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歪な物語の始まり
2.取引
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牢の扉を開け、真っ黒な男を自室に案内した。自室と言えど牢が並ぶ通路の最奥にある小さな部屋だ。
重たい鉄の扉を開き、久しぶりに他人を招き入れた。室内はとても質素で最低限のものしか無い。…いや、普通の人間ならこれでも少ないか。
室内に並んでいる家具は小さな棚、そこまで物が入りそうに無いクローゼットと二人がけのソファとテーブルだけ。棚には一応来客用として用意していたティーセットとお茶と茶菓子が入ってるけど、流石に菓子はもうだめか。
壁、床、家具が黒で統一された暗い部屋だ。服も髪も白いオレとは正反対の部屋。
ドアの横にあるクリスタル型のランタンに暖かい緋色の炎を灯した。部屋に灯りを付けたのも久しぶりだ。オレは部屋が暗くてもソファで眠るだけだから大丈夫だった。
「そこに座っていろ、お茶ぐらいは出す。」
一応こいつは客人だからな。
数年前から一度もお茶は淹れていないが、淹れ方を忘れる程前では無いから大丈夫だろう。そう思いながら道具を出そうとした。
「いや、いい。まだお前を信用した訳じゃ無いからな。」
「ああそう……。」
毒の心配か。本当にこの人間は慎重だ。ま、毒なんて入れる気はさらさら無いけどな。久しぶりに誰かとこうやって話せるんだから、この機会を無駄にしたくは無い。
結局男は立ったままで、オレだけがソファに座った。
「まぁいい。で?お前はなんでこの国に来た?」
ようやく本題だ。ここまで頭が切れる奴が、何故単身で乗り込んで来た?悪魔の国から帰って来た人間はいないと言うのに。
「俺の仕事の為の実戦練習に来た。それだけだ。」
……この言葉を理解するまでに時間が掛かった。
土地の問題では無いだろう。環境そのものは人間の国と繋がっている以上大差ない。あるとすれば魔力の質が異なる事くらいだが、種族間に一切の関係は無い。関係あるのは天使と悪魔だけ。人間は魔力とも聖力とも順応出来る…というか、人間の魔力は天使と悪魔の中間辺りだ。
土地の問題じゃないとなれば、あと一つしか思い浮かばない。
「つまり、練習の為に悪魔を手当たり次第に殺そうとここに来たと言う事で間違いないか?」
「まぁ、そうなるな。」
声も、見えている口元も、一切の感情を出さずに淡々と話している。
「はっ、悪魔に何の恨みがあってそんな事を思いつくんだ………。」
「俺は何も恨みなど無い。ただ人間にとって悪魔は滅ぼすべき対象としか説明を受けていないからそれに合わせただけだ。」
何だ?何なんだこいつは……
『人間にとって悪魔は滅ぼすべき対象』だって?
そう、説明されたって?だから利用し殺していいとでも?
「ふ ざ け ん な ! ?」
オレは条件反射で立ち上がり、男の胸ぐらを掴んだ。人間が悪魔をどう認識しているかは知っていた。滅ぼそうとしている事も。けど、実際にそれを人間の口から直接聞くと怒りを感じる。
この男だからだろうか?無機質に、無関心に利用しようとした事を目の前で言われて、怒りを隠せなかった。
「オレらが……悪魔が人間に何をした?人間を殺したか?何か奪ったか?」
期待なんてするもんじゃ無かった。結局はこの人間も他の奴らと同じなんだ。なら、もう殺しても何の問題も無いよな?
掴んだ胸元を思い切り引っ張り、ソファに押し倒した。あとは口付けて唾液を飲ませてしまえばどうとでもなる。しかし、顔を近づけた瞬間男はオレの顔を押し返した。あと少しと言う所で。
「待て、お前何をする気だ。」
男はオレの顔を突き放し、僅かに動揺した声で聞いて来た。
「っ、何をって…愚問だな。この体制で口付けしようとした以外にあるか?」
「それは好きな人とするものだろ。」
「…………はぁ?」
本当にこの男といると気が狂う。だってオレに…サキュバスにそれを言うか?口付けどころか性行為すら食事として当たり前にする種族だぞ?それに、こいつはずっとオレのフェロモンに当てられているのにも関わらず全然オレに気を許さない。
あー、何だろ……殺す気も失せて来た。
まだこいつが何者かも知らないし、もう少し話すべきかも知れない。こいつが本当にただの人間かすら怪しくなっている。オレを押さえつけた時といい、フェロモンに当てられながらオレを拒んだ今といい、明らかに普通では無い。
「チッ……取り乱した。もう少し話を続けよう。」
とりあえず男を離してから大人しくソファに座り、頭を抱え大きなため息を付いた。怒りでどうかしていたが、よく考えると不思議な事がある。
「人間にとって悪魔は滅ぼすべき対象だと説明を受けたって言ったよな。ならお前は元々そう言う認識じゃ無かったのか?」
でなければ、『説明を受けた』の意味が通らない。元からの認識であれば、『悪魔は滅ぼすべき対象だから』と言うだろう。
「……俺は悪魔がどうこうと言う場所に住んで無かったんだ。」
「は?つまりお前………いや、まさかな。オレはそんな辺鄙な場所を知らないぞ。」
悪魔に関して何も言わない地域なんてオレは知らない。
意識だけ色んな場所に飛ばして来たが、どこに行っても悪魔は敵対されていた。もちろん、セリフィア以外の人間の国でも当たり前に。オレが見た事のない場所と言えば……
「……まさか異世界じゃ無いよな?」
「いや、異世界で合ってる。」
え?こいつ、さらっと爆弾発言した?その可能性はゼロだと思っていたオレは、驚きを隠せる訳もなく。また、異世界から来たと言うことは、必然的に一つの『確定』を言うことでもある。
「は?ならお前は勇者!?」
「ああ、そう呼ばれているな。」
ここに来て一度も表情を変えずに、悪魔に対して淡々と喋り続けるこの男がまさかの勇者?確か勇者召喚の儀式が行われたのは半年前。まだ自由に動けないんじゃ……つか半年で異界に馴染みすぎだろ!冷静過ぎるわ!
………いや、オレが冷静になれ。
まぁ、この世界に来て半年なら他人から得た情報を頼るしか無いだろう。事実を教えてコイツがどう考えるか。今はそれで判断する他無い。
「悪魔は少なくとも過去千年以内に人間を攻撃した事がない。が、絶えず人間が悪魔の国に攻め入っているのは本当に正しい事か?異世界にいたと言うお前から見てどう思うかが知りたい。」
この世界で生まれた時から認識を刷り込まれていない『異世界人』なら、公平に見てくれるかも知れない。なんて僅かな希望を持っている。
「それが事実なら非があるのは人間だろうな。俺が聞いたのは人間を守っていた天使と、神が作った物では無い闇の存在である悪魔が敵対していたと言う事。その悪魔が原因で天使の力が大きく落ち、膨大なダメージを受けた事。」
「は?そもそも天使は人間を守ってなんか無かったぞ。」
まず人間は攻撃されてなどいなかった筈だ。もちろんオレの知らない所は知らないが。オレも全知全能じゃ無い。
しかも、天使の力が落ちたのはかなり昔だ。いや、力が落ちただと語弊がある。正確には、
「天使の個体数が大幅に減ったのはただの自業自得だ。自分達の特性を理解した上で無理矢理戦っていたからな。だから今じゃ個体数を増やす術が無くなっている。」
天使の正式な統率者しか新たな天使は生み出せない、という特性を。
「当時の事、随分と詳しいんだな。確か千年以上前と聞いていたが……」
「まぁオレはこの国でそこそこ位は高いからな。でなければ、単身で関所の番人になんかなって無いさ。」
足を組み、少し自慢げに言ってみた。別に誇ることでも何でも無いが、余裕を見せた方が敵対すべきじゃないと思わせることが出来るかもしれないから。
なんて思いながら、一番警戒してるのはオレかも知れないけど。
ただ、よりによって勇者に位が高いと言ったのは周りから見れば馬鹿げた事だろう。ある意味メインターゲットだし、利用される危険もある。
それでもオレが少しずつ情報を流したのは、ちゃんとした意図があった。あまりにも愚かな考えだと自負する程の意図だが。
「…なぁ、勇者。お前ならこの不毛な滅亡戦を終わらせられないか?人間の国の鍵となる勇者と、魔の国に入る為に突破しなければならない番人。お互いに地位は高いんだから二種族が大きく動くには打って付けの人材だろう。」
「つまり、俺に人間と悪魔の中立になれと?」
「ああ。」
オレも悪魔の国に関して多少の権限はある。なら、勝手な事だが終わらせられるかもしれない。そんな愚かな期待をずっと持ち続けていた。
「悪魔から人間に攻撃することは無い。すれば天使から攻撃を受けると分かっているからな。残念ながら悪魔には天使に抵抗するだけの力は持っていない。だけど人間がまだこの国に悪魔を滅ぼしに来てる以上は、オレもその人間を殺さざるを得ない。オレも不要な殺傷は出来るだけしたく無いんだ。」
嘘偽り無く、オレの意見を伝えた。オレの唯一の願いを叶えるチャンスを逃したくは無い。
「……成程な、条件付きならいいだろう。」
「!」
たった一言で期待は高くなった。もしかしたら、本当にできるんじゃ無いか?だとしたらどれほどいいことか。
「…その、条件は?」
「簡単だ。俺が勇者として動くまで後約半年。それまで俺と行動を共にする事だ。」
「え、それだけ?」
たった半年行動を共にするだけで中立になって貰える?あまりにも美味しすぎる話。……いや、流石にそれだけな訳が無いだろう。オレの能力か、身体か、悪魔の国の情報か、何を望んでいるのだろうか。
「オレに何を求めている?」
「別に、その半年でお前が人間に害をなさなければ信用しようと思っただけだ。殺傷はもちろん、窃盗や意識操作を含めた諸々の悪事。それから、先程お前が俺にしようとした性的な事もだ。同意無しの場合は傷害と見做して、俺がお前を殺す。」
この男なりの監視だろう。思っていた以上に軽い要求だったが、だからと言って自分から重くするような馬鹿な真似はしない。
「なるほどな……分かった。その条件を呑もう。ただ一つ、まだどうにも気になる事がある。」
不要な殺傷をしたく無いと言ったのはオレだ。窃盗も必要無いし意識操作は……まぁ、ここにいなければほとんど使うことも無いだろう。性的な事は同意が有ればいいらしい。
サキュバスである以上性行は食事だが、食い溜めは出来てるし問題は無い。と、思う。食事に困った事は無いから何とも目処が立たないが、そこまでオレもヤワじゃ無いと信じている。
俺に利あって不利は無い。相手がそれで納得出来るならそれでオレは構わない。
それよりもだ。さっきから何も変わっていないのは何故だ?ここまでフェロモンに当てられて何故オレの言いなりにならない?ここまで動じない奴は初めてだ。
目の前で話しているにも関わらず何も変わらない。いや、目の前で話すどころか実際に触れたり至近距離にいたりもしてる。
それでも尚フェロモンに掛かっていないとなると、何かしらそう言う類の耐性でもあるのだろうか。
「勇者、何でオレの魅了に掛かって無いんだ?」
「魅了?何か魔法を使っていたのか?まぁ何でもいいけど、初対面の人に好意を持つのは普通無いだろう。」
うっわド正論。この男、媚薬で欲情しても好んでいない相手には拒否するめっちゃ誠実なタイプだろうな。
「ならさっきキスを拒んだのも……。」
「一切の好意と信用が無いからだ。実際ロクな事しようとしてなかったろう?」
確かにロクな事はしようとしてない。媚薬漬けにして殺すつもりだったからな。
それにしても『一切の』なんて念を押して言われてしまった。初めてオレにとって『魅力が無い』と同等の言葉を言われた。
驚きと戸惑い、それからそれなりに魅力的だと自負していた見た目プラスフェロモンに一切惑わされないこの勇者に対する怒り。よくわからないごちゃ混ぜの感情にオレはあっさり振り回されてしまったようで。
「あぁそうかよ言ってくれるな!?だったらお前に同行する目的追加だ!半年でお前を落としてやる、絶対に!」
「っ!?」
勢いよく立ち上がり、めっちゃ早口でとんでも無いことを怒鳴り散らかした。
つか待て普通に素が出てたぞオレ!?冷静で余裕があるに見えるよう振る舞おうとしてたんだけどなー……。いや、ちょいちょい崩れてはいたか。
ハッとして思わず口を抑えたがまぁ手遅れだ。前髪とメガネで見えない目線は十中八九オレに向けているだろう。
オレは頭を抱え項垂れて大きく溜息を吐いた。今日は溜息ばかりだ。
「お前、さっきまでと雰囲気が……」
「っ、あーはいはい分かってるって。そうだよ猫かぶってたよ…ったく、こんな早くにボロ出すとか思わねーし。」
「……ふっ」
………え?今こいつ笑った?こいつ……笑えたのか!?
失礼だとは思うがずっと仏頂面だったから感情が薄いと思っていた。表情はほとんど変わったように見えなかった上に一瞬だったが、確かに笑っていたような気がした。
気の所為……か?いや、もし本当に笑ったのなら何に…?
…やばい、こいつ面白いな……。
ただの利害の一致で行動しようとしてたけど、普通に楽しい娯楽にでもなりそうだ。もっと色んな顔が見てみたい。このクソ真面目を崩せたらどんなに楽しいだろうか。
「ま、言ったからにはオレはやってやるよ。半年後、それまでにお前にオレを認めさせて惚れさせてやる!」
惚れさせるの方に可能性はほとんど無いかも知れない。少なくとも今のままじゃ無関心で終わるだろう。それでも媚薬無しでやってやる。ハードな挑戦だけど余計に燃える。
「まぁ、それは好きにすればいい。」
「言われなくても!」
あれ、オレ今自然に笑えてる?こんな風に誰かと関わった事なんか無い。ここまで何かにワクワクしたのも久しぶりだ。
この勇者は…人間はあまりにもイレギュラーで、退屈でつまらない繰り返しの日々にえげつない程の電撃を食らわせてきた。
たった半年だけだけど、きっと有意義な時間になる。いや、有意義な時間を過ごしに行くんだ。オレは既に楽しみで楽しみで仕方が無くなっていた。胸の辺りが熱くなり、鼓動が大きくなっている。
今すぐにでも動き出したくて、うずうずしていたんだ。
重たい鉄の扉を開き、久しぶりに他人を招き入れた。室内はとても質素で最低限のものしか無い。…いや、普通の人間ならこれでも少ないか。
室内に並んでいる家具は小さな棚、そこまで物が入りそうに無いクローゼットと二人がけのソファとテーブルだけ。棚には一応来客用として用意していたティーセットとお茶と茶菓子が入ってるけど、流石に菓子はもうだめか。
壁、床、家具が黒で統一された暗い部屋だ。服も髪も白いオレとは正反対の部屋。
ドアの横にあるクリスタル型のランタンに暖かい緋色の炎を灯した。部屋に灯りを付けたのも久しぶりだ。オレは部屋が暗くてもソファで眠るだけだから大丈夫だった。
「そこに座っていろ、お茶ぐらいは出す。」
一応こいつは客人だからな。
数年前から一度もお茶は淹れていないが、淹れ方を忘れる程前では無いから大丈夫だろう。そう思いながら道具を出そうとした。
「いや、いい。まだお前を信用した訳じゃ無いからな。」
「ああそう……。」
毒の心配か。本当にこの人間は慎重だ。ま、毒なんて入れる気はさらさら無いけどな。久しぶりに誰かとこうやって話せるんだから、この機会を無駄にしたくは無い。
結局男は立ったままで、オレだけがソファに座った。
「まぁいい。で?お前はなんでこの国に来た?」
ようやく本題だ。ここまで頭が切れる奴が、何故単身で乗り込んで来た?悪魔の国から帰って来た人間はいないと言うのに。
「俺の仕事の為の実戦練習に来た。それだけだ。」
……この言葉を理解するまでに時間が掛かった。
土地の問題では無いだろう。環境そのものは人間の国と繋がっている以上大差ない。あるとすれば魔力の質が異なる事くらいだが、種族間に一切の関係は無い。関係あるのは天使と悪魔だけ。人間は魔力とも聖力とも順応出来る…というか、人間の魔力は天使と悪魔の中間辺りだ。
土地の問題じゃないとなれば、あと一つしか思い浮かばない。
「つまり、練習の為に悪魔を手当たり次第に殺そうとここに来たと言う事で間違いないか?」
「まぁ、そうなるな。」
声も、見えている口元も、一切の感情を出さずに淡々と話している。
「はっ、悪魔に何の恨みがあってそんな事を思いつくんだ………。」
「俺は何も恨みなど無い。ただ人間にとって悪魔は滅ぼすべき対象としか説明を受けていないからそれに合わせただけだ。」
何だ?何なんだこいつは……
『人間にとって悪魔は滅ぼすべき対象』だって?
そう、説明されたって?だから利用し殺していいとでも?
「ふ ざ け ん な ! ?」
オレは条件反射で立ち上がり、男の胸ぐらを掴んだ。人間が悪魔をどう認識しているかは知っていた。滅ぼそうとしている事も。けど、実際にそれを人間の口から直接聞くと怒りを感じる。
この男だからだろうか?無機質に、無関心に利用しようとした事を目の前で言われて、怒りを隠せなかった。
「オレらが……悪魔が人間に何をした?人間を殺したか?何か奪ったか?」
期待なんてするもんじゃ無かった。結局はこの人間も他の奴らと同じなんだ。なら、もう殺しても何の問題も無いよな?
掴んだ胸元を思い切り引っ張り、ソファに押し倒した。あとは口付けて唾液を飲ませてしまえばどうとでもなる。しかし、顔を近づけた瞬間男はオレの顔を押し返した。あと少しと言う所で。
「待て、お前何をする気だ。」
男はオレの顔を突き放し、僅かに動揺した声で聞いて来た。
「っ、何をって…愚問だな。この体制で口付けしようとした以外にあるか?」
「それは好きな人とするものだろ。」
「…………はぁ?」
本当にこの男といると気が狂う。だってオレに…サキュバスにそれを言うか?口付けどころか性行為すら食事として当たり前にする種族だぞ?それに、こいつはずっとオレのフェロモンに当てられているのにも関わらず全然オレに気を許さない。
あー、何だろ……殺す気も失せて来た。
まだこいつが何者かも知らないし、もう少し話すべきかも知れない。こいつが本当にただの人間かすら怪しくなっている。オレを押さえつけた時といい、フェロモンに当てられながらオレを拒んだ今といい、明らかに普通では無い。
「チッ……取り乱した。もう少し話を続けよう。」
とりあえず男を離してから大人しくソファに座り、頭を抱え大きなため息を付いた。怒りでどうかしていたが、よく考えると不思議な事がある。
「人間にとって悪魔は滅ぼすべき対象だと説明を受けたって言ったよな。ならお前は元々そう言う認識じゃ無かったのか?」
でなければ、『説明を受けた』の意味が通らない。元からの認識であれば、『悪魔は滅ぼすべき対象だから』と言うだろう。
「……俺は悪魔がどうこうと言う場所に住んで無かったんだ。」
「は?つまりお前………いや、まさかな。オレはそんな辺鄙な場所を知らないぞ。」
悪魔に関して何も言わない地域なんてオレは知らない。
意識だけ色んな場所に飛ばして来たが、どこに行っても悪魔は敵対されていた。もちろん、セリフィア以外の人間の国でも当たり前に。オレが見た事のない場所と言えば……
「……まさか異世界じゃ無いよな?」
「いや、異世界で合ってる。」
え?こいつ、さらっと爆弾発言した?その可能性はゼロだと思っていたオレは、驚きを隠せる訳もなく。また、異世界から来たと言うことは、必然的に一つの『確定』を言うことでもある。
「は?ならお前は勇者!?」
「ああ、そう呼ばれているな。」
ここに来て一度も表情を変えずに、悪魔に対して淡々と喋り続けるこの男がまさかの勇者?確か勇者召喚の儀式が行われたのは半年前。まだ自由に動けないんじゃ……つか半年で異界に馴染みすぎだろ!冷静過ぎるわ!
………いや、オレが冷静になれ。
まぁ、この世界に来て半年なら他人から得た情報を頼るしか無いだろう。事実を教えてコイツがどう考えるか。今はそれで判断する他無い。
「悪魔は少なくとも過去千年以内に人間を攻撃した事がない。が、絶えず人間が悪魔の国に攻め入っているのは本当に正しい事か?異世界にいたと言うお前から見てどう思うかが知りたい。」
この世界で生まれた時から認識を刷り込まれていない『異世界人』なら、公平に見てくれるかも知れない。なんて僅かな希望を持っている。
「それが事実なら非があるのは人間だろうな。俺が聞いたのは人間を守っていた天使と、神が作った物では無い闇の存在である悪魔が敵対していたと言う事。その悪魔が原因で天使の力が大きく落ち、膨大なダメージを受けた事。」
「は?そもそも天使は人間を守ってなんか無かったぞ。」
まず人間は攻撃されてなどいなかった筈だ。もちろんオレの知らない所は知らないが。オレも全知全能じゃ無い。
しかも、天使の力が落ちたのはかなり昔だ。いや、力が落ちただと語弊がある。正確には、
「天使の個体数が大幅に減ったのはただの自業自得だ。自分達の特性を理解した上で無理矢理戦っていたからな。だから今じゃ個体数を増やす術が無くなっている。」
天使の正式な統率者しか新たな天使は生み出せない、という特性を。
「当時の事、随分と詳しいんだな。確か千年以上前と聞いていたが……」
「まぁオレはこの国でそこそこ位は高いからな。でなければ、単身で関所の番人になんかなって無いさ。」
足を組み、少し自慢げに言ってみた。別に誇ることでも何でも無いが、余裕を見せた方が敵対すべきじゃないと思わせることが出来るかもしれないから。
なんて思いながら、一番警戒してるのはオレかも知れないけど。
ただ、よりによって勇者に位が高いと言ったのは周りから見れば馬鹿げた事だろう。ある意味メインターゲットだし、利用される危険もある。
それでもオレが少しずつ情報を流したのは、ちゃんとした意図があった。あまりにも愚かな考えだと自負する程の意図だが。
「…なぁ、勇者。お前ならこの不毛な滅亡戦を終わらせられないか?人間の国の鍵となる勇者と、魔の国に入る為に突破しなければならない番人。お互いに地位は高いんだから二種族が大きく動くには打って付けの人材だろう。」
「つまり、俺に人間と悪魔の中立になれと?」
「ああ。」
オレも悪魔の国に関して多少の権限はある。なら、勝手な事だが終わらせられるかもしれない。そんな愚かな期待をずっと持ち続けていた。
「悪魔から人間に攻撃することは無い。すれば天使から攻撃を受けると分かっているからな。残念ながら悪魔には天使に抵抗するだけの力は持っていない。だけど人間がまだこの国に悪魔を滅ぼしに来てる以上は、オレもその人間を殺さざるを得ない。オレも不要な殺傷は出来るだけしたく無いんだ。」
嘘偽り無く、オレの意見を伝えた。オレの唯一の願いを叶えるチャンスを逃したくは無い。
「……成程な、条件付きならいいだろう。」
「!」
たった一言で期待は高くなった。もしかしたら、本当にできるんじゃ無いか?だとしたらどれほどいいことか。
「…その、条件は?」
「簡単だ。俺が勇者として動くまで後約半年。それまで俺と行動を共にする事だ。」
「え、それだけ?」
たった半年行動を共にするだけで中立になって貰える?あまりにも美味しすぎる話。……いや、流石にそれだけな訳が無いだろう。オレの能力か、身体か、悪魔の国の情報か、何を望んでいるのだろうか。
「オレに何を求めている?」
「別に、その半年でお前が人間に害をなさなければ信用しようと思っただけだ。殺傷はもちろん、窃盗や意識操作を含めた諸々の悪事。それから、先程お前が俺にしようとした性的な事もだ。同意無しの場合は傷害と見做して、俺がお前を殺す。」
この男なりの監視だろう。思っていた以上に軽い要求だったが、だからと言って自分から重くするような馬鹿な真似はしない。
「なるほどな……分かった。その条件を呑もう。ただ一つ、まだどうにも気になる事がある。」
不要な殺傷をしたく無いと言ったのはオレだ。窃盗も必要無いし意識操作は……まぁ、ここにいなければほとんど使うことも無いだろう。性的な事は同意が有ればいいらしい。
サキュバスである以上性行は食事だが、食い溜めは出来てるし問題は無い。と、思う。食事に困った事は無いから何とも目処が立たないが、そこまでオレもヤワじゃ無いと信じている。
俺に利あって不利は無い。相手がそれで納得出来るならそれでオレは構わない。
それよりもだ。さっきから何も変わっていないのは何故だ?ここまでフェロモンに当てられて何故オレの言いなりにならない?ここまで動じない奴は初めてだ。
目の前で話しているにも関わらず何も変わらない。いや、目の前で話すどころか実際に触れたり至近距離にいたりもしてる。
それでも尚フェロモンに掛かっていないとなると、何かしらそう言う類の耐性でもあるのだろうか。
「勇者、何でオレの魅了に掛かって無いんだ?」
「魅了?何か魔法を使っていたのか?まぁ何でもいいけど、初対面の人に好意を持つのは普通無いだろう。」
うっわド正論。この男、媚薬で欲情しても好んでいない相手には拒否するめっちゃ誠実なタイプだろうな。
「ならさっきキスを拒んだのも……。」
「一切の好意と信用が無いからだ。実際ロクな事しようとしてなかったろう?」
確かにロクな事はしようとしてない。媚薬漬けにして殺すつもりだったからな。
それにしても『一切の』なんて念を押して言われてしまった。初めてオレにとって『魅力が無い』と同等の言葉を言われた。
驚きと戸惑い、それからそれなりに魅力的だと自負していた見た目プラスフェロモンに一切惑わされないこの勇者に対する怒り。よくわからないごちゃ混ぜの感情にオレはあっさり振り回されてしまったようで。
「あぁそうかよ言ってくれるな!?だったらお前に同行する目的追加だ!半年でお前を落としてやる、絶対に!」
「っ!?」
勢いよく立ち上がり、めっちゃ早口でとんでも無いことを怒鳴り散らかした。
つか待て普通に素が出てたぞオレ!?冷静で余裕があるに見えるよう振る舞おうとしてたんだけどなー……。いや、ちょいちょい崩れてはいたか。
ハッとして思わず口を抑えたがまぁ手遅れだ。前髪とメガネで見えない目線は十中八九オレに向けているだろう。
オレは頭を抱え項垂れて大きく溜息を吐いた。今日は溜息ばかりだ。
「お前、さっきまでと雰囲気が……」
「っ、あーはいはい分かってるって。そうだよ猫かぶってたよ…ったく、こんな早くにボロ出すとか思わねーし。」
「……ふっ」
………え?今こいつ笑った?こいつ……笑えたのか!?
失礼だとは思うがずっと仏頂面だったから感情が薄いと思っていた。表情はほとんど変わったように見えなかった上に一瞬だったが、確かに笑っていたような気がした。
気の所為……か?いや、もし本当に笑ったのなら何に…?
…やばい、こいつ面白いな……。
ただの利害の一致で行動しようとしてたけど、普通に楽しい娯楽にでもなりそうだ。もっと色んな顔が見てみたい。このクソ真面目を崩せたらどんなに楽しいだろうか。
「ま、言ったからにはオレはやってやるよ。半年後、それまでにお前にオレを認めさせて惚れさせてやる!」
惚れさせるの方に可能性はほとんど無いかも知れない。少なくとも今のままじゃ無関心で終わるだろう。それでも媚薬無しでやってやる。ハードな挑戦だけど余計に燃える。
「まぁ、それは好きにすればいい。」
「言われなくても!」
あれ、オレ今自然に笑えてる?こんな風に誰かと関わった事なんか無い。ここまで何かにワクワクしたのも久しぶりだ。
この勇者は…人間はあまりにもイレギュラーで、退屈でつまらない繰り返しの日々にえげつない程の電撃を食らわせてきた。
たった半年だけだけど、きっと有意義な時間になる。いや、有意義な時間を過ごしに行くんだ。オレは既に楽しみで楽しみで仕方が無くなっていた。胸の辺りが熱くなり、鼓動が大きくなっている。
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