1,164 / 1,212
封印せし宝物
36
しおりを挟む
「じゃあ、じゃあ……やっぱり……あのお兄さんは白龍……?」
「――そうだ」
「……ッ! え……あの……だって、じゃあ……」
「俺だ」
しっかりと身を寄せ合ったまま、まさに時が止まったかのように景色の中、二人だけの姿が周囲から切り離されて、別の次元にいるような感覚に陥っていく。
頬を撫でる風の音、観光客らのはしゃぐ声、それらの雑踏が耳に戻ってきた時は相変わらず周に抱き締められたまま、その脇には鐘崎や紫月、鄧海が自分たちを囲むようにして側にいてくれた。
「あの……じゃあ俺は……あの頃白龍と一緒に過ごしたことがあったの?」
「そうだ。お前が見た幻影は事実だ。当時俺は月に二度ほどお前とじいさんの家を訪ねて――お前と一緒に過ごしていた時期があった」
「あのお兄さんがほんとに白龍……? だったら俺……どうしてそんな大事なことを忘れちゃってたんだ……」
未だ夢幻の中から抜け出せずといったように瞳を揺らす冰に、鄧海が穏やかな口調で助け舟を差し出した。
「冰君、キミはね、当時たいへんな高熱を出したことがあったんだ。街の医者も原因が分からずにサジを投げる始末――。そんな中で焔君はお父上と兄上に頼んでファミリー専属の医者に診せてやってくれとキミを連れて来た。私も父と一緒に診察に当たったんで、当時のことはよく覚えているんだ」
周に代わって鄧海がその時の一部始終を丁寧に順を追って話して聞かせてくれた。
当時の冰の高熱は原因が分からなかったこと。まだ子供の冰にとっては命の危険が考えられるほどの高熱だったこと。それを下げるには強い薬を使わなければならず、副作用としてこれまでの記憶を失くしてしまう可能性があったことなどだ。
「焔君と黄氏は例えキミが自分たちのことを忘れてしまっても構わない、とにかくキミの命を救って欲しいとおっしゃってね。私と父は投薬を決めた。熱は下がり、キミは焔君のことも黄氏のことも覚えていてくれた。ただやはり薬の副作用で焔君と過ごした約一年間の記憶を失くしてしまったんだよ」
鄧海はその原因についても事細かに説明を加えた。
「キミが高熱を出したのは焔君がいずれ香港を離れるという話をキミに告げた日の数日後だった。キミは焔君と会えなくなることがとても辛かったのだろうね。幼いキミにとって毎日泣き暮らすだろう日々を本能で感じていたのかも知れない。そうなればキミ自身も苦しいし、黄氏にも心配を掛ける。焔君との楽しい日々の記憶に鍵を掛けることで心を保とうとしたのだと思うよ」
ただし、今は周と共に暮らしていて幸せな状態にある。当時鍵を掛けたそれをそろそろ思い出してもいいのではないかという心の安寧によって、冰君の中で記憶が顔を出そうとしているのだろうねと付け加えた。
「――そうだ」
「……ッ! え……あの……だって、じゃあ……」
「俺だ」
しっかりと身を寄せ合ったまま、まさに時が止まったかのように景色の中、二人だけの姿が周囲から切り離されて、別の次元にいるような感覚に陥っていく。
頬を撫でる風の音、観光客らのはしゃぐ声、それらの雑踏が耳に戻ってきた時は相変わらず周に抱き締められたまま、その脇には鐘崎や紫月、鄧海が自分たちを囲むようにして側にいてくれた。
「あの……じゃあ俺は……あの頃白龍と一緒に過ごしたことがあったの?」
「そうだ。お前が見た幻影は事実だ。当時俺は月に二度ほどお前とじいさんの家を訪ねて――お前と一緒に過ごしていた時期があった」
「あのお兄さんがほんとに白龍……? だったら俺……どうしてそんな大事なことを忘れちゃってたんだ……」
未だ夢幻の中から抜け出せずといったように瞳を揺らす冰に、鄧海が穏やかな口調で助け舟を差し出した。
「冰君、キミはね、当時たいへんな高熱を出したことがあったんだ。街の医者も原因が分からずにサジを投げる始末――。そんな中で焔君はお父上と兄上に頼んでファミリー専属の医者に診せてやってくれとキミを連れて来た。私も父と一緒に診察に当たったんで、当時のことはよく覚えているんだ」
周に代わって鄧海がその時の一部始終を丁寧に順を追って話して聞かせてくれた。
当時の冰の高熱は原因が分からなかったこと。まだ子供の冰にとっては命の危険が考えられるほどの高熱だったこと。それを下げるには強い薬を使わなければならず、副作用としてこれまでの記憶を失くしてしまう可能性があったことなどだ。
「焔君と黄氏は例えキミが自分たちのことを忘れてしまっても構わない、とにかくキミの命を救って欲しいとおっしゃってね。私と父は投薬を決めた。熱は下がり、キミは焔君のことも黄氏のことも覚えていてくれた。ただやはり薬の副作用で焔君と過ごした約一年間の記憶を失くしてしまったんだよ」
鄧海はその原因についても事細かに説明を加えた。
「キミが高熱を出したのは焔君がいずれ香港を離れるという話をキミに告げた日の数日後だった。キミは焔君と会えなくなることがとても辛かったのだろうね。幼いキミにとって毎日泣き暮らすだろう日々を本能で感じていたのかも知れない。そうなればキミ自身も苦しいし、黄氏にも心配を掛ける。焔君との楽しい日々の記憶に鍵を掛けることで心を保とうとしたのだと思うよ」
ただし、今は周と共に暮らしていて幸せな状態にある。当時鍵を掛けたそれをそろそろ思い出してもいいのではないかという心の安寧によって、冰君の中で記憶が顔を出そうとしているのだろうねと付け加えた。
73
お気に入りに追加
867
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】
NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生
SNSを開設すれば即10万人フォロワー。
町を歩けばスカウトの嵐。
超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。
そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。
愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる