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修平の夢
134 修平の夢⑥ 〜前に
しおりを挟むそして俺は、今日も夢を見る。
家族や友達に囲まれて楽しそうにしていた少女は、またいつもの学校生活に戻っていた。
青髪ストーカーともよく一緒にいるところを見る。
実際、ついさっきまで青髪ストーカーと一緒だった。
今は、青髪ストーカーにそっくりな男と銀髪王子と話しをしている。
明らかに両思いな二人を見て、胸が痛くないと言えば嘘になるけど、以前のように苛立ったりはしなくなった。
ヒロと開かずの間になっていた寝室を片付けた時、自分の気持ちも整理出来たようだ。
相変わらず寝る場所は寝室ではなく居間のソファーのままだけど。
多分、どんなに時間が経ってもあの寝室で眠れる日は来ないと思う。
最近よく考える。
俺は、どうしてこの夢を見ているんだろう。
生まれ変わった直の人生を、どうしてただ延々と見せられているんだろうと。
神様的な存在の悪戯なのか気まぐれなのか。
直を裏切った罰なのか、あまりにも憔悴していた俺への憐れみなのか。
話すことも触れることも出来ず、ただ見ているだけの夢。
生まれ変わった直に対して何も出来ないことは、もどかしくもあり苛立たしく感じることもあった。
でも今は、ひたすら悲しい。
夢を見るたび、失ったものの大きさを実感させられて、ひたすらに悲しい。
俺はいつまで、この夢を見続けるんだろう。
そんなことを考えていたら話しが終わったらしく、青髪ストーカーそっくり男が立ち上がり、少女の額に手を当てた。
その瞬間、世界がぐるりと回って、俺は少女の中にいた。
目の前には、あの日、直が見たのだろう光景が広がっていた。
あの女と繋がったまま、徐々に青くなっていく間抜け面の俺。
頭の中が冷えていく。
そうだ。
俺はこの逆の光景を知っている。
俺の知る光景と、直が見た光景が重なって見えた。
呆然とした表情で固まる直。
その目が悲しみに、怒りに彩られ、最後に絶望に染まった。
直が死んでしまってから、何度も何度も繰り返し思い出しては胸を掻きむしった光景。
ああ、そうか。
直も……生まれ変わった直も、この光景に苦しめられてきたのか……。
『直…』
過去の俺が、直を呼ぶ声が聞こえた。
あの時、
絶望に染まる直の目を見て、俺は自分がしでかしてしまったこと気が付いた。
取り返しのつかない裏切り。
呼んだ声に弾かれるように部屋から飛び出した直を見ながら、俺は暫く動けなかった。
どうしたらいいか分からなかった。
下にいた女がごめんなさいと小さく呟いた声で我に返った。
慌てて服を着て女を追い立て部屋を出て、携帯を鳴らしながら探し回っていたら、近所の公園に救急車とパトカーがいて……。
夢の中なのに、強い痛みを感じて胸を押さえる。
この痛みを、直も感じていたんだろうか。
重なる直が見た光景と、俺が見た光景。
その光景をゆるゆると、白いモヤが覆っていく。
俺の間抜け面も、直の絶望に染まった顔も、白くぼやけて消えていく。
そうか。
今、直は、前世の記憶から、『俺』という存在から、解き放たれようとしているのか。
ユラユラ揺れるを見ながら、漠然とそんなことを思う。
次の瞬間、
パチンッと音がして、直の体から弾き出された。
空に浮いた俺の体が、直から、直のいる世界からグングンと遠ざかっていく。
そして気付いた。
もうこの夢を、直を見ることは無いのだろうと。
遠ざかる直に向かって、俺は精一杯大きな声で叫んだ。
直……直……!
愛してる。
ごめん。
本当にごめん。
でも、
愛してる、愛してる、愛してる!
直!!!
泣き叫びながら目を覚ました。
薄暗い部屋。
いつものソファーの上だった。
「三回忌?」
「うん」
電話の向こうから直の弟が明るい声で言う。
「あれ?去年一回忌しなかったっけ?」
「去年は一周忌だよ。亡くなって一年目は一周忌。亡くなった年を一回って数えて三回目、つまり亡くなって二年目が三回忌なんだってさ」
「へえ…そうなんだ。知らなかった」
「俺も。こないだ教えてもらったばっかりだよ」
そう言ってからから笑う。
「どうする?修平さん、来る?」
「……ああ、うん。行く。喪服でいいのかな」
「うん。じゃあ時間とか詳しいことが決まったらまた連絡するよ」
「三回忌って、直の?」
通話を切ると、隣りで俺の様子を見ていたヒロが聞いてきた。
「そうらしい」
「行くのか?」
「…ああ」
ヒロは携帯を置くと俺の目を見た。
「あれ以来、本当に見てないんだよな、直の夢」
「………」
俺は黙ったまま頷いた。
あれから三カ月。
夢は見ていない。
直が死んでしまってから二年近く、毎日のように見ていた夢を見なくなって、心にぽっかり穴が空いたような、虚ろな気持ちで毎日を過ごしている。
「それにしても、想像した以上に何にもしてないな!引っ越し来週だろ?」
「………」
俺は黙ったまま頷いた。
そう、引っ越すことにしたのだ。
直の思い出と、後悔の詰まったこの部屋から。
「せめて季節外の服くらい詰めておけよ!」
ヒロはそう言って、引っ越し屋が持って来たダンボール箱を組み立てていく。
そのダンボール箱に、すぐには使わない服や小物を押し込んでいく。
俺は、直のいない人生を送るための準備を始めた。
直は生まれ変わったあの世界で、直らしく生きて行くだろう。
俺も、直に恥ずかしくないようにこの人生をまっとうしなきゃいけないと思えるようになった。
ただ、出来ればもう一度だけ、直の生まれ変わりであるあの少女に会いたい。
どうしても、伝えたいことがあるんだ。
たとえ俺の声が届かなくても、どうしても伝えたいことがあるんだ。
……願いが叶ったらしい。
フワフワと宙に浮く体。
見慣れた景色ではないけど、これはあの夢の世界だ。
見渡すと何処か高い場所にいるようで、一面の青空と、見覚えのある校舎やグラウンドがこんもり茂る木々の隙間から覗いている。
どうやら少女が通う学校内の建物の屋上にいるらしい。
ただ、肝心の直…じゃなくて、少女が近くにいない。
探しに行こうかと迷っていたら出入口のドアがバタンと開いて、その少女が現れた。
久しぶりに見た少女は、前よりほんの少しだけ大人びたように見えた。
階段を登って来たせいか荒い息をしてフラフラしているのに屋上の端に向かって行くのを見て、思わず声を上げた。
「危ない!」
この屋上は結構高い場所なのに、腰の高さの柵があるだけだ。
手を伸ばしたけど、その手は少女の体をすり抜けてしまった。
触れないのは相変わらずだ。
少女は俺の心配はお構いなしで柵に手を掛け下を覗き込んだ。
そして周囲をグルリと見渡すと、深い深呼吸をした。
金色の髪が風に煽られフワリと揺れて、日の光を浴びてキラキラときらめき、真っ直ぐ前に向けられた緑の目に、強い決意を感じた。
「直……」
思わず直の名を口にしていた。
あの目は何度か見たことがある。
何かを決めた時の直の目だ。
少女はしばらく周りの景色を眺めていたが、おもむろにポケットから丁寧に折り畳まれた紙を取り出した。
『浮気男ざまあみろ計画』
何度も開いては涙を落としたその紙は、端はボロボロだし折り目は切れかかって、涙の跡で波打ってしまっている。
書かれた文字も掠れて滲んで、すでに何が書いてあったのか分からないくらいだ。
少女はボロボロの紙を懐かしむように見ていたが、意を決したように真ん中からピリピリと引き裂いた。
ピリピリ
ピリピリ
細かく、細かく、小さな紙切れになっていく『浮気男ざまあみろ計画』
少女が紙切れを乗せた両手を柵の外に差し出すと、ヒラヒラフワフワ小さなかけらが一斉に舞い上がった。
チラチラと瞬きながら空に舞い上がるかけら達。
そうか、今日は直の新しいスタート地点なのか。
生まれ変わってもなお、忘れることの出来なかった俺の裏切りを乗り越えて、新しい人生を始めるためのスタート地点。
緑の目に決意を込めて、金色の髪を輝かせ、舞い上がる過去のかけらを見つめる少女は神々しくさえ見えた。
「直……」
思わず掛けた声に、少女が振り向く。
「?!」
聞こえた?
俺の声が聞こえたのか?!
聞こえないと思って呼びかけた声に反応されて固まってしまった俺を尻目に、少女はそそくさと出入口に向かう。
「直!」
慌てて呼び止めると、少女はビクリと肩を揺らして振り向いた。
振り向きはしたものの俺の姿は見えないようで、目を細めながら俺の周囲を視線が彷徨う。
少女の視線が、時折り俺に触れるのを感じて鳥肌が立った。
同時に激しく混乱する。
触れることが出来たら、声が聞こえたら、姿が見えたら…ずっとそう願っていた。
今、姿は見えなくても俺の気配を感じようとしてくれている。
触れることは出来なくても、声は届いている。
頭が真っ白になって、もう一度直に会えたら伝えたいと思っていた言葉が喉の奥で固まってしまった。
と、少女が視線を定めた。
真っ直ぐに俺の目を見ている。
「さようなら、修平」
少し高い、可愛らしい声。
「っ!」
初めて聞く少女の声は、直のものとはまるで違うのに何故かとても懐かしく感じた。
涙が溢れそうになる。
でも、泣いている場合じゃない。
俺には分かった。
これは最後のチャンスなんだと。
俺は喉で固まっていた言葉を、無理矢理に絞り出した。
「っ…な、直!幸せに……幸せになってくれ!!!」
本当は俺が幸せにしたかった。
隣りで無邪気に笑う直を守っていたかった。
でも、もう、俺にはその資格はないから。
幸せになって欲しい。
俺がいなくても。
笑っていて欲しい。
どうしようもないくらい愛しているから。
愛する直には、幸せでいて欲しい。
思いを込めて、願うように言った言葉は、少女に届いたのか、
少女は小さく頷くと、無邪気な笑顔を見せた。
髪の色も目の色も、
顔形もまるで違うのに、
その笑顔は直のものだった。
目が覚めると、まだ慣れない引っ越したばかりのワンルームの部屋。
カーテンを買ってないから、朝日がまんま差し込んでいる。
まぶしくて目を逸らしたら、壁に掛けられた喪服が見えた。
今日は直の三回忌だ。
俺はモソモソとベッドから起き上がり、窓を開けた。
朝の新しい光と空気が俺を刺す。
清々しすぎて胸が痛い。
失ったものの大きさに、改めて涙が溢れ落ちた。
もう夢を見ることはないだろう。
直は新しい人生を初めている。
きっと幸せになってくれる。
そう信じよう。
「俺も、新しい人生を始めるよ。直」
進もう、直がいなくても。
前に……
前に……
俺は決意を込めて、白く輝く朝日を見た。
直の幸せを願いながら……
fin
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1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。
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