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第三章

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 あの嵐の日の惨劇の後、前ラローヴェル侯爵ルイスの父の惨殺現場にいた少年の身元は、いともあっさりと判明した。他ならぬガーフィールド公爵が、少年を知っていたからだ。



 もし小説通りであれば、あの時前ラローヴェル侯爵ルイスの父の寝台にいた少年、ベルナルド・インフォンティーノとガーフィールド公爵の繋がりは、ベルナルドの姉インフォンティーノ公爵令嬢だろう。

 ガーフィールド公爵は第二王子時代、インフォンティーノ公爵令嬢ソフィーリアに恋をした。だがソフィーリアは彼女の義理の母である公爵夫人に疎まれ、16歳で俗世から切り離され神殿に入れられてしまう。

 しかしその神殿で、ソフィーリアは神々から祝福を授かる。彼女の歌声が天上の神々さえも魅了する程に美しかったからだ。
 けれど神殿でソフィーリアが名声を得たことに、公爵夫人は怒り狂い、神殿に手を回し彼女を毒殺した。

 真実を知った第二王子ガーフィールド公爵は、インフォンティーノ公爵家を没落させた。

 



 アリシティアはふいに思い出した小説の内容に、心臓がぎゅっと押しつぶされたような、不快な痛みを感じた。
 小説にはソフィーリアの弟ベルナルドの存在など、どこにも書かれていなかったように思う。

 けれどこの現実世界では、ベルナルドは愛玩奴隷として前侯爵ルイスの父の寝台の上にいた。
 ソフィーリアは小説通り神殿で死亡していて、インフォンティーノ公爵家は没落した。
 そこにどうガーフィールド公爵が絡んでいるか、アリシティアは知らない。
 ただ事実として、インフォンティーノ公爵は、昔別荘で夫人と夫人の息子達を道連れに無理心中した。

 そしてその別荘は今、チューダー伯爵の裏カジノや阿片窟もどきになっている。
 
 
 

 幼い日のアリシティアは、ローヴェル邸で何が起ころうと決して何もするなと、王弟ガーフィールド公爵に約束させられていた。
 ルイスの婚約者であるアリシティアは、ローヴェル邸ではとても目立つ存在だ。
 彼女が下手に動けば、前ラローヴェル侯爵や彼の裏の仕事を手伝っている使用人は、きっとすぐにその事に気付くだろう。
 そうなれば証拠は隠滅され、囚われている少年は消される。

 あの時のガーフィールド公爵は、前ラローヴェル侯爵が決して言い逃れも、使用人に罪を押し付ける事も出来無いように、証拠を固めていた。
 更には、この件を一気に消し去り、全てを無かった事にする為の用意をしていた。


 けれどもし……と、アリシティアは思う事がある。

 

──── あの時、王弟殿下の指示に従わず、隠されたベルナルド少年を見つけて逃していれば…。

 そうすればあの嵐の日、ベルナルドは寝台の上で、永遠の悪夢に取り憑かれ正気を失う程の、壮絶な地獄絵図を見ずに済んだかもしれない。
 

 未来を知るアリシティアは、囚われの少年を助けようとしなかった。アリシティアが何かをすれば、少年が殺される可能性が高いと言い訳して……。

 事件を止める事しか考えず、起こってしまった後を考えていなかった。アリシティアがあの惨劇を止められなければ、あの寝台にいた少年は地獄を目の当たりにすると、彼女は知っていたのに。
 あの時、アリシティアはルイスを守る事を優先した。


 もし、ソフィーリアや彼女の弟ベルナルドを愛する人が生きていたなら、そんなアリシティアを何度殺しても殺し足りない程に憎むだろう。

 双子を連れ去った男達を、アリシティアが心の底から憎んだように…。




「アリアリ、どうかした?」

 ディノルフィーノの声に、アリシティアはふっと息を吐き、余計な思考を振り払った。

「あ、ごめんね。それで、前侯爵が亡くなった後、見つかった契約書や取引記録などには、双子の情報は見つからなかったの。だから私は、双子は前侯爵以外の人間に売られたのだと思った。それで私は闇社会の人間と繋がる貴族を探した。でも結局は……」

 アリシティアの声は震え、言葉を切って俯く。首を絞められたように、言葉が出てこない。それでも一度紅茶を飲み、その後息を吐き、彼女は真相を告げた。

「双子はね、ラローヴェル邸に連れて行かれていたの」

 ルイスはただ、アリシティアの話を聞いていた。その美しい相貌からは、いつもの甘ったるい表情も消え失せている。


「ふーん? なんか変だね。他の愛玩奴隷の売買記録はあったのに、その双子ちゃん達については、何も残ってはいなかった訳?」

 ディノルフィーノは用意された朝食を食べながら、疑問を口にする。


「二人は攫われた訳では無くて、母親に売られたの。大貴族の家で使用人になって、裕福な生活が出来ると」

「ああ…、そういう事。売られたと言っても、それは支度金か。正当な奉公に上がった扱いになるもんね。だから奴隷売買の記録がないのか」

「そう。けれど、他の愛玩奴隷のように売買されなかっただけで、あの子達が愛玩奴隷として、連れて行かれたのは確かだったの。前ラローヴェル侯爵は、あの子達を見て、『これなら、あのお方も喜ばれるだろう』と、言ったそうよ」

「ふーん。契約書や記録に残す事は、互いに弱みを握ることになるけど…。相手はそういう全ての痕跡を消さなきゃいけない程の大物って事かなぁ。なんか、その双子ちゃんって、どっちかというと、取引というよりも、献上品扱いだね。侯爵さまのお父さんは王族の血を継ぎ、王妹を妻に迎えた程の人だよね。そんな人が『あのお方』なんて呼ぶ人ってさ、殆どいないよね?」

 ディノルフィーノはルイスに視線を向けた。その視線の先、ルイスは苦しげな表情で、ぎりっと奥歯を噛み締めた。小さくかぶりを振り、片手で目を覆う。

「閣下?」

 まるで泣き出したような、ルイスのその姿に、アリシティアは思わず声をかけた。

「僕の父は……、王家の血筋を何よりも尊い物だと思っていたんだ。選民意識が誰よりも強かった。だから、僕がアリスと婚約したいと言った時、伯爵家と言うだけで、父には話すら聞いてもらえなかった。だから僕は、国王である叔父上に頼んで、王命に近い形をとって貰い、父上が手出し出来ない形で、無理にアリスと婚約したんだ。そんな父が、『あのお方』と呼ぶ相手は…」


 ルイスは一度息を吐き、そして目を覆っていた手を外した。

「僕の祖母である、王太后ただ一人だ」

 ルイスがはっきりと口にした言葉に、アリシティアだけでは無く、ディノルフィーノまでもが、息を呑み目を見開いた。




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