【完】天使な淫魔は勇者に愛を教わる。

輝石玲

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歪な物語の始まり

1.出会い

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 ここはよく見慣れた場所だ。

 真っ白な空間。壁のない、地面もどこか分からない。影が出来ないから方向感覚も自分がどこにいるかも分からなくなる。時の流れも風の流れも感じない。
 そんな場所。

 その実、これはただの幻影と感覚麻痺だ。
 人物以外を真っ白に見せ、感覚麻痺でどれだけ動いても端が無いように錯覚させている。風の流れなんてある訳も無い。

 本当のこの場所は黒い石でできた冷たく小さな牢。綺麗に並べれた石の煉瓦れんがと、小さな格子窓が付いた鉄の扉。他の何も無い場所。
 この場所は、悪魔の国《ディークリード》の地下深くにある。





 また、一日が始まろうとしている。
 昨日は珍しく一人として来なかった。多い時は一度に何十人と束で来る癖に。もちろん、大勢が来るよりも少しが来る方が圧倒的に楽だ。
 今日は一体何人ここに来ることやら。



 ピクリと気配を感じ取った。一つの部屋に人間の気配。どうやら単身乗り込んで来た奴がいるようだ。


 最低限度の家具しかない質素な部屋を後にして薄暗い通路を進み、鉄扉の上部分にある鉄格子の窓から中を覗いた。そこには騎士のような鎧を纏った茶髪の若い男が眠っている。
 鍵の掛かっていない扉を開いて小さな部屋の中に入り、白い翼と光輪を出す。男の頭に手をかざし、幻覚と感覚麻痺の魔法を掛けた。あとは睡眠魔法を解き、男が目覚めるのを待つ。


「ん……ここは?」


 男が目を覚ました。
 白色以外何も無い部屋で目を覚ました男は、あっという間に意識が正常に戻ったようだ。床に触れているはずなのに何も触れていないような感覚に戸惑っている。周りを見渡し、出口を探そうとしているようだ。そして、少し離れたところで俯いて座り込んでいるに気が付いた。天使の姿に驚き、「え…?」という声を漏らしているが、至極当然の反応だろう。驚きながらも少しずつ近寄って来ている。


「あの……」
「ひゃっ!」


 ずっと俯き膝を抱えていたボクは、人間の声といきなり肩に触れた手に驚いた……フリをした。


「あっ、驚かせてごめん。キミはここがどこか分かるかな?」
「は、はい…。ここは悪魔の国のどこかだと思います。」


 眉をひそめ困惑するボクを心配しているようだ。優しい口調と落ち着いた喋り声でボクに聞いてきた。ボクはここが悪魔の国ということだけ伝えてあとは曖昧に答えるだけ。


「なぜキミはここに?」


 誰もが聞いてくる質問。最初から決められている台詞で、少し俯き弱々しく答える。


「ボク、魔王に捕まってしまって…ずっと閉じ込められているんです。」
「そうだったのか……。」


 可哀想に…という言葉が聞こえて来そうだ。男はボクを見つめて少し悲しそうな表情をした。天使と悪魔の関係が悪い事は周知のこと。だからこそ、みんなボクを心配してくれる。

 馬鹿馬鹿しい。本当の天使がこんな弱々しい訳無いのに。



 それから、少しだけ男と会話をした。外の状況を聞いてみたり、男の趣味や特技を聞いたり……。段々とこの男がボクに好意を抱き始めてるという確信がついた。自己アピールや、ボクに対する優しさと言う名のエゴを見せつけ始めている。
 そんな中、ずっと話している中で男にとある質問をされた。


「今更だけど、キミの名前を教えてくれるかい?」
「ボクの名前…ですか?……ずっとここにいるので、誰にも呼ばれないから忘れちゃいました。」


 ボクはそう答えて弱々しく微笑んだ。五秒程の沈黙。居た堪れない空気が流れていた。その後にボクは少し遠慮がちに、俯きながら恐る恐るある提案をする。


「あの…ボクを、ここから出してくれませんか?」


 顔は俯いたまま、目線だけを上にあげる。瞳を潤ませ、唇をキュッと閉じた。男は分かりやすく動揺しているようだ。こういう類の人間は弱々しいやつに弱い。


「ボク、ここからの脱出方法は何とか見つけたんですけど、一人じゃ出れそうに無くて…。」
「わ、分かった。もちろん君に協力しよう。」


 いい返事が返って来た。ボクを安心させようとしたのか、男は僅かに微笑んだ。男は完全に警戒心も無くなっている。

 あと少し。

 味方が出来て喜ぶように目を細めて口角を上げ、笑った。祈るようなポーズと安堵あんどの涙を少し、そして頬を紅く染めれば完璧だ。


「ありがとうございます!それじゃあ、まず魔力を全て手のひらに集めてください。」


 何の疑問も無く動く男。両手を器のようにして、魔力をその中に集めた。……やっぱり少ないな。でも、人間にしては上等だ。


「……これでいい?」
「はい!あとはボクの方で出来るので、そのままお願いしますね。」


 さて、そろそろか。


 手のひらに集めさせた魔力を直接奪うことは出来ない。これはただの確認だ。今回はいいエサが来たみたいだ。そして、最初にかけた感覚麻痺の魔法で少しずつ動きを封じる。

 ……ははっ、今回も簡単だ。

 男の胸元を軽くトンと押しただけで難なく倒せた。両腕をしっかり地面に固定して、馬乗り状態で体重を乗せた。
 驚き目を見開いている男の目に映るのは、翼も光輪も無い、怪しく笑う真っ白な悪魔の姿。馬乗り状態で見下されている状況を理解するのに時間が掛かっていたようだ。


「ぇ?……………なっ!キミ、何を……!」


 明らかに動揺している。困っていたボクを安心させようとしていた優しい表情は、一瞬で焦りと困惑に変わった。


「あはっ、お前って単純なんだな。悪魔の国にいる奴を簡単に信じちゃダメだろ?本当にやり易くて助かるよ。」


 男の唇を舌先でゆっくりとなぞると、男はピクリと反応した。その時に出来た隙間から舌を滑り込ませて喉の奥までやると、簡単に喉は開いた。仰向けで横たわっている男は流れ込んでくる唾液を飲む他無い。ごくりと飲み込む音が聞こえて間もなく、男に変化が起こった。見て分かるほどに体温が上がって焦点が合わなくなり、息が上がり股間部が膨張している。


「………?な…んだ、これ…??」
の媚薬はかなり強力だろ?大丈夫、今から楽にしてやるからオレに全部任せとけ。」



 オレが男型のサキュバスだなんて…悪魔の国の番人だなんて思いもしなかっただろう。この茶番も、相手の精神に干渉出来るよう警戒を崩すためだけに過ぎない。
 驚愕と怒りを表に出そうとしていたが、あっさりと誘惑に負けてずっとほうけた顔を浮かべていた。何をしていたかは……ま、サキュバスだから言わなくとも分かるだろう。

 オレにとって、他人の体液が食物だ。精液が一番効率いいが、血液やその他分泌液でもいい。
 この男は体力がそこそこ多かったからか、空になるまで時間が掛かった。


 オレの体液…媚薬は精子が空になると毒に変わり、摂取した奴の息の根を止めるようにしてある。体液と言えど唾液しか媚薬としては使えない。血液は媚薬の効果が強くなり過ぎて、最悪死に至る毒になる。汗は効果が弱くフェロモンにしかならない。
 もちろんオレ自身が体液を操作して、毒に変えたり媚薬にならないようにしたりは出来る。

 ま、面倒臭いしやる必要もねーけど。








 ………あぁ、また誰か来たようだな。
 この死体を喰って、さっさと向かおう。









 オレは死体をぺろりと片付け服を整えて次の部屋へと移動した。
 扉の格子から中を覗くと、黒髪に黒いロングコートを来た真っ黒な男が眠っている。指先まで全身真っ黒な服装。首を隠している部分の襟には漆黒で、腹部の白いベルトには金糸で蔦模様が刺繍されていることから、かなりの上物を着ている事が分かる。衣服の模様は高度な魔法が組み込まれている印のようなものだ。例えば再生、防御、変質等々……。
 地位はそこまで低い奴では無さそうだが、長い前髪や眼鏡で隠れて顔が分からない。

 間違い無い。
 これは……陰の奴だ。

 これはあれだ。
 人の前に立たないで必要外喋らないめっちゃ隅っこにいる奴だ。

 面倒臭いやつの一人だ……!




 ちなみにオレにとって面倒臭いのは

 陰キャ(話が進まない)
 短気(話が進(ry)
 自意識過剰ナルシスト(話(ry)
 暴言厨(論外)

 つまりこいつ嫌ってこと。

 陰キャは見た目だけだと信じてとりあえず準備。



 全て準備が終わり、またさっきと同じように進める。

 男を起こし、カワイソウな天使を演じる。途中までは順調だった。
 何でオレがここにいるか聞いて来てたし、まともに表情は見えないけどちゃんと聞いているようだったから。まぁ、相槌は単調でぎこちなかったけどな。
 順調だった筈のオレの行動は、一番重要なところで何故か狂ったみたいだ。


「あの…ボクを、ここから出してくれませんか?」


 オレに少しでも好意があれば簡単に引っかかる。好意が無くともまぁ、この状態の天使を放っておくような奴はいないだろう。
 もちろん断られる危険もあるが、その理由が無ければ大丈夫。それにフェロモンに当てられ続けてるからな。

 オレは『了承』と『方法を聞く』言葉だけを待っていた。しかし、この真っ黒い男が出した答えは………


「自力で出られるよな?」
「……え?」




 ……………はぁ?


 いやまぁオレが創り出した空間だからな。

 って違うそうじゃない!こいつ、なんで自力で出られるって判断した?自力で出られるならこんな事頼まないとか思わないのか?怪しんでカマをかけて来たのかもしれないから、もう少し粘ってみよう。


「何を…そんな事、出来たらもうしてますよ。」
「他の人はどうした。」


 完全スルー!?こいつ、どんだけ疑うんだよ…。まぁオレの場合はこいつが疑ってる通りなんだが。
 それにしてもずいぶんと的確だ。このタイミングで『他の人』?どこまで気付いているんだ?このまま騙し続けられるかは置いといて、どこまで気付いたのかを探ろう。


「他の……?」
「俺は関所を通ったらここに来た。なら他の人がここに来てもおかしくは無いよな。」


 大当たりだ。何でこの男はこんな得体の知れない空間で、オレのフェロモンに当てられ続けてこんなに冷静でいれているのか。


「誰も、来ていませんよ?」
「それに、魔王に捕らえられたのなら他の誰かが来れるような場所に置かないと思う。」


 ……いやまぁそうだろうけどさぁ!?
 まるで確信してるとでも言いたそうな雰囲気。まだ揺さぶりを掛けようとしているのか。本当に何かに気が付いたのか。
 これ以上はオレも予想外で対応しきれない。こんなオレにとって馬鹿げた事イレギュラーは初めてだ。



「それはきっと貴方が……!」
「俺が何か?それ以前に何で魔王が天使を捕らえる?敵対してるなら殺してるだろう。それにさっきからわざとらしいというか…まるで別の誰かの真似をしているようで違和感がしてならない。」


 もう何も聞く気は無いみたいたな…。しかも、こいつが言ったことはほとんど合っている。なんで上手くいかなかったのだろうか。俯き、これからの行動の計画を瞬時に立てた。
 説得に意味は無いだろう。どんな弁明をしたところで終わらない。男の声は段々と重く、冷たくなっていたからな。


 ……なら、さっさと終わらせた方がいい。質問漬けにされてる間に何かされるかも知れない。ここまで聡いのなら、何かしらオレが予想出来ない事をして来そうだ。

 オレは大きく溜息をついて、男の方を向いた。どうせ殺して仕舞えば一瞬だ、所詮こいつも人間なのだから。ーーそう思っていた。だが、どうも計画が全て崩れていく。


 男の方を向いた時、大きなに呑まれるような錯覚をした。光も影も無いこの空間で。


「ぇ……?っっ!」
「信用ならない以上、一時的に動きを封じさせてもらう。」


 分からなかった。オレが……錯乱したのか?人間の動きに?

 呑まれたかと思うと男はオレを押し倒して馬乗り状態になり、胸部を片手で強く押さえつけていた。少しずつ体重を上乗せし、かなりの圧迫感がある。
 そして首の横に冷たい感触。目線だけ横にやると、小回りが利きやすい短剣の刃が首に当たっていた。少しでも動けば切れるよう、鋭利な部分を強めに当てている。
 いくら自分の空間で気を抜いていたからと言えど、まさかオレが押し倒されるとは思わなかった。

 ……こいつ、信じらんねぇ。
 殺気は無いのに異様なまでの圧を感じる。戸惑いも疑問も無いような。こいつのこの空気は何度か経験した事があった。

 こいつみたいなタイプは細かいことは考えない、ただ…


相手オレが敵なら殺すだけ、か?ふ、ははっ…」


 苦笑する他ない。
 最適解の出し方を絞り行動する。何度も見て来たしオレだってして来た事だ。ただ、それを人間がここまで速くやるのは初めて見た。


「お前何者だ?」
「俺は見た通りの人間だ。」


 当たり前かのような返答。オレから見れば当たり前に感じる方が難しい。いくらオレが気を抜いてたからって言ってもこれは……。


「おかしいな、ただの人間が意思疎通出来る相手にここまで出来るとは思えないんだが。」


 悪魔の国はしっかりとオレが守っているから、悪魔を相手にして来たわけでは無いだろう。だが、モンスター相手に意思疎通も駆け引きもできないだろう。ならここまでの冷静さと動きはどこで培ったのか。まさか、人間を殺して来たような奴なのか?


 つか待てよ?こいつ今どこから短剣を出した?
 鞘は見える範囲では無い。隠してたにしては、剣を取る動作を感じられなかった。まさか武器生成系の使い手か。

 オレより十分に得体が知れない。……は、言い過ぎか。だとしても、十分すぎる程に厄介そうな相手だ。


「で、オレにどうしろと?」
「俺をここから出せ。そうすれば殺しはしない。」



 お互いに探り合いの中、オレが出した一番いい答えは………


「…分かった、降参だ。ここから出してやるからその物騒なものはしまえ。ただし、この国に来た理由を教えてもらう。それでいいか?」


 少しの沈黙。流石に一筋縄では行かなそうだ。


「いいだろう。もちろん少しでも妙な動きをしたら殺す。」


 少しも信用が無い、か。警戒心の強さも頭の回転の速さも人間のそれじゃ無い。こういう状況に慣れているかのように落ち着いている。

 まぁ、仮想空間に閉じ込めて詐欺ってる奴がオレ以外にいるとも思えないが。いたらそれはそれで会ってみたい。いざ会ってみたら絶対的に混沌カオスだろうけど。


 とりあえず魔法を解き、真っ白な空間を冷たい牢に戻した。表情ひとつ変えないこの不気味な男は一体何者なのか。今、殺せるのに殺さないのはただの好奇心だ。久しぶりに誰かとしっかり意思疎通出来たのなら、オレの望みが叶うかもしれない。
 なんて、まだ性懲りも無く期待している自分がいる。
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