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俺が世界最強?それは草

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 「柏木かしわぎ
 最近はそんな名字の日本人は珍しくなく、俺の名前も柏木である。
 柏木かしわぎ かず、それが俺の名前だ。
 アルバイトで生計を立てている二十歳のフリーター。それが表向きの俺。
 「表の」なんてわざわざ言うからにはもちろん裏もある。
 正確には俺の一族全員が、ではあるが。
 ――『武人』
 日本でわかりやすく言えば空手や柔道があり、世界中にあるその武術を極めんとする者たちをそう呼び、俺たちの総称としている。
 その武術を極めようとすればするほど裏の世界に関わっていくことになる。
 そこにはヤクザ、極道、マフィア、闇商人……宗教的な団体などとの闘争があり、俺の家族は武と関わりのあるありとあらゆる団体組織と戦ってきた。
 俺が産まれた頃にはすでに「裏」と一部の政府からは武術家としての俺たち「柏木」が知れ渡っているほどだった。
 俺もその一員として武術を身体に叩き込み続け、今では家族の誰にも引けを取らない強さを持つと自負している。
 そしてそこで生きていくからには綺麗で居続けられるはずもなく、暗殺などの命を奪うことで手を汚してきた。まぁ、普通の一般人や罪も無い人間ではなくテロリストなどが相手の時のみだが……
 そう、俺は普通のフリーターではなく、「裏」に関わり続けてきた武人なのである。ちなみに金も政府からの依頼でそれなりに稼いでたりする。
 そんな俺は今……

「「「…………」」」

 父、爺さんと共にコタツで横になりながらテレビを見て堕落しきっていた。
 有名になったとはいえその依頼がなければ本当にただのフリーター。時間を自由に使えるだけの青年なのである。
 まぁ、今はもうすぐ年越しというだけであって、この時期は社会人も家にいる奴が多いのだからだらけている人間は俺だけじゃないと思うが……
 ただそもそも俺が稼がずとも家族がスゲー働き者なので、家は普通の一軒家だが結構金持ちなのである。
 俺一人が働かずに遊んでいても困ることがない程度にはあるっぽい。俺だけ遊んでても許されるんじゃないかしら?なんて常々頭を過ぎったりする。
 とはいえ俺の性格上何もしないというのは性に合わず、依頼を受けるついでの観光をしたりするからニートになる気はない。

「……和、ミカンを取ってくれんか?」

 俺にそう声をかけたのは、一緒にコタツに入っている初老に見える白髪老人。こう見えて八十を過ぎた俺の爺さんである。

「もうボケたか爺さん。俺が取らなくても目の前にいっぱいあるだろ」

「ワシの目の前にあるのはお前さんたちが食ったミカンの皮だけなんじゃが。中身があるのはワシの手が届かないお前のとこにあるんじゃが」

「まぁまぁお父さん、和も反抗期なんですよ。はいコレ」

 そう言って爺さんをいさめようとするのはセミロングの黒髪をした筋肉質な男……俺の父であり、爺さんの息子だ。
 その筋肉はあまりに頑強で、並の刃物や銃弾では傷付けることができない。殴ろうものなら鉄骨さえへし折れる。
 そしてその息子が自分の父に渡したのはミカンの皮だった。

「草」

 笑いはしないものの、その状況が面白くて一言だけ口にする。
 「草」とはネットでの人々の会話の中で使われる単語であり、「w」や「(笑)」と同じような意味だが、「草」は言いやすいため俺も面白くてたまに使っているのである。
 ちなみに持ってるスマホでたまに動画などは見るが、電話以外はあまり使わない。

「わかった、ワシをバカにしとるなお前?表出ろ」

「そんなことないですよ、お父さん」

 血圧が上がりそうな爺さんの姿に見兼ね、ミカンをコイントスをする時のように親指で弾いて飛ばした。

「全く、ミカン一個で騒がないでくれよ」

 速度は野球選手が全力投球した時のような速さだが、爺さんはいとも簡単に片手で受け取る。ウチではこれが普通だ。
 前に他の奴相手にやったら攻撃されたと勘違いされて怒られたことがあったりする。

「最初から素直に渡せぃ。ったく……」

 愚痴を零しながら爺さんはミカンの皮を一瞬で剥き、一切れを口に放り込んだ。
 そんな彼の頭がスパンッ!と良い音を立てて凄まじい勢いで叩かれる。

「いったぁ!?」

「面倒臭がって孫を使おうとするんじゃないよ!全くこのジジイは……」

 爺さんの頭を叩いたのはその妻、父方の婆さんである。
 爺さんと同じく八十を過ぎた年齢のはずだが、白髪が生えているだけで初老にしか見えない元気なおばあちゃんだ。
 元気過ぎてバイクに乗ったひったくりを見つけたらそのバイクに追い付いて殴り飛ばすほど。

「お父さんもよー。暇だったらお皿運ぶの手伝って!」

 別の部屋から顔を出して父にそう言ったのは長い黒髪をした女性、俺の母だ。
 息子の俺から見てもかなり美人であり、父を尻に敷いている。
その呼び声に父が「あーい」と返事をして素直にコタツから出ていく。
 母の強さはよくわからないが、包丁さばきを見るだけでも普通じゃないのがわかるのでなるべく逆らわないようにしている。
 婆さんも父の後を追うように部屋から出て行き、部屋には俺と爺さんだけとなり、犬や猫が映ったテレビの音だけが響いた。

「……あ、そうじゃ和」

「なんだ爺さん?」

「お前さん、何かしたいことはないのか?」

 意図がわからない急な質問に、肘を突きながら横になっていた俺は視線を爺さんに向けた。
 その爺さんはというと、剥いたミカンを口に放り込んでゆっくり味わうように食べていた。

「……どしたの、急に?」

「ワシらはもう家業になってしまっているが和はまだ若い。武の道に進まずとも他にやりたいことがあれば――」

「ない」

 ある程度言いたいことがわかったので、爺さんの言葉を遮って答える。

「今更勉強してどこかへ入る気力もないし、野球選手にもサッカー選手にもボクシング選手にもなる気はない。どうせなら爺さんたちとお偉いさん方の依頼を請け負って仕事した方がよっぽど楽しそうだしな」

「……そうか」

 視線を黒猫が遊んでるテレビに戻しながら言うと、爺さんは一言だけ返してしばらく無言になる。

「それじゃあ和、来年からはお前さんが仕事を選べ」

「……え?」

 ようやく落ち着いたと思った矢先、またもや予想外の言葉に思わず振り向く。

「どういうことだってばよ?」

「だってお前さん、もうワシより強いじゃん?」

 「じゃん?」って……言い方が腹立つな。

「いや、知らんがな。たしかに爺さんとの手合わせには勝たせてもらってますけれども」

 昨今、暇さえあれば毎日のように爺さんとは稽古をしているが、その攻撃を反撃無しで軽くあしらったりしてる程度なんだが。
 それを数時間ほど繰り返し、一撃も当てられなければ俺の勝ちということにしている。そしてここ数年は負け無し状態だ。

「いや、もし本気で戦ってもワシは負けるぞ。それくらい強くなっとるからな」

「だとしても、だからって俺が依頼を選ぶってのとどう結び付くんだ?」

「『家系で一番強いものが仕事を選ぶ』というのがワシらの決まりじゃからのう。そんでもってこの家で少し前まで負け無しだったのがワシじゃ」

「マジか……」

 そんな話、今初めて聞いたんだが……

「ついでに言うとワシらは世界最強の一族とも呼ばれておるから、実質お前さんが世界最強じゃぞ」

「いや、ホントにオマケみたいな言い方で凄いことカミングアウトしたな。宝くじで5等4等当てた時みたいなノリで言うなよ……えっ、っていうか本当に?」

 「ホントホント」と軽く言いながらミカンをさらにムシャムシャ食う爺さん。
 気付いたら世界最強でしたって……なんじゃそりゃ。全く実感湧かないわ。

「……はぁ、いきなりそんなこと言われてもな……そろそろ番組変えるか」

 言われても実感が湧くわけでもないし、呆れ半分、諦め半分でまた意識をテレビに戻すことにした。
 ……もう少しで年越しとなる。
 面倒な話はまたの機会にして、今はもう少しぐうたらするとしよう……
 そう思って視線を正面に向けると、絶世とも言っても過言ではないほどの美しさの青肌をした女性が少し離れたところにいた。

「……ん?」
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