【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき

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夏休み

77 父と娘

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「お父様~」

「おお~!こっちだ、シェリル!」

声のしたほうへ向かって行くと林檎の木に梯子がかけられていて、見上げると作業服のお父様が摘果をしていた。

「お昼ごはんにしましょうって、もうみんな集まってますよ」

「ここだけやったら行くから、シェリルは先に食べてていいぞ」

お父様はそう言うと額の汗を首にかけた布で拭いた。

この世界には前世で使われていた所謂タオルは無くて、手や体を拭くのはハンカチや手ぬぐい状の布になる。

タオルのふわふわ感が懐かしい。
でもどうやって作られていたのか分からないから再現も出来ない。


領地に帰ってきて十日。
今日はマクウェン男爵領の名産品であるシードルの原料、林檎畑に来ている。

少し傾斜のある丘に作られた林檎畑では、摘果作業真っ最中。

領主であるお父様と時期領主になるお兄様も例外なく作業に参加して、領民一丸となって林檎を育てるのだ。

町といえるほど大きくは無いけど、そこそこな人数はいるマクウェン領。
その住人の殆どが関わるシードル生産はマクウェン領の命綱だ。

四年前の林檎の不作はかなりの痛手だったけど、ここ三年でなんとか持ち直してきたところだ。


「お父様、お金、本当にいらないんですか?」

私は木の上にいるお父様に声をかける。

誘拐事件で貰った慰謝料はひとまず魔法学園の学費の支払いにあてたけど、まだ全然減っていない。
残ったお金はまるっとお父様に渡そうと思っていたのに断られたのだ。

「シェリルが辛い目にあって貰った慰謝料だろ?美味しいもの食べるとか、魔術書を買うとかすればいい」

パチンッと余分な果実を摘みながらお父様が言う。

「美味しいもの食べて無くなる金額じゃないし、私まだ学生だから、あんな大金持たされても困ります」

「シェリル」

「はい」

「金は無いと困るが、身の丈に合わない金は破滅を呼ぶことになる」

パチンッ、パチンッと摘果する音が響く。

「俺がその金を受け取らないのは爺様がいるからだ。うちに余分な金があると分かったら、絶対怪しい投資話しに乗ったり変な壺を買ったりしてくるだろう」

私は愕然とした。

そ…それは……否めない。

そもそも我が領のシードル生産も、お爺様が怪しい奴らの口車に乗って醸造所を作ったことがきっかけなんだから。

当時は醸造所だけ作って原材料の林檎は他国から輸入してたから、利益を出すどころか赤字続きだったと聞いている。

怪しい奴らの狙いは醸造所の指導料と自国の出来の悪い林檎の買い取り先だったのだ。

「爺様がまた騙されて損害を受けるんだったらシェリルが持ってるほうがいい。将来のためにとって置いてもいいが、大金を持ってることが落ち着かないなら、信用できる投資をしたり、困っている人達に寄付したらいいだろう。それに、何か物を買うことだって経済を回すためには必要なことだぞ」

投資…寄付…経済…。

グルグル考えていたら、いつの間にかお父様が梯子から降り、私を正面から見ていた。
私と同じ緑の瞳。

私は髪の色や体付きはお母様に似たけど、瞳の緑はお父様譲りだ。

「シェリルなら使い方を間違えて破滅するようなことはないと信じてる。でも爺様は駄目だ。これっぽっちも信用ならない」

「そうですね」

私もそう思う。

お爺様は悪い人ではないけど、人を信用しすぎるのと、新しい物や楽しいことが好きで飛びついてしまうところが問題だ。
そこに悪意はなく、寧ろ本人の中では誰かのために良かれと思ってやってたりするから、余計にタチが悪い。

家族にひとりこういう人がいると、周りはとても大変なのだ。

今は散歩中に子供達に教わった泥団子作りに夢中で、お婆様が丹精込めて手入れしている庭を泥だらけにしている。

それを仕方ないわね、と許すお婆様は凄いと思う。
まあこれまでが酷過ぎて感覚が麻痺してるのかもしれないけど。

「あ、もしかして!お父様が学園で林檎の品質改良の研究をしてたのは、お爺様の尻拭い?」

お爺様の醸造所が黒字になったのは、マクウェン領での林檎栽培が始まってから。
そしてそれはお父様の代になってからだ。

「そうだぞ。元々メネティス王国は果樹の栽培にはあまり適してなかったんだ。だから果実やワインなんかは殆ど外国からの輸入品だった。土地に含まれる魔素の関係で、花は咲いても実が付きにくかったんだ」

「へ~え」

「でも、いつまでも輸入品の粗悪な林檎で作ってたんじゃ品質も上がらないし、売れないだろ?醸造所自体を潰すことも考えたけど、あれにもかなりの資金を注ぎ込んでたしな。だったらこの土地で栽培できる林檎を作ろうと思ったんだ」

「前向きですね」

「当時は必死だったけどな。結果良ければ全て良しだ」

お父様はそう言ってニヤリと笑うと、摘んだ小さな青い林檎を入れた籠を担いで歩き出した。

確かに当時は大変だっただろう。
資金を注ぎ込み赤字続きのシードル生産。
品種改良の研究費用だってカツカツだったはず…あ、だから学園のクラブ活動で研究してたのか。

「お父様、春祭りで農業クラブのカフェに行きました」

「おお!」

お父様が嬉しそうに振り向いた。

「まだあるのか農業クラブ!懐かしいな」

「お父様の品種改良を元に、苺を早く収穫出来るようにしてましたよ」

「そうか…出来るようになったんだな…」

ふとお父様の顔が曇る。

「春祭りに苺を食べたいって言い出したのはアントレーネ様なんだ。俺は林檎で手一杯で、苺の品種改良まで出来なかったから…。そうか、出来るようになったんだな」

なんだかちょっと悔しそうなお父様。
アントレーネ様といえば…。

「カルロス様が、お父様がアントレーネ様とフローラ様にこき使われてたって言ってました」

「こき使うなんてもんじゃない。しょっちゅうよく分からない無理難題を押し付けられて引っ張り回されて…カルロスは人ごとみたいに言ってるけど、自分だって散々俺を振り回して遊んでたんだぞ!」

お父様がぷりぷりと怒り出す。

「シェリル、王族や高位貴族には関わらないほうがいい。アイツらと関わるとろくなことがないぞ」

「お父様…その忠告、もう遅いです」

私が力なく言うと、お父様が足を止めて私を見た。

アマーリエ様やレオナルド殿下、エルダー様にユラン様、ウィルフレッド様、ライリー様。
いい感じに王族や高位貴族と関わりが出来てしまっている。
挙句に王宮に保護されている状況だ。

もはや関わらないようにする時期は過ぎている。

お父様の両手が私の肩に置かれた。

「シェリル、逃げるんだ。なるべく逃げて逃げて逃げまくれ。もうそれしかない」

「お父様は、逃げ切れたんですか?」

「………」

そっと目を逸らされた。

「お父様?」

「………」

返事はない。

お父様は苦悶の表情を浮かべている。
何度か何か言いかけて、やっと言葉が紡がれる。


「諦めが肝心だ…」


私とお父様は同じ緑色の瞳を見つめ合い、深く、深く、深く溜息を吐いた。

そして同時にとぼとぼと林檎畑を下り始めた。


高位の相手に対して弱小男爵家の人間に出来ることは、関わらないようにするか逃げることくらいだ。

でも、先を行くお父様の背中に漂う哀愁を見ていると、関わらないことも逃げることも難しかったのだろうと思われる。

最終的には諦めて振り回されるしかない。

でも今回の誘拐の一件で、アマーリエ様には王族として思慮深い行動をして欲しいと伝えてある。

凄く反省していたし、きっと三年生の一年間くらいはアマーリエ様の変な我儘も出ないだろう。

私は一筋の希望を胸に、お父様と並んで歩き始めた。


林檎畑を下りきった場所は広場になっていて、林檎畑で働く人達のために昼食やおやつを用意している。

「あれ?何だか…」

いつもと雰囲気が違う。

常なら和気あいあいとしている筈なのに、不思議な緊張感に包まれている。

「シェリル…」

お父様が前を見据えたまま私の名前を呼んだ。

お父様の視線の先には…


緩やかに波打つ美しい銀色の髪。


その人は私に気付いたようで、周囲の護衛を振り切って走って来た。

「シェリル~!」

私の前にやって来たのは、本当ならこの場所にいる筈のない高貴な人。
その人は今まで見たことない満面の笑みで言った。

「来ちゃった♡」


……全然反省していなかった。
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