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修平の夢

133 修平の夢⑤ 〜ヒロ

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久しぶりに浴びるほど酒を飲んだ。

でも、いくら飲んでも直が青髪ストーカーに見せていた顔が忘れられない。

駄目だ、直。
そんな顔をしてほかの男を見たら駄目だ!



「だから言っただろ」

「………」

「修平」

「………」

今日も今日とて弁当を持ってきてくれたヒロの言葉に答えることが出来ない。

二日酔いで頭が痛くて顔も上げられない。

「いつかこんなことになるんじゃないかと思ってたけど…」

少しだけ目線を上げると、憐れみを含んだ目で床に蹲る俺を見るヒロがいた。

「修平」

「……何だよ」

「直に彼氏でも出来た?」

「っ!」


直が青髪ストーカーと踊る姿が頭の中に蘇り、カッと頭に血が登った。


嫌だ!
嫌だ嫌だ嫌だ!!!
直!!!


「直は!…直は俺のものだ!!!ずっと見てきた!ずっと守ってきた!直の笑顔も泣き顔も、直の全部は俺のものだ!!!」


出会ってからずっと、大切に大切に守ってきた。

やっと気持ちが通じて想い合うようになって、直と二人の人生が始まる筈だった。

これから……これからだったのに……!!!


「お前に何が分かる!大体あの日、お前があの女をひとりで来させなければこんなことにはならなかったんだ!お前のせいだ!お前のせいで直は……!!!」


直は死んでしまった。

もう二度と、取り戻すことの出来ない世界に逝ってしまった。



喪失感が胸を締め付ける。

涙が溢れ出す。

俺は、慟哭した。

床に拳を叩きつけ、声を上げて泣いた。


どのくらいそうしていたのか、ふと、ヒロが俺を見ながら静かに泣いているのに気付いた。


「ごめん……修平……」

小さな声で謝り続けるヒロ。

ヒロの目から、ポロポロと涙が溢れている。


俺は……
俺は何を言った?


「ごめん、修平。直が死んだのは俺のせいだ。あの日、俺が一緒に打ち合わせに行ってれば、直は死ななくてすんだ」


頭がスッと冷えていく。

違う。
ヒロは何も悪くない。

俺が、あの女の誘いを断れば良かっただけだった。

実際、ヒロは直接断られればあの女も俺を諦めるだろうと思って送り出したんだから。

「違う、ヒロ、ごめん…」

「今までお前は俺を責めなかった。でも、俺が安易にあの女をお前の所に行かせた結果、直が死んで修平が壊れたことに変わりはない」

「違う……」

「違わない。ごめんな、修平。謝ったって許されることじゃないけど、本当に悪かったと思ってる。ごめん。ごめんな、修平」

泣きながら謝るヒロを見ながら、俺は何も言えなくなってしまった。

ヒロのせいじゃないと、ずっとそう言ってきた。
実際、直の死は俺の弱さが招いた結果だ。

でも俺は、言葉では違うと言いながら心の中でヒロを責めていたんじゃないのか?


自分の心の醜い部分を目の当たりにして、茫然とする。


ヒロには分かっていたんだろう。

ヒロのせいじゃないと言いながら、お前のせいだと恨む俺の心を……。



「飯、ちゃんと食えよ」

ヒロは小さくそう言うと部屋を出て言った。


その背中を、俺はただ見送ることしか出来なかった。






あれから一カ月。

ヒロは俺のところに来ていない。
しつこいくらいに来ていた安否確認のメールもない。

代わりに、ヒロに頼まれたらしい直の弟からメールが届くようになった。



フワフワと浮きながら、俺は今日も夢の中で直を見守る。


どうやら学校が長期の休みに入ったようで、直は家に帰って来ている。

家には何故か、学校で何度か見たことがある煌びやかな美少女達が付いて来ていた。

銀髪王子まで来て、何だか古そうなお屋敷を破壊して女の子を助けたりしていたら、さらに青髪ストーカーもやって来た。

今日はその美少女達と青髪ストーカーと一緒に、直が子供の頃よく魔法の練習をしていた空き地に来ている。

直が青髪ストーカーと一緒にいるのを見るだけで、胃がモヤモヤと重くなる。

俺は胃の違和感を感じながら、金髪美少女がブローチやネックレスから魔法をガンガン放つのをぼんやり見ていた。

多分、アレは魔道具なんだろう。

ヒュンッと俺の顔を魔法が掠めた。
懐かしい感覚。

そういえば、直が放つ魔法の攻撃はいつも見えない筈の俺を狙っていた。

無意識に復讐しようとしてたんだろうか。


そんなことを考えていたら、飛び交っていた魔法が止んでいた。

みんなで金髪美少女を囲んで何か話しをしているようだ。

ふと、直が青髪ストーカーに向ける視線に既視感を覚えた。

信頼しきった目。
大切なものを見るような、優しい目。

あれは……

俺を見る時の直の目だ。




……そうだな、ヒロ。

直は生まれ変わった。
生まれ変わった直に俺がしてやれることは何もない。
生まれ変わった直は俺のものにはならない。

分かってた筈なのに、分かりたくなかった。


俺は最低だ。

直を裏切っておいて、いまだに直は俺のものだと主張して、親友のヒロまで傷付けてしまった。

俺の裏切りの記憶を持ったまま生まれ変わった直は、どんな気持ちで新しい人生を歩んで来たんだろう。

影響がないとは言えない。

『浮気男ざまあみろ計画』なんて作って、友達も作らず遊びもせずに勉強に邁進していた直。

見えない筈の俺に向かって魔法の攻撃を繰り出す直は、俺の裏切りの記憶に苦しんでいたんじゃないんだろうか。

その記憶を乗り越え、信頼できる人を見つけ、新しい人生を歩み始めた直を祝福出来ない俺は、なんて心卑しいんだろう。


ヒロのことだってそうだ。

気付いてた。

ヒロが俺に、直の死に、責任を感じて苦しんでいることには気付いていた。

でも俺は、口ではお前のせいじゃないと言いながらヒロを責めていたんだ。

ヒロは、どんな気持ちで毎週俺のところに来ていたんだろう。

もう一年以上開かれることのない寝室のドアを見ながら、何を思っていたんだろう。



直を見る。

俺の知る直ではない。
フワフワの肩までの金髪に、緑の目をした美少女だ。

少女の目は青髪ストーカーに向けられている。



そうか、この少女は、直じゃないんだな。


ストンと、その事実が胸に落ちた。


この少女の名前を俺は知らない。

だから俺の知る名前で呼ぶしかないけど。


「直、ごめんな」


直の信頼を、愛情を裏切ったこと。

直を傷付けてしまったこと。

新しい人生に影を差してしまったこと。


「直………」


日の光を受けてキラキラ輝く少女の後ろ姿に、俺はいつまでも謝り続けた。






目が覚めて、俺はヒロに電話をかけた。

着信拒否されていても仕方ないと思っていたけど、数回のコールで出てくれた。


「……修平?」

聴き慣れた声に鼻の奥がツンとする。

「ヒロ……ごめん」

自分の声が、すごく小さく頼りなく聞こえた。
携帯を持つ手が震えているのが見えた。

「ヒロのせいじゃないのに、ヒロのせいにして、少しでも自分が楽になりたかった」

「修平……」

「ごめん。本当に、ヒロは何も悪くないんだ」

全部全部、安易に流されて直を裏切った俺が悪い。

いつまでも自分の罪を認めず、直の死も認めず、現実から目を背け続けた俺が悪い。

「あの頃、俺、不安で堪らなかったんだ」

「修平?」

「直は本当に俺でいいんだろうかって。俺と結婚して幸せになれるんだろうかって」

誰にも言えなかった、俺の不安。

「直、ずっと俺のことは友達として好きだって言ってただろ。卒業する時に俺が側にいないと寂しいって言ってくれて付き合うことになったけど、好きな気持ちは友達としてのままで、いつか本当に好きな人が出来たら俺から離れて行ってしまうんじゃないかって、不安で堪らなかったんだ」

「修平…それは…」

「分かってる。って言うか、よく考えれば分かった筈だったんだ。直はちゃんと俺のことを好きでいてくれてたって。直は素直だから、俺のことが好きじゃなかったら結婚なんてしようとしなかっただろうって。
でもあの頃は、いつか直に別れを切り出されるんじゃないかって、不安で不安で堪らなかったんだ」


直に捨てられる恐怖と戦いながら、直を法的に縛ることができる結婚に向けて準備を進める日々。


思い返せば、直はちゃんと俺のことを好きでいてくれていた。

信頼のこもった目も、繋いだ手も、俺しか知らない体で一生懸命奉仕してくれた姿も、直の好きという気持ちが溢れていた。

それでも不安を拭えなかった。

結婚が近付く程に、その気持ちは膨らんでいった。


あの日、ずっと俺のことが好きだったと言ったあの女の姿が自分と重なって、パンパンに膨らんだ不安が弾け飛んだ。

そして、直に対する不安を叩きつけるようにあの女を抱いてしまった。


「俺、本当に最低だよな。ヒロも、あの女も関係ない。俺が勝手に不安になって勝手に爆発して、直を裏切って死なせてしまったんだ」

「…俺とあの女がきっかけを作ったことに変わりないよ。あれが無ければ、修平は不安を抱えてはいても直を裏切ったりしなかっただろうし、直も……」

ヒロがくぐもった声で言った。

「いや、きっかけはどうあれ俺がちゃんとしてれば良かっただけだ。直を勝手に疑って…裏切って…死なせてしまったのは俺なんだよ」

「修平……」

思えばあの女にも悪いことをしてしまった。

直が死んでから何度かメールや着信があったけど、全部無視して着拒にしてしまった。

だからといって俺から連絡する気は起きないけど。

大学時代の仲間から、せっかく希望の会社に入ったのに辞めてしまい、田舎に帰ったらしいと聞いてそれっきりだ。

これからも一生関わることはないだろう。


俺は気持ちを切り替えて、少し明るい声で言った。

「寝室、片付けようと思うんだ」

「え?!」

電話の向こうのヒロが驚く。

「手伝ってくれないか?」
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