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第三章
③
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「『止まりな』」
魔女ベアトリーチェの『言葉』は、ウィルキウスの足を床にぬい止めた。
「魔女、行かせてくれ!!あそこには兄がいるんだ!!」
ウィルキウスの悲愴な叫びを、老女は一蹴する。
「今さら行っても、何も出来はしないよ。そもそもお前はあそこから逃げて来たんだろう?戻ってどうする」
「だが兄が……。俺が逃げる時、使用人は邸で何かが起こったと話していた。兄はその邸の、主人の所にいたはずなんだ」
「邸の主人……ラローヴェル侯爵か」
「ああ。兄はそいつの部屋に連れて行かれていた。あの変態は邸に妻がいない時には、兄を寝台に引きずり込んでいたんだ」
「そこで何かが起きた訳か」
「あいつは、王弟が兄に話を聞くだろうと言っていた。だから、俺が逃げた時、間違いなく兄は生きていた」
「あいつ?」
「いつも兄をあの邸の主人の所に連れて行く使用人だ。そいつは、王弟があの邸に呼ばれたと言っていた。だから兄が王弟に真実を話すだろうとも。魔女、教えてくれ。兄は無事なのか?!あの邸であった全てを隠滅する為に、その王弟が兄ごと火を放った可能性は?」
「さてねぇ。ただ、王弟が呼ばれたなら、お前の兄は生きているだろうよ。あれは不幸な子供を殺しはしない。だが、何が起こったにせよ、今のお前では、あの邸には近寄る事すらできないだろう。それに、あそこであった全ての真相は、闇に葬られる事は間違いないだろうよ」
老女の言葉にウィルキウスの心臓が、どくりと大きく脈打った。
理解してはいる。この世界は、罪を犯した権力者が常に正しく裁かれる社会では無い。まだ国としてはきわめて未熟で、小さな揺らぎが、いずれ国を滅ぼしかねない。そして犠牲となるのは、力を持たない弱き者だ。
しかしそんな者たちもまた、常に日々の不平や憎しみをぶつける為の、生贄を探している。
ウィルキウスの中で、憎悪か渦を巻く。
「圧倒的権力を持つ王族や貴族が、その権力と力で弱き者を蹂躙しても、全ては無かった事にして終わりか?人の尊厳すら奪われ虐げられた者達の苦しみは、痛みは、屈辱は、悲しみ……、身を焼き尽くす程の憤りはどうすればいい?」
喉が痛む。まるで炎に焼かれたかのように。怒りが脳内を侵食する。
「ならばお前が復讐するかい?」
「どういう意味だ?」
老女の言葉に、ウィルキウスは息を呑んだ。
「この国は、リネス国の王族を見限った『取り替え姫』の兄王子が建国した国だ。リネスの王家は、なんの罪もない取替え姫に罪を被せ、処刑という名のもとに、残虐な方法で嬲り殺しにした。だからこそ、この国では、魔力を持つ者は自らの意思で人の理から外れ、権力者が魔法使い達の力を己の欲の為に使えないようにした。そして、初代国王は王族が二度と愚かな事を繰り返さないように、7人の裁き司を選んだ」
「裁き司?」
ウィルキウスはソフィーリアの声で語る魔女ベアトリーチェを見て、その双眸を見据える。
「裁き司は、王家を裁く権利を持つ。そして、滅ぼす事も出来る力を持つ者。だがそれには、お前自身が裁き司の後継者となる必要がある。ただ数々の制約があり、まあ、ぶっちゃけめんどくさくて、なのにくそったれな程暇すぎる。だから私としては、人のまま復讐する方が遥かに愉快だとは思うのだがね」
「姉さんの声で、変な言葉を使うのはやめてくれ!!」
低く怒鳴るウィルキウスの黒髪が、窓から吹き込んだ強い風に散らされる。老女の言葉は、面白がっているようであり、
人を惑わす物でもあった。
空には再び暗雲が立ち込め、雨が激しさを増し、開いた窓から雨粒がふりこんでくる。
彼方に見えていた煙は、薄暗い空と激しい雨のせいで、もはやその存在を確かめる事は出来ない。
「私の声で何を話そうが、私の勝手だろう」
ウィルキウスは窓の外から目を逸らし、再び老女を見る。
「裁き司とやらならばともかく、人のまま復讐などできると思うか?」
「出来るに決まっている。私は魔女だよ。お前が私に対価を支払えば、私はお前の求める物を与えよう。お前がその手で直接王家を滅ぼす為に、お前ならどうする?」
「そうだな。今であれば……宰相の養子となり、次期宰相として、内側から徐々に王家を滅ぼす」
「ああ、魔女の薬と、お前が持つその紫の瞳があれば、可能だろうね」
老女の言葉に、ウィルキウスは息を飲んだ。化け物の元に連れて行かれる時の兄の顔が脳裏に浮かぶ。ウィルキウスに心配させない為の、泣きそうな笑みを見ては、無力である己を恥じた。そして、あの邸の地下に連れて来られ、いつしか消えて行った幾人もの少年や少女の姿を思い返す。悲鳴をあげ、泣き叫び、そして絶望に染まった顔を。
しばらくして、ウィルキウスは絶望や怒り、憎しみ、己の中の全ての感情を飲み込み、その口角を引き上げた。
「いいだろう、魔女。貴方の誘惑にのってやる。俺が堕ちて行く様を存分に楽しむがいい」
開かれたままの窓から、勢いよく入りこんだ雨粒が、ウィルキウスの顔を叩く。顔に降りかかる雨は、彼の流した涙のように、その秀麗な頬から滑り落ちた。
魔女ベアトリーチェの『言葉』は、ウィルキウスの足を床にぬい止めた。
「魔女、行かせてくれ!!あそこには兄がいるんだ!!」
ウィルキウスの悲愴な叫びを、老女は一蹴する。
「今さら行っても、何も出来はしないよ。そもそもお前はあそこから逃げて来たんだろう?戻ってどうする」
「だが兄が……。俺が逃げる時、使用人は邸で何かが起こったと話していた。兄はその邸の、主人の所にいたはずなんだ」
「邸の主人……ラローヴェル侯爵か」
「ああ。兄はそいつの部屋に連れて行かれていた。あの変態は邸に妻がいない時には、兄を寝台に引きずり込んでいたんだ」
「そこで何かが起きた訳か」
「あいつは、王弟が兄に話を聞くだろうと言っていた。だから、俺が逃げた時、間違いなく兄は生きていた」
「あいつ?」
「いつも兄をあの邸の主人の所に連れて行く使用人だ。そいつは、王弟があの邸に呼ばれたと言っていた。だから兄が王弟に真実を話すだろうとも。魔女、教えてくれ。兄は無事なのか?!あの邸であった全てを隠滅する為に、その王弟が兄ごと火を放った可能性は?」
「さてねぇ。ただ、王弟が呼ばれたなら、お前の兄は生きているだろうよ。あれは不幸な子供を殺しはしない。だが、何が起こったにせよ、今のお前では、あの邸には近寄る事すらできないだろう。それに、あそこであった全ての真相は、闇に葬られる事は間違いないだろうよ」
老女の言葉にウィルキウスの心臓が、どくりと大きく脈打った。
理解してはいる。この世界は、罪を犯した権力者が常に正しく裁かれる社会では無い。まだ国としてはきわめて未熟で、小さな揺らぎが、いずれ国を滅ぼしかねない。そして犠牲となるのは、力を持たない弱き者だ。
しかしそんな者たちもまた、常に日々の不平や憎しみをぶつける為の、生贄を探している。
ウィルキウスの中で、憎悪か渦を巻く。
「圧倒的権力を持つ王族や貴族が、その権力と力で弱き者を蹂躙しても、全ては無かった事にして終わりか?人の尊厳すら奪われ虐げられた者達の苦しみは、痛みは、屈辱は、悲しみ……、身を焼き尽くす程の憤りはどうすればいい?」
喉が痛む。まるで炎に焼かれたかのように。怒りが脳内を侵食する。
「ならばお前が復讐するかい?」
「どういう意味だ?」
老女の言葉に、ウィルキウスは息を呑んだ。
「この国は、リネス国の王族を見限った『取り替え姫』の兄王子が建国した国だ。リネスの王家は、なんの罪もない取替え姫に罪を被せ、処刑という名のもとに、残虐な方法で嬲り殺しにした。だからこそ、この国では、魔力を持つ者は自らの意思で人の理から外れ、権力者が魔法使い達の力を己の欲の為に使えないようにした。そして、初代国王は王族が二度と愚かな事を繰り返さないように、7人の裁き司を選んだ」
「裁き司?」
ウィルキウスはソフィーリアの声で語る魔女ベアトリーチェを見て、その双眸を見据える。
「裁き司は、王家を裁く権利を持つ。そして、滅ぼす事も出来る力を持つ者。だがそれには、お前自身が裁き司の後継者となる必要がある。ただ数々の制約があり、まあ、ぶっちゃけめんどくさくて、なのにくそったれな程暇すぎる。だから私としては、人のまま復讐する方が遥かに愉快だとは思うのだがね」
「姉さんの声で、変な言葉を使うのはやめてくれ!!」
低く怒鳴るウィルキウスの黒髪が、窓から吹き込んだ強い風に散らされる。老女の言葉は、面白がっているようであり、
人を惑わす物でもあった。
空には再び暗雲が立ち込め、雨が激しさを増し、開いた窓から雨粒がふりこんでくる。
彼方に見えていた煙は、薄暗い空と激しい雨のせいで、もはやその存在を確かめる事は出来ない。
「私の声で何を話そうが、私の勝手だろう」
ウィルキウスは窓の外から目を逸らし、再び老女を見る。
「裁き司とやらならばともかく、人のまま復讐などできると思うか?」
「出来るに決まっている。私は魔女だよ。お前が私に対価を支払えば、私はお前の求める物を与えよう。お前がその手で直接王家を滅ぼす為に、お前ならどうする?」
「そうだな。今であれば……宰相の養子となり、次期宰相として、内側から徐々に王家を滅ぼす」
「ああ、魔女の薬と、お前が持つその紫の瞳があれば、可能だろうね」
老女の言葉に、ウィルキウスは息を飲んだ。化け物の元に連れて行かれる時の兄の顔が脳裏に浮かぶ。ウィルキウスに心配させない為の、泣きそうな笑みを見ては、無力である己を恥じた。そして、あの邸の地下に連れて来られ、いつしか消えて行った幾人もの少年や少女の姿を思い返す。悲鳴をあげ、泣き叫び、そして絶望に染まった顔を。
しばらくして、ウィルキウスは絶望や怒り、憎しみ、己の中の全ての感情を飲み込み、その口角を引き上げた。
「いいだろう、魔女。貴方の誘惑にのってやる。俺が堕ちて行く様を存分に楽しむがいい」
開かれたままの窓から、勢いよく入りこんだ雨粒が、ウィルキウスの顔を叩く。顔に降りかかる雨は、彼の流した涙のように、その秀麗な頬から滑り落ちた。
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