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春遠からじ
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「……いいだろう。とりあえず言い分は聞いて差し上げますよ。ですが、まだ完全にあなた方を信じたわけじゃない。その手に持っているシステムを引き渡していただいて、それが本物だと確認できたらこの二人を解放します」
馬民は引き連れている男たちに王親子を預けると、秘書が手にしていたアタッシュケースをよこせと言い張った。
そこで鐘崎の出番だ。極力CEOの話し方を装いながら肝心の交渉に踏み出すことにする。
「馬民君、まさかキミがこんなことをするだなんて――非常に残念だがね。息子たちの命には代えられない。この通りシステムはキミに渡すから、彼らの無事を約束して欲しい」
そう言って秘書の女性からアタッシュケースを受け取り、それを開いてみせた。中からはモバイル型のパソコンが出てきて、鐘崎はそれを立ち上げてみせる。
「これを開くには私とここにいる彼女と――それから息子の子涵の虹彩が必要でね。それが第一の鍵だ。次に私たち三人の指紋、最後に私のみが知るパスワードを入力して初めてアクセスが可能となる」
システムを開くには子涵自身が必要不可欠だと主張して、彼を解放するように要求した。
「……チッ! アクセスの鍵に息子の虹彩と指紋を組み込むとはね。あなたの溺愛ぶりには恐れ入りますよ」
馬民は仕方なく子涵少年を鐘崎らの元へと連れてくるように言った。
これでひとまずは子涵を取り戻すことに成功――あとは本物のCEOを何とかしてこちらの手に引き渡すよう仕向けるのみだ。打ち合わせ通り外で待機している李らがこちらの会話を傍受しながら、さも本当に虹彩や指紋で一つずつ鍵が開いていくように繕ってくれることだろう。その間できる限り時間を稼ぐとして、源次郎らが上手く侵入口を見つけて突破してくれれば、その時点で李から椿の花の合図が送られてくるはずである。鐘崎は極力怯えたふりを装いながら、なるべく不器用に時間をかけてアクセスする動作を続けることにした。
一方、子涵の方でもその声に聞き覚えがあったのだろう、助けに来たのが鐘崎だと分かったようだった。むろん子供が実の父親を間違えるはずもないから、彼が自分たちを助ける為にやって来たということを理解したのだろう。ここに連れて来られてから何かとんでもない事件に巻き込まれたのだということを実感していたようだ。
子涵は怯えつつも鐘崎の顔を見上げながら小声でこう囁いた。
「遼兄ちゃん……だよね? 助けに来てくれたの?」
その表情からは、昨夜は酷いことを言ってごめんなさいとでも言いたげな様子が窺えた。
「僕……その、迷惑掛けて……ごめんなさ……」
鐘崎は子涵の肩を抱き寄せると、表面上は父親のふりをしながら耳元で囁き返した。
「謝るのは父さんの方だよ、子涵。怖い思いをさせてすまなかったな。だがもう大丈夫だ。父さんの言う通りにしていれば何も心配はないからな」
幼い子涵にも今が緊急事態だというのは肌で感じるのだろう。鐘崎に合わせるように必死にうなずいた。
「うん……パパの言う通りにする」
子供が父親だと認めたことから、馬民らにも鐘崎が本物のCEOなのだと信じ込ませることができた様子だ。苦々しげに舌打ちながらも、吐き捨てるようにこう言った。
「はん……! やはりこっちの男は替え玉だったというわけですか。しかし社長さん、よく自ら出向いてくれましたよ。あなたが来なければこの替え玉と息子さんの命は無かったところですよ」
馬民は引き連れている男たちに王親子を預けると、秘書が手にしていたアタッシュケースをよこせと言い張った。
そこで鐘崎の出番だ。極力CEOの話し方を装いながら肝心の交渉に踏み出すことにする。
「馬民君、まさかキミがこんなことをするだなんて――非常に残念だがね。息子たちの命には代えられない。この通りシステムはキミに渡すから、彼らの無事を約束して欲しい」
そう言って秘書の女性からアタッシュケースを受け取り、それを開いてみせた。中からはモバイル型のパソコンが出てきて、鐘崎はそれを立ち上げてみせる。
「これを開くには私とここにいる彼女と――それから息子の子涵の虹彩が必要でね。それが第一の鍵だ。次に私たち三人の指紋、最後に私のみが知るパスワードを入力して初めてアクセスが可能となる」
システムを開くには子涵自身が必要不可欠だと主張して、彼を解放するように要求した。
「……チッ! アクセスの鍵に息子の虹彩と指紋を組み込むとはね。あなたの溺愛ぶりには恐れ入りますよ」
馬民は仕方なく子涵少年を鐘崎らの元へと連れてくるように言った。
これでひとまずは子涵を取り戻すことに成功――あとは本物のCEOを何とかしてこちらの手に引き渡すよう仕向けるのみだ。打ち合わせ通り外で待機している李らがこちらの会話を傍受しながら、さも本当に虹彩や指紋で一つずつ鍵が開いていくように繕ってくれることだろう。その間できる限り時間を稼ぐとして、源次郎らが上手く侵入口を見つけて突破してくれれば、その時点で李から椿の花の合図が送られてくるはずである。鐘崎は極力怯えたふりを装いながら、なるべく不器用に時間をかけてアクセスする動作を続けることにした。
一方、子涵の方でもその声に聞き覚えがあったのだろう、助けに来たのが鐘崎だと分かったようだった。むろん子供が実の父親を間違えるはずもないから、彼が自分たちを助ける為にやって来たということを理解したのだろう。ここに連れて来られてから何かとんでもない事件に巻き込まれたのだということを実感していたようだ。
子涵は怯えつつも鐘崎の顔を見上げながら小声でこう囁いた。
「遼兄ちゃん……だよね? 助けに来てくれたの?」
その表情からは、昨夜は酷いことを言ってごめんなさいとでも言いたげな様子が窺えた。
「僕……その、迷惑掛けて……ごめんなさ……」
鐘崎は子涵の肩を抱き寄せると、表面上は父親のふりをしながら耳元で囁き返した。
「謝るのは父さんの方だよ、子涵。怖い思いをさせてすまなかったな。だがもう大丈夫だ。父さんの言う通りにしていれば何も心配はないからな」
幼い子涵にも今が緊急事態だというのは肌で感じるのだろう。鐘崎に合わせるように必死にうなずいた。
「うん……パパの言う通りにする」
子供が父親だと認めたことから、馬民らにも鐘崎が本物のCEOなのだと信じ込ませることができた様子だ。苦々しげに舌打ちながらも、吐き捨てるようにこう言った。
「はん……! やはりこっちの男は替え玉だったというわけですか。しかし社長さん、よく自ら出向いてくれましたよ。あなたが来なければこの替え玉と息子さんの命は無かったところですよ」
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