【R18】付き合って二百年、初めての中イき

Cleyera

文字の大きさ
上 下
38 / 45

31 山裾にて

しおりを挟む
 

 動くと決めた後に、迷う必要はなかった。
 翌日、ブレーが起きるのを待ってから、両親と共に里に転移で戻り、そこから更に転移を多用して世界樹に詣でて披露目をした。

 本来の世界樹詣では、成人報告であると同時に記念行事になるため、転移は認められない。
 世界樹が許さない訳ではないので、慣習として。
 自分の力で世界樹まで辿り着けるようになった、という事を示す意味がある。

 けれど、人生の節目として 詣でる場合は、転移も許される。

 ブレーが周囲の木々の大きさに圧倒されている姿にときめき、エルフの文化に興味を向けてくれた事が嬉しい。
 里では子供の誕生祝いに木を植えるのだと伝えて、案内すれば、私の木を美しいと褒めてくれた。

 当たり前だけれど、世界樹はエルフではないブレーも認めてくれる。

 エルフが成人の披露目で頂くのは盛装用の額冠と杖だが、ブレーはドワーフだからなのか、曲がった太い枝を頂いた。
 ブレーが「工具の柄に最適な太さだ」と喜んでいたので、世界樹が全てを見通しているというのは、真実なのかもしれない。

 枝を見える場所に持っていてほしいと告げて、その後は里の家族に挨拶した。

 世界樹に認められて枝を与えられた者は、エルフにとって仲間だ。
 姿形は違えども、世界樹に認められた同胞になる。

 枝を持ったブレーと一緒にいる私を見て、やっとか、という言葉を一番多くもらったので、みなに心配をさせていたと知った。
 好き勝手に生きる裏で誰かが影響を受けていると知っていたのに、皆の優しさに甘えて顧みなかった事を後悔している。

 この先二十年、エルフの王子という肩書きを背負わされた以上、私が外に出るのは確定だ。
 里の評価につながるため、面倒臭いとか言っていられない。

 現在外交役を引き受けている里からの手紙も受け取り、なにかあった時は直接連絡を送れるように送り先を覚えた。

「エレン、用意できたよ」

 父の用意してくれた長距離転移魔法陣に、二人で乗った。
 私はドワーフの里まで跳ぶ事ができないけれど、父が魔法を制御してくれて、目的地特定はブレーの転移用魔法道具から解析した事で可能になった。

 転移酔いをすると分かっていても、緊急時を考えて転移魔法道具を備えているなんて、とってもドワーフらしくてときめく。

「ありがとう、また、すぐに連絡する」
「いつでも帰っておいで」
「元気で」

 里の家族は総出で、私たちを見送ってくれた。
 それは、里を出た日を思い起こさせて、胸が詰まる光景だった。

 二百七十二年前、百五十歳の誕生日に成人の詣でを終えた足で里を飛び出した。
 里では自分の居場所が得られないと考えた事は、正しかった。
 けれど、里が自分の居場所ではない、というのは間違っていた。

「二人とも怪我や病気に気をつけて」
「人種族との交渉役は任せた」
「エレン、みやげ送ってくれよ」
「無理するんじゃないよ」
「楽しんでおいで」
「たまには連絡しろよ」
「王子役よろしくな」
「仲良くな」

 口々に言われる言葉の中には、長らく里を顧みなかった私への苦言はなくて。
 長く恋人として過ごしているのを知られているから、からかう言葉もない。
 私はみなに大切にされていたのだと、認めるしかなかった。

 これから、里のために王子として働く。
 押し付けられたのではなく、自分の意志で。

「いってきます」
「世話になった、なりました」

 私は、喜びと期待を胸に、ブレーと手を繋ぎ、跳んだ。





 辿り着いたのは、高い険峻と断崖を見上げる小さな集落だった。

 周囲を見回すまでもなく、木が少ない。
 細い枝が茂った低木と、名も知らない草は薄く生えているけれど、見える範囲に高木は存在していない。
 こんな寂しい場所に、ドワーフは適応して生きているのか。

 大気が……薄い?
 なんだここは、苦しい。

「ようこそ、ヤマのおカタ」
「すまん、世話になる」
「はじ、めまして」

 転移の目的地は、ドワーフたちと交流のある山付き種のコボルトの集落。
 魔法道具用の転移目的印を、そのまま流用させてもらった。
 父が。

 ドワーフの住む窟は、見上げた先の高山を登りつめた先から伸びる、地下深い坑道の最奥。
 坑道を地底深くまで降りた先にドワーフたちは住んでいて、簡単に行き来ができないからこそ、コボルトたちに他種族との窓口役を頼んでいるという。

 元ベルストーナで会った獣に似たコボルトたちとは違い、ふさふさとした体毛はない。
 背が低い事もあり、妖精族のゴブリンにもどこか似ている。

 手先が器用なコボルトたちは、金属で小物を作る事を得意としているらしい。

 武器や防具、大掛かりな炉が必要な精錬は無理らしいが、小物、小道具ならばコボルトに持ち込んだ方が話が早いという。
 ただ、彼らは少々いたずら好きな気質で、依頼を受けてもらうのは難しいとも。

「エレン、少し座ろう」
「すまない、ここは息がつまる」
「標高があるからな」

 そういう意味ではないのだけれど。
 ドワーフのブレーには、木々の少なさと息苦しさが繋がらないのだろう。
 転移酔いで顔色は悪いけれど、私のように苦しいとは感じていないようだから。

 山裾のコボルトの集落でこれなら、ドワーフの窟に行かないのは正解だ。
 転移で飛べたとしても、その場で倒れてしまう気がする。

 二人で、コボルトたちが大勢で運んできてくれた石に腰を下ろして、呼吸に意識を向ける。

 ブレーに鎮静をかけてあげたい、お茶を用意してあげたいのに、できない。
 集中できない。

 胸が満たされない。
 木々の恵みが足りない。
 ドワーフの故郷が植物の恵み豊かでないことは知っていたけれど、これほどとは。

 山肌からにじみ滴るように下ってくる力の強さに頭が痛み、目の前が暗くなる。

 もう無理かもしれないと思った時点で、世界樹の額冠と杖が鳴っている事に気がついた。
 ここに来てからずっと、ちりちりと意識を擦られている様な気がしたのは、私を助けてくれていたかららしい。

 額冠をかぶり杖を持ち、自分を中心に魔力循環をしたら、呼吸の苦しさは楽になったけれど、ここにいる間はやめられないという事だ。

 植物豊かな環境に適応している妖精族の体質と分かっていても、悔しい。
 ブレーと共に、どこにでも行くつもりだったのに。
 どこにでも行けると思っていたのに。

「エレン、落ち着いたか?」

 具合が悪いのに背中をさすってくれていたブレーが、呼吸が落ち着いた私を見て、安堵の声を漏らした。

「もう大丈夫、ブレー、コボルトたちに渡すだろう?」
「おう、出してくれるか?」

 場を借りる礼に、ホーヴェスタッドの森で得た肉の半分を渡すと決めていた。
 もう半分はドワーフへ送る。

 ブレーに必要な肉は、私が用立てれば良い。

 母とブレーが保存食に加工してくれた肉は、エルフ風と人種族風だ。
 豊富な薬草や香辛料、獣脂を使った目新しさを気に入ってもらえると良いのだけれど。

「ニクだ、おニクっ」
「わあ、みんなアツまれー」
「イいニオーいっ」

 姿形は多少異なっていても、肉を出した後の動きがベルストーナで会ったコボルトたちにそっくりだった。
 大勢が集まり、短い腕で肉の包みを抱えてちょこまかと走る姿は、本当に嬉しそうだ。

「多すぎるかと思ったが、足りんか」
「大丈夫だろう」

 コボルトたちはここで暮らしている。
 痩せていないので、食料には困っていないだろう。
 木も育たない場所で、なにを食べているのかは気になるけれど。

 喜ぶ姿をみて、土産の量を増やしたいと思うのは理解できる。
 後押ししたい気持ちはあっても、私は狩人ではないので、初めて訪れた場所で十分な量の獲物を狩れる自信がない。
 この環境で呼吸を維持したまま、狩りを十全に行える自信もなかった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

そんなの聞いていませんが

みけねこ
BL
お二人の門出を祝う気満々だったのに、婚約破棄とはどういうことですか?

処理中です...