【R18】付き合って二百年、初めての中イき

Cleyera

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04 待ち望んだ日

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 時はすぎて、約一年後。

 磨いて油を塗った木皿には傷一つなく、机の上に花も飾った。
 食事の邪魔にならないように、流通している中の見目華やかで香りの弱い花を厳選した。
 すぐ火にかけられるように、夕食の下準備もしてある。

 部屋の掃除もした。
 寝台の木枠も磨き上げて、洗いたての敷布に変えた。

 繁殖行為への期待で、精製してさらに安全性を高めたグリョン・ロ由来潤滑液と、浄化術式を刻んだ尻穴にはめる栓を作った。
 洗浄工程を置き換える事で、ブレーにくっついている間に準備ができると気がついた私はすごい。

 もう一つ、作りかけの魔法道具については、材料が手に入らずに製作が頓挫している。
 ブレーが戻るまでに完成させられなくて残念だ。

 やる事が無くなり手元の本に視線を落としたけれど、内容が入ってこない。
 そわそわしている自覚もある。

 まだか、まだか、早く、と空を見上れば、憎たらしい太陽は真上にいる。
 乗り合い馬車の時間が早くずれ込むことは少なく、到着は早くても夕方だ。

 時間が過ぎない。
 ああ、胸がそわそわする。
 お腹の奥がぐるぐると渦を巻く。
 ブレー、どうしてこんなに待ち遠しいのか。

 聞いたら教えてくれるか、この気持ちがなんなのかを。



   ◆



 家の中にいても落ち着かないのが辛くて、市場に来てしまった。
 朝市が終わって、歯が抜けたように隙間の空いた中に残る出店に、珍しいものを見つけた。

 石売りだ。
 人種族が燃料代わりに使う質の悪い〝くず魔石〟や、粉にして魔術道具の媒介にする〝精霊石もどき〟を扱っているようだ。

 多くの人種族は、かつて森林から住居と食料と燃料を得ていた。
 年月と共に人口が増え、住居と食料と燃料を求めて森を次々に切り開いていき、結果として荒野が広がり森は失われた。

 食料も燃料もない場所に、生き物は住めない。
 結果、人種族の生活圏を中心に自然が減り、荒廃が広がり、精霊が減り、魔物が増えた。

 人種族が危機感を抱いた頃には、人口は半分以下。
 滅びの道を自ら選びながら、助けを求めて泣き喚く幼子同然の人種族の哀れさに、情けをかけたのが妖精族だ。

 エルフ、ドワーフだけでなく、様々な妖精族が面倒を見たらしいけれど、そこは今どうでもいい。

 ホーヴェスタッドは大きな街だから、石売り自体は珍しくない。
 行商に来て、露天や出店を構える者も多いだろう。

 くず魔石や精霊石もどきは、人種族の技術で扱っても問題ない。
 けれどそこに、売られているはずのない、生きた精霊入りの本物の精霊石が混ざっているのは見過ごせない。

 人種族のほとんどは妖精族固有の『魔法』を扱えず、色々と手を加えて効果を固定、弱体化させた『魔術』を使う。
 改変できないように効果が固定されれば、魔法とは言えない。
 魔術は精霊石を扱うには力不足。

 精霊石も魔石も、きちんと質を調べてから出荷されているはずだ。
 人種族の国にあるはずがない。

「いらっしゃい背の高い綺麗なお嬢さん、良かったらどうだい、安くしとくよ!」
「……これをどこで手に入れた?」
「えー、申し訳ないんですがそいつぁ商売上の秘密でさぁ、仕入れ先は教えられませんよ?」

 私はお嬢さんではないが、つば広の草編み帽子をとると騒ぎになるので、反論はしないでおく。

 声をかけただけで、顔を赤らめてそわそわする普人族男性の言葉に嘘は感じられない。
 魔法で真意を調べても良いけれど、普人族の街で気軽に魔法を使わないで欲しい、と冒険者組合のホーヴェスタッド支部長が言っていたので自重する。

 盗掘、盗難品かと一瞬疑ったけれど、指先を寄せた石からはなにも感じない。

 肉体を持っていないのに精霊は眠る。
 その際に自分で寝台を作りその中で眠る、起きたらどこかに立ち去る。
 力を宿した寝台を残して。

 つまり、普人族の扱う精霊石は、精霊の寝台だったもの。
 精霊の力の残滓。
 中に精霊がいないので〝精霊石もどき〟だ。

 本物の〝精霊石〟は、中に精霊が入った状態のものを言う。
 目の前にあるこれは精霊の存在を感じるので、寝ているのだろう。

 里にいた頃に教わった本物の精霊石、通称〝ねぼすけ精霊の寝床〟だ。
 人の手で運搬されても起きないほど深く眠る精霊は初めて見た。

「これは幾らだ?」
「こんなもんでいかがでしょ?」
「なるほど」

 石売りはあっさりと自らの潔白を証明してみせた。

 副都ホーヴェスタッドはおろかシンネラン国中を探しても、本物の精霊石を手に入れる事は不可能。
 エルフが流出させないのだから、値段がついているはずもない。

 石売りが示したのは、他の石よりわずかに高い銀貨三枚。
 密売が目的ではないらしい。

「こいつは大ぶりですから、ちいっと高いんでさ」
「なるほど」

 いつの間にか、顔を真っ赤にして汗をかいている石売りをみやり、握り込むには大きい精霊石を手に取った。

「一応、告げておく」
「へい、なにをです?」
「仕入れ先を変えた方が良い」
「き、金貨ぁ!?」

 精霊石の適正価格が分からず、手持ちの金貨二枚を押し付けた。
 ……うん、今日は想定外に良い出会いがあった。
 これで魔法道具を完成させられる。

 立ち去る前に、石売りに追跡魔法をかけた。
 結局魔法を使ったが、本来なら森の動物の縄張りを調べるために目印をつける魔法なので、害はないだろう。

 石売りに対する密売の容疑は晴れたけれど、副都内での破壊工作を目的にしている容疑は残っている。
 なにも知らない購入者が精霊石をうかつに使用すれば、中にいる精霊次第では街が吹っ飛ぶ。

 気づかなかったことにして大騒ぎになったら困るので、魔術道具組合へ足を向けた。

 見る目が有りすぎたのか、巻き込まれたのか、犯罪目的なのか、とんでもないものを入荷した石売りは可哀想だが、諦めて聴取を受けてもらうしかないだろう。

 組合の受付で声をかけ、顔を見せるとすぐに奥に通された。

 私は魔法道具は作れるが、魔術には詳しくないので組合には所属していないし、所属する気もない。
 それなのに、ここの人種族らは私がこの場の仲間であるように振る舞う。
 なにをしたいのか良くわからない。

 通された部屋の中、目の前には黒髪を結い上げた魔人族の女性。
 角があり肌の色が青みがかっていて、人種族の中では魔力が多い人々だ。

 この女性はたしか一番肩書きが上の人物のはず、年齢は分からない。

「どうぞ、お座りくださいませ」
「市場で本物の精霊石が売られていた。
 金を払ったので石はもらう、調査は必要ではないか」
「はいっ!?」

 お茶を出されると長居しなくてはいけなくなるので、端的に告げる。
 下手に椅子に座ると、なぜか「まあまあまあまあ」言い出すので、こういう時は手っ取り早く話を終わらせるのが一番だ。

 偉い人なら、この街で流通しているものが本物の精霊石ではなく、もどきだと知っているだろう。
 人種族に精霊石は扱いきれないことも。
 知らなかったら面倒だなと思ったけれど、反応が良かったので知っていたらしい。

「今なら案内しよう」
「……よ、よろしくお願いいたしますっ、イエルを呼んでちょうだい!!」

 やはり、この場に私を留めたいと思っていたのだろう。
 十数える間悩んだ後、多分、組合の偉い女性は声を張り上げた。

 私が組合に来たのはブレーのためだ。
 ブレーはこの街を気に入っている。
 私はブレーがこの街にいるから、ここに住んでいるだけ。
 あの石売りが犯罪目的で精霊石を売っていたのだとしたら、放っておくのは良くない。

 思いもよらぬ時間潰しができてよかった、と思いつつ、手に入れた精霊石を調べるために街の外に出る必要があり、少し気が重い。

 時間がかかりすぎたら困るな。
 ブレーにおかえりを言いたいのに。
 手早く終わらせる事にしよう。

 
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