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浅海雪奈編 後日談

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 二週間が経ち、週明けの全校集会で陸上部の大会成績の発表があった。
 俺が拒んだ代わりに、陸上部の助っ人は関友哉(せき‐ゆうや)が務めた。
「悪かったな、無理に誘ったりして」
 全校集会から教室に戻った際、佐藤が俺の席に来て机に缶コーヒーを置いた。
 詫びのつもりらしい。
「関とは友達だし、最初からあいつを誘えばよかったんだが……ダールリが妙にお前を推してさ」
 無理もない。
 人間は未知を厭い恐れるが、同時に未知に惹かれる。
 陸上部を応援したい気持ちがあって、その未知を利用できるなら、自然な発想だろう。
「そんなことだろうと思ったよ」
「あんまり、先生のことも恨まないでくれると、助かる」
「こいつで、水に流させてもらうよ。ありがとう」
 苦笑いを浮かべる佐藤に対し、俺も缶コーヒーを持ち上げ、軽く頭を下げる。
 それにしても、浅海先輩の言った通りになったのには驚いた。
 元の陸上部顧問は学校を去り、顧問代理になっていたダールリが、しばらく陸上部を預かることになったのだ。
 それ以前に比べて、ダールリの肌艶が悪くなったのはお気の毒様、というやつだ。
「じゃあ、そういうことでな」
 安堵したのか、気安い感じに言って佐藤は去って行った。

 帰りのHR終わりに、新城から「行くよね?」と睨まれる。
 片目を閉じて片手を小さく挙げ、行けない旨を伝えた。
 解散となって、みんなが帰りだした頃、スマホに通知があった。

〈キモいから、ウインクしないで〉

 新城からのLINEだった。
「別に、ウインクしたわけじゃないんだけどな」
 独り言ちるも、新城の姿は既に教室にない。
 これは埋め合わせというか、ご機嫌取りをしないといけないかもしれない。
 それを考えるのは明日の俺に任せて、今日の俺は屋上へと向かった。
「やあ。来たね」
 解錠されていた扉を開けるなり、小屋の上から声をかけられた。
「先輩が呼び出したんでしょうが」
 はしごを昇り、浅海先輩の隣に腰を下ろす。
「昨日の釣りは、楽しかったね」
「えぇ? 帰り際に、あんなにブスッとしてたのに?」
 てっきり俺は、昨日の不手際を叱るために呼ばれたのだとばかり思っていた。
 馬鹿をやるにもネタが尽きて来て「なんでもいいから一緒にやろう」と最近は普通に先輩と遊んでいた。
 釣りなどどうかと言われて俺が準備をしたのだが、おもりと浮きを買い忘れたのだ。
「おもりがなくて投げられないからつまらない、浮きがないから釣れたかわからない。悪いのは俺ですけど、不機嫌な先輩に肝を冷やしてたんですよ」
「おまけに、一匹も釣れなかった」
「マジで俺のリサーチ不足です。すみません」
 餌用に買った魚肉ソーセージも、仕掛け針からすぐに外れるから難儀した。
 今度があるなら、気持ち悪くても生餌を用意するべきか。
「それも含めてさ。つまらなかったけど、面白かったよ」
「どっちなんですか、それは」
 先輩はフフッと笑うだけだった。
「どうして私は三年で、君は二年なんだろうな」
 少しの間の後、返って来た言葉は、謎の問いかけ。
 そんなの、生まれた年が違うだけ、それだけの偶然ではないのか。
「三年は、三学期になればほとんど登校しなくなる」
「そう、ですね」
「つまり、君と過ごせるのも、あと半年ちょっとだ」
「センチになってます? らしくないですね」
「私が、孤独と無縁に見えるのかい?」
 朱く染まる空を見上げる先輩の横顔を、つう、と涙が伝った。
「できることが違う、というのはつまり分かり合えないことを意味するんだよ」
 涙を見てしまっては、もはや茶化せない。
 先輩が鬱積したものを吐き切るまで待つことにして、俺は口を閉じる。
「私が簡単にできることに、みんな真剣に挑んで、できないと悩んで、ときにはできる私を憎み、恨み、妬んできた」
 聞く者が聞けば、傲慢と誹(そし)るだろう。
 けれど、純粋に先輩は見て、感じたことを話しているだけ。
 俺には、そう感じられた。
「困難にぶつかって、成長していく彼らは美しかった。私にはない輝きがあった。私には、それが羨ましかった」
 正直、聞いてて腹が立たないではないが、嫌味抜きにこれを言ってしまえるのは、どういう景色なのだろうか。そこに思考の焦点を当てて、気持ちを落ち着かせる。
「天才、天才と彼らが言うから、いつしか自らを天才と嘯くようになった。けれど、高校生になってわかったんだ。私の天井は、私を天才と羨み、妬む彼らのそれと違って、とても低いことにね」
 自嘲気味に鼻を鳴らし、先輩は自らの膝を抱いた。
「なんでもできた私は、本気になったことがない。それは、圧倒的な経験値の少なさをも意味するんだ。不可能を可能にする、成長や情熱を経験したことがない。そんな人間、魅力的じゃないだろう?」
 そんなことはない、というのはひどく簡単で。
 けれど、うわべの言葉は決して先輩の心を救わない。
「神童も、二十歳過ぎればただの人。何かに打ち込んで来た普通の人に、私は追い抜かれる運命なんだよ。
 まして、子供のうちはできる子だったがゆえに、他人の気持ちもわからないまま身体だけが大きくなってしまった。
 他人も私がわからない、私も他人がわからない、なんだってできる天才の看板もすぐに下ろすことになる。そうなれば、私の周りには誰もいなくなる。
 何なんだよ、これ。こんなんじゃ私、死ぬまでひとりぼっちじゃないか!」
 膝に頭を埋め、浅海先輩はくぐもった声で叫ぶ。
 先輩の述懐により、天才の景色とはいかがなものか、俺はそれを垣間見たような気がした。
 そうだ。
 気がした、のだ。
「俺は、先輩が天才だから一緒にいるんですか?」
 答えはない。
「俺が今あなたの隣にいるのは、先輩が呼んでくれたからです」
「天才の私に、目をかけてもらえるのが誇らしいからじゃないのか」
 弱音吐いてるときでも、そこらへんブレないんだな、この人。
「仮に、先輩が学校で一番成績が低くても、そこは変わりませんよ。親しくしてもらうのは、ありがたいです」
「馬鹿な」
「天才だからみんなに慕われるってんなら、どうして今、俺が先輩を独占できてるんです?」
「ど、独占。君が、私を」
 サッ、と顔を背ける先輩。
 天才の沽券に拘わる矛盾だ。痛いところ突かれて、恥ずかしくなったのだろう。
 けれど、俺は指摘をやめない。
「天才が絶対の価値ならば、先輩は屋上で一人にもなれず、俺を待っていることもできなかったはずです。先輩の魅力に参っちまった男子も女子も、先輩を祭り上げて大忙しですよ」
「何を言ってるんだい。そんなこと、一度もなかったよ」
「じゃあ、わかりますよね。俺が先輩と一緒にいるのは、先輩が天才だからじゃない、って」
「本当に……君は、私に呼ばれたから来ただけ、なのか」
 首肯し、俺は先輩の述懐を聞いて思ったことを告げる。
「先輩。天才であることを自分のアイデンティティにするの、やめてみませんか?」
 聞き捨てならない放言だ、とばかりに。
 背けていた顔を、先輩はこちらに向けて来た。
 複雑な表情だった。
 怪訝そうで、怒っているようでもあり、馬鹿にしているようでもあり、悲しそうでもあり。
 けれど、ずっと待っていた言葉を聞いたようでもあった。
 すっ、と俺はグラウンドを指差す。
 ソフトボール部の知らない部員が、声を張り上げ、練習に勤しんでいた。
 声はどこか出し慣れていない感じがして、動きもぎこちない。
 未経験で、高校からソフトボールをやっているのだろうか?
 よくやろうと思ったな、と思わずにはいられない。
「助っ人をすることもある先輩なら、わかると思うんですけど。部長って、一番上手い人がなるとは、限らないですよね」
「部長より上手い、強い二年や三年は、いるね」
「でも。部長は一番じゃないからと、軽く見られてるんですか?」
「私の知る限りでは、そんなことはない」
 自分に比べれば五十歩百歩だ、と言いたげな顔で先輩は答えた。
 一番でもない者が代表を張る。きっと先輩は、それを不思議に思っていたのだろう。
 素直な尺度だが、歪んだ尺度でもある。
「実績や才能は、確かに魅力です。それを持っている先輩のことを、みんな羨ましいと思ってます」
 最初に指差したソフトボール部員の側に、体格の大きな部員がやってきた。
 彼にとっての上級生だろう。グラブの使い方や投球フォームを指導しているように、見える。
「でも、それは魅力の一つでしかないんです。それだけで、人がついてくるとは、限らないんですよ」
「……何が言いたいんだい?」
「先輩は言いました。他人は先輩のことがわからない、先輩も他人のことがわからない。だから死ぬまでひとりぼっちだ、って。それは辛いでしょう、寂しいでしょう。でも、それを解決する簡単な方法があるとしたら、どうですか?」
「もったいぶるじゃないか。胡散臭いネット広告みたいだぞ」
 正直、自分でも情報商材の煽り文句みたいだな、と思った。
「俺にしてくれたみたいに、声をかけてくれたらいいんですよ」
「天才の私が、か?」
 信じられない、という顔をしている。
 声をかけるべきは凡人で、自分を神輿にかついでしかるべきだという価値観なのか。
 じゃあ、どうしてあの日、自習室で話しかけてきた?
 目が合っただけで、翌日、俺に話しかけてきた?
 凡人の後輩に声をかけたのは、本当に何の理由もない偶然、気まぐれなのか?
「いいでしょう。では俺の知る、先輩よりも正しい天才を見に行きましょう」
「私より、正しい天才?」
 眉間に皺を寄せる先輩をなだめすかし、屋上の小屋から降りさせる。
 そして俺は、先輩の手を取って自習室へと向かったのだった。



 自習室の扉、その窓の向こうで机に齧りつく華奢な背中を指差した。
「天才って、新城さんかい?」
 浅海先輩は、期待外れという感情を隠しもしない。溜息まで吐く始末だ。
 頼むから、新城の眼前でそれはやらないで欲しい。先輩後輩といえども、何かが起きる気がしてならない。
「二年からもうあんなに勉強するのは感心すべきだろうけど、あそこまでやらないと受験が不安な人と、私を同列に語るのはどうなんだい?」
 ピクッ、と新城の肩が跳ねた気がする。
 まさか聞こえてないよな、と背中を嫌なものが伝った。
 新城に見つかると怖いので、先輩の手を引っ張って窓から離れた。
「これはオフレコでお願いしたいんですけど、新城には目標があるんですよ」
「目標ねぇ。いかにも月並みだな」
 自分が馬鹿にされたわけでもないのに、先輩の言い方にムッとするものを感じた。
「数学オリンピック代表選出、開発したアプリで年にウン百万の収益」
「それが彼女の目標? 大学進学した後とか?」
「いいえ。彼女の弟、中学生が成し遂げた業績です」
 あくびをしながらスマホを見ていた先輩の手から、スマホが滑り落ちた。
「マジ?」
「マジです」
 凄いのは新城の弟なのに、先輩の反応を見て胸がすくようだった。
「新城は学年トップで、いつもテストで満点を取ります。先輩は、何かに打ち込んで来た“普通の人に追い越される”ことを恐れていたようですけど」
 一度、言葉を区切る。
 俺に、これを語る資格など本来ない。
 けれど、俺は先輩に言わなければならない。
 言わずにはいられないのだ。
「先輩を追い抜いていくのは、他の天才です。すぐうしろにまで、新城が来てますよ」
「彼女、スポーツや芸術でもトップなのかい?」
 なるほど、そこで勝っているから上だと言いたいのか。
 この人のことだ、スポーツや芸術で大学の推薦を勝ち取るわけでもないだろうに。
 それでも、高校生の尺度での天才にこだわろうというのか。
「新城は確かに、学力以外は有名じゃないかもしれません」
「だろう?」
「でも新城は、超凄い弟と比べられて恥ずかしくない姉であろうと、必死で足掻いてるんです」
 先輩は苦虫を噛み潰す。
 新城が凄いのは、俺のような凡人も先輩のような頂点も持っていないものを持っているから。
 渇望。
 新城の凄まじいモチベーション、その原動力。
 スケールの違う天才に食らいつこうとするがゆえに、新城を努力する天才たらしめるもの。
「だから、才能にあぐらをかいているだけの先輩に、新城を月並みだなんて言って欲しくないです」
「……そうか。なるほどな」
 小さく肩を揺らし、鼻を鳴らす浅海先輩。
 目を伏せて、薄く笑む様は自嘲の色を帯びていた。
「私は、井の中の蛙か」
「敢えて、神童という言葉を使わせてもらいますけど」
「うん」
「神童であることにしか拠り所がないのでは、先輩が潰れてしまわないか。凡人の俺が言うのもおこがましいですけど、心配です」
「ははは。君に心配されるようでは、もはや神童ですらないな」
「天才、神童、全然いいです。でも、先輩の魅力は、それだけじゃないはずです」
「胸か」
「茶化すな」
「すまない」
「いえ。でも、何かマジになれること探しましょうよ。俺、手伝いますから」
「面白いな。みんな、好きなことを我慢して受験勉強に励むというのに、私は自分探しか」
「部活も夏か秋まであるんだし、先輩はそれこそ天才だし。受験なんて目じゃないでしょ」
「だね」
 こういうときに欠片も謙遜せず、即座に肯定するところが先輩のいいところだ。
 話していて、気持ちがいい。
「今度は、万全の装備で釣りに再挑戦しないか」
「いい傾向じゃないですか、道具がちゃんとしていればできるという確信。マジになってますよ」
 言外に俺の失敗をあげつらうニュアンスが籠ってなければ、最高だったよ。ホント。
「ようし、じゃあ土日。空けておいてくれるね?」
「もちろんです」



 夜。
 風呂上がりにスマホを見ると、LINEの通知が来ていた。
 新城からだった。

〈私のことを高く買ってくれるのは殊勝なことだけど〉

〈明日、あなたと笹崎さんには話があるから〉

〈覚悟しておくことね〉

 話なんて、普通にしてると思うのだがどうしたのだろう?
 なんて思っていると、今度は笹崎からLINEが来た。

〈ねぇ!! 新城さんの弟の話、誰かにしゃべっちゃったの!?〉

〈新城さんから怖いLINE来たんだけど!!〉

「…………あ」
 自習室の外でした浅海先輩との話は、新城に聞こえていたようだった。
「やばいかも」



 翌日。
 新城に滅茶苦茶に俺は詰められた。
 お詫びとして、新城となぜか笹崎にも昼飯を奢ることになった。
「いやぁ、後輩に奢ってもらうなんて。悪いね」
 もっとわからないのは、なぜかやってきた浅海先輩にも奢ることだ。
「わかってますか、先輩。口止め料ですからね、これ」
 どうやら新城が浅海先輩を呼びつけたようだった。
 自分で呼んだ割には、先輩を見る新城の目には謎の敵意が宿っているように見えた。
「わかっているとも。二年の学年トップさん」
 俺を挟んで、先輩まで新城に好戦的な視線を送る。
 え、なんでそんなバチバチなの!?
 俺の知らない間に、なんかあった?
「絶対に負けませんから」
「ふうん? ではお手並み拝見と行こうじゃないか。君も土日の釣りに来たまえ、新城さん」
「土曜日なら、空けられます」
「では土曜に。決まりだね」
 根拠などないはずなのに、勝利を確信した顔をする浅海先輩。
 絶対に勝つ、と闘志を燃やす新城。
「なあ、笹崎。この二人、放っておくとヤバい気がするんだけど」
 向かいに座る笹崎に助けを求めたけれど、無駄だった。
 我関せずの姿勢を貫き、ひたすらに日替わり定食を食べることに集中している。
「こいつ、俺の小遣いでメシを食っておきながら、俺を見捨てるというのか……!」
 恨み言を漏らしたせいか、笹崎がメンチカツを咀嚼しながら顔を上げる。
 しかし、満面の笑みを浮かべるだけで助けてくれる気配はない。
「とりあえず、新城は自分で道具用意してこいよ」
「は? あなた、この女、もとい先輩に道具を買っておいて、私には買わないつもりなの!?」
 どうせ勝負が終わったら、釣りなんかやらないだろ、お前。
 道具一式をもう一セットは、さすがにしんどい。
「チャレンジャーなんだから、必要なコストだろう? 受験料みたいなものさ」
「いいでしょう。その代わり、私が用意する高級な釣り道具を見て、不公平だなんて言わないことね!!」
「ふふん、弘法筆を選ばず、だ。水野君が買ってくれた道具、で勝ってみせるとも」
 なにが弘法だよ。俺が悪かったとはいえ、一匹も釣ってないのに。
 弘法大師が僧侶だから、釣果がボウズでもその諺を使っていいだろう、ってか?
 やかましいわ。
「ねぇねぇ、水野くん」
 メンチカツを嚥下した笹崎が、アジフライを食っている俺の肘をつっついてきた。
 こいつ、俺が助けを求めたときは誤魔化したくせに。
 ひとまず、表情で先を話すよう促した。
「私も行っていい? 土曜の釣り」
「……道具は買わんぞ」
「いいよ。私、水野くんのやつ借りるから」
「おい。それだと俺が釣りできないだろ」
「……その手がありましたね」
 しまった、という顔をする新城。
 いや、間違ってるのは笹崎だからね?
「いいじゃん。浅海先輩と新城さん、釣りに挑む美少女二人を眺めるのに集中させてあげよう、ってんだから」
「あのなぁ」
 釣り堀ならともかく、そんなポンポン釣れるもんじゃねぇんだよ。
「そうだね。水野くんは、タモ網で私の釣った大物だけを掬い上げることに専念してもらおう」
「何を独占しようとしてるんですか、先輩!」
「新城さん、君は笹崎さん? に頼めばいいじゃないか。高級な道具を用意するなら、水野くんのタモ網を使う必要はないだろう?」
「あんた、どこの悪役ですか、先輩」
「そこまで言うなら……!」
 新城は、鉄板の焼き石へとハンバーグの断面を力強く押し付ける。
 ジュウッ、と音が立ち、断面に焼き目がついた。
 勢いよく口へ放り込んだそれを咀嚼しながら、新城は俺の正面に座る笹崎を指差す。
「へ? 何?」
 驚いた笹崎が、箸を滑らせてプチトマトを取り落とす。
 幸い、落ちた先は皿の上だった。
「……共闘しましょう、笹崎さん」
「きょう、とう?」
 首肯する新城。
「天才と言って憚らない先輩なら、二対一でも勝てますよね?」
 胸をそびやかす新城。
 一方で浅海先輩は、釣りは自然との勝負だと思い出したのか思案顔だ。
 あのさぁ。
 俺が先輩と遊んでるのは、天才が自分の才能と関係ない楽しみを発見するためなんですけど?
 コンセプトが変わっていくことに、俺は溜め息を吐く。
 しかし。
「いーやでーす」
「なっ! 笹崎さん!?」
 なんと、笹崎は新城からの誘いを断ったのだ。
「だって、普通な私が天才美少女に勝てるかもしれない機会なんて、そうそうないでしょ?」
「なんじゃそりゃ」
「ふうん。三つ巴か、面白い」
「別に、私は自分にできることをやっているだけで、自分を天才とは……」
「先輩がいいなら、いいですよ。じゃあ勝敗は、釣果の総重量でつけたらいい?」
 そんなこんなで、土曜日は賑やかになりそうだ。
 四人もの大勢で遊びに行くなんて、小学生以来の俺はひっそりとそれを楽しみにするのだった。


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