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二年生 後期

51 春祭りデート争奪戦

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「まあ!シェリルさん!これは何ですの?!」

「…人形の衣装です」

「そんな筈ありませんわ!こんな血塗れの衣装は予定にありません!」

アマーリエ様に言われて、自分の手元の布を見る。
確かに血塗れだ。

放課後、クラスの女子達が集まって、春祭りでやる人形劇で使う衣装を縫うことになったんだけど…。

「洗えば…」

「縫い目も、何処がどうなってしまったんですの?!」

あぁ、うん。
縫い目は少し前から行方不明になっている。
もはや自分でも何処をどう縫っているのか分からない状況だ。

アマーリエ様の声を聞いて、クラスの女子が集まって来た。

「あ、あああぁぁ…」

「シェリル様…」

みんな私の手元を見て、悲痛な声を上げる。
だから最初に言ったのに。

「お裁縫が苦手と仰っていたのは、謙遜では無かったのね」

「まさかここまでとは…」

パンパンパン!

「皆様!シェリルさんの可愛いおてては、わたくしが責任持って光魔法で治癒致しますわ!皆様は作業をお続けになって!」

アマーリエ様が手を叩きながら集まってきた女子達を作業に戻す。

可愛いおててって何ですか?って突っ込みたいけど出来ない。
相手は王女様だ。

「アマーリエ様、光魔法を使って頂くほどのことではありません。医務室に行って手当てをしてもらえば大丈夫です」

王族の光魔法で治してもらうなんて恐れ多すぎる。

「怪我したの?シェリル」

ふいに後ろから声をかけられて、ギョッとする。
いつの間にかエルダー様がいたらしい。

最近のエルダー様は、どことなく暗い表情をしていて顔色も悪く、以前は無駄にキラキラ光らせていた紫の瞳もどんより濁っている。

「あら、エルダー」

アマーリエ様がエルダー様を見て、何か思い付いたような顔をする。

うわぁ、嫌な予感。

「エルダー、シェリルさんを医務室に連れて行って差し上げてちょうだい」

「……分かりました。行こう、シェリル」

ええー!
嫌だー!!

「ひ、ひとりで行けます」

「駄目だよ。さっきシェリルの護衛、レオナルド殿下に呼ばれて行っちゃったし、ひとりにはさせられないよ」

確かに、何故かこんな時に限って護衛がいない。
必要な時にいない護衛ってどうなんだろう。
しかも呼んだのはその護衛を私につけた張本人のレオナルド殿下だ。

「護衛が戻って来たら、医務室に向かわせますわ」

ニッコニコのアマーリエ様に見送られて教室を出る。

結局エルダー様に付き添ってもらって医務室に行くことになってしまった。
親衛隊に見つかったら厄介なことになりそうだから、ご遠慮したかったのに。

王宮に保護されてから、エルダー様の親衛隊によるあからさまな虐めはなくなった。

教室の外では護衛がつくようになったから、物理的に近付くのが難しくなったせいもあるだろうけど、さすがに国に保護されている相手の教科書を破いたり、足をかけて転ばせるのは不味いと考えたんだろう。

ただ、遠くから恨みがましい目で睨みつけられてはいる。


「シェリル、この間はごめんね」

廊下を歩きながら、エルダー様が謝ってきた。

「え?何のことですか?」

この間?何かあったっけ?
正直エルダー様には謝って欲しいことが沢山あり過ぎて、何のことだか分からない。

「シェリルが痛がっていたのに、手を離さなかったから。怒ってる?」

ああ、ユラン様が雷の魔術を発動した時か。

「それは別に何とも思っていませんよ」

むしろ壁ドンしたこととか、キスしようとしたこととか、親衛隊を制御しきれてないことを謝ってほしい。

「怒ってないの?」

「はい」

それに関しては。

「良かった」

エルダー様が少しだけ口の端を上げた。
以前と違い、あきらかに無理して作った笑顔。
最近のエルダー様はずっとこんな調子だ。

「ねえ、シェリル」

「はい」

「シェリルは、ユランのことが好きなの?」

「はあ?」

おっとしまった。
高位貴族様に、はあ?とか言ってしまった。

「失礼しました。それは恋愛感情の好きという意味ですか?」

「うん」

「そういう感情は、今のところ誰に対してもありません」

「本当に?」

「はい」

「本当の本当?」

「…はい」

何だコレ。
何の確認なんだろう。

「そっか」

エルダー様は小さくそう言うと、フッと表情が明るくなった。


医務室に着くと、エルダー様が私の傷の手当てをしたいと言い出した。

「いや、医務員の先生にやってもらいますから」

「この前の合同遠征実習のあと練習したんだ。先生、いいでしょう?」

小首を傾げた可愛いおねだりポーズで、医務員の男性教諭を翻弄するエルダー様。
女好きなのは知ってたけど、そっちもいけるのか。

守備範囲の広いエルダー様をぼんやり見ていたら、剣の練習中に足に切れ目を入れてしまったという生徒が来て、医務員の先生は私をエルダー様に任せてそちらに行ってしまった。

「さあ、シェリル。手を出して」

何だか楽しそうなエルダー様に言われて、仕方なく手を出した。

「うわあ、痛そう」

エルダー様が綺麗な布を濡らして、私の傷だらけの指先を拭いてくれる。

聖魔法や光魔法の回復や治癒なら、こんな怪我はすぐに跡形もなく治せるけど、そもそも聖魔法や光魔法を持つ人は貴重なのだ。

たいした怪我じゃなければ、魔法じゃなくて薬を使って治すのが一般的だ。

エルダー様は私の指先に丁寧に薬を塗って、くるくると包帯を巻いていく。

「上手ですね、エルダー様」

「本当?嬉しいな。練習したかいがあったよ」

思わず褒めると、嬉しそうににっこり笑った。
無理して作った顔ではなくて、心からの笑顔。

「良かった」

「え?」

「エルダー様、最近暗かったから。久しぶりにちゃんと笑ってる顔が見れて良かったです」

「…っ、シェリル…」

エルダー様が下を向いてしまった。
胸を押さえて、何かに耐えるように体を強張らせている。
どうしたんだろうと手を伸ばしかけた所で、ちょうど護衛が迎えに来た。

「僕、この後用事があるから、護衛と一緒に教室に戻ってて」

エルダー様が下を向いたまま言った。

「…わかりました。傷の手当て、ありがとうございました」

お礼を言って医務室を出る。

エルダー様の様子がなんだかおかしかったけど、ここは医務室だ、具合が悪ければ医務員の先生に相談するだろう。

様子がおかしいのはここ最近ずっとだけど、それは私が関与することじゃない。

ふぅ

思わず小さな溜息を吐く。

エルダー様には迷惑をかけられた覚えしかないけど、目の前で暗い顔を見せられると気になってしまう。

何かあったんなら誰かに相談すればいいのに…。

と考えてふと気付く。
そういえば、エルダー様が特別に誰かと親しくしているのを見たことがない。
いつも笑顔でみんなと話していた。

それに、ウィルフレッド様やユラン様はレオナルド殿下の側近として生徒会の役員に名を連ねているけど、同じ歳で公爵家子息のエルダー様は側近でも生徒会役員でもない。

アマーリエ様の婚約者候補なのに、どことなく国の将来を担う人達とは一線を引いている?いや、引かれている?

「相談できる人、いないのかなぁ」

エルダー様の、何かに耐えるように張り詰めた肩を思い出しながら呟いた私の目に、たぶんエルダー様の親衛隊だろう女生徒の恨みのこもった視線がぶつかった。

エルダー様を心配するのは止めよう。



「あら、シェリルさん。戻られたのね」

教室に戻ると、満面の笑みを浮かべたアマーリエ様に出迎えられた。

「シェリルさんに衣装作りは難しいことが分かりましたので、魔道具班一筋で頑張って頂くことに決まりましたわ」

アマーリエ様の言葉にクラスの女子達が大きく頷いた。
だから、最初からお裁縫は苦手だって言ったのに。

「シェリル様にも苦手なものがあると分かって、何だか安心しましたわ」

クラスの女子が話しかけてきた。

「私もお裁縫は苦手でしたけど、シェリル様を見て自信がつきましたわ」

他の女子がそう言うと、何人かが力強く頷いた。

「それは…良かったです」

何だろう、何か釈然としない。

そういえば、マチルダ様は私が刺繍したハンカチを記念にと言って持って帰った。
何の記念なのか謎だけど、渾身の三つ首ヒュドラの刺繍だ。
ぜひ大切にしてもらいたい。

私は明らかにかったるそうなオーガスト先生監修のもと、ゴーレムの心臓ミニを作る班に回された。

これから三月末の春祭りまで、生徒達は放課後や休み時間まで春祭りの準備に追われることになる。

私はクラブ活動をしていないけど、クラブでも出し物のある人や、執行部の生徒会や委員会の人達はさらに忙しくなる。


春祭りに向けて着々と盛り上がって行く中、ライリー様に声をかけられた。

「知らせておいた方がいいと思ってな」

ライリー様はそう言って、真っ赤な髪をカリカリ掻きながら申し訳なさそうに言った。

「アマーリエの例の我儘がまた出たんだよ。今度は春祭りデート争奪戦だとさ」

「ええー!!!」

何それー!!!


アマーリエ様。
このクソ忙しい時に何やってるんですかね?
少なくとも暇ではないはずなんですけどね。

って言うか、もういい加減、私を巻き込むのやめてもらえないですかー?!
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