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武人祭
カエル
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「それで、依頼の場所は?」
ギルドを出たところであたしがジェイに尋ねると、慌てて依頼が書かれている紙を広げる。
「えっと……この近くの草原でディープフロッグという魔物が大量に出現したとのことで、その討伐です」
「ディープフロッグ?うえぇ……」
その名を聞いたあたしは、苦々しく舌を出す。
「フロッグって言ったらカエルだよな?強いのか?」
「ええ、手強いわね。泥沼から出てきて、そいつの体には打撃や剣撃が通りにくいし、離れていても長い舌で攻撃してくるし……しかもその舌、凄い粘液が付いてるからベットベトにされるわよ」
あたしがそう言うと、ミーナの毛が逆立つ。
でも全身粘液塗れにされてしまうところを考えれば、ミーナじゃなくたって鳥肌立つわ……ランカなんて死んだ目をして明後日の方向を見てるし。
「あー……そうですねー……あいつらの出す唾に当たると、その匂いが三日三晩取れないと言われてます。ちなみに私は食らったことはありますが、元々数日お風呂どころか水浴びもしてなかった時期だったので、臭いなんてわかりませんでした」
「……あ……そ……」
そんな反応に困るようなことを言われてもと思った。
「はい、なのでという討伐に向かう前に、防臭と消臭効果のある道具を調達して来ようかと」
ジェイの提案に、カイトが「へぇ~」と感心したように呟く。
「そういうのがあるんですね?」
「まぁ、皆さんあまりそういうの気にしないようなので、ポーション以外買おうとしないみたいですけどね……」
苦笑いするジェイ。その横で歩いていたマヤが振り向いてあたしを一瞥するけど、すぐに正面に向き直ってしまう。
さっきのあたしの言葉を気にしているのだろうか?
……まぁ、気にするくらいにでも心に留めているのならいいわよね。
あたしが今まで生きてきた中で見付けた教訓……他人を簡単に信用すると、ロクなことがない。
優しく言い寄ってきた奴も、あたしの体か奴隷にするのが目的の奴ばかりだった。もちろんその全員を氷漬けにしてやったけど。
だからなのかしらね、こいつらみたいに根拠もなく相手を信じようとする奴を見ると腹立たしいのは。
そして裏切られた頃には後悔しか残らない……なんてなってほしくないと思うのは、あいつのお人好しが移ったのかしらね……
それから街を出て三十分程度歩いたところで、ディープフロッグが出没するという場所に着いた。
一面に草原が広がり、所々にはいくつもの沼が点在している。
「見るからにカエルの巣窟って感じね。それでどれだけ倒せばいいの?」
戦いに入る前にとりあえず聞いておく。
一匹や二匹ならすぐ終わると思うんだけど……
「えっと、それが……」
するとジェイが何か言い難そうに言葉を濁そうとする。なんだろう、凄く嫌な予感がする。
「……この辺にいるだけ全部、です……」
「……は?」
しばしの間。そして――
「「はぁぁぁぁっ!?」」
あたしやカイトたちはもちろん、マヤでさえ大声を上げてしまっていた。
あれ、この子も知らされてなかったの?
そのマヤがジェイの首を掴んで持ち上げ、前後に揺らす。
「何考えてんのよ、あんたはっ!それ……それ絶対私たちのランクに合ってない依頼じゃないの!?」
「だいっ、大丈夫っ……依頼自体は僕たちでも請け負えるランクの、だよ……ただ、数人パーティーで数日かけてやるのを前提ってだけで……」
ジェイの図々しい発言に、あたしも持ち上げられているそいつのケツに蹴りを入れた。
「あいった!?」
「あたしたちは冒険者の登録しに来ただけなんだけど!?なんで数日かけてやるような依頼を手伝わせようとしてんのよ!」
「い、いえ、違っ……やっぱ違いませんすいませんでしたぁぁぁぁっ!」
見た目通り気の弱いジェイは、あたしとマヤの圧に負けてすぐに白状した。
「メアさんやカイト君たちって正直言うと僕たちより強かったから……それにこの依頼、分配しても結構高い報酬だったから釣られちゃって……」
口角を釣り上げたジェイは、申し訳なさそうに目を逸らす。
そんなジェイの姿を見かねたマヤが、頭を下げてきた。
「なんか……うちのがすいません」
「いや……俺は経験になるから、別にいいけどよ」
「俺も気にしてませんよ、元々フィーナさんと……あっ、ランカさんとも一緒に魔物を倒すつもりでしたし」
「今私の存在を忘れてましたね?」
ランカに責められるようなジト目で見られて戸惑うカイトを他所に、マヤやジェイの視線があたしに刺さる。
あたしの返事待ち?
「はぁ……別に構わないわよ。カエル如きに怯んでたら、後であいつに何を言われるかわかったもんじゃないし……」
そこでアヤトがあたしを嘲笑う顔が浮かび上がる。
うわっ、考えるだけでも腹立つ!
「とりあえず、この辺一帯にいる奴らを片付ければいいのね?」
「あ、はい。今は見えませんが、沼の中に潜っているのを全員……ああ、でも中々顔を出さないからそれなりの時間がかかるということもあって、報酬が高くなっているので――」
「ランカ、手ぇ貸しなさい」
「ガッテンです」
ジェイの言葉を遮り、あたしとランカが前に出る。
「できるだけ数を潰せるのを撃ってちょうだい。それと、あの長ったらしい意味のわからないセリフを言うんなら、先に済ませといてよ」
「意味わからないセリフってなんですか!?カッコイイじゃないですか、アレ!」
犬みたいに喚き散らすランカに、あたしは「はいはい」と適当に返事をして詠唱を始める。
「な、何……?なんだか……寒くなって……」
「辺りに冷気が……これはフィーナさんから!?」
ジェイとマヤが騒ぎ立てるがあたしは気にせず詠唱を続け、ランカも軽く溜め息を吐きながら呪文を口にする。
「我が紅蓮の炎は暗闇を照らし、光を打ち消す。闇よりも闇、混沌よりも混沌……底の見えない深さを覗き見るは勇者か愚者か、はたまた破滅の道を望む者――」
ランカが変な呪文を唱えてる間に、あたしも集中して魔術を構成する。
この瞬間、あたしはいつもカイトに引っ付いているチユキに言われたあることを思い出していた。
――――
「あなたって得意な属性って水と風なのよね?で、合わせて氷の魔術」
ある日、いつも引っ付き虫をしていたカイトが学園へ行っていない時間帯に、チユキが唐突に声をかけてきた。
「え……?そ、そうだけど……」
「ならいいことを教えてあげよっか?」
そう言っていやらしい笑みを浮かべていた。
こいつはカイトにしか興味がないんじゃなかったの……?
どういう風の吹き回しなのかと答えられずにいると、チユキは勝手に語り始める。
「『感情』よ」
「……感情?」
チユキの発した一言に、疑問を浮かべて聞き返す。
「そう、感情。アヤト君もやってたでしょ?魔法や魔術に魔力を練り込む時、相性のいい感情を一緒に流し込むの」
するとチユキはお手本を見せるかのように、指先を上へ刺して氷を生成し始めた。
「炎なら身を焦がす怒り、水なら何にも動じない冷静さ、雷なら鋭く突き刺さるような殺意、風なら穏やかな心、土なら確固たる決意、光なら眩いくらいの希望、闇なら底のない憎しみ……魔力は宿主の感情の影響を受けやすくて、流し込む感情の強さで技にも影響が出てくるの」
チユキは聞いてもいないことを、あたしが困惑しているのを他所にペラペラと喋り続ける。
「……それを……な、なんであたしに言うのよ?」
相手が相手なだけに恐る恐ると聞いてみる。
「えー、なんでだろー……ツンツンしたところがノワールちゃんに似てるから?」
チユキは人差し指を唇に当て、「んー?」と考える動作を取る。
その後チユキは何を思ったのか、独断で学園に行って騒ぎを起こしていたけれど……
――――
気まぐれか何かは知らないけれど、あの悪魔がそんなことを言ってた。
どうせなら、この機会に試してみようと思う。
詠唱中、なるべく感情を殺していつもより魔力を流し込んでみる。
魔力を練り込むという作業……ペルディア様でさえ苦戦したと言われていた。
その通り、魔力を流し込む際の強弱がわかりにくい。しかも詠唱に集中していなければ魔術が霧散してしまうし、魔力を適当に流せば収束させたものが破裂したり消失してしまう。
それを同時に行わければならない。
ペルディア様ができなかったことをあたしができるのか……でも、やってみなければわからないわよね?
なぜだか面白くなってきて、あたしの口角は上がって笑ってしまっていた。
そのせいか、構成途中の魔術に揺らぎが生じてしまう。
……今は集中しないと。
まずはプレッシャーのないこの状況で成功させなきゃ、話にならない。
湧き上がる感情をまた抑え、魔術があたしの体の中でハッキリと形になっていくのを感じながら、ソレを放出する。
「――『銀世界』」
詠唱を唱え終えると同時に、あたしの前方にある湿原は瞬時に凍り付いてしまう。
草も木も沼も、そして空中を飛んでいた蝶などの虫さえ……
全てが凍り付いて固まり、音さえ聞こえなくなったその風景はまるで時間が止まってしまったかのようだった。
「す……ごい……!」
「全部凍っちゃってる……!?」
ジェイとマヤが驚きの声を口にし、カイトたちもまた口を開けたまま呆然としてしまっていた。
たしかにこれは凄い。でも、これを見る限りペルディア様が放った魔術とそう変わらないような気がする。
いえ、ペルディア様と同等の魔術が放てただけでも収穫と言えるのだけれど……
と、その凍った地面の端をマヤが触ろうとしていた。
最初は何をする気だろう程度にしか思わなかったけど、その近くを漂った虫が瞬時に凍り付いたのを見てあたしほその後ろ襟首を急いで掴んで引っ張る。
「あぐっ!?な、何を……?」
「それには触らない方がいいわよ」
あたしが注意を促した次の瞬間、中央辺りにあった凍り付いていた沼が突然爆発するように弾けた。
「……ゲロッ」
「「「ゲロゲゲロッ」」」
そこからはどれだけの数になるかわからないほど大量のカエルっぽい大きな生物が這いずり出てきた。
さらにそれを合図にしたかのように、他の沼があったであろう場所からも同じく爆発し、熊よりも体格の大きなカエルが現れる。
そんな気持ち悪い光景を見たメア、カイト、マヤが悲鳴を上げていた。
逆に一見頼りなさそうなリナとジェイは武器を構え、勇敢にも迎撃準備をしていた。
そんな中ランカは取り乱すことなく呪文を唱えており、あたしもまた焦ることなく立ち尽くしている。
「おい、フィーナ!このままだとカエルがこっちに――」
「問題ないわ」
心配するメアの言葉をバッサリ遮り、あたしは腕を組んでその場を動かない。
大量のカエルが出てきても問題はない……それは自信というより確信だ。
理由はさっきこの凍った一帯に入った虫が凍ったのを見たことだ。
つまりこのカエルたちも――
ビキッ!
這い出ようとするカエル全員が一斉に凍る。そして無理に動こうとしたカエルは呆気なく割れて砕ける。
たしかに強くなってる。普通なら発動した後はただの氷にしかならないのに、発動後も凍らせ続けている。
どれだけ継続的に続くかはわからないけれど、その強さがしっかりと実感できた。
「なんだ、やればできるじゃない……」
余裕な言い方をしてみたが、視界が揺らいで地面に膝を突いてしまう。
「フィーナさん!?」
メアが焦燥の表情を浮かべて叫び、カイトやリナと一緒に駆け寄ってくる。
しかしミーナは落ち着いた様子で歩いてくる。
「魔力酔い?」
「……みたいね」
強力な魔術などを行使して一度に大量の魔力を消費すると、たまに枯渇しなくても酔う時がある。
今回の場合はそれなりに消費する魔術へさらに魔力を込めたから、こうなってしまったってわけね……
今みたいに余裕があって誰か仲間が一緒であればこそ試せた。これをぶっつけ本番で使ってたらヤバかったと思う。
立てないほど酔ったあたしを、メアが支えてくれる。
そして、あたしが凍らせた一帯の上空で太陽のように燃える火の玉が形成され、凄まじい速度で横回転していた。ランカの呪文もそろそろ終わるようだ。
「――光と闇を交差させ、万物を破壊せよ……『エクスプロージョン』ッ!」
ランカが魔術名を高らか叫ぶと、横回転していた火の玉がフッと落ちてくる。
ギルドを出たところであたしがジェイに尋ねると、慌てて依頼が書かれている紙を広げる。
「えっと……この近くの草原でディープフロッグという魔物が大量に出現したとのことで、その討伐です」
「ディープフロッグ?うえぇ……」
その名を聞いたあたしは、苦々しく舌を出す。
「フロッグって言ったらカエルだよな?強いのか?」
「ええ、手強いわね。泥沼から出てきて、そいつの体には打撃や剣撃が通りにくいし、離れていても長い舌で攻撃してくるし……しかもその舌、凄い粘液が付いてるからベットベトにされるわよ」
あたしがそう言うと、ミーナの毛が逆立つ。
でも全身粘液塗れにされてしまうところを考えれば、ミーナじゃなくたって鳥肌立つわ……ランカなんて死んだ目をして明後日の方向を見てるし。
「あー……そうですねー……あいつらの出す唾に当たると、その匂いが三日三晩取れないと言われてます。ちなみに私は食らったことはありますが、元々数日お風呂どころか水浴びもしてなかった時期だったので、臭いなんてわかりませんでした」
「……あ……そ……」
そんな反応に困るようなことを言われてもと思った。
「はい、なのでという討伐に向かう前に、防臭と消臭効果のある道具を調達して来ようかと」
ジェイの提案に、カイトが「へぇ~」と感心したように呟く。
「そういうのがあるんですね?」
「まぁ、皆さんあまりそういうの気にしないようなので、ポーション以外買おうとしないみたいですけどね……」
苦笑いするジェイ。その横で歩いていたマヤが振り向いてあたしを一瞥するけど、すぐに正面に向き直ってしまう。
さっきのあたしの言葉を気にしているのだろうか?
……まぁ、気にするくらいにでも心に留めているのならいいわよね。
あたしが今まで生きてきた中で見付けた教訓……他人を簡単に信用すると、ロクなことがない。
優しく言い寄ってきた奴も、あたしの体か奴隷にするのが目的の奴ばかりだった。もちろんその全員を氷漬けにしてやったけど。
だからなのかしらね、こいつらみたいに根拠もなく相手を信じようとする奴を見ると腹立たしいのは。
そして裏切られた頃には後悔しか残らない……なんてなってほしくないと思うのは、あいつのお人好しが移ったのかしらね……
それから街を出て三十分程度歩いたところで、ディープフロッグが出没するという場所に着いた。
一面に草原が広がり、所々にはいくつもの沼が点在している。
「見るからにカエルの巣窟って感じね。それでどれだけ倒せばいいの?」
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するとジェイが何か言い難そうに言葉を濁そうとする。なんだろう、凄く嫌な予感がする。
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「……は?」
しばしの間。そして――
「「はぁぁぁぁっ!?」」
あたしやカイトたちはもちろん、マヤでさえ大声を上げてしまっていた。
あれ、この子も知らされてなかったの?
そのマヤがジェイの首を掴んで持ち上げ、前後に揺らす。
「何考えてんのよ、あんたはっ!それ……それ絶対私たちのランクに合ってない依頼じゃないの!?」
「だいっ、大丈夫っ……依頼自体は僕たちでも請け負えるランクの、だよ……ただ、数人パーティーで数日かけてやるのを前提ってだけで……」
ジェイの図々しい発言に、あたしも持ち上げられているそいつのケツに蹴りを入れた。
「あいった!?」
「あたしたちは冒険者の登録しに来ただけなんだけど!?なんで数日かけてやるような依頼を手伝わせようとしてんのよ!」
「い、いえ、違っ……やっぱ違いませんすいませんでしたぁぁぁぁっ!」
見た目通り気の弱いジェイは、あたしとマヤの圧に負けてすぐに白状した。
「メアさんやカイト君たちって正直言うと僕たちより強かったから……それにこの依頼、分配しても結構高い報酬だったから釣られちゃって……」
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「俺も気にしてませんよ、元々フィーナさんと……あっ、ランカさんとも一緒に魔物を倒すつもりでしたし」
「今私の存在を忘れてましたね?」
ランカに責められるようなジト目で見られて戸惑うカイトを他所に、マヤやジェイの視線があたしに刺さる。
あたしの返事待ち?
「はぁ……別に構わないわよ。カエル如きに怯んでたら、後であいつに何を言われるかわかったもんじゃないし……」
そこでアヤトがあたしを嘲笑う顔が浮かび上がる。
うわっ、考えるだけでも腹立つ!
「とりあえず、この辺一帯にいる奴らを片付ければいいのね?」
「あ、はい。今は見えませんが、沼の中に潜っているのを全員……ああ、でも中々顔を出さないからそれなりの時間がかかるということもあって、報酬が高くなっているので――」
「ランカ、手ぇ貸しなさい」
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ジェイの言葉を遮り、あたしとランカが前に出る。
「できるだけ数を潰せるのを撃ってちょうだい。それと、あの長ったらしい意味のわからないセリフを言うんなら、先に済ませといてよ」
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「な、何……?なんだか……寒くなって……」
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この瞬間、あたしはいつもカイトに引っ付いているチユキに言われたあることを思い出していた。
――――
「あなたって得意な属性って水と風なのよね?で、合わせて氷の魔術」
ある日、いつも引っ付き虫をしていたカイトが学園へ行っていない時間帯に、チユキが唐突に声をかけてきた。
「え……?そ、そうだけど……」
「ならいいことを教えてあげよっか?」
そう言っていやらしい笑みを浮かべていた。
こいつはカイトにしか興味がないんじゃなかったの……?
どういう風の吹き回しなのかと答えられずにいると、チユキは勝手に語り始める。
「『感情』よ」
「……感情?」
チユキの発した一言に、疑問を浮かべて聞き返す。
「そう、感情。アヤト君もやってたでしょ?魔法や魔術に魔力を練り込む時、相性のいい感情を一緒に流し込むの」
するとチユキはお手本を見せるかのように、指先を上へ刺して氷を生成し始めた。
「炎なら身を焦がす怒り、水なら何にも動じない冷静さ、雷なら鋭く突き刺さるような殺意、風なら穏やかな心、土なら確固たる決意、光なら眩いくらいの希望、闇なら底のない憎しみ……魔力は宿主の感情の影響を受けやすくて、流し込む感情の強さで技にも影響が出てくるの」
チユキは聞いてもいないことを、あたしが困惑しているのを他所にペラペラと喋り続ける。
「……それを……な、なんであたしに言うのよ?」
相手が相手なだけに恐る恐ると聞いてみる。
「えー、なんでだろー……ツンツンしたところがノワールちゃんに似てるから?」
チユキは人差し指を唇に当て、「んー?」と考える動作を取る。
その後チユキは何を思ったのか、独断で学園に行って騒ぎを起こしていたけれど……
――――
気まぐれか何かは知らないけれど、あの悪魔がそんなことを言ってた。
どうせなら、この機会に試してみようと思う。
詠唱中、なるべく感情を殺していつもより魔力を流し込んでみる。
魔力を練り込むという作業……ペルディア様でさえ苦戦したと言われていた。
その通り、魔力を流し込む際の強弱がわかりにくい。しかも詠唱に集中していなければ魔術が霧散してしまうし、魔力を適当に流せば収束させたものが破裂したり消失してしまう。
それを同時に行わければならない。
ペルディア様ができなかったことをあたしができるのか……でも、やってみなければわからないわよね?
なぜだか面白くなってきて、あたしの口角は上がって笑ってしまっていた。
そのせいか、構成途中の魔術に揺らぎが生じてしまう。
……今は集中しないと。
まずはプレッシャーのないこの状況で成功させなきゃ、話にならない。
湧き上がる感情をまた抑え、魔術があたしの体の中でハッキリと形になっていくのを感じながら、ソレを放出する。
「――『銀世界』」
詠唱を唱え終えると同時に、あたしの前方にある湿原は瞬時に凍り付いてしまう。
草も木も沼も、そして空中を飛んでいた蝶などの虫さえ……
全てが凍り付いて固まり、音さえ聞こえなくなったその風景はまるで時間が止まってしまったかのようだった。
「す……ごい……!」
「全部凍っちゃってる……!?」
ジェイとマヤが驚きの声を口にし、カイトたちもまた口を開けたまま呆然としてしまっていた。
たしかにこれは凄い。でも、これを見る限りペルディア様が放った魔術とそう変わらないような気がする。
いえ、ペルディア様と同等の魔術が放てただけでも収穫と言えるのだけれど……
と、その凍った地面の端をマヤが触ろうとしていた。
最初は何をする気だろう程度にしか思わなかったけど、その近くを漂った虫が瞬時に凍り付いたのを見てあたしほその後ろ襟首を急いで掴んで引っ張る。
「あぐっ!?な、何を……?」
「それには触らない方がいいわよ」
あたしが注意を促した次の瞬間、中央辺りにあった凍り付いていた沼が突然爆発するように弾けた。
「……ゲロッ」
「「「ゲロゲゲロッ」」」
そこからはどれだけの数になるかわからないほど大量のカエルっぽい大きな生物が這いずり出てきた。
さらにそれを合図にしたかのように、他の沼があったであろう場所からも同じく爆発し、熊よりも体格の大きなカエルが現れる。
そんな気持ち悪い光景を見たメア、カイト、マヤが悲鳴を上げていた。
逆に一見頼りなさそうなリナとジェイは武器を構え、勇敢にも迎撃準備をしていた。
そんな中ランカは取り乱すことなく呪文を唱えており、あたしもまた焦ることなく立ち尽くしている。
「おい、フィーナ!このままだとカエルがこっちに――」
「問題ないわ」
心配するメアの言葉をバッサリ遮り、あたしは腕を組んでその場を動かない。
大量のカエルが出てきても問題はない……それは自信というより確信だ。
理由はさっきこの凍った一帯に入った虫が凍ったのを見たことだ。
つまりこのカエルたちも――
ビキッ!
這い出ようとするカエル全員が一斉に凍る。そして無理に動こうとしたカエルは呆気なく割れて砕ける。
たしかに強くなってる。普通なら発動した後はただの氷にしかならないのに、発動後も凍らせ続けている。
どれだけ継続的に続くかはわからないけれど、その強さがしっかりと実感できた。
「なんだ、やればできるじゃない……」
余裕な言い方をしてみたが、視界が揺らいで地面に膝を突いてしまう。
「フィーナさん!?」
メアが焦燥の表情を浮かべて叫び、カイトやリナと一緒に駆け寄ってくる。
しかしミーナは落ち着いた様子で歩いてくる。
「魔力酔い?」
「……みたいね」
強力な魔術などを行使して一度に大量の魔力を消費すると、たまに枯渇しなくても酔う時がある。
今回の場合はそれなりに消費する魔術へさらに魔力を込めたから、こうなってしまったってわけね……
今みたいに余裕があって誰か仲間が一緒であればこそ試せた。これをぶっつけ本番で使ってたらヤバかったと思う。
立てないほど酔ったあたしを、メアが支えてくれる。
そして、あたしが凍らせた一帯の上空で太陽のように燃える火の玉が形成され、凄まじい速度で横回転していた。ランカの呪文もそろそろ終わるようだ。
「――光と闇を交差させ、万物を破壊せよ……『エクスプロージョン』ッ!」
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