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それぞれの思い

72 ユラン様の思い ※ユラン視点

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悶々と思い悩むウィルと別れ、レオナルド殿下の執務室に向かう。

「ユラン、ご苦労だった」

執務室ではレオナルド殿下と父が、カルロス様からエルダーの魔道具について報告を受けていた。

「エルダーとシュトレ公爵は、魔道具の検証とシュトレ派の粛正が終わるまで王都に滞在することになった。シュトレ公爵は早く領地に帰りたいようだったけどな」

レオナルド殿下がそう言うと、カルロス様が神妙な顔をした。

「執着の魔道具、うちのウィルにもつけたほうがいいかな」

「様子がおかしいのか?」

父の声に微かに心配が混じる。

「様子ならずっとおかしいよ。魔法学園に入学してすぐからず~っと!エルダーよりウィルのほうが執着を発症するかもって思ってたんだからね」

思わずレオナルド殿下と目線を合わせる。

私達もそう考えていた。
でも実際に執着を発症したのはエルダーで、ウィルはまだ何とか正気を保っている。


今回改良開発された、獣人族の番への衝動を抑えるピアスと魔族の執着を抑える魔道具は、幼い頃からずっとウィルの研究テーマだった。

ある時を境に、エルダーは私達と一緒に遊ばなくなり、代わりにかなり歳上の女性達に囲まれるようになった。

その頃ちょうど歴史の勉強の中で、シュトレ公爵家の執着の強さを学んだこともあり、ウィルはエルダーの変化を執着と考えたようだった。

亡くなられた母君の面影を、歳上の女性達に求めておかしくなってしまったのだろうと。

大切な幼馴染を助けるために、執着を軽減する魔道具を作りたいと言って研究を始めたのだ。

そしてその研究は、もう一人の幼馴染も救うことが出来るかもしれなかった。

ライリーだ。

ライリーは獣人だが、魔族の血も引いている。
獣性が強いことからアマーリエ殿下への衝動を抑えられず、ピアスをいくつも付けているが、年々強くなるライリーのアマーリエ殿下への気持ちは、どちらかというと魔族の執着によるものだろう。

ウィルは大切な二人の幼馴染のために、これまでずっと研究を重ねてきた。
まさか、シェリル嬢の闇魔法の研究がその道を開くとは……運命とは不思議なものだと思う。


「ウィルのことは、我々も気を付けて見守っている。いざとなったら執着を抑える魔道具を付けさせることも考えるが、恐らく…」

「恐らく?」

レオナルド殿下の言葉にカルロス様が不安そうに聞き返す。

「…大丈夫だと思う」

「何それ」

「こればっかりはウィルに頑張ってもらうしかない」

「私もそう思います」

「ええー!」

カルロス様が不満そうに口を尖らせた。
いくら若く見えても中年男が口を尖らせるのは気持ちの良いものではない。

「それよりも」

「それよりも?!」

抗議の声を上げるカルロス様を振り切って父が話し続ける。

「今回のスタンピードは中規模だ。アストロス領に行くのは、本当にカルロスではなくウィルフレッドで大丈夫なのか?レオナルド殿下は陛下の名代でもあるが、現時点でウィルフレッドはただの学生だろう」

レオナルド殿下は魔法学園の前に騎士学校を卒業していることもあり、国王陛下の名代としてスタンピード討伐の指揮を執ることになっている。
ライリーも然り。

「そうなんだけど、滅多にない機会だから今回は息子達に託してみようと思ってね。上二人が行くのにウィルだけ仲間外れじゃ可哀想だし」

カルロス様には三人の息子がいて、上二人はすでに魔術師団で働いている。

「レオナルド殿下とライリーも一緒だしね。逆にユランは行かなくていいの?」

余計な心配をしてくるカルロス様。

「私は王都でやることがありますから」

「スタンピードのほうがシュトレ粛正より楽しいと思うよ」

「楽しい楽しくないではない。適材適所だ。後、スタンピードは楽しいものではない」

父がカルロス様を軽く睨みつけながら言う。
レオナルド殿下が溜息を吐いた。

「何にせよ、この夏はスタンピード討伐とシュトレ派の粛正に明け暮れそうだ。私にとって学生生活最後の夏休みだというのに…。さっさと終わらせて少しでもディアナと二人で過ごしたい…」

「終わったら終わったで事後処理が山積みですから、夏休みは諦めてください」

そう言うと、レオナルド殿下があからさまにがっかりした顔になった。



「ユランは、レオナルド殿下達とスタンピードに行きたかったか?」

執務室を出たら、何故か申し訳なさそうな父にそう聞かれた。

「いいえ。寧ろ王都でシュトレ派の粛正をすることのほうが楽しみです」

「そうか」

父の声に安堵が混ざる。

「それにしても、今回のお前達の行動は意外だったな」

「何がですか?」

「幼馴染だからと言って、エルダーを掬い上げる方法を探していただろう」

「エルダーの為だけではありません」

「それでもだ」

エルダーは私達にとって大切な幼馴染だが、成長してからはあまり親交が無かったのは確かだ。
寧ろどことなく不穏な関係だったと言えるだろう。

お互いの家や派閥の関係もあるが、何より、エルダーが私達を避けていた。

それでもウィルは純粋にエルダーとライリーの為に研究を続けていたけど、私は違う。
エルダーのことも考えてはいたが、派閥同士の関係性や将来的な影響を考えて、なるべく効率よく被害が少なくてすむ方法を考えていたのだ。

私はいつもそうだ。
純粋に誰かの為に動く前に、損得や周囲への影響を考えてしまう。

ただ純粋にエルダーを助けたいと思ったのなら、様子がおかしいと思った時点で、罪を犯す前に閉じ込めておけば良かったのだ。

シェリル嬢だって、誘拐という企みを知った時点で徹底的に保護していれば良かったのだ。

シェリル嬢を囮にして黒幕のシュトレ派を一網打尽にしようとしたせいで、エルダーとシェリル嬢の人生に傷をつけてしまった。



結局私は、

守ってやれなかった

助けてやれなかった


オリビアも、シェリル嬢も、エルダーも、守りきれず助けきれず、結局その人生に傷を負わせてしまった。

シェリル嬢はウィルの魔力暴走の後始末をした私に感謝してくれていたが、それは生徒会役員として、レオナルド殿下の側近としての役割をこなしただけだ。

ボロボロになりながらもシェリル嬢を助けに行くウィルを見て、私には出来ないと少し羨ましく感じた。

ウィルは一途だ。
貴族社会で生きて行くには優しすぎるシェリル嬢には、ウィルのように何を置いても彼女を助けようとする男のほうが相応しいだろう。

誰も、守ることも助けることも出来なかった私より、ずっと……。



「ユラン」

「……!」

自分の考えに沈み込んでいて、父の話しを聞いていなかった。

「申し訳ありません。何の話しでしたか?」

父は謝罪する私を見ると、ふと表情を和らげて言った。

「ユラン、後悔はしてもいい」

「は?」

一瞬何を言われているのか分からず父を見ると、私と同じブルーグレーの瞳が労るような色を浮かべている。

「全て思い通りに行くことなんてない。でもそれはお前のせいじゃない。後悔して、反省して、次に活かせるものは活かしたらいい。ただ、あまり自分を責めるな」

「っ…父上…」

思い悩んでいたことを父に見透かされていた。
気恥ずかしさから、少し顔が熱くなるのを感じた。

「まぁお前のことだ、自分を責めるなと言っても責めてしまうだろう。だから…」

父はそう言いながら目元を緩める。

「まず、やるべきことをやれ」

「やるべきこと…」

「やれること、とも言えるな」

「やれること…」

「やるべきことやれることを、ひたすらこなしているうちに、ひらける道もある」


私がやるべきこと。
私にやれること。

何かあるだろうか?


「さて、私は陛下にエルダーの件を報告してくる。ユランは今日早めに帰れるか?」

「え?ええ、はい。事務仕事が少しありますが、帰ろうと思えば早く帰れます」

「オリビアが執着を抑える魔道具の話しを聞きたがっていた。現物も欲しがっていたが、まだ試作品しか作っていないから手に入れるのは難しいと伝えておいてくれ」

「…分かりました」

オリビアも、幼い頃よく遊んでくれたエルダーのことを気にしていた。
執着を抑える実験が上手くいったと聞けば、安心するだろう。

「頼んだぞ」

そう言って背を向け行ってしまう父。
その背中は見慣れたものなのに、いつもより大きく逞しく感じた。

この国の宰相として日々国王陛下を支える父には、私よりずっと深く強い後悔に苛まれることもあっただろう。

きっとその度に、自分がやるべきこと、やれることをひたすらこなしながら立ち上がって来たのだろう。


あの背中を、超えられる日は来るんだろうか。


「やるべきこと、やれること…」

私は小さく呟いて、足の向きを変えた。
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