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三千世界に極道の華
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「クソ……ッ、どうして……」
「返事がねえってことはやり合う気もねえってことでいいな? だったらさっさと消えてくんな!」
「……待て……。待ってくれ……!」
「この後に及んでまだ邪魔しようってか?」
勝ち誇ったように笑うレイと鐘崎が面つき合わせたままで時が止まる。一触即発の睨み合いに沿道の野次馬たちは大盛り上がりだ。
「いいぞー! 兄ちゃん、やっちまえ!」
「おえ、若えの! 俺っちはおめえさんの味方につくぜ! いい歳こいて洒落っけ気取った成金野郎なんぞに負けるんじゃねえ! 奪い取ってやれ!」
「そうだそうだ! 男なら覚悟を見せつけてやんな!」
「それならわしはこっちの紳士に肩入れしてやるぞ! 若いヤツなんぞに譲ることはねえ!」
やいのやいのと二手に別れて群衆までもがレイ側と鐘崎側に割れる。あわや乱闘寸前の盛り上がりに、
「おやおや、ちょいとやめなんし!」
花魁紅椿のハスキーな美声が轟いた。
一瞬、盛り上がっていた場がシーンとなり静寂を取り戻す。
「どなたさんも落ち着きなんし!」
腰掛けていた縁台から優雅に立ち上がると、紅椿の白魚のような手がスッと伸びて鐘崎の着物の襟を鷲掴んだ。
「わちきが欲しいんかえ?」
企むように笑うと同時に勢いよく掴んだ襟ごと引き寄せて、これまでの花魁言葉を一転――、戸惑う鐘崎の耳元にドスを効かせた低い声音を浴びせ掛けた。
「俺が欲しいか? だったら思い出せ」
「お……もい出す? 何……を?」
「俺が何故”紅椿”を名乗っているか分かるか?」
「……? 何故……って、それがあんたの源氏名だからだろう?」
「ふ――、ただの源氏名じゃあねえ。紅椿ってのはな、この世で一等大事な男の肩に彫られた”覚悟”の証だからだ」
「大事な……男……? 覚悟の……あか……し?」
覚悟――ここでもまた”覚悟”という言葉だ。それが自身にとって非常に大切な何かであることだけははっきりと分かるものの、何に対する覚悟なのかが思い出せない。
だが、この紅椿という男を目にした瞬間に理由もなく心が逸り、無意識の内にもフラフラと彼を目指して歩を踏み出してしまっていたことは確かだ。今こうして面と向かって話していても、ドキドキと高鳴り出す鼓動は早くなるばかり――。
きっと彼は自身にとって大事な何かを知っている。
知っているなら教えて欲しい。思い出させて欲しい――そんな思いが鐘崎の心を揺さぶってならなかった。
「思い出せ、遼。俺が欲しいなら、てめえのこの手で奪ってみせろ!」
「遼……? 誰のことを言っている……」
「さて、誰のことだかね?」
「あんたは……何を知っている? 俺のことも見覚えがあるようだが、あんたと俺はいったいどういう関係だったんだ? 昔からの知り合いか? 俺は今――何も思い出せなくて困っているんだ」
もうすぐそこまで出掛かっている気がするのに、最後の霧が晴れてはくれない。すがるような視線でまっすぐに見つめてくる男に紫月はフッと口角を上げると、
「昔からの知り合い――ね。ンな甘っちょろいもんじゃねえが――な!」
ニヤっと笑みながら語尾に力を込めると、掴んでいた襟をグイとはだいて彼の肩先に咲く彫り物をあらわにしてみせた。その瞬間、沿道からは大きなどよめきが湧き起こった。
「おお……!」
「見ろ! 紅椿だ……」
「ひぇやぁ! たまげたねえ……! ありゃ本物か?」
再びザワザワとし出した周囲の喧噪を掻き消すようにして鐘崎の脳裏に誰かが会話している声が浮かんでくる。
一人は紛れもなく自分だろう。それに相槌を打っているのは――少しハスキーな男の声――だ。
その声を、その独特のクセのある話し方を聞いているだけでも心がギュンギュンと音を立てて引き寄せられるような気がする。
ずっと傍で聞いていたい。
ずっと一緒に話していたい。
他の誰にも渡したくはない。
自分だけのものにしておきたい。そんな衝動をも感じさせるような懐かしい――声だ。
「返事がねえってことはやり合う気もねえってことでいいな? だったらさっさと消えてくんな!」
「……待て……。待ってくれ……!」
「この後に及んでまだ邪魔しようってか?」
勝ち誇ったように笑うレイと鐘崎が面つき合わせたままで時が止まる。一触即発の睨み合いに沿道の野次馬たちは大盛り上がりだ。
「いいぞー! 兄ちゃん、やっちまえ!」
「おえ、若えの! 俺っちはおめえさんの味方につくぜ! いい歳こいて洒落っけ気取った成金野郎なんぞに負けるんじゃねえ! 奪い取ってやれ!」
「そうだそうだ! 男なら覚悟を見せつけてやんな!」
「それならわしはこっちの紳士に肩入れしてやるぞ! 若いヤツなんぞに譲ることはねえ!」
やいのやいのと二手に別れて群衆までもがレイ側と鐘崎側に割れる。あわや乱闘寸前の盛り上がりに、
「おやおや、ちょいとやめなんし!」
花魁紅椿のハスキーな美声が轟いた。
一瞬、盛り上がっていた場がシーンとなり静寂を取り戻す。
「どなたさんも落ち着きなんし!」
腰掛けていた縁台から優雅に立ち上がると、紅椿の白魚のような手がスッと伸びて鐘崎の着物の襟を鷲掴んだ。
「わちきが欲しいんかえ?」
企むように笑うと同時に勢いよく掴んだ襟ごと引き寄せて、これまでの花魁言葉を一転――、戸惑う鐘崎の耳元にドスを効かせた低い声音を浴びせ掛けた。
「俺が欲しいか? だったら思い出せ」
「お……もい出す? 何……を?」
「俺が何故”紅椿”を名乗っているか分かるか?」
「……? 何故……って、それがあんたの源氏名だからだろう?」
「ふ――、ただの源氏名じゃあねえ。紅椿ってのはな、この世で一等大事な男の肩に彫られた”覚悟”の証だからだ」
「大事な……男……? 覚悟の……あか……し?」
覚悟――ここでもまた”覚悟”という言葉だ。それが自身にとって非常に大切な何かであることだけははっきりと分かるものの、何に対する覚悟なのかが思い出せない。
だが、この紅椿という男を目にした瞬間に理由もなく心が逸り、無意識の内にもフラフラと彼を目指して歩を踏み出してしまっていたことは確かだ。今こうして面と向かって話していても、ドキドキと高鳴り出す鼓動は早くなるばかり――。
きっと彼は自身にとって大事な何かを知っている。
知っているなら教えて欲しい。思い出させて欲しい――そんな思いが鐘崎の心を揺さぶってならなかった。
「思い出せ、遼。俺が欲しいなら、てめえのこの手で奪ってみせろ!」
「遼……? 誰のことを言っている……」
「さて、誰のことだかね?」
「あんたは……何を知っている? 俺のことも見覚えがあるようだが、あんたと俺はいったいどういう関係だったんだ? 昔からの知り合いか? 俺は今――何も思い出せなくて困っているんだ」
もうすぐそこまで出掛かっている気がするのに、最後の霧が晴れてはくれない。すがるような視線でまっすぐに見つめてくる男に紫月はフッと口角を上げると、
「昔からの知り合い――ね。ンな甘っちょろいもんじゃねえが――な!」
ニヤっと笑みながら語尾に力を込めると、掴んでいた襟をグイとはだいて彼の肩先に咲く彫り物をあらわにしてみせた。その瞬間、沿道からは大きなどよめきが湧き起こった。
「おお……!」
「見ろ! 紅椿だ……」
「ひぇやぁ! たまげたねえ……! ありゃ本物か?」
再びザワザワとし出した周囲の喧噪を掻き消すようにして鐘崎の脳裏に誰かが会話している声が浮かんでくる。
一人は紛れもなく自分だろう。それに相槌を打っているのは――少しハスキーな男の声――だ。
その声を、その独特のクセのある話し方を聞いているだけでも心がギュンギュンと音を立てて引き寄せられるような気がする。
ずっと傍で聞いていたい。
ずっと一緒に話していたい。
他の誰にも渡したくはない。
自分だけのものにしておきたい。そんな衝動をも感じさせるような懐かしい――声だ。
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