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二年生 後期

49 レオナルド殿下の事情 ※レオナルド視点

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「寝たのか?」

「うん」

ソファーにちんまりと収まり、寝息を立てるシェリル嬢。
その手を握り、私の威圧で失った魔力を補う為自らの魔力を注ぐウィルフレッド。
俯いているから顔は見えないが、耳が真っ赤に染まっている。

「シェリル嬢のアレは無自覚なのか?」

「……」

ウィルからの答えは無い。

今にも眠りに落ちそうなトロンとした目で名前を呼ぶなんて、とんだ小悪魔だ。

「アレが計画的だとしたら、恐ろしい女だな」

「そんな器用な人じゃない」

「…そうだな」

学年首位をキープし、これまでの常識を覆す新しい魔術を発見する彼女は、たまに残念なくらい不器用だ。

「部屋に送って行く」

「騎士を呼ぶか?」

「…いい」

ウィルはシェリル嬢をそっと横抱きにして、ドアの前で待機していた彼女の護衛を引き連れて客室へ向かって行った。

合同遠征実習以降、ウィルがその想い人であるシェリル嬢との距離を少しずつ縮めている。

「シェリル・マクウェンか…」

二年生になってすぐ、アマーリエの我儘に巻き込まれた女生徒がいるとライリーから報告を受けた時は、こんなに関わり合うことになるとは考えていなかった。

私は執務室の机で、山積みになっている書類に目を向けた。



ウィルは母親が王姉であるため、幼い頃からよく王宮を訪れていた。
魔力が多すぎて体の成長が遅く、可愛らしい見た目だったウィルは、妹が欲しかったアマーリエの玩具にされて女性が苦手になってしまった。

そんなウィルが、同じクラスのひとりの女生徒をひたすら目で追っていることに気付いたのは、学園に入学してすぐの頃だった。

ただ、見ているだけで何もしない。

闇魔法の研究をしていることが分かり、監視という大義名分を得ても、一向にシェリル嬢本人に接触しないでコッソリ後をついて回っている。

「それはただのストーカーですわ!お兄様!」

アマーリエにウィルの話しをしたら、そう言われた。
ストーカーというのは、好意を持つ相手に一方的に付き纏う輩のことらしい。

確かにこの頃のウィルはストーカーだった。
でも今は、いい友人くらいには昇格しているのでは無いだろうか。
今後に期待したい。


アマーリエはたまによく分からない言語を使う。
ストーカーもそうだが、ツンデレもそうだ。

四年前、私の婚約者であるディアナ王女が十歳になり、王妃教育の為我が国にやって来た。

ディアナ王女は透き通るような水色の髪に青い瞳の小さな小さな少女で、あまりに幼い見た目に、正直将来自分の妻になるという感覚にはなれなかった。

当時私は十三歳で、騎士学校の一年生だった。
騎士学校は集団生活を学ぶ為全寮制で、私は初めての王宮の外での生活を楽しんでいた。

しかし、慣れない他国での生活は大変だろうと、休日はなるべく王宮に戻り、ディアナ王女に会うようにしていた。

「わたくしはメネティス王国の王妃となるべくこの国に来たのです。馴れ合いは結構ですわ!わたくしに構っている時間があるなら、ご学友と訓練でもされたらいかがですの?」

会いに行っても笑顔も見せず、口をひらけば出てくるのは辛辣な言葉ばかり。
しだいに会いに行くのが億劫になり、週一回だったのが隔週になり、月一回になった。

幼すぎる容姿で女性として見ることが出来ない上に、顔を見るなり嫌味を言ってくるディアナ王女との将来に全く希望を見出せず、すっかり嫌気がさしていた。

その日も一ヶ月溜め込んだような辛辣な言葉を吐かれ、次に会うのは二ヶ月後でいいのではないかと考えていたら、アマーリエに呼び止められた。

「お兄様。ディアナ様はツンデレなんですの」

「ツンデレ?」

アマーリエは持っていたノートを私に差し出した。
ノートには手書きで[ツンデレ取扱説明書]と書いてあった。

アマーリエは我儘なところがあって、幼い頃は扱い難い子供だったが、この頃少し落ち着いてきて、ひとつ歳下のディアナ王女とも仲良くしていると聞いていた。

「これは、ディアナ王女の取扱説明書ということか?」

「そうですわ!」

私と同じ紅い瞳をキラキラさせて、手書きのノートを押し付ける。

「最初はわたくしにも、とてもツンツンしていましたの。でも、ちょっとしたきっかけで仲良くなったら、ものすごくデレデレになったんですのよ!」

どうやら、ツンツンしていたのがデレデレになることをツンデレと言うようだ。

「ディアナ様はお兄様のことが大好きなんですのよ。だから余計にツンツンしてしまうんですわ」

「ツンツンし過ぎだろう」

思わず不満が口に出た。

「とにかく、お兄様はそれを読んで、ディアナ様の扱いを間違えないようになさってくださいませ!」

腰に手を当てて偉そうに言う腹違いの妹は、何だか滑稽で可愛かった。


[ツンデレ取扱説明書]は、読んでみると意外と面白かった。

翌週、私はディアナ王女に会いに行った。

「まあ、二週続けていらっしゃるなんてお暇なんですの?せっかくのお休みにわたくしの顔を見に来るより、優先すべきことがありますでしょう!」

口元に扇子を当てて青い瞳で私を睨みつけるディアナ王女。

アマーリエの[ツンデレ取扱説明書]をもとに変換すると、
『せっかくの休みなんですから、わたくしの顔を見に来るより体を休めてくださいませ』
…と、なる。

なんだか面白くなってきた私は、平静を装ってなるべく自然に聞こえるようにディアナ王女に声をかけた。

「君に会いたくなったんだ」

「…っ!」

ディアナ王女の顔が赤くなった。

「今日は天気がいいから、中庭でお茶を飲もう」

「なっ…!わ、わたくしは勉強がありますから…」

赤くなった顔を隠すように扇子を持ち上げ横を向くディアナ王女。

「今日は休日だ。勉強はしなくていい。行くぞ」

そう言って少し強引に手を取り部屋を出ると、ディアナ王女は戸惑いながらも大人しくついてきた。

「今日は、いつもと違いますのね」

困惑した表情を見せるディアナ王女。
大きな青い瞳が不安気に揺れている。

……可愛いかもしれない。

「考えを改めたんだ。君は私の婚約者で、将来妻になる女性だ。私の素の姿を知ってもらいたい」

「素の姿…」

「君の、素の姿も知りたいな…ディアナ」

「…っ!」

悪戯に耳元で囁くように名を呼ぶと、ディアナ王女は身を震わせて、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

……可愛い。


その日はいつもの辛辣な言葉はなく、穏やかにお茶会が終わった。
ディアナ王女は終始目線を彷徨わせ、私と目が合うと頬を赤く染めて俯いていた。


「アマーリエ!」

「まあ、お兄様。今週もいらしてたんですの?」

アマーリエは騎士訓練場にいた。
訓練場ではライリーが剣を振り回している姿が見えた。

「ディアナに試してみたんだ。凄いな!いつもとまるで違ったぞ!」

興奮気味にそう言って、アマーリエに渡されたノートを開く。

「ツンデレには下手に出ず、多少強引な方がいいと書いてあったが、ディアナにそんなことをしたら怒って国に帰ってしまうと思っていたよ」

いっそ、それでもいいかと試してみたのだが、驚くほど上手くいった。

「ディアナ様は、お兄様を好いていらっしゃいますから、お国に帰ったりはしませんわ」

「好かれているなんて、信じられなかったが…」

「そこはツンデレですからね」

ツンデレ…その言葉で片付けていいんだろうか。

「わたくし達王族は、好いた方と一緒になれる訳ではありませんわ。でも、ディアナ様はお兄様のことが好きで、婚約を喜んでいらっしゃいましたの」

アマーリエは少し悲しげな目をして俯いた。

「王妃教育も頑張っていらっしゃいますわ。だからお兄様も、もう少しディアナ様を大切になさってくださいませ」

アマーリエはそう言って、悲しげな眼差しをライリーに向けた。


その後も[ツンデレ取扱説明書]をもとに、ディアナへの接し方を変えて行くと、アマーリエの言う通り、ディアナが私にベタ惚れであることが分かった。

私の言葉ひとつ、視線ひとつで一喜一憂するディアナ。
見た目は小さな子供のようだが、実際にはとても思慮深く、情が深いことにも気が付いた。

ディアナのツンツンした態度も、私への愛情の裏返しだと思うと愛しくて堪らない。
デレた時の素直なディアナは、この世にこんなに愛らしい生き物がいたのかと驚嘆するほどの可愛さだ。

ディアナに会えない日は寂しく感じ、暇さえあれば会いに行くようになった。

正直、出会った時はディアナに対してこんな感情を抱くようになるとは考えもしなかった。

今の私とディアナの関係があるのはアマーリエのおかげだ。
あの時[ツンデレ取扱説明書]をアマーリエから貰わなかったら、私達の関係は婚姻前に破綻していただろう。

『わたくし達は、好いた方と一緒になれる訳ではありません』

確かにその通りだ。
私達は王族の一員として、国にとって有益な相手と婚姻しなければならない。

しかし……。


兄として、妹の幸せを願わずにはいられない。

私に、愛しいディアナを与えてくれたアマーリエにも、愛する人と幸せになって欲しい。



私は、書類の山に手を伸ばす。
癒しの魔術を使用した魔道具の作製申請書、雷の魔術の実験許可申請書、魔法訓練場の修繕費用見積書…。

「またディアナと会う時間が減ってしまう。シェリル嬢は私を殺す気か?」


私は溜息を吐きながら、書類の山を片付け始めた。
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