【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき

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二年生 前期

23 お願い

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「お話しを聞くことは出来ますが、ご期待には添えないと思います」

何も植っていない薬草畑の真ん中の小道を歩きながら、私は申し訳ない気持ちでそう言った。

「期待に添えない…とは、どういうことですか?」

ユラン様が私と並んで歩きながら訊ねる。

「…アルノー先輩に癒しの魔術を使った後、数人の方から、癒しの魔術をかけて欲しいと頼まれたんです」

心に深く刻まれて、血を流し続ける心の傷。
痛みが強ければ強いほど、頼んでくる人は必死だった。

「癒しの魔術は闇魔法です。以前ハイベルグ様も仰っていましたが、使用には制限があって、国王陛下の許可が必要なんです」

ユラン様が小さく頷いた。
後ろでひとつに結ばれた金色の長い髪が、サラサラと背中を流れる。

「アルノー先輩の時は、レオナルド殿下が国王陛下の許可を頂いてくれて、さらに魔術師団長の監視下だったから許されたんです」

せっかく私を頼ってくれたのに、何も出来ない自分が不甲斐なくて申し訳ない。

ユラン様はウィルフレッド様に次いで眠りの魔道具の被験者になってくれている。
眠りの魔道具では対応しきれない心の傷に苦しんでいるんだろう。

「そうでしたね。自分で言ったことなのに、失念していました」

ユラン様の表情が暗くなる。

「私が癒しの魔術をかけることは出来ませんが、魔術師団で被験者を募集しているそうです。私に相談してきた方の何人かは、応募したと聞きました」

「それは、魔術師が来てくれるんでしょうか?」

「いいえ、癒しの魔術はまだ分からないことが多いので、何かあってもすぐ対応出来るように、魔術師の塔でおこなうそうです」

「そうですか…」

ユラン様は難しい顔をしている。
魔術師の塔に行きたくないんだろうか。

「あの、眠りの魔道具を使っても眠れないくらいお辛いことがあるなら、ひとりで抱えていないで、魔術師団の臨床試験に応募してみてはどうでしょうか?
どうしても魔術師の塔に行きたくないなら、その理由もお話ししたらいいと思います」

クラブ棟の前まで来たけど、ユラン様はそのまま足を止めることなく、その先にあるグラウンドへ続く道を進んで行く。

両側に薬草畑の広がるクラブ棟までの道と違い、背の高い木々に囲まれたこの道は、初冬のただでさえ弱くなってきた日差しを遮り、薄暗くてひんやりしている。

肌寒さに体が震えた。

相変わらず暗く難しい顔をしているユラン様。
私の声は届いているんだろうか。
歩く速度は私に合わせてゆっくりだけど、心はここにないかのように感じる。

「ハイベルグ様、心の傷は体の傷と違って目には見えませんが、痛みや苦しみは確かにあるものです。どうか、ひとりで苦しまないでください」

苦しんでいる人が目の前にいるのに、何の役にも立てない自分がもどかしい。

なんだか悲しくなってきて、涙が込み上げてきた。

「…っ!マクウェン嬢?」

ふとこちらを振り返ったユラン様に、込み上げた涙を見られてしまった。
慌てて下を向いたら涙が一粒零れて、持っていた薔薇の花束ににポツンと落ちた。

気まずくて下を向いたまま歩いていたら、目の前に白いハンカチが現れた。

「申し訳ありません。貴女を責めたり傷つけるつもりは無かったのです」

私は下を向いたまま首を横に振る。
表面張力でなんとか目に張り付いている涙が、ふるふる震えて視界が揺れた。

「ハイベルグ様のせいではありません」

花束を持っていない方の手に、ユラン様のハンカチがそっと押し当てられる。
これ以上固辞したら、ユラン様の親切を無下にしてしまうことになる。
私はハンカチを受け取って、まだ涙の残る目元をおさえた。

「洗って返します」

「いや、それは別に…」

何となく気まずい雰囲気になり、そのまま二人とも無言で歩いた。

唐突に薄暗い木立が終わり、目の前がひらけ明るいグラウンドが見えた。

体を動かすクラブ活動やちょっとした試合にも使われるグラウンドは、周囲をぐるりと観覧席が囲み、小さめの野外スタジアムのようだ。

開放感のある明るい景色に、落ち込んでいた気持ちが少し浮上する。

グラウンドを囲む観覧席に向かって歩きながら、ユラン様が話し始めた。

「貴女に、お願いがあるんです」

「癒しの魔術を私が使うことは出来ませんよ」

「お願いしたいのは癒しの魔術ではありません。いや、最初はお願いしようと考えていましたが、私個人で何とか出来ることではありませんからね」

じゃあ何だろう?

「マクウェン嬢は、私の妹のことを知っていますか?」

「お会いしたことはありませんが、確か第二王子殿下のご婚約者だった方ですよね」

体調不良を理由に婚約を解消して、自宅療養していると聞いたことがある。

「眠りの魔道具も癒しの魔術も、妹のオリビアの役に立つのではないかと考えたのです」

オリビア様に癒しの魔術を?
それじゃあ…。

「妹は、表向きは体調不良で婚約を解消したことになっていますが、実際は違います」

私に合わせてゆっくり歩きながら、ユラン様は話し続ける。

「妹は六歳の時にアーサー第二王子殿下に見染められて婚約者になったのですが、婚約してすぐに始まった王宮での王子妃教育で、心無い嫌がらせや虐めを受けていたのです」

ユラン様は下を向いて溜息をついた。

「王子妃教育をおこなう教師や侍女を選定した人物が、我が家を良く思っていない人間だったのです。
情け無いことに、ニ年前妹が心労で倒れるまで、私も父も、妹が辛い思いをしていることに気付かなかった」

そういえば、レオナルド殿下の婚約者ディアナ王女の王太子妃教育の教師や侍女は、王妃様が選定しなおしたと聞いた。
王宮の人事担当者は、名誉ある仕事を奪われたと抗議したが叶わなかったとも。

ユラン様の妹さんのことを受けて選定しなおしたのかもしれない。

「四年もの間幼い心を傷付けられて、可哀想に妹は憔悴しきっていました。今だに私と父と、近しい使用人数人としか、話すことも出来ないのです」

六歳から十歳までの四年間。
前世の世界だったらまだ小学生だ。

自分を導いてくれるはずの教師や、お世話をしてくれるはずの侍女に虐めを受けたら、深く傷付いて誰のことも信じられなくなるかもしれない。

「妹は来年魔法学園に入学予定ですが、知らない人が大勢いる所には行きたくないと言っているのです。いっそのこと修道院に入って神に祈りを捧げて生きていきたいと…まだ、十二歳なのに……」

ユラン様は苦しそうに顔を顰めた。

私も辛い気持ちになる。
大人の事情に振り回されて子供が傷付くなんておかしいよ。

「私も父も諦めかけていたんです。でも最近になって妹が貴女に興味を示したのです」

「はい?」

興味?

「闇魔法の研究をしていたり、将来魔術師団に入団したいと言っていたり」

ああ、うん。
この世界の女性像からは少し外れているからね。

「ヒュドラの討伐に勝手に参加したり、魔力枯渇で倒れて心配してみんなが駆け寄ったら、背中にキノコの魔物を背負った間抜けな姿だったり」

あれ?今、間抜けって言った?

「そのキノコの魔物でスープを作りながら、レオナルド殿下に食べられるキノコについて講義をしたり」

「ハイベルグ様が面白おかしく話しているだけじゃないですか?」

「私は事実しか言っていません」

うぐっ。
確かに事実だった。

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「ええ?!」

「このニ年間で妹が会いたいと言ったのは貴女だけです。癒しの魔術も出来たらお願いしたかったのですが、何より妹に会ってもらいたいのです」

ユラン様は立ち止まり、ハイベルグ公爵家の特長である、美しいブルーグレーの瞳で縋るように私を見た。

「お願いします。マクウェン嬢。
どうか、妹に、オリビアに会ってやってください」
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