアムル。生まれながらこの地に住む者たちは、神威子と呼ばれ、全員が宗教関係者であり、その身に強力な呪力を有している。
しかし、人口は約5千人と、大国である迦ノ国や宇都見国と比べると圧倒的に少ない。その理由は生まれながらに強力な呪力を有する反面、出生率が極端に低いことが原因としてあげられており、また神威子のほとんどが貞操概念が強いのも要因の一つである。
神都の中心に位置する教団総本山では、多くの祭司たちが行き来しており、大宮司アムルの政務室では国内外の現状について報告がなされていた。
「大宮司、宇都見国軍が東方軍の増強を行なっております。東征を活発化することが目的と考えられ、諸国連合は警戒を強めております」
「双方に祭司と巫女を派遣しよう、地域の安定化を図る様に」
「承知いたしました。それと、早急な調査が求められる案件が一つ」
「何じゃ?」
「他国で妖の目撃情報が増加しております。先の皇国と斎国・宇都見国との戦では、名ありの妖が複数体、また名あり妖であるデイダラボッチの出現により、戦場での骸が妖化したとの情報が入っております」
大宮司であるアムルは、その報告に眉を潜める。
それもそのはずだ、これまで名ありの妖が同時に複数体現れるということは伝承を含めて前例がないのだ。それ以前に、つい最近までは妖とは人前に滅多に姿を現さず、半ば伝承の存在でもあったのだ。
「これらは皇国の宰相であるユーリ様よりもたらされたものとなります。戦場に現れた当該名ありは、皇国の皇を始めとする武人によって討伐されておりますが…いささか奇妙でございますね」
「うむ。何故ここにきて名あり共が頻繁に出始めたのか判らぬ。しかし、少なくとも私は皇国が関係していると踏んでいる」
「やはり、予言通り…ということでしょうか」
「まだはっきりと断言は出来ぬが。皇国は神居古潭と友好関係にある。神威巫女であるユーリを宰相に迎えるほどかつて無い厚遇を受けている。皇国に対しては協力を惜しまない様にせよ」
「承知しました。では、本件の調査のために主典を数名皇国へ派遣します」
主典とは表向きには神道の伝道者であるが、裏は情報収集に長けた謂わば神居古潭版の志能備である。
「そうしてくれ、情報が入れば逐次私に報告する様に」
宇都見国よりもさらに東方に位置する神居古潭では、西方の国々における目まぐるしい勢力図の変化に、大宮司たちは情報収集に追われていた。
そのせいか、自国に迫り来る脅威への警戒が疎かになっていた。
◇
大和朝廷 帝京 聖廟
大和の帝であるミノウと皇国の皇である瑞穂による会談はひとまず終結する。
両国は同盟こそ結びはしなかったものの、友好関係と領土不可侵の締結まで漕ぎつけた。この結果に至ったのには理由があり、それは皇国が現状で大和と同盟関係になった場合、皇国の現在最も有力な同盟関係にある神居古潭との軋轢を生んでしまうからである。
神居古潭が信仰するのは、大御神、そして八百万の大神。
対する大和は現人神たる帝。
その歴史から大神を認めず、現人神として帝を祀ってきた大和と大御神を信仰する神居古潭は、明確に対立している。
帝ミノウが瑞穂に話した初代皇帝の贖罪については、現時点では神居古潭側に事実の伝播を講じている最中であり、現時点ではこれまでの対立関係の解消には至っていない。皇国としては、ユーリを宰相に迎えるほどの関係を築いている神居古潭を敵に回すことは避けたかった。
そこで、現時点は友好関係の確立という同盟国へ配慮した結論に落ち着いたのだ。
会談を終えた一行は歓待を受ける中で、余興として帝と瑞穂の前で行われる御前試合に参加することとなる。
御前試合とは、帝や皇の前で行われる武術の試合。いわば天覧試合である。大和にはこの他国との交流の一環として御前試合を催すのが伝統となっていた。
参加するのは、両国ともに選抜の3人で、非致死の武器による1対1の勝負を行う。
皇国は御剣、藤香、ミィアン。
対する大和はゴウマ、コチョウ、シオン。
舞台は聖廟の中庭に造られた闘技場。ミノウと瑞穂、そして大勢の見物人が見守る中、6人による御前試合が開演した。
「くだらん。三流の武人相手にこんな茶番、不要だ」
「あらゴウマさん、その様なことを仰っておりましたら、相手に足元をすくわれますわよ」
「何だと?」
ゴウマは隣にいるコチョウをギロリと睨み付ける。対するコチョウは、常人であれば失神してしまうほどのゴウマの睨みを、涼しい顔で無視している。
「帝さまの御前で醜態を晒せませんわ。敵を侮らず、本気で戦われるのが宜しいかと?」
「貴様、奴等と戦うよりも前にこの場で捻り潰してやろうか?」
「あら、望むところですわ。前からあなたとは一戦交えてみたかったですもの」
ゴウマとコチョウとの間で空気が張り詰める。そんな二人の間を、一人の女性が割って入る。
「二人とも、帝さまの御前です。相手もいる以上、今はこの試合に集中してもらいたい」
「シオンさん、ごめんなさい。私ったらつい調子に乗っちゃったわ」
「ふんっ」
「では、私から参ります」
右目に眼帯を着けた女性、独眼のシオンが木刀を手にし、台から闘技場の試合場へと飛び降りる。
初戦は、シオン対ミィアンである。
「皇国とは不思議ですね。貴女の様に琉球の皇女が何故皇国皇と共にこの場におられるのですか」
「うちなぁ、強い人探して旅してたら皇国にたどり着いたんよ。瑞穂はんと一緒におったら、こうやって強い人といっぱい戦えるし。それが楽しゅうてなぁ」
「なるほど、流石は琉球の皇女、目の付け所が違う。実に興味深いです。では、七星将が一柱、独眼のシオン。貴女の相手に役不足であるが、押して参る」
御前試合では、刀、槍、薙刀、斧などの多種多様な武器の中から、互いが得意とする武器を使うことができる。もちろん、ミィアンの得意とする方天戟もある。
木刀を構えるシオン。
そして、木製の方天戟を構えるミィアン。
最初に動いたのは、シオンだった。
「でりゃああ!!」
独特な構えから突き出された木刀の剣先が、方天戟を構えるミィアンの顔の横を貫く。
ミィアンはその突きを身体を半身にすることで避け、方天戟を下方から突き上げる様に振り抜く。
しかし、その攻撃はシオンが斜めに傾けた刀で受け流し、今度はシオンが左右に木刀を往復させたところで二人は間合いをとる。
「ふひひ、お姉さんえらい強いなぁ」
「貴女も流石です。何せ、その場から動いていないのですから…」
そう、あれほどの攻撃を受けたミィアンであったが、実はその場所から1歩たりとも動いていないのだ。
「それでは、私も本気でいかせてもらいましょう」
すると、シオンは右手に冷気を纏わせると、それを木刀に沿わせて冷気を刀身に纏わせる。
冷符、雪風。
氷結の呪術を得意とするシオンの最も基本的な秘術式呪術の一つである。
「呪術を使えるなんて、大したもんやわぁ」
「それでは、行きますよ…」
冷気を纏った刀身を下段に構え、間合いを詰めるべくシオンはミィアンに肉薄する。ミィアンの身体を掠める氷の刀身は、空気中の微量な水分すら凍りつかせるほどのものであった。
みしみしと凍りつく音が聞こえる。
すると、シオンは呪術で水流を現出させると、それを氷結の呪術で凍り付かせる
まるで剣撃の残像が凍りついたかのように、ミィアンに向かって打ち出された水が凍りつく。しかし、その凍りついた氷をミィアンは方天戟を振り上げて破壊した。
「ッ!?」
氷を破壊するのと同時に、その氷の向こうからシオンが刀を突き出してくる。大きな動作の反動で避けることしかできなかったミィアンは、何とか攻撃を受けることなくシオンとの間合いをとる。
「ふぃ、危なかったぇ」
「抜けたと思いましたが、通用しませんか」
シオンは刀を中段に構える。
対するミィアンは下段に構える。
二人は同時に飛び出し、一瞬で交差する。
見事砕け散ったのは、氷を纏ったシオンの木刀だった。
◇
ミィアンとシオンによる一騎打ちがミィアンの勝利に終わり、二戦目は藤香とコチョウという女同士の対決となった。
袴の紐を絞り、いつもと同じように戦う準備を整える藤香。
「藤香、無理するなよ。まだ、湖琴の時の怪我が治っていないんだろう」
藤香は先の斎国との戦で湖琴と戦ったとき、背中を強く地面に打ちつけた所為で痛めていた。自分以外の人間に痛みを訴えはしないが、動きを見ていると背中の痛みを庇っているのが分かる。
「ありがとう。大丈夫だと思う」
藤香はそう言って、台の上から闘技場へと飛び降りる。それと同時に、シオンと戦いを繰り広げていたミィアンが、台の上へと戻ってくる。
「なぁなぁ御剣はん!うち、勝ったで!」
「見ていたよ。良い試合だった、お疲れミィアン。相手はどうだった?」
その時俺は、ミィアンが自分の腕を押さえていることに気がついた。
「さすがは大和七星将と言われるくらいの人や、まだ腕が痺れとるぇ。うち、本気出さへんかったら負けてたわ…」
そう言って、ミィアンは相手の方を見る。
「さっきの人が先鋒やったら、あの二人、もしかしらもっと強いんかもしれんよ」
ミィアンの視線の先には、台の上で腕を組み、仁王立ちでこちらを睨みつける男がいた。
◇
「大和七星将が一柱、コチョウ。あなた、お名前は?」
「藤香」
「官職は?」
「左近衛大将」
相対する藤香とコチョウはしばらくの間互いのことを見つめ合うと、それぞれ木刀を手にする。
「近衛大将という事は、皇国皇の側近かしら」
ゆっくりと目を閉じる。すると、コチョウの周りに蝶の形を成した呪力の結晶がいくつも現れ、それはまるで生きている本物の蝶の様にひらひらと舞う。その様子は幻想的で、その場にいる誰もがコチョウの蝶に目を奪われる。
「では、お手並み拝見といこうかしら」
呪力の蝶は、コチョウの刀へと纏う様に舞う。
先に動いたのは藤香だった。
「光術、遮光」
「えっ!?」
突き出された藤香の刀身は、突然コチョウの前に現れた光の筋によって軌道を変えられる。コチョウの体を捉えていた剣先は、地面へと突き刺さった。
“まずいっ!?”
想定外の力によって刀身の軌道が変えられてしまい、体勢を崩してしまう藤香。体勢を崩した藤香のその隙を、コチョウは見逃さずに回し蹴りを喰らわせる。
「くっ!?」
直に回し蹴りを直に受けてしまった藤香は、そのまま吹き飛ばされる。すぐに地面から立ち上がるが、背中に痛みを感じてふらついてしまった。
「呆気ないわね。まさか、この程度なのかしら?」
「っ…」
瑞穂は藤香に、身体が異常をきたした場合は試合を放棄するようにと命じている。
これはあくまでも、御前試合である。例えその場で醜態を晒そうとも、それは国の今後を左右する戦いでないのだ。
藤香は乱れた呼吸を元に戻しつつ、再び木刀を構える。
そして、再び地面を蹴ってコチョウへと接近する。
幾度も木刀で突こうとするが、その攻撃は全て光の筋によって軌道を変えられる。その間、コチョウはその場を一切動いておらず、また木刀は手にしているものの、木刀は使わずに呪術だけを使っている。
「光術…秘術式の呪術の中でも、光を操るこの呪術を使うことができる人は、数えるほどしかいないですが…」
「じゃあ、彼女はその数える内の一人ってことでしょう?」
藤香とコチョウの試合を観覧席で見ながらそう呟く千代。瑞穂にとって、七星将の一人が珍しい光術を使うことよりも、怪我が完治していない藤香のことが心配だった。
結果、藤香はコチョウに一撃も与えることができないまま、試合の辞退することになる。
「千代、藤香に治療を施してあげなさい」
「わっ、分かりました」
これにより、二戦目は大和側のコチョウが勝利し、三戦目の御剣とゴウマの試合が今回の御前試合の勝敗を決することとなった。
◇
コチョウとの戦いで背中の怪我が響いた藤香は、控え室で千代による治療が施されていた。
幸い、後に引かないようだったので、しばらく安静にしておくように伝えておいた。
俺は木刀を手に、闘技場へと降り立った。
「汝が我の相手か?」
俺は今、まるで獰猛な獣を目の前にした気分だ。
いや、少し違った。
眼前にいるのは人でも獣でもない。
目の前の男から滲み出るのは、飽くなき呪力の渦。それはまるで、化け物のようであった。
「本来であれば、この様な茶番に付き合うこともなければ、今すぐ汝らの皇もろとも消し去ってくれる。帝殿がどう言う気まぐれで汝らの皇と馴れ合っているのか知らぬが、我は認めん」
男はそう言うと、両手に炎を纏わせて拳を合わせる。
強烈な熱気と衝撃が迫り、場の空気の温度が一気に急上昇する。
「来るがいい小童、汝が弱者であること、認めさせてやろう」
御前試合ではあるが、この男、ゴウマを相手に気を抜くことはできない。
少しでも気を抜けば、例え御前試合であったとしてもただでは済まないだろう。それ以前に、俺はゴウマが得物を持っておらず、素手であることに気付く。
「武器は持たないのか?」
「愚問である。我の武器は我のこの鍛え上げられし肉体のみだ。木の棒なんぞ使うまでもないわ」
すると、ゴウマが両手を振るう。両手に纏われていた炎が火球となって、高速で俺に向けて撃ち出された。
二つの火球は避けた俺の横を通り過ぎ、闘技場の地面へと命中し爆発と砂煙を起こす。観覧席には呪術による結界が張られているが、
追撃をしてこなかった隙にゴウマとの距離を詰める。二度目の火球を避けたところで、俺は一気に目の前まで迫る。
上段から斜め下へと振り下ろす。
ゴウマはその攻撃を下から振り上げた右手の拳で受け止める。
この木刀は普通の樫の木で作られたものではなく、武人が呪術を使用しても耐えられる様に、使用者の能力に応じて強度が変化する特別な素材で作られている。
ゆえに、シオンが行なった様に冷気を纏わせることなどが出来る反面、ミィアンの様な規格外の力の攻撃を受けると、木っ端微塵になることがある。
その殴打は明らかに規格外の力であったが、何とか攻撃を受け止めることができ、破壊にまでは至らなかった。
ゴウマは自らの攻撃で木の棒と称した木刀を折れなかったことで、苛立ちを見せる。
「捻り潰してくれるわ」
炎を纏いながら殴りかかってくる。地面を殴りつければ火柱が上がり、衝撃で地面が振動する。
”なんて力だ!?”
ゴウマの力は、明らかに常人の域を超えていた。その力は、かつて受け止めたウルイにも匹敵するほどである。
どれもこれも桁違いの威力だ。しかし、その動きをよく観察するとある一定の隙があるのを見つける。
それが、炎を撃ち出した後、威力を高めるために呪力を大量に消費する反動なのかは分からない。
しかし、今はその一瞬の隙に賭けるしかない。
俺はしばらく、殴打による攻撃を避け続けた後、あえて離れる様に間合いをとった。
俺の立つ位置には、近づくか火球による遠距離攻撃かの二つの選択肢しかない。
ゴウマは予想通り、腕に纏わせた炎を火球として放ってきた。俺はゴウマ近くのと同時に斜め前に避けることで火球を紙一重で避ける。
「ッ!?」
「てりゃあぁぁ!」
一撃に全ての力を掛けて振り下ろす。しかし、その一撃は木刀を片手で受け止められ防がれる。
「くだらん」
そしてゴウマは、掴んだ木刀を握り潰す。刀身の中心で折られた木刀を俺はゴウマに投げつける。
「ふんっ!!」
ゴウマは投げつけた木刀を手で振り払うが、そのせいで意識が木刀に集中する。
接近する俺に気付くのが遅れる。
「何っ!?」
体術に自信はないが、全力を込めて拳を突き出す。
拳はゴウマの左頬を捉え、その巨躯を後方へと弾き倒した。
神居古潭の国都は大神が眠る神の都【神都】と称され、国の元首は大宮司であるアムル。生まれながらこの地に住む者たちは、神威子と呼ばれ、全員が宗教関係者であり、その身に強力な呪力を有している。
しかし、人口は約5千人と、大国である迦ノ国や宇都見国と比べると圧倒的に少ない。その理由は生まれながらに強力な呪力を有する反面、出生率が極端に低いことが原因としてあげられており、また神威子のほとんどが貞操概念が強いのも要因の一つである。
神都の中心に位置する教団総本山では、多くの祭司たちが行き来しており、大宮司アムルの政務室では国内外の現状について報告がなされていた。
「大宮司、宇都見国軍が東方軍の増強を行なっております。東征を活発化することが目的と考えられ、諸国連合は警戒を強めております」
「双方に祭司と巫女を派遣しよう、地域の安定化を図る様に」
「承知いたしました。それと、早急な調査が求められる案件が一つ」
「何じゃ?」
「他国で妖の目撃情報が増加しております。先の皇国と斎国・宇都見国との戦では、名ありの妖が複数体、また名あり妖であるデイダラボッチの出現により、戦場での骸が妖化したとの情報が入っております」
大宮司であるアムルは、その報告に眉を潜める。
それもそのはずだ、これまで名ありの妖が同時に複数体現れるということは伝承を含めて前例がないのだ。それ以前に、つい最近までは妖とは人前に滅多に姿を現さず、半ば伝承の存在でもあったのだ。
「これらは皇国の宰相であるユーリ様よりもたらされたものとなります。戦場に現れた当該名ありは、皇国の皇を始めとする武人によって討伐されておりますが…いささか奇妙でございますね」
「うむ。何故ここにきて名あり共が頻繁に出始めたのか判らぬ。しかし、少なくとも私は皇国が関係していると踏んでいる」
「やはり、予言通り…ということでしょうか」
「まだはっきりと断言は出来ぬが。皇国は神居古潭と友好関係にある。神威巫女であるユーリを宰相に迎えるほどかつて無い厚遇を受けている。皇国に対しては協力を惜しまない様にせよ」
「承知しました。では、本件の調査のために主典を数名皇国へ派遣します」
主典とは表向きには神道の伝道者であるが、裏は情報収集に長けた謂わば神居古潭版の志能備である。
「そうしてくれ、情報が入れば逐次私に報告する様に」
宇都見国よりもさらに東方に位置する神居古潭では、西方の国々における目まぐるしい勢力図の変化に、大宮司たちは情報収集に追われていた。
そのせいか、自国に迫り来る脅威への警戒が疎かになっていた。
◇
大和朝廷 帝京 聖廟
大和の帝であるミノウと皇国の皇である瑞穂による会談はひとまず終結する。
両国は同盟こそ結びはしなかったものの、友好関係と領土不可侵の締結まで漕ぎつけた。この結果に至ったのには理由があり、それは皇国が現状で大和と同盟関係になった場合、皇国の現在最も有力な同盟関係にある神居古潭との軋轢を生んでしまうからである。
神居古潭が信仰するのは、大御神、そして八百万の大神。
対する大和は現人神たる帝。
その歴史から大神を認めず、現人神として帝を祀ってきた大和と大御神を信仰する神居古潭は、明確に対立している。
帝ミノウが瑞穂に話した初代皇帝の贖罪については、現時点では神居古潭側に事実の伝播を講じている最中であり、現時点ではこれまでの対立関係の解消には至っていない。皇国としては、ユーリを宰相に迎えるほどの関係を築いている神居古潭を敵に回すことは避けたかった。
そこで、現時点は友好関係の確立という同盟国へ配慮した結論に落ち着いたのだ。
会談を終えた一行は歓待を受ける中で、余興として帝と瑞穂の前で行われる御前試合に参加することとなる。
御前試合とは、帝や皇の前で行われる武術の試合。いわば天覧試合である。大和にはこの他国との交流の一環として御前試合を催すのが伝統となっていた。
参加するのは、両国ともに選抜の3人で、非致死の武器による1対1の勝負を行う。
皇国は御剣、藤香、ミィアン。
対する大和はゴウマ、コチョウ、シオン。
舞台は聖廟の中庭に造られた闘技場。ミノウと瑞穂、そして大勢の見物人が見守る中、6人による御前試合が開演した。
「くだらん。三流の武人相手にこんな茶番、不要だ」
「あらゴウマさん、その様なことを仰っておりましたら、相手に足元をすくわれますわよ」
「何だと?」
ゴウマは隣にいるコチョウをギロリと睨み付ける。対するコチョウは、常人であれば失神してしまうほどのゴウマの睨みを、涼しい顔で無視している。
「帝さまの御前で醜態を晒せませんわ。敵を侮らず、本気で戦われるのが宜しいかと?」
「貴様、奴等と戦うよりも前にこの場で捻り潰してやろうか?」
「あら、望むところですわ。前からあなたとは一戦交えてみたかったですもの」
ゴウマとコチョウとの間で空気が張り詰める。そんな二人の間を、一人の女性が割って入る。
「二人とも、帝さまの御前です。相手もいる以上、今はこの試合に集中してもらいたい」
「シオンさん、ごめんなさい。私ったらつい調子に乗っちゃったわ」
「ふんっ」
「では、私から参ります」
右目に眼帯を着けた女性、独眼のシオンが木刀を手にし、台から闘技場の試合場へと飛び降りる。
初戦は、シオン対ミィアンである。
「皇国とは不思議ですね。貴女の様に琉球の皇女が何故皇国皇と共にこの場におられるのですか」
「うちなぁ、強い人探して旅してたら皇国にたどり着いたんよ。瑞穂はんと一緒におったら、こうやって強い人といっぱい戦えるし。それが楽しゅうてなぁ」
「なるほど、流石は琉球の皇女、目の付け所が違う。実に興味深いです。では、七星将が一柱、独眼のシオン。貴女の相手に役不足であるが、押して参る」
御前試合では、刀、槍、薙刀、斧などの多種多様な武器の中から、互いが得意とする武器を使うことができる。もちろん、ミィアンの得意とする方天戟もある。
木刀を構えるシオン。
そして、木製の方天戟を構えるミィアン。
最初に動いたのは、シオンだった。
「でりゃああ!!」
独特な構えから突き出された木刀の剣先が、方天戟を構えるミィアンの顔の横を貫く。
ミィアンはその突きを身体を半身にすることで避け、方天戟を下方から突き上げる様に振り抜く。
しかし、その攻撃はシオンが斜めに傾けた刀で受け流し、今度はシオンが左右に木刀を往復させたところで二人は間合いをとる。
「ふひひ、お姉さんえらい強いなぁ」
「貴女も流石です。何せ、その場から動いていないのですから…」
そう、あれほどの攻撃を受けたミィアンであったが、実はその場所から1歩たりとも動いていないのだ。
「それでは、私も本気でいかせてもらいましょう」
すると、シオンは右手に冷気を纏わせると、それを木刀に沿わせて冷気を刀身に纏わせる。
冷符、雪風。
氷結の呪術を得意とするシオンの最も基本的な秘術式呪術の一つである。
「呪術を使えるなんて、大したもんやわぁ」
「それでは、行きますよ…」
冷気を纏った刀身を下段に構え、間合いを詰めるべくシオンはミィアンに肉薄する。ミィアンの身体を掠める氷の刀身は、空気中の微量な水分すら凍りつかせるほどのものであった。
みしみしと凍りつく音が聞こえる。
すると、シオンは呪術で水流を現出させると、それを氷結の呪術で凍り付かせる
まるで剣撃の残像が凍りついたかのように、ミィアンに向かって打ち出された水が凍りつく。しかし、その凍りついた氷をミィアンは方天戟を振り上げて破壊した。
「ッ!?」
氷を破壊するのと同時に、その氷の向こうからシオンが刀を突き出してくる。大きな動作の反動で避けることしかできなかったミィアンは、何とか攻撃を受けることなくシオンとの間合いをとる。
「ふぃ、危なかったぇ」
「抜けたと思いましたが、通用しませんか」
シオンは刀を中段に構える。
対するミィアンは下段に構える。
二人は同時に飛び出し、一瞬で交差する。
見事砕け散ったのは、氷を纏ったシオンの木刀だった。
◇
ミィアンとシオンによる一騎打ちがミィアンの勝利に終わり、二戦目は藤香とコチョウという女同士の対決となった。
袴の紐を絞り、いつもと同じように戦う準備を整える藤香。
「藤香、無理するなよ。まだ、湖琴の時の怪我が治っていないんだろう」
藤香は先の斎国との戦で湖琴と戦ったとき、背中を強く地面に打ちつけた所為で痛めていた。自分以外の人間に痛みを訴えはしないが、動きを見ていると背中の痛みを庇っているのが分かる。
「ありがとう。大丈夫だと思う」
藤香はそう言って、台の上から闘技場へと飛び降りる。それと同時に、シオンと戦いを繰り広げていたミィアンが、台の上へと戻ってくる。
「なぁなぁ御剣はん!うち、勝ったで!」
「見ていたよ。良い試合だった、お疲れミィアン。相手はどうだった?」
その時俺は、ミィアンが自分の腕を押さえていることに気がついた。
「さすがは大和七星将と言われるくらいの人や、まだ腕が痺れとるぇ。うち、本気出さへんかったら負けてたわ…」
そう言って、ミィアンは相手の方を見る。
「さっきの人が先鋒やったら、あの二人、もしかしらもっと強いんかもしれんよ」
ミィアンの視線の先には、台の上で腕を組み、仁王立ちでこちらを睨みつける男がいた。
◇
「大和七星将が一柱、コチョウ。あなた、お名前は?」
「藤香」
「官職は?」
「左近衛大将」
相対する藤香とコチョウはしばらくの間互いのことを見つめ合うと、それぞれ木刀を手にする。
「近衛大将という事は、皇国皇の側近かしら」
ゆっくりと目を閉じる。すると、コチョウの周りに蝶の形を成した呪力の結晶がいくつも現れ、それはまるで生きている本物の蝶の様にひらひらと舞う。その様子は幻想的で、その場にいる誰もがコチョウの蝶に目を奪われる。
「では、お手並み拝見といこうかしら」
呪力の蝶は、コチョウの刀へと纏う様に舞う。
先に動いたのは藤香だった。
「光術、遮光」
「えっ!?」
突き出された藤香の刀身は、突然コチョウの前に現れた光の筋によって軌道を変えられる。コチョウの体を捉えていた剣先は、地面へと突き刺さった。
“まずいっ!?”
想定外の力によって刀身の軌道が変えられてしまい、体勢を崩してしまう藤香。体勢を崩した藤香のその隙を、コチョウは見逃さずに回し蹴りを喰らわせる。
「くっ!?」
直に回し蹴りを直に受けてしまった藤香は、そのまま吹き飛ばされる。すぐに地面から立ち上がるが、背中に痛みを感じてふらついてしまった。
「呆気ないわね。まさか、この程度なのかしら?」
「っ…」
瑞穂は藤香に、身体が異常をきたした場合は試合を放棄するようにと命じている。
これはあくまでも、御前試合である。例えその場で醜態を晒そうとも、それは国の今後を左右する戦いでないのだ。
藤香は乱れた呼吸を元に戻しつつ、再び木刀を構える。
そして、再び地面を蹴ってコチョウへと接近する。
幾度も木刀で突こうとするが、その攻撃は全て光の筋によって軌道を変えられる。その間、コチョウはその場を一切動いておらず、また木刀は手にしているものの、木刀は使わずに呪術だけを使っている。
「光術…秘術式の呪術の中でも、光を操るこの呪術を使うことができる人は、数えるほどしかいないですが…」
「じゃあ、彼女はその数える内の一人ってことでしょう?」
藤香とコチョウの試合を観覧席で見ながらそう呟く千代。瑞穂にとって、七星将の一人が珍しい光術を使うことよりも、怪我が完治していない藤香のことが心配だった。
結果、藤香はコチョウに一撃も与えることができないまま、試合の辞退することになる。
「千代、藤香に治療を施してあげなさい」
「わっ、分かりました」
これにより、二戦目は大和側のコチョウが勝利し、三戦目の御剣とゴウマの試合が今回の御前試合の勝敗を決することとなった。
◇
コチョウとの戦いで背中の怪我が響いた藤香は、控え室で千代による治療が施されていた。
幸い、後に引かないようだったので、しばらく安静にしておくように伝えておいた。
俺は木刀を手に、闘技場へと降り立った。
「汝が我の相手か?」
俺は今、まるで獰猛な獣を目の前にした気分だ。
いや、少し違った。
眼前にいるのは人でも獣でもない。
目の前の男から滲み出るのは、飽くなき呪力の渦。それはまるで、化け物のようであった。
「本来であれば、この様な茶番に付き合うこともなければ、今すぐ汝らの皇もろとも消し去ってくれる。帝殿がどう言う気まぐれで汝らの皇と馴れ合っているのか知らぬが、我は認めん」
男はそう言うと、両手に炎を纏わせて拳を合わせる。
強烈な熱気と衝撃が迫り、場の空気の温度が一気に急上昇する。
「来るがいい小童、汝が弱者であること、認めさせてやろう」
御前試合ではあるが、この男、ゴウマを相手に気を抜くことはできない。
少しでも気を抜けば、例え御前試合であったとしてもただでは済まないだろう。それ以前に、俺はゴウマが得物を持っておらず、素手であることに気付く。
「武器は持たないのか?」
「愚問である。我の武器は我のこの鍛え上げられし肉体のみだ。木の棒なんぞ使うまでもないわ」
すると、ゴウマが両手を振るう。両手に纏われていた炎が火球となって、高速で俺に向けて撃ち出された。
二つの火球は避けた俺の横を通り過ぎ、闘技場の地面へと命中し爆発と砂煙を起こす。観覧席には呪術による結界が張られているが、
追撃をしてこなかった隙にゴウマとの距離を詰める。二度目の火球を避けたところで、俺は一気に目の前まで迫る。
上段から斜め下へと振り下ろす。
ゴウマはその攻撃を下から振り上げた右手の拳で受け止める。
この木刀は普通の樫の木で作られたものではなく、武人が呪術を使用しても耐えられる様に、使用者の能力に応じて強度が変化する特別な素材で作られている。
ゆえに、シオンが行なった様に冷気を纏わせることなどが出来る反面、ミィアンの様な規格外の力の攻撃を受けると、木っ端微塵になることがある。
その殴打は明らかに規格外の力であったが、何とか攻撃を受け止めることができ、破壊にまでは至らなかった。
ゴウマは自らの攻撃で木の棒と称した木刀を折れなかったことで、苛立ちを見せる。
「捻り潰してくれるわ」
炎を纏いながら殴りかかってくる。地面を殴りつければ火柱が上がり、衝撃で地面が振動する。
”なんて力だ!?”
ゴウマの力は、明らかに常人の域を超えていた。その力は、かつて受け止めたウルイにも匹敵するほどである。
どれもこれも桁違いの威力だ。しかし、その動きをよく観察するとある一定の隙があるのを見つける。
それが、炎を撃ち出した後、威力を高めるために呪力を大量に消費する反動なのかは分からない。
しかし、今はその一瞬の隙に賭けるしかない。
俺はしばらく、殴打による攻撃を避け続けた後、あえて離れる様に間合いをとった。
俺の立つ位置には、近づくか火球による遠距離攻撃かの二つの選択肢しかない。
ゴウマは予想通り、腕に纏わせた炎を火球として放ってきた。俺はゴウマ近くのと同時に斜め前に避けることで火球を紙一重で避ける。
「ッ!?」
「てりゃあぁぁ!」
一撃に全ての力を掛けて振り下ろす。しかし、その一撃は木刀を片手で受け止められ防がれる。
「くだらん」
そしてゴウマは、掴んだ木刀を握り潰す。刀身の中心で折られた木刀を俺はゴウマに投げつける。
「ふんっ!!」
ゴウマは投げつけた木刀を手で振り払うが、そのせいで意識が木刀に集中する。
接近する俺に気付くのが遅れる。
「何っ!?」
体術に自信はないが、全力を込めて拳を突き出す。
拳はゴウマの左頬を捉え、その巨躯を後方へと弾き倒した。
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