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それぞれの思い
71 ウィルフレッド様の思い ※ウィルフレッド視点
しおりを挟むシェリル達が乗った馬車が見えなくなるまで見送ってから、待機していたメーディア家の馬車に乗り込む。
「青春だねぇ」
中に父上がいた。
「何してるんですか?」
「可愛い末息子の初恋を応援してるんだよ」
楽しそうにそう言う父上を睨み付けたら、小さく肩をすくめられた。
「まだ怒ってるの?」
怒ってる。
「いい加減許してよ~」
父上が甘えた声を出す。
「だってシェリル嬢が魔力の相性について知らないなんて思わなかったんだよ~」
それは…
確かにその通りだ。
でも父上が無神経に話したせいで、私はシェリルに避けられるし、シェリルはレオの支配の術をかけられた。
簡単には許せない。
魔力の相性がいいと体の相性も良くて子供が出来やすく、結婚相手として最適であることは一般常識だ。
アマーリエから聞いた話しによると、シェリルは魔力の相性によって子供が出来やすくなることは知っていたけど、体の相性がいいことは知らなかったらしい。
薄々気付いていたけど、シェリルは頭が良くて勉強は出来るのに世事に疎い。
「もうシェリルに構わないでください」
「それは無理だよ。だって彼女面白いんだもん」
父上が邪気のない笑顔を浮かべる。
父上はシェリルを気に入っていて、魔術師の塔で魔法の研究をするシェリルによくちょっかいを出しては嫌がられている。
「明日の実験は私も同席することになったんだ。今日は私も王宮に泊まるよ」
楽しそうに笑みを深める父上を見ないように、馬車の窓に映る夜の闇に目を移した。
明日、シェリルは領地に帰る。
その前に、やらなくてはいけないことがあるのだ。
「ウィル」
声のした方を見ると、ユランがいた。
「おはよう」
「おはようございます。首尾は?」
問いかけに頷くと、ユランも小さく頷いた。
サマーパーティーから一夜明けた今日。
密かにある魔道具の実験が行われることになっている。
ユランと一緒に魔法騎士が警護するドアを開けると、飾り気のない小さな部屋に、数人の魔術師と魔法騎士、そして父上に囲まれたエルダーがいた。
「エルダー」
声をかけると黒髪が揺れ、紫の瞳をこちらに向けて穏やかに微笑んだ。
「エルダー、調子はどうですか?」
ユランが聞くと、エルダーは首を傾げた。
その首には黒い首輪型の魔道具。
「普通だよ。少し緊張はしてるけどね」
「苦しくないか?」
「慣れたよ」
首輪に手を伸ばしながら言うと、エルダーが笑顔で答えた。
なるべく細く、圧迫感のないように作ったけど、必要な魔術式を入れる為にある程度の大きさが必要だった。
結果出来上がったのは、首枷のような形状のものだった。
「シェリル嬢が入室した。見えるようにするよ」
父上が壁の一部に魔力を流すと正面の壁が透明になり、目の前に王家の紅で装飾された謁見室が現れた。
謁見室の中央では、旅装のシェリルがぼんやりと窓の外を見ている。
「シェリル…」
エルダーが小さな声で名前を呼ぶ。
部屋の中が緊張感に包まれる。
壁の向こうでシェリルが居住まいを直し、カーテシーをすると、レオと宰相、そして白髪混じりの黒髪を刈り上げた精悍な顔立ちの老紳士が部屋に入って来た。
「お爺様…」
エルダーが驚いたように呟いた。
「シュトレ老公爵…」
ユランも驚いたようだ。
シェリルの誘拐事件を調査する中で、シュトレ派の一部が様々な陰謀を企てていたことが分かり、事態を収拾する為シュトレ公爵が王都に来ているとは聞いていた。
でも、シェリルの帰省の挨拶に現れるとは思わなかった。
壁の向こうではレオとシェリルが何か話している。
レオが楽しそうに話しているのを見て、少し複雑な気持ちになる。
王太子として感情の制御を叩き込まれて来たレオが、感情をあらわにするのは気を許した相手にだけだ。
婚約者のディアナ様と上手くいってるのは知っているけど、なんだか心配になってしまう。
レオもシェリルのことが好きなんだろうか…。
シェリルに惹かれている、シェリルのことが好きだ、と自覚してからも、なかなか自分からシェリルに近づくことは出来ないでいた。
星祭りの時は、自分よりずっと体の大きい獣人に立ち向かうシェリルを見て慌てて飛び出してしまったけど、本当ならバイト帰りのシェリルが寮に着くまでいつものように見守るだけの予定だった。
星祭りは一年の節目の特別な日。
家族や友人や恋人などの大切な人と過ごす日だ。
そんな特別な日をシェリルの隣りで過ごせることに舞い上がって、混雑にかこつけて手を繋いだ。
魔力譲渡で手に触れたことはあったけど、そんな切迫した状況ではなく、嫌なら断れる状況で手を繋げたことで、少なくても嫌がられてはいないと喜んでいた。
嫌がられてはいないかもしれないけど、シェリルにとって私は、友人以上にはなり得なかったのに。
心の中に黒い感情が忍び寄ってくるのを感じ、慌ててその感情に蓋をする。
「エルダー、気分は?」
自身の感情から目を逸らしながら声をかけると、エルダーが私を見た。
透き通った紫の瞳。
「う~ん。シェリルのことを好きだっていう気持ちは変わらない。でも、前みたいに追い立てられるような、ドロドロした暗い気持ちにはならないよ」
父上がエルダーの手首につけた魔道具を確認する。
「嘘ではないようだね」
手首につけた魔道具は、脈拍や体温、魔力の流れで嘘を感知するものだ。
エルダーが、首につけられた首輪型の魔道具に手をやった。
「これをつけてから頭がスッキリしてるんだ。自分がどんなに馬鹿なことをしたのか今ならよく分かるよ。でもあの時は、とにかくシェリルを捕まえて何処かに閉じ込めて、僕だけのものにしなきゃと追い込まれていたんだ」
エルダーは悲しげに見えない壁の向こうにいるシェリルを見た。
「シェリルには可哀想なことをしちゃったね。償っても償いきれない。僕は…シェリルを大切にしたかったのに…僕が、シェリルの人生を台無しにしてしまった…」
ポロリ、とエルダーの目から涙が溢れる。
皆、何とも言えない顔でエルダーを見ていた。
執着は血の病いだ。
魔族の血を引く者なら誰でも、自身の制御を超える強い執着を発症する可能性がある。
私自身のシェリルへの想いも、今はまだ必死に抑えているけど、いつか執着を発症するかもしれないと不安に駆られることがある。
実際、倒れたシェリルの手にナイフが刺さったのを見て、感情の制御が出来ず魔力暴走を起こしてしまった。
明日は我が身なのだ。
「エルダー」
ポロポロと涙を溢すエルダーの肩に、ユランがそっと手を置いた。
「シェリル嬢は、執着を抑える魔道具の話しをした時、君が生涯幽閉にならなくて済むかもしれないと喜んでいました。シェリル嬢に対して償いたいと本気で思うなら、執着に打ち勝ち、普通に生活を送れるようになってください」
思いがけず優しいユランの声に、エルダーが涙を流しながら何度も頷いた。
透明な壁の向こうでは、メネティス四公爵のひとりであるシュトレ公爵が、自分の孫と同い年の少女に深々と頭を下げていた。
魔道具の実験が終わり、エルダーが魔法騎士に連れられて部屋を出て行くと、父上も魔術師達を連れて出て行った。
部屋の中はユランと私の二人きり。
「ウィルは、シェリル嬢に想いを伝えないのですか?」
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「うっ…あ…」
ユランに私の気持ちを話したことなんてないのに、気付かれていた?!
「で、でも、あの…シェリルは…結婚を考えていないって言ってたから……」
自分で言いながら胸の奥がキリキリ痛む。
そう、シェリルは結婚を考えていないと言っていた。
私の想いは最初から叶わないものだったのだ。
「それは魔法の研究がしたいからでしょう。結婚しても研究が続けられる環境を整えてやればいいのでは?」
「え…?」
ユランの言葉に目から鱗が落ちたような気がした。
いやでも…。
「か、環境は整えられても、シェリルが私と一緒にいたいと思ってくれてるか分からないし…」
寧ろそっちの方が重要だ。
「それは自分で頑張ってください」
サクッと突き放された。
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懐かしそうに目を細めるユラン。
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「大切な幼馴染を、これ以上失いたくありません」
それは同意だ。
私もこれ以上大切な人を失いたくない。
「だから、当たって砕けてみたらどうですか?」
「ええ?!」
ユランがおかしなことを言い出した。
「失いたくないって言いながら、当たって砕けろって…矛盾してないか?」
「そうですか?当たって上手くいけば良かったで終わりますし、砕けたら慰めてあげますよ。どちらにしても、今のどっち着かずの状況よりマシでしょう」
言ってることは間違ってないけど、何だか釈然としない。
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