【R18】付き合って二百年、初めての中イき

Cleyera

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31 山裾にて

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 動くと決めた後に、迷う必要はなかった。
 翌日、ブレーが起きるのを待ってから、両親と共に里に転移で戻り、そこから更に転移を多用して世界樹に詣でて披露目をした。

 本来の世界樹詣では、成人報告であると同時に記念行事になるため、転移は認められない。
 世界樹が許さない訳ではないので、慣習として。
 自分の力で世界樹まで辿り着けるようになった、という事を示す意味がある。

 けれど、人生の節目として 詣でる場合は、転移も許される。

 ブレーが周囲の木々の大きさに圧倒されている姿にときめき、エルフの文化に興味を向けてくれた事が嬉しい。
 里では子供の誕生祝いに木を植えるのだと伝えて、案内すれば、私の木を美しいと褒めてくれた。

 当たり前だけれど、世界樹はエルフではないブレーも認めてくれる。

 エルフが成人の披露目で頂くのは盛装用の額冠と杖だが、ブレーはドワーフだからなのか、曲がった太い枝を頂いた。
 ブレーが「工具の柄に最適な太さだ」と喜んでいたので、世界樹が全てを見通しているというのは、真実なのかもしれない。

 枝を見える場所に持っていてほしいと告げて、その後は里の家族に挨拶した。

 世界樹に認められて枝を与えられた者は、エルフにとって仲間だ。
 姿形は違えども、世界樹に認められた同胞になる。

 枝を持ったブレーと一緒にいる私を見て、やっとか、という言葉を一番多くもらったので、みなに心配をさせていたと知った。
 好き勝手に生きる裏で誰かが影響を受けていると知っていたのに、皆の優しさに甘えて顧みなかった事を後悔している。

 この先二十年、エルフの王子という肩書きを背負わされた以上、私が外に出るのは確定だ。
 里の評価につながるため、面倒臭いとか言っていられない。

 現在外交役を引き受けている里からの手紙も受け取り、なにかあった時は直接連絡を送れるように送り先を覚えた。

「エレン、用意できたよ」

 父の用意してくれた長距離転移魔法陣に、二人で乗った。
 私はドワーフの里まで跳ぶ事ができないけれど、父が魔法を制御してくれて、目的地特定はブレーの転移用魔法道具から解析した事で可能になった。

 転移酔いをすると分かっていても、緊急時を考えて転移魔法道具を備えているなんて、とってもドワーフらしくてときめく。

「ありがとう、また、すぐに連絡する」
「いつでも帰っておいで」
「元気で」

 里の家族は総出で、私たちを見送ってくれた。
 それは、里を出た日を思い起こさせて、胸が詰まる光景だった。

 二百七十二年前、百五十歳の誕生日に成人の詣でを終えた足で里を飛び出した。
 里では自分の居場所が得られないと考えた事は、正しかった。
 けれど、里が自分の居場所ではない、というのは間違っていた。

「二人とも怪我や病気に気をつけて」
「人種族との交渉役は任せた」
「エレン、みやげ送ってくれよ」
「無理するんじゃないよ」
「楽しんでおいで」
「たまには連絡しろよ」
「王子役よろしくな」
「仲良くな」

 口々に言われる言葉の中には、長らく里を顧みなかった私への苦言はなくて。
 長く恋人として過ごしているのを知られているから、からかう言葉もない。
 私はみなに大切にされていたのだと、認めるしかなかった。

 これから、里のために王子として働く。
 押し付けられたのではなく、自分の意志で。

「いってきます」
「世話になった、なりました」

 私は、喜びと期待を胸に、ブレーと手を繋ぎ、跳んだ。





 辿り着いたのは、高い険峻と断崖を見上げる小さな集落だった。

 周囲を見回すまでもなく、木が少ない。
 細い枝が茂った低木と、名も知らない草は薄く生えているけれど、見える範囲に高木は存在していない。
 こんな寂しい場所に、ドワーフは適応して生きているのか。

 大気が……薄い?
 なんだここは、苦しい。

「ようこそ、ヤマのおカタ」
「すまん、世話になる」
「はじ、めまして」

 転移の目的地は、ドワーフたちと交流のある山付き種のコボルトの集落。
 魔法道具用の転移目的印を、そのまま流用させてもらった。
 父が。

 ドワーフの住む窟は、見上げた先の高山を登りつめた先から伸びる、地下深い坑道の最奥。
 坑道を地底深くまで降りた先にドワーフたちは住んでいて、簡単に行き来ができないからこそ、コボルトたちに他種族との窓口役を頼んでいるという。

 元ベルストーナで会った獣に似たコボルトたちとは違い、ふさふさとした体毛はない。
 背が低い事もあり、妖精族のゴブリンにもどこか似ている。

 手先が器用なコボルトたちは、金属で小物を作る事を得意としているらしい。

 武器や防具、大掛かりな炉が必要な精錬は無理らしいが、小物、小道具ならばコボルトに持ち込んだ方が話が早いという。
 ただ、彼らは少々いたずら好きな気質で、依頼を受けてもらうのは難しいとも。

「エレン、少し座ろう」
「すまない、ここは息がつまる」
「標高があるからな」

 そういう意味ではないのだけれど。
 ドワーフのブレーには、木々の少なさと息苦しさが繋がらないのだろう。
 転移酔いで顔色は悪いけれど、私のように苦しいとは感じていないようだから。

 山裾のコボルトの集落でこれなら、ドワーフの窟に行かないのは正解だ。
 転移で飛べたとしても、その場で倒れてしまう気がする。

 二人で、コボルトたちが大勢で運んできてくれた石に腰を下ろして、呼吸に意識を向ける。

 ブレーに鎮静をかけてあげたい、お茶を用意してあげたいのに、できない。
 集中できない。

 胸が満たされない。
 木々の恵みが足りない。
 ドワーフの故郷が植物の恵み豊かでないことは知っていたけれど、これほどとは。

 山肌からにじみ滴るように下ってくる力の強さに頭が痛み、目の前が暗くなる。

 もう無理かもしれないと思った時点で、世界樹の額冠と杖が鳴っている事に気がついた。
 ここに来てからずっと、ちりちりと意識を擦られている様な気がしたのは、私を助けてくれていたかららしい。

 額冠をかぶり杖を持ち、自分を中心に魔力循環をしたら、呼吸の苦しさは楽になったけれど、ここにいる間はやめられないという事だ。

 植物豊かな環境に適応している妖精族の体質と分かっていても、悔しい。
 ブレーと共に、どこにでも行くつもりだったのに。
 どこにでも行けると思っていたのに。

「エレン、落ち着いたか?」

 具合が悪いのに背中をさすってくれていたブレーが、呼吸が落ち着いた私を見て、安堵の声を漏らした。

「もう大丈夫、ブレー、コボルトたちに渡すだろう?」
「おう、出してくれるか?」

 場を借りる礼に、ホーヴェスタッドの森で得た肉の半分を渡すと決めていた。
 もう半分はドワーフへ送る。

 ブレーに必要な肉は、私が用立てれば良い。

 母とブレーが保存食に加工してくれた肉は、エルフ風と人種族風だ。
 豊富な薬草や香辛料、獣脂を使った目新しさを気に入ってもらえると良いのだけれど。

「ニクだ、おニクっ」
「わあ、みんなアツまれー」
「イいニオーいっ」

 姿形は多少異なっていても、肉を出した後の動きがベルストーナで会ったコボルトたちにそっくりだった。
 大勢が集まり、短い腕で肉の包みを抱えてちょこまかと走る姿は、本当に嬉しそうだ。

「多すぎるかと思ったが、足りんか」
「大丈夫だろう」

 コボルトたちはここで暮らしている。
 痩せていないので、食料には困っていないだろう。
 木も育たない場所で、なにを食べているのかは気になるけれど。

 喜ぶ姿をみて、土産の量を増やしたいと思うのは理解できる。
 後押ししたい気持ちはあっても、私は狩人ではないので、初めて訪れた場所で十分な量の獲物を狩れる自信がない。
 この環境で呼吸を維持したまま、狩りを十全に行える自信もなかった。

 
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