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第5章:黒髪の少女

第44話:王家の養女

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「君の名前を教えて。俺はエカルラート、エカって呼んでいいよ」
「エカ、ね。わたしは………あれ? わかんない…」

転移者の女の子は、元の世界での名前を忘れてしまっていた。
ショックでまた泣いちゃうかな?と思ったら………

「忘れちゃった。まっいっか」

………ケロッとしてる。

「………」
「エカってば、変な顔~」

鼻の穴広げて真顔になるエカを見て、女の子がクスクス笑う。
面白そうに指先でエカの頬をつついたり、猫ヒゲを撫でたりして遊び始めた。

かなり打ち解けてきたのかな?

「名前を忘れるのは、異世界人には時々ある事ニャ」

そろそろいいかなと思ったらしく、王様が室内に入って来た。
途端に、女の子はまた怯えた顔になる。

「ご、ごめんなさい!」
「君は何も悪い事はしてないニャ」

咄嗟に謝るのはクセなのかな?

女の子の行動には少し変化があった。
最初は独りで部屋の隅に縮こまってたけど、今はエカに抱きついてピッタリ寄り添ってる。
今の彼女にとって、エカが唯一心を許した相手になってるみたいだ。

「大丈夫。王様は優しい方だよ」
「王様…?」
「うん、国王陛下だよ。怪しい猫人ひとじゃないから安心して」

抱きつかれたまま、エカがシッポで女の子の頭を撫でて教えてあげた。

「我が国は君を歓迎するニャン。君はまだ子供だから、私が親代わりになるニャ」
「親代わり…王様が、パパの代わり?」
「パパと呼んでくれていいニャン」

女の子はまだ少し困惑してるけど、もうそれほど怯えてはいなかった。

「元の世界で辛い経験をして死んだ子は、こちらで過ごす時間と共に、元の世界の名前や記憶を忘れてゆくニャン」

話しながら王様は、エカがしたようにゆっくり近付くと床に座る。

「嫌な記憶が消えてくれるの?」

エカに抱きついたまま、女の子は聞いた。

「忘れたい事、無くしたい記憶は全て消えてゆくニャン」
「良かった。死ぬ前の事は全部忘れたいから…」
「消えた嫌な記憶の代わりに、こちらで楽しい思い出を増やしたらいいニャ」

王様の説明で女の子はホッとしていた。

「じゃあエカ、私に名前を付けて」
「俺が付けていいの?」
「うん。エカに付けてほしいの」

エカ、責任重大だ。
人生初の名付けに、頭を悩ましてるよ。

ちなみに、ボクの名前を付けたのはエカじゃなく、不死鳥の里にいるボクの母さんだ。
だからエカは、今まで誰かに名前を付けた事は無かった。

「君の名前はソナ。遠い国の言葉で【幸福】という意味だよ」

エカはしばらく考えて、女の子の未来に望む事を名前として贈った。
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