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夏休み
111 元妹
しおりを挟む「お姉様…」
マチルダ様の声に顔を上げた元妹の首には、永続的に魔力を封じる黒い首輪がはめられていた。
元妹はマチルダ様の姿を見ると、一歩前に出た。
途端にアンさんが剣の柄に手をかけ、セイラさんが私達の前に出て構える。
「きゃあ!」
さらに元妹の側にいた騎士が、元妹を羽交い締めにした。
「レイチェル!」
マチルダ様が驚いて前に出ようとしたけど、セイラさんに止められた。
「お姉様なんて大っ嫌い!」
元妹が騎士に羽交い締めにされたまま叫んだ。
「何で家を出たりしたの?!お姉様がうちを出て行ってから、全部おかしくなっちゃったのよ!お父様もお母様も部屋から出てこなくなっちゃうし、私はケイン様と婚約させられて、ハリソン伯爵家から家庭教師が送られてきたのよ!なんで私がケイン様の婚約者になんてならなきゃいけないの?!」
怒涛の勢いで叫びまくる元妹は、とても貴族の令嬢とは思えない程取り乱していた。
マチルダ様は目を見開いて驚いたように言った。
「待って、レイチェル。貴女はケイン様のことが好きなんでしょう?ケイン様との婚約を望んでいたんじゃないの?」
「冗談じゃないわ!私が狙っていたのは第二王子のアーサー様よ!伯爵家の三男なんて好きになるわけないじゃない!」
「そ、そんな…」
マチルダ様は見開いた目を元妹に向けたまま固まってしまった。
「マチルダ様」
堪らなくなって声をかけたら、繋いだ手にギュッと力がこもった。
「お父様が…レイチェルとケイン様は思い合っているから…二人を結婚させて家を継がせると…」
だよね。
そう言われてショックを受けて家を出て来たんだもんね。
その声が聞こえたのか、元妹が鼻で笑った。
「お父様が何を考えていたのかは知らないけど、私はケイン様なんて嫌よ!アーサー様と結婚して王子妃になるんだから!」
何言ってんだコイツ。
「魔力の制御も出来ず、貴族として最低限の基礎教育も終わってないような人が王子妃なんてなれませんよ」
あまりにも腹が立って、思わず私が言い返してしまった。
「アーサー様は天真爛漫な私が可愛いと言ってくれたもの。基礎教育なんて必要ないのよ!」
アーサー殿下、何言ってるの?
「あのオリビアなんかより、私のほうがアーサー様に相応しいわ!それなのに……お姉様が家を出たせいで家は潰れちゃうし、私は修道院に行くことになるし!どうしてくれるの?!全部お姉様のせいよ!」
騎士に羽交い締めにされたまま、髪を振り乱し喚く。
「お姉様は狡いわ!生まれた時からうちを継ぐことが決まっていて、勉強も出来て魔力も多くて、礼儀作法だって完璧でしょ!何でも持ってて何でも出来るのに、何が不満だったのよ!」
「レイチェル…」
「お姉様なんて大っ嫌い!魅了を使ったから何だっていうの?お父様やお母様の愛情を奪ったから何だっていうの?私が欲しいものを全部持ってるくせに!何でいつもいつもお姉様は私の邪魔をするのよ!」
怒涛の勢いに唖然としながら、私は改めてマチルダ様の元妹、レイチェルを見た。
さっき見た元伯爵夫人と同じ金茶の髪はパサついているけど、鮮やかな青い瞳は見るものを惹きつける力がある。
魔力を封じる首輪をしているから、今は魅了の術は使えない筈だけど、そのままでも十分可愛らしいお嬢さんだっただろう。
「残念な子ね」
アンさんが呟いた。
「なっ…!私は伯爵令嬢なのよ!」
元妹がアンさんに向かって言う。
それを聞いたセイラさんが鼻を鳴らした。
「あんたはもう伯爵令嬢じゃない。罪人だろ」
「何ですって!!!」
元妹が暴れ出した。
羽交い締めにしていた騎士がそのまま馬車の方へ引き摺って行く。
「レイチェル!」
マチルダ様が声を上げ前に出る。
騎士が元妹を引き摺ったまま困ったように立ち止まった。
「マチルダ様」
前に出たマチルダ様を止めようと繋いだ手を引くと、穏やかに微笑んだマチルダ様にその手を優しく解かれた。
マチルダ様は静かに元妹の前に立った。
「レイチェルはあの家を継ぎたかったんですの?」
元妹は荒れた顔でマチルダ様を睨みつけた。
「そうよ!だっておかしいじゃない!先に生まれたってだけでお姉様が後を継いで、私が家を出ていかなきゃいけないなんて!」
元妹が叫ぶように言うのを聞いたマチルダ様が、小さく溜息をついた。
「レイチェル、家を継ぎたかったのなら、何故勉強をしなかったの?魔力だって訓練すれば量を増やすことは出来るのよ。本気でなりたいと思っていたなら、何故それに向かって努力をしなかったの?」
マチルダ様の声が響く。
「私が勉強や礼儀作法が出来るのは努力をしたからよ。魔力だって生まれつき貴女より多くあったけど、さらに量を増やす訓練をして制御することを学んだわ。
私の価値は、あの家の後を継ぐに相応しい人間になるしかないと思っていたから、必死になって努力したのよ」
マチルダ様の言葉に、元妹が鼻白んだように笑った。
「何?お説教?」
「アーサー第二王子殿下のことだって、王子妃になるなら相応の知識とマナーが必要になるわ。貴女は王子妃になるための努力はしたの?」
「うるさい!」
元妹が叫んだ。
「私は努力なんてしなくていいのよ!そのままで可愛いってみんな言ってくれるんだから!だいたいお姉様だってオリビアだって散々努力してたけど、キャンベル伯爵家の後継者だってアーサー様の婚約者だって結局なれなかったじゃない!」
大変。
何故かオリビア様に飛び火が!
「そうね。努力がすべて報われるとは言わないわ。それでも、欲しいものがあるならそれを手に入れる為には努力をしなくてはいけないのよ。努力しないで、欲しがってばかりいても、何も手に入れられないのよ」
元妹は鼻を鳴らした。
「努力をしても手に入れることが出来なかった人に言われても説得力ないわ!」
「たとえ欲しいものが手に入らなかったとしても、その為にした努力は無駄にはならないわ。得た知識も経験も、全て私のものだもの。
レイチェルはいつも私の物を欲しがっていたけど、私が努力をして身に付けたものは、貴女にも、誰にも取られることはない、私の財産だわ」
「偉そうに!努力なんて時間の無駄よ!」
マチルダ様は、元妹を真っ直ぐに見て言った。
「貴女は、私が家を出たせいで全部おかしくなったと言っていたけど、私が家を出なくても、無意識とはいえ禁止されている闇魔法で周囲を惑わしていた貴女は、いずれ問題を起こして捕まっていた筈よ」
「知らなかったのよ!魅了を使ってるなんて知らなかったのに!なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ?!」
マチルダ様はひとつ、溜息を吐いた。
「本来するべき勉強をしていれば防げた筈よ。何の為に平民でも闇魔法所持者には魔力操作を学ばせていると思っているの?貴女のように無意識に闇魔法を使うのを防ぐ為なのよ。平民ならまだしも、貴女は貴族の娘なのよ。果たすべき義務を放り出し、与えられる権利だけを享受しようなんて、虫が良すぎるわ」
「うるさい!うるさい!うるさい!お姉様なんて大っ嫌い!全部お姉様のせいよ!!!」
そう言って泣き叫ぶ元妹を見るマチルダ様の目は、憐れみに溢れていた。
「そして欲しがるだけ欲しがって、努力しなかったアンタが手に入れたものが、黒い首輪と修道院だ。お似合いだよ、お嬢さん」
セイラさんがマチルダ様の前に出て言った。
「うるさい!護衛如きが偉そうに言わないでよ!」
「セイラさん」
マチルダ様が困った顔でセイラさんを見上げる。
そのマチルダ様の肩に、アンさんが手を置いた。
「マチルダちゃん。気持ちは分かるけど、この子はダメよ。マチルダちゃんの言葉はまるで届いていないわ」
「何なのよ!あんた達!バカにして!」
元妹が羽交い締めにされたまま暴れ始める。
「アンさん…私は…」
マチルダ様が暴れる妹を見て悲しげに目を伏せた。
そうだった。
元妹の無自覚の魅了は、妹より魔力が多かったマチルダ様にはあまりかかっていなかったはずなのに、それでもマチルダ様は、たったひとりの妹だからと大切に思っていたんだった。
あんななのに。
あんな妹なのに。
「マチルダちゃん、これ以上言っても無駄よ。マチルダちゃんが傷付くだけだわ。もう止めましょう」
アンさんが優しくマチルダ様を諭す。
「こういうことは、本人が自分で気が付かなくちゃ意味ないんだよ。気付かない馬鹿もいるけど」
セイラさんは元妹に対する苛立ちを隠さず言った。
「レイチェル…」
マチルダ様が元妹を見ると、元妹は勝ち誇ったような顔をした。
「修道院送りなんて今だけよ!すぐにアーサー様が迎えに来てくれるもの。それかケイン様が来てくれるわ!あんなに私を可愛いって、好きだって言ってたんだもの!」
それはどうかな?
アーサー殿下はオリビア様を追いかけまくっているし、元婚約者のケイン様のお家も、貴女への監督責任とシュトレ強硬派の粛清でとっくに取り潰されちゃってるからね。
「レイチェル…」
「もう止めなさい、マチルダちゃん」
口を開きかけたマチルダ様をアンさんが止める。
「行きますよ」
元妹を羽交い締めにしたままずっと待ってくれていた騎士が、そう言ってマチルダ様を見た。
「……はい。お手間をお掛けして申し訳ありませんでした」
まだ暴れまくる元妹が、騎士によって馬車に押し込まれ、外側から鍵がかけられた。
動き出した馬車を見るマチルダ様は、なんともやり切れない顔をしていた。
私はそんなマチルダ様を、やはりやり切れない思いで見守っていた。
元妹は、いつか気付くんだろうか。
本当のことを教えてくれる人。
間違いを犯したら叱ってくれる人。
それがどれだけ貴重で大切なものなのか、気付く時は来るんだろうか。
魅了の術で惑わされたわけではなく、ただひたすらに自分を思ってくれていた人がいたことに、いつか気付いてくれるんだろうか。
いつか……
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