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夏休み
88 ディアナ王女とオリビア様③ ※俯瞰視点
しおりを挟むアーサーは深くかぶったフードから特徴的な紅い瞳と彫刻のように整った顔を覗かせて、オリビアに笑いかけた。
「第二王子殿下、どうしてそんなところにいらっしゃいますの?」
「オリビア…第二王子殿下なんて言わないで…さっきはアーサーって呼んでくれたじゃないか」
「さっきは驚いてお名前を呼んでしまいましたが、わたくし達の婚約は解消されましたから、もうお名前で呼ぶような関係ではございませんもの」
懇願するようなアーサーにオリビアが冷たく答える。
「アーサー殿下、貴方は王都に残っているはずではなかったですか?」
ディアナの声も小声ながら鋭い。
「オリビアが心配で、護衛に混ざって着いてきたんだ。父上の許可は貰ってあるよ」
アーサーがそう言うと、オリビアはあからさまに顔を顰めた。
「貴方に心配される覚えはありません。いい加減付き纏うのは止めてください。あと、わたくしの部屋や屋敷に盗聴の魔道具を仕掛けるのも、気持ち悪いから止めてください」
「顰めっ面のオリビアも可愛いよ」
オリビアはとっておきの魔道具をアーサーに向けた。
「待って!いけません!オリビア様!」
ディアナが押しとどめる。
オリビアに王族を殺させるわけにはいかない。
「今は言い争っている場合ではありませんわ。アーサー殿下、ここが何処だかおわかりになりますか?」
「伯爵領とガード子爵領の境目あたりだよ。今、その窓を壊すから離れてて」
ディアナが首を横に振った。
「夜に土地勘のないわたくし達が逃げるのは得策とは言えませんわ。アーサー殿下はマクウェン男爵に知らせに行ってくださいませ。わたくし達を誘拐した人達は騙されていて、狙いはシェリル様なのです。マクウェン男爵に彼等を説得してもらえば、あまり大ごとにならなくて済むでしょう」
「すでに大ごとだと思うけど」
アーサーの言うことはもっともだ。
時期王妃であるディアナが拐かされるなど、本来あってはならない。
人違いとはいえ実行犯の彼等は極刑は免れないし、下手をすれば滞在しているマクウェン男爵家も責任を問われるかもしれない。
「全てを無かったことには出来ませんが、少しでも穏便にことを収めたいのです。どうか協力してください、アーサー殿下」
「ここにいる奴等くらい僕ひとりでもなんとかなるよ」
アーサーが自信ありげに言いながら、チラチラとオリビアを見ている。
「第二王子殿下、余計なことはしなくていいから、ディアナ様の仰る通りになさい!さもないと貴方が毎年こっそり描かせているわたくしの肖像画を全部燃やすわよ!」
「そ、そんな!」
アーサーの顔が青くなる。
「そのかわりちゃんとお役目を果たしたら、もう一度名前で呼んであげますわ」
オリビアがニッコリ微笑むと、アーサーの顔が赤く染まる。
「わ、わかった。マクウェン男爵を連れてくる。オリビア、待ってて!」
「朝にはここを出ると言っていたから、急ぎなさい!」
「はい!」
アーサーは返事をすると、スルスルと木を下り手を振って闇の中に消えて行った。
アーサーが行ったのを確認したディアナが、少し躊躇しながらオリビアに聞いた。
「オリビア様、あの……盗聴の魔道具や肖像画って…」
「気持ち悪いでしょう?」
「………ええ」
「ディアナ様もお気を付けになって。我が国の王族や高位貴族は魔族の血が濃いですから、いつ執着を発症してもおかしくありませんわ」
「……え、ええ」
アーサーはフードを被っていたが、そこから覗く紅い瞳も銀色の髪も、まさにメネティス王家の色で、彫刻のように整った顔立ちもレオナルドにそっくりだ。
ディアナはふと、自らの婚約者に思いを馳せた。
レオナルドはサマーパーティーの翌週にはスタンピード討伐のためアストロス領に行ってしまったので、もう一ヶ月以上顔を見ていない。
学園の行事や公務で会えないことはあっても、手紙のやり取りすら出来ない今のような状況は初めてだ。
「レオ様…ご無事かしら…」
会いたい…。
と思う。
今、自身が置かれている状況への不安もあるが、スタンピード討伐を指揮するレオナルドを思うと心配で堪らない。
いつもレオナルドに対して素直になれなくて、ついキツい言い方をしてしまいがちだけど、次にお互い無事会えた時には、ギュッと抱きしめて会いたかったと素直に伝えてみよう。
ディアナはそっと決意を固めた。
「ディアナ様、レオナルド殿下の心配よりも、わたくし達のことを考えなくてはいけませんわ。このまま助けが来るまで捕らえられているおつもりですの?」
オリビアは手に持った自作の魔道具を弄びながら不満気に言った。
「ええ。ここでわたくし達が逃げたり反撃しても上手くいくとは限りませんし、むしろ危険が増すでしょう。少なくともわたくし達を攫った人達は、わたくし達に危害を加えようとはしていませんもの」
ディアナがそう言うと、オリビアが納得したのか渋々頷いた。
二人の間に沈黙が訪れる。
とうに深夜を回り、小さな灯りしかない部屋は薄暗く、ドアの外の見張りからは規則正しいいびきが聞こえている。
ディアナはふと思い出し、オリビアに話しかけた。
「先程、アーサー殿下がガード子爵の領地の近くだと言っていましたわね」
「そうですね。やはり、アズバン王国のゼオン王子でしょうか」
「その可能性が高まりましたわね。ゼオン王子にしても、おそらく協力者であるガード子爵にしても、メネティス王家が保護するシェリル様の誘拐を企てるなんて……許せませんわ」
「ガード子爵の屋敷をわたくしの魔道具で潰してやりましょうか」
ディアナはオリビアを見た。
オリビアの手にはまだ自作の魔道具がしっかり握られている。
「オリビア様は何故、そんなに攻撃性の高い魔道具を作っていらっしゃるのですか?」
靴の踵に仕込んだナイフといい、まるで誰かに襲われることを想定しているような準備の良さだ。
「以前、シェリルお姉様とお話しをしていた時に、お兄様が女性が外に出て働くのは危険だと仰いましたの」
ディアナは頷いた。
女性や子供、老人のような体力的に弱いものは、犯罪者の標的になりやすい。
特に女性は、一方的に欲望を満たそうとする男共の餌食になることがある。
「その時シェリルお姉様が、女性に身の危険を及ぼそうとする奴らを撃退する魔道具があったらいいと仰ったのですわ」
オリビアは少し俯いて言った。
「わたくし、アーサー第二王子殿下との婚約が組まれた時、何も疑問に思いませんでしたの。ハイベルグ公爵家の娘として、家の為、国の為に結婚するのは当然だと考えていました。でも、婚約が解消になって、それまで与えられてきたわたくしの役割を失った時、愕然としましたの。
わたくしは、何の為に存在しているのだろうと」
オリビアは自嘲気味に微笑んだ。
「自分の命を終わらせることや、修道院に入ることも考えていましたわ。そんな時シェリルお姉様が、女性の身でありながら仕事を持ち自立したいと言っているのを聞いて、勇気付けられましたの」
オリビアのブルーグレーの瞳に熱がこもる。
「子供の頃、魔道具師になりたいと考えていたことを思い出しましたわ。
わたくしに生きる希望を思い出させてくれたシェリルお姉様の為に、シェリルお姉様と同じように自立し働こうと考えている女性達のために、卑怯な暴漢から身を守る魔道具を作ろうと決めたのです。それがわたくしの生きる意味なのだと」
オリビアの熱い思いが溢れた言葉に、ディアナは雷に打たれたような衝撃を受けた。
ディアナはオリビアが王子妃教育の名のもとに、シュトレ強硬派の執拗な嫌がらせを受けていたことは聞いていた。
負の感情を増大させ、心を壊す洗脳を受けていたことも。
この夏一ヶ月以上一緒に過ごしてきて、時折り翳りはあるものの、元気に過ごすオリビアを見て安心していたけど、こうして元気になるまでに沢山の葛藤があったのだと改めて気付かされた。
オリビアが生きる気力を取り戻したのは、時と共に洗脳が薄れたこともあるが、シェリルの存在が大きかったのだろう。
ディアナにとってもシェリルの存在は衝撃だった。
ディアナの生国バレンシアは女性上位だったので、大陸の男尊女卑主義には辟易していたけど、根付いた文化を変える力は自分にはないと、唯々諾々と受け入れていたことが恥ずかしくなった。
「それで護身用の魔道具を…」
オリビアが手の中の魔道具を見つめながら言った。
「まだ納得のいく魔道具は出来ていませんけれど、いつか必ず、女性の身を守る魔道具を作ってみせますわ」
オリビアの決意に、ディアナは自分自身の心の奥が熱くなるのを感じた。
「オリビア様、その魔道具の研究、わたくしにも後押しさせて頂けませんか?」
「後押し?」
オリビアがキョトンとした顔になる。
「ええ。シェリル様が仰っていたとおり、この国の女性達は立場が弱く、虐げられていると言っても過言ではありませんわ。わたくしはメネティス王国の王妃になるのですもの。虐げられている女性達を解放するために、わたくしこそ行動を起こさなくてはいけませんわ」
熱い心のままそう言うと、オリビアの瞳が輝いた。
「ディアナ様が後押ししてくださるなんて、心強いですわ」
二人の手が重なる。
「でもオリビア様、煮えたぎる熱湯や灼熱の溶岩が出る魔道具はやりすぎです。暴漢だけでなく使用者や周囲の人にも危険ですわ。どんな魔道具が効果的か、一緒に考えていきましょうね」
「はい!」
重ねた手に力がこもり、二人顔を見合わせて頷き合った。
どちらからともなく笑顔になり、ふふふっと小さな笑い声が起きた。
ズンッ
と、体ごと床に押し潰されるような感覚に襲われ、二人揃って手を繋いだまま床に叩き付けられる。
「…っ!クッ…!」
強い圧迫感に耐えながらディアナが自分とオリビアにシールドを張った。
その時、
「ディアナー!!!」
遠くからディアナを呼ぶ声が聞こえた。
その声は、ディアナが会いたいと思っていた、愛しい婚約者の声だった。
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