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三年生
120 アーサー殿下の進む道 ※アーサー視点
しおりを挟む魔石の淡い灯りが、精緻な彫刻が施された石棺を浮かび上がらせる。
代々の王と王妃達が眠るメネティス王家の霊廟。
僕達二人は、普段は閉まっている厳めしい扉が少しだけ開いているのを見て、興味津々入り込んでしまったのだ。
中に入ってはみたものの、あまりにも静謐な空気に強い畏怖を感じた。
ここは遊びで入ってはいけない場所だと気付いて慌てて出ようとしたけど、重い扉はすでにピッタリと閉じていて、どんなに押しても開かなかった。
「どうしよう、アーサー」
「こまったね、オリビア」
僕達は扉の前に座り込んで、お互いに身を寄せ合っていた。
入った時はちょっと冷んやりするなくらいだったのに、何故かどんどん空気が冷たくなっているような気がした。
「アーサー」
「なぁに?オリビア」
オリビアを見ると、いつも薔薇色の頬が色を無くしていて、美しいブルーグレーの瞳には涙が浮かんでいる。
「あ…あそこに…」
オリビアが小さく震える指を向けた先を見ると、薄暗みの中に白いモヤが見えた。
白いモヤがふわりと動き、僕達の側を掠めた。
「ヒッ!」
オリビアが息を詰め、僕にしがみついてきた。
「イヤ!こわい!あれはなに?!ゆうれい?おばけ?こわい!こわいよ!アーサー!」
「オリビア!」
僕はガタガタ震えて泣きながらしがみついてくるオリビアをギュッと抱きしめた。
「だいじょうぶだよオリビア。ゆうれいやおばけなんて、ほんとうはいないんだよ」
「…いないの?ほんとうに?」
「うん」
レオ兄様がそう言っていた。
「それにもし、ゆうれいやおばけがいても、ぼくがおっぱらってあげるよ。ぼく、けんじゅつをならってるから、オリビアをまもってあげる」
オリビアが顔を上げて僕をみた。
「ほんとう?アーサーが、わたしをまもってくれるの?」
「うん。まもるよ。なにがあってもオリビアをぜったいまもる。だから、だいじょうぶだよ」
「って言ってたのに!なんで守るはずの貴方がその幽霊になってわたくしの側をうろつくなんて言うの!!!」
「うん。本当にその通りだね。ごめんね、オリビア」
ディアナ様にオリビアを探しに行けと言われた私は、闇雲に探し回る騎士や侍女達から離れて、とある場所を目指した。
迷路のように複雑な小道を作る庭の植え込み。
その一角の秘密の場所。
子供の頃に通った植え込みの隙間は、覚えていたより狭くなっていたけど、そこを抜けると四方を緑に囲まれた小さな空間に出る。
二人で一緒に遊んだ、懐かしい思い出の場所。
オリビアはそこにいた。
私と同じように、植え込みの隙間を通って来たのだろう。
ドレスも髪もボロボロで、白い肌にいくつもの擦り傷が出来ていた。
「私がいけなかったよ。ごめんね、オリビア」
「そうよ!全部アーサーがいけないのよ!」
涙でグシャグシャのオリビア。
こんな時だけど、私の呼び方が第二王子殿下ではなくアーサーになっているのが嬉しい。
「あんなにわたくしのことが好きだって言ってたのに!ほかの女の子達にも可愛いとかそんな君が素敵だとか言ってたんでしょ!もうアーサーの言うことなんて信じられないわ!」
「うん。ごめんね」
私が本当に可愛いと思うのはオリビアだけなのに、きっと今そう言っても信じてもらえないだろう。
自業自得だけど、胸が苦しくなる。
教育係は狡猾だった。
当時まだ七、八歳だった私が、婚約者になったオリビアに夢中なのをよく分かった上で、このままだとオリビアを失うかもしれないと、ことあるごとに吹き込んできた。
オリビアを失うなんて、恐怖でしかなかった。
どうしたらいいかと悩む私に教育係は、
優しくしすぎると調子に乗ってしまう、ちょっと不安がらせるくらいが良いのです。
そう言って私にオリビアと距離を取るように言った。
オリビアが兄上やウィルと楽しげに話しているのを見て嫉妬する私に、同じようにオリビアにも嫉妬をさせて、私への想いを募らせましょうと言って、私と親しくしたいという女の子達を呼んで来た。
オリビアが、私と同じように嫉妬に身を焦がし私への想いを募らせる。
それはとても甘美な誘いだった。
「わたくし、とても苦しかったわ。王子妃教育は叱られてばかりで、わたくしは出来損ないの何の価値もない人間なんだと言われたの。わたくしの価値は公爵家の娘であることで、その身分がなかったら誰も相手にしないって」
ポロポロと涙が溢れる。
オリビアの涙は、まるで真珠のように輝いて白い肌を濡らしていく。
あまりに美しい光景に、思わず見入ってしまう。
「アーサーもわたくしが公爵家の娘だから婚約したけど、わたくし自身には何の興味もないんだと」
!!!
「そんなことない!逆だよ!私が好きなのはオリビアであって、公爵家は関係ない!」
見入っている場合じゃなかった!
慌ててそう言い募る私を、オリビアがキッと睨み付ける。
「あの頃はそうは思えなかったわ。婚約者になるまでは一緒に遊んだり優しくしてくれていたのに、婚約者になったらアーサーはわたくしに冷たくなってほかの女の子達と遊んでいたじゃない。
それに、わたくしとアーサーの婚約は、国王陛下がシュトレ公爵家を中央議会に戻したがっているのを妬んだお父様が、無理矢理結ばせたものだって言われて…」
「そんな…誰がそんなことを…」
「…教育係や、貴方の周りにいた女の子達ですわ。身分を笠に着て無理矢理アーサーの婚約者になったくせにと、暴言を吐かれたり転ばされたりお茶をかけられたりしたのよ」
私は驚愕で目を見開いた。
そんなこと知らなかった。
「それでもしばらくは頑張っていたの。公爵家の娘だから政略結婚は義務だし、アーサーは冷たくなってしまったけど、わたくしにとって大切な幼馴染であることは変わらなかったから。でも……」
オリビアが唇を噛み締めて下を向いてしまった。
そのあまりに苦しそうな表情に、私は胸を鷲掴みにされたような痛みを感じた。
どうしよう。
聞くのが怖い。
でも聞かなきゃいけない気がする。
私の知らないところで、オリビアに何があって何を思ったのかすべて。
「…っ、で、でも?」
掠れてしまった声で先を促す。
「………でも、アーサーが十歳になる星祭りにお祝いとしてわたくしが送った栞が、中庭で泥だらけになって落ちていたのを見つけて、もう駄目だと思ったの」
「!!!」
「泥だらけになって落ちていた栞が、自分の姿のように思えたわ。誰にも見向きもされず必要とされず、あとはゴミとして捨てられるだけ。
アーサーはわたくしのことなんて、泥だらけの栞程度にしか思っていないんだと理解したの。
それからの一年は地獄のようだったわ。
わたくしの価値はハイベルグ公爵家の娘であることだけ。せめてその責任だけでも果たそうとしていたけど、毎日叱られ罵られる王子妃教育も、女の子に囲まれて笑うアーサーを見るのも辛くて苦しくて……出来損ないのわたくしなんて死んでもかまわないんじゃないかと思って、屋敷の窓から飛び降りようとしたら侍女に止められたの。その後お父様とお話しをしていたら気を失って、目が覚めたらアーサーとの婚約が解消になっていたわ」
「オリビア…」
「ショックだったわ。アーサーとの婚約解消はわたくしに何の価値もなくなったことの象徴のように思えたの。自ら命を絶とうとした時点で、公爵令嬢である義務と責任を放り出してしまったのはわたくしのほうなのにね」
オリビアが下を向いたまま、新しい涙を溢す。
「オリビア…」
その震える細い肩を抱こうと手を伸ばす。
肩に手が触れると、オリビアの震えが大きくなった。
「オリビア、十歳の星祭りの日、私のところにオリビアからプレゼントは届かなかった。ショックで寝込んだんだよ。オリビアが私じゃない誰かのところに行ってしまうんだと思ったんだ」
そして、ますますオリビアに冷たく当たってしまった。
今思えば、あの時私がしていたことは全て逆効果でしかなかったのに、あの時は教育係に言われるがまま、オリビアを傷付け続けてしまっていた。
私は一体何をしていたんだろう?
何を見て何を聞いていたんだろう?
本当に大切なのはオリビアだけなのに、オリビアが何をどう思っていたのかまるで分かっていなかった。
教育係に騙されて、独りよがりな不安をオリビアに押し付けて、死を望むほどにオリビアを追い詰めてしまった。
王家の霊廟に閉じ込められたあの時、何があってもオリビアを守ると言ったのに、何からも守れていなかった。
私が北の離宮に入れられることは決定事項だ。
オリビアに対する数々の犯罪行為もあるけど、王族で執着を発症した者は感情が不安定になり危険なのだ。
大陸一の魔力量と魔力濃度を誇るメネティス王家。
その魔力が暴走してしまったら、父上や兄上より魔力が少ない私でも、王都を吹き飛ばすくらいの威力にはなる。
王都に住まう人々のことを考えたら、これまで北の離宮に入れられなかったことのほうが不思議だったのだ。
オリビアの肩にかけた手から、オリビアの温もりが伝わってくる。
オリビアには、幸せになってもらいたい。
幸せ……
そう、幸せに……。
本当はわかってる。
オリビアの幸せのために私が出来ることは、オリビアが苦手な霊になって見守ることじゃない。
執着を軽減させる首輪をつけ、オリビアが住まう王都から一刻も早く離れ、北の離宮に行くことだ。
本当は、私がオリビアを幸せにしたかったけど……。
私はオリビアの肩をそっと引き寄せた。
仄かな花の香りが鼻腔を満たす。
腕の中のオリビアが大きく嗚咽を漏らす。
「今までごめんね、オリビア。愛してるよ」
腕の中のオリビアが、小さく頷くのが見えた。
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