【R18】付き合って二百年、初めての中イき

Cleyera

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32 傷心は価値観の違い

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 私は狩猟が得意なわけではない。
 弓も魔法も当たらない。

 ブレーが食べる量くらいなら確約できるけれど、周辺には岩山ばかりが目立つので、ホーヴェスタッド周辺と獣や魔物の分布が違うのは間違いない。
 もちろんエルフの里があった森とも違うだろう。

 コボルトはいたずら好きではあっても、性悪ではない。
 窓口係としての報酬は別に約束されていると聞いたので、土産が足りないと文句を言ったりはしないだろう。



 わちゃわちゃとコボルトたちにもてなされて、「カジるとアタマイタイいのラクになる」と受け取った小さな木の実が、とんでもなく辛かったり。
 「これもおニクにしてくれる?」、と持ってきた小さな魔物を山と積まれたり。

 ドワーフたちはまだかな、と日暮れと共に襲い来た肌寒さに身を震わせた時。

「ブライトーっ」
「ほーぉうっ」

 遠くから響く声に、ブレーが地底に響くような声で返事をする。
 魔力で強化した、とても遠くまで聞こえる発声方法だ。
 高山の入り口から、坑道の奥深くまで声を届けるためのものだろうか。

「久しぶりだなぁ!」

 転がる岩のような体躯のドワーフたちが、岩肌の隙間を縫うようにやってきて、出迎えたコボルトたちに拳大の石を手渡した。

「客人へのもてなし役、ありがとう」
「わー、イシだー!」
「わーい、アツまれー」

 コボルトたちは肉を渡した時と同じように集まり、石を手に手に散っていった。
 石をどうするのかと見送っていた私が、視線に気がついて振り返ると。

 ブレーの手が、私の腰へと回される。
 まるで、自分のものだと見せびらかすように、守るように。

「紹介する、わしの伴侶、エレンだ」

 なるほど、きちんと訴えておくべきなのか。
 それならば正式な自己紹介をしておこう。
 エルフの中で通用する、正式な名乗りを。

「初めまして、イェーリンクピロス・ベリュー・ウィステリア・オゥルクゾル・エレデティ・キライヴィェルヴォナラと申します」

 ドワーフ式の礼は分からないので、額冠と長杖が見えるように、エルフ式の礼をする。

「ほぉーう」
「ふぉー」
「ほーぉお」

 ……それは、どういう反応だ?

 感心されたのか、エルフへの興味か、はたまた好奇心か。
 ドワーフたちはじろじろと、私の頭の先からつま先まで見まわしてからブレーに言った。

「こんな優男にお前が見染められたんか?」
「相思相愛じゃ、悪いか!」
「柳腰じゃぞ、根元まで入るんか?」
「入るに決まっとろうが!」

 なんの話だ、と分からないふりをするつもりはないけれど、初対面からそういう事を言われるのは、苦手だ。
 酒場にたむろしていた人種族の中に、下世話な話を好む客が一定数いて、慣れているけれど。

「ブレー」
「おう?」
「買った方が良い喧嘩があるなら、私が言い値で買うと伝えてくれ」
「かうのか?」

 ドワーフの常識とエルフの常識は違うから。
 私だけが喧嘩腰になっていると勘違いされては困る。

「おい、聞いた通りじゃねえか、尻に敷かれとるぞ」
「なんだぁ、心配いらんな」
「細腕でおめぇを吹っ飛ばすのは見たから心配はしとらんぞ」

 なるほど。
 全員がひげもじゃもじゃの髪もっじゃもっじゃで見分けがつかないけれど、前に開かれた遠隔飲み会に参加していたらしい。

「というわけでな、わしらブレーの兄貴と兄貴と弟だ」
「え?」

 まさかの兄弟だった?
 髪と髭で顔の半分以上が覆われているので、顔立ちが良くわからない。
 当然年齢も。

 声は全員低い。
 背が低いのに声も低いのだ。
 岩のような肉体を持っているからかもしれない。

「エレン、兄貴分と弟分だ、ドワーフは集落単位で子育てをするで、みんな兄弟姉妹だ」
「なるほど」

 子育てに関してはエルフも似たようなものだけれど、兄弟扱いまではしない。
 ドワーフは過酷な環境で暮らしているから、集落一つで家族なのはエルフと同じで、さらにそれ以上の結束を持って生きているようだ。

「わしゃフェイゼン・イマグルン・シュモクロスだ」
「おりゃヒューゲル・イマグルン・シュモクロスという」
「わっしはタイゾーレ・イマグルン・シュモクロスだ」

 名前も、ブレーの名乗りと同じだった。
 エルフのように身分証明として名前を語る必要がないのかもしれない。

「ほんもんのエルフっつーのは、ほそっこいのぅ」
「じゃが枯れ木とは違うのぅ、若木じゃの」
「きらきらしとるよなぁ」

 まじまじと見つめられると反応に困る。
 ドワーフをブレーしか知らなかったので、本物のドワーフから立ち上る金気臭と焦げ臭さで鼻の奥が痛くて、涙が滲んでくる。

 清潔や不潔以前に、全身に金属の粉が付着しているのかもしれない。
 彼らが身じろぎして髪の毛や髭が揺れるたびに、鼻の奥に臭気が突き刺さる。

 人の街に馴染もうと、ブレーが努力している事を痛感した。
 髪も髭も整えて、顔が見えている!

「ほんじゃ、飲むか!」

 三人がそれぞれ腰に巻いていた鞄は魔法道具だったらしい。

 ブレーまでいつの間にか酒を取り出して。
 唐突な宴会が、始まった。



   ◆



 エルフの私がドワーフと同じだけ酒が飲めるわけがない。
 早々に離脱して、天幕を張って寝て起きて、三日三晩続いた宴会がようやく終わった頃。

「えれん、みずくれぇ」
「寝てろ」

 見事に四体の半死半生の酒臭いドワーフが誕生した。
 コボルトたちすら「クサい、クサイよー」と近寄ってこないので、ドワーフの酒の飲み方としてこれが正しいのか判断できない。

 酒は薬でもある。
 薬を三日三晩も飲み続けていれば、体が負けて当たり前だ。
 普通なら痛み止めや胃薬が使えるけれど、ドワーフに最適な処方が分からない。

 ゆえに薬はなしだ!

 私はコボルトたちに手伝いを頼み、四人に水を飲ませた。
 吐き戻すぅ、と泣き顔になるまで飲ませた。

 上からではなく、下から酒精を薄めて出せ、と魔法で一人一つ作った手洗いに放り込み。
 出し終わったら再度水を飲ませて、汗をかけば服を着たまま丸洗いした。
 頭が痛いといえば頭部を冷やしながら締め上げて、痛みを誤魔化す事を手伝う。

 半日かけて、半死半生から顔色の悪いドワーフくらいまで回復したので、安堵した。

「ええよめだ、こりゃしんぱいいらんな」
「えるふこわい」
「ブレー、もったいねえぞ」
「わしのエレンじゃ、やらん」

 口調がぐだぐだのドワーフが四人、天幕の下で横になって唸っている姿を見て、面白いと思える程度には余裕ができた。
 これからしなくてはいけない王子業を思えば、酔っ払いの末を転がすくらい、なんともない気がする。


 けれど。
 四人が元気になって。

「あの酒はガツンと効いてええ、窟への土産にくれんか?」

 と言われた。
 身に覚えがない。

「?」
「あー、エレン、あのな」

 ……ドワーフは酒を三日三晩飲んだ位では泥酔しない?
 エルフの薬草酒を、ここぞとばかりに四人で飲んだと。

 私がいざという時用に渡しておいた薬草酒を?
 宴会で飲んだ、だと?

 つまりこいつら、本当に薬が効きすぎて二日酔いになった、わけだ。
 ……なんと、愚かな、真似を。

 腹の底から、怒りがぐつぐつと湧き上がってきた。

「あれは薄めて飲むもので、一度の摂取推奨量は指一本シングル30mlだと言ったはずだ」

 人種族に渡す時は瓶に詰め替える薬草種を、ブレーには、窟の全員で使えるようにと作った小樽で渡していた。

 鉱山には、毒が蔓延することがある、と聞いたので。
 窟に常備しておいてもらえば、万が一の役に立つと思った。

 私は、薬師だ。

 私の作った薬草酒で体調を崩されるのは困る。
 楽しく酔うも二日酔いに苦しむも飲み方は自由だが、あれは薬草酒であって、楽しむための酒ではない。

 薬師の自尊心を傷つけられた気がした。
 これまで、ブレーに薬師だと伝えていなかったのに、なんて私は自分勝手なのか。

 
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