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3話
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「おい、起きろ。大丈夫か? おい――!」
肩先を揺すられながら遠く近くで叫ぶような声が耳に飛び込んできて、冰はハッと我に返った。
「……ッ、やっと気が付いたか……。怪我はしてねえか?」
自身の身体を抱き起こし、あちこちを引っくり返すように触りながら、見知らぬ男がそんな台詞を言っている。いや、見知らぬというよりはどこかで会ったような、見たことのあるような気がしたが、正直そんなことを考えるほど思考がまわらない。
「大丈夫そうだな、刺されてはいねえみてえだ。……ったく、俺が通り掛からなかったら今頃救急車の中だな」
呆れ気味に溜息を漏らしたその男は、見事な程の濡羽色の髪が酷く印象的だった。
少し怪訝そうにしかめられた眉は自らが無茶をしていたことを咎める気持ちの表れか、或いは仲裁に入って手を煩わせたからなのか、彫りの深い切れ長の大きな瞳で不機嫌に顔を覗き込まれて、冰はようやくと事の成り行きが理解できた気がしていた。
ああ、この男に助けられたのか。
さっきのチンピラ連中がナイフを振り回して、それを避け切れずに転倒して、その後僅かの間だけ気を失ってしまったというところだろうか。いや、気を失ったというほど大袈裟ではないかも知れない。
一瞬だが、もしかして刺されちまうかも――と思って腹を括り、思いっきり目を瞑った。酔っ払ってさえいなきゃ、と、ちょっとした癪な思いが過ぎったのも覚えている。その後、この男が仲裁に入って今に至るというわけだろう。
そんな僅かの間のことがえらく長く感じられるのもやはり深酒の痛手か、冰は苦笑いを漏らしながら、助けてくれたこの男に対して礼の言葉を口にしようとした。
その時だった。
「お前……っ! もしかして雪吹……か? 楼蘭学園の雪吹だろ?」
楼蘭――
聞き覚えのある名前だ。
そう、楼蘭学園というのはまさに通っていた高校の名前だったからだ。
まだ酔いの醒めてはいない意識を呆然と追いながら、冰は男の顔を見上げた。
「……お前、誰?」
そういえばさっきこの男に揺り起こされた時に、一瞬どこかで見た顔だという思いが過ぎったような気がする。
何処でだったか――
楼蘭学園の――というくらいだから、高校時代の知り合いか。
そうこう考えている冰を他所に、男の方はこの偶然に驚いたといった表情で自らを名乗った。
「桃稜の氷川だ」
「桃稜の……ヒカワだ?」
「ああ。お前らんトコとはしょっちゅう睨み合ってた”桃稜学園”の――」
「……!?」
――思い出した。酷く印象的な濡羽色のストレート、彫りの深い鋭い瞳、嫌味なくらいの端正な顔立ち、そして確か自分よりも”タッパ”のあったはずのこの男の顔に見覚えがあると思ったのは、気のせいではなかったというわけだ。
そこには高校時代に隣校で番格と言われていた男が自らを抱きかかえていて、冰は苦虫を潰したような思いでその腕の中から飛び起きた。
「……てっめっ、氷川っ!? ……って、あの氷川かよ……!?」
「そうだ。やっぱり雪吹か、お前」
袋小路に長身の男が二人、座り込んで寄り添いながら硬直――、何とも言い難い偶然の再会に、しばらくはその場を動くこともできずに互いを凝視し合ってしまった。
この男、氷川白夜と隣校で番を張り合っていたのは、かれこれ十年も前のことだ。
地元では少々名の知れた二つの高校の”トップ・ツー”と言われたのも、つまりは一昔前ということだ。
年月の過ぎるのは早いものだ――、などと妙に懐かしい思いに陥り、何だか急に歳をとった気がして愉快な気分にさせられる。
未だ足取りがおぼつかないことと懐かしさもあって、冰は”氷川に送られる”というような形で自宅へと向かう車の中で僅か苦笑を漏らしていた。
◇ ◇ ◇
肩先を揺すられながら遠く近くで叫ぶような声が耳に飛び込んできて、冰はハッと我に返った。
「……ッ、やっと気が付いたか……。怪我はしてねえか?」
自身の身体を抱き起こし、あちこちを引っくり返すように触りながら、見知らぬ男がそんな台詞を言っている。いや、見知らぬというよりはどこかで会ったような、見たことのあるような気がしたが、正直そんなことを考えるほど思考がまわらない。
「大丈夫そうだな、刺されてはいねえみてえだ。……ったく、俺が通り掛からなかったら今頃救急車の中だな」
呆れ気味に溜息を漏らしたその男は、見事な程の濡羽色の髪が酷く印象的だった。
少し怪訝そうにしかめられた眉は自らが無茶をしていたことを咎める気持ちの表れか、或いは仲裁に入って手を煩わせたからなのか、彫りの深い切れ長の大きな瞳で不機嫌に顔を覗き込まれて、冰はようやくと事の成り行きが理解できた気がしていた。
ああ、この男に助けられたのか。
さっきのチンピラ連中がナイフを振り回して、それを避け切れずに転倒して、その後僅かの間だけ気を失ってしまったというところだろうか。いや、気を失ったというほど大袈裟ではないかも知れない。
一瞬だが、もしかして刺されちまうかも――と思って腹を括り、思いっきり目を瞑った。酔っ払ってさえいなきゃ、と、ちょっとした癪な思いが過ぎったのも覚えている。その後、この男が仲裁に入って今に至るというわけだろう。
そんな僅かの間のことがえらく長く感じられるのもやはり深酒の痛手か、冰は苦笑いを漏らしながら、助けてくれたこの男に対して礼の言葉を口にしようとした。
その時だった。
「お前……っ! もしかして雪吹……か? 楼蘭学園の雪吹だろ?」
楼蘭――
聞き覚えのある名前だ。
そう、楼蘭学園というのはまさに通っていた高校の名前だったからだ。
まだ酔いの醒めてはいない意識を呆然と追いながら、冰は男の顔を見上げた。
「……お前、誰?」
そういえばさっきこの男に揺り起こされた時に、一瞬どこかで見た顔だという思いが過ぎったような気がする。
何処でだったか――
楼蘭学園の――というくらいだから、高校時代の知り合いか。
そうこう考えている冰を他所に、男の方はこの偶然に驚いたといった表情で自らを名乗った。
「桃稜の氷川だ」
「桃稜の……ヒカワだ?」
「ああ。お前らんトコとはしょっちゅう睨み合ってた”桃稜学園”の――」
「……!?」
――思い出した。酷く印象的な濡羽色のストレート、彫りの深い鋭い瞳、嫌味なくらいの端正な顔立ち、そして確か自分よりも”タッパ”のあったはずのこの男の顔に見覚えがあると思ったのは、気のせいではなかったというわけだ。
そこには高校時代に隣校で番格と言われていた男が自らを抱きかかえていて、冰は苦虫を潰したような思いでその腕の中から飛び起きた。
「……てっめっ、氷川っ!? ……って、あの氷川かよ……!?」
「そうだ。やっぱり雪吹か、お前」
袋小路に長身の男が二人、座り込んで寄り添いながら硬直――、何とも言い難い偶然の再会に、しばらくはその場を動くこともできずに互いを凝視し合ってしまった。
この男、氷川白夜と隣校で番を張り合っていたのは、かれこれ十年も前のことだ。
地元では少々名の知れた二つの高校の”トップ・ツー”と言われたのも、つまりは一昔前ということだ。
年月の過ぎるのは早いものだ――、などと妙に懐かしい思いに陥り、何だか急に歳をとった気がして愉快な気分にさせられる。
未だ足取りがおぼつかないことと懐かしさもあって、冰は”氷川に送られる”というような形で自宅へと向かう車の中で僅か苦笑を漏らしていた。
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