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三年生
127 前へ進むために
しおりを挟む「ハヒ~」
私は大きく息を吐き、まだまだ続く螺旋状に伸びた階段を見上げた。
「エレベーター……オリビア様にエレベーターを作って貰おう…」
私はそう呟きながら目線を足もとに移し、次の石段に足をかけた。
去年の春祭りに倒壊した研究棟を建て直す時、ついでに塔を作って欲しいと言ったのは、占星術をこよなく愛する呪術学の先生だ。
星を近くで見たかったらしい。
せっかくだからと塔の中心を階ごとに小分けにして、倉庫として活用出来るように設計された。
でもそのせいで、両側を石の壁に挟まれた螺旋状に延々と続く階段が出来上がってしまい、閉塞感が半端ないことになってしまった。
作られた当初は物珍しさから登る生徒が列をなしていたけど、気持ち悪くなったり目を回して途中棄権する人が続出して、今は騎士を目指す生徒が訓練と称して駆け上がるだけになっている。
「ヒィ~、やっと着いた~」
ヘロヘロになりながら何とか天辺まで登り切ると、目の前に広がるのは遮るもののない一面の青空。
「ハア、くらくらする」
塔の天辺は腰高の柵があるだけで、壁も天井もない。
両側を壁で挟まれた階段を延々と登って来た身には堪らない開放感だ。
「風魔法でシールドが張ってあるって聞いたけど、ちょっと怖いな」
そう言いながらも柵に手を掛け意を決して下を見ると、魔法学園が一望出来る大絶景が広がっていた。
校舎も、寮も、ライリー様と訓練したグラウンドも、マチルダ様と歩いた並木道も、朝の新しい光りを浴びて白く輝いている。
今日、私は魔法学園を卒業する。
三年間過ごした魔法学園を眼下に見ながら、早朝の清々しい空気を思い切り吸い込む。
ライリー様の体力テストから、毎日続けてきたランニング。
今日は最後にやりたいことがあって、わざわざ塔を登って来たのだ。
三年間、本当に色々なことがあった。
修平への想いを断ち切れず、がむしゃらに癒しの魔術の研究とバイトに明け暮れた一年生。
アマーリエ様の暇つぶしに巻き込まれて嫌がらせをされたり誘拐されたり、マチルダ様の家出を手伝ったりした激動の二年生。
友人達と学園生活を楽しみながら、魔術師見習いとして魔法の研究をしつつ、逃げるカルロス様を捕まえるのが上手になった三年生。
大変なこともあったけど、マチルダ様やクラスメイト達、オリビア様やディアナ王女と親しくなれたことは、私の人生の財産になると思う。
運命共同体も出来たことだし。
何より、結婚なんて考えていなかった私に、生涯を共にしたいと思える大切な人が出来た。
「朝からこんなに体力使って、サマーパーティーまでもつんだろうか」
あまりのヘトヘト加減にちょっと心配になる。
まだ七時前だけど、朝食を食べ終わるとすぐに寮の食堂でドレスの着付け大会が始まるのだ。
着付け大会が終わったらウィルフレッド様が寮に迎えに来てくれることになっている。
仲良しの三人娘とマチルダ様は学園内にエスコートする男性がいないので、みんなで一緒に会場に向かうことにしたらしい。
ちなみに四人の中で婚約者がいないのは婚活令嬢だけだ。
そう、彼女の婚活は終わっていない。
卒業後は花嫁修行を兼ねて王宮侍女になることが決まっていて、狙うは王宮で働く文官だそうだ。
「さてと」
私はスカートのポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
何度も開いては涙をこぼしたその紙は、ボロボロな上にデコボコと波打っていて、書かれた文字は掠れてすでに殆ど読めなくなっている。
『浮気男ざまあみろ計画』
と、書かれていた筈のその紙は、前世を思い出した私がこの世界で生きる為の道標だった。
「…なんか、懐かしい」
最近殆ど見ることがなかったその紙を見ていると、何ともいえない気持ちが心の奥から湧き上がってくる。
ふわり
と、前世の光景が蘇る。
白いモヤに包まれて細部は見えないけど、ずっとずっと悩まされてきたあの光景だ。
生まれ変わって世界まで変わっても忘れることの出来なかったあの出来事は、いまだに私を混乱させる。
救いなのは以前のように苦しくなったりしないことだろう。
私は目の前に現れた光景を吹き払うかのように大きく息を吐いた。
「でももう、引き返すことも立ち止まることも出来ないから」
声に出してそう言うと、私は手に持った『浮気男ざまあみろ計画』を、ゆっくりと、真ん中から引き裂いた。
辛いこともあったけど、この計画があったから今の私があるともいえる。
魔法の研究や勉強を頑張って、女性初の魔術師団入りを果たすことが出来たのは、この計画があったからこそだ。
でもこれから先は、浮気男にざまあみろと言ってやる為じゃなく、私自身の目標や幸せの為に生きて行きたいと思うから。
ピリピリと、細かく細かく裂いていく。
そして、小さな破片になった過去の私の道標。
「新しい道へ進もう」
決意を込めてそう呟くと、私は手のひらいっぱいに詰まれた小さな破片を、そのまま柵の外に差し出した。
「おお~!」
ヒラヒラフワフワ、小さな破片が風魔法のシールドに煽られて上に上に舞い上がる。
私の中に残った修平への想いを乗せて、朝の光を受けた破片がキラキラと瞬きながら上空へ消えていく。
「綺麗…」
空に消えていく破片を見ていたら、ふと、誰かに呼ばれたような気がした。
「?」
振り返ったけど誰もいない。
「………」
誰もいないけど、誰かいるような気がして落ち着かない。
幽霊?
こんな朝っぱらから?
「いや、幽霊なんていない!そして私に霊感はない!」
私は思いっきり頭を振って、足早に階段へ続くドアに向かった。
が、ドアを開けた瞬間、また呼ばれたような気がして振り返る。
「………」
やっぱり誰もいない。
どんなに目を凝らして見ても、青空に囲まれた何もない空間が広がっているだけ。
でも、何となく、
何か、懐かしい人がそこにいるような……
気のせいかもしれない。
気のせいだと思う。
でも……
じっと、誰もいないその空間に目を凝らす。
そこにいる。
何故か分からないけど、そう感じた。
「さようなら、修平」
口から、自然と言葉が溢れた。
気のせいかもしれない。
多分気のせいだ。
声が、聞こえた気がした。
私は誰もいないその場所に向かって小さく頷き、決意を込めて笑ってみせた。
さようなら、修平。
私は前に進むよ。
私は塔を後にした。
この先の道がどんなに辛くても、振り返ることも立ち止まることもしないと心に誓いながら。
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