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第三章
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しばらく沈黙したまま、目の前のパンケーキを食べていたアリシティアは、やがてナイフとフォークを置いた。小さく「とても美味しかった。ごちそうさまでした」と口にする。
執事が彼女の前から皿を下げた後、紅茶を一口飲み、ゆっくりと話し始めた。
「ねぇ、ノルはリーベンデイルの生きた人形について、どこまで知っているの?」
「どこまで?多分、侯爵さまが知っている事は全部知ってると思うよ?」
アリシティアの問いにディノルフィーノが答えると、ルイスをチラリと見た。ルイスは執事に人払いを言いつけると、執事はメイドを連れて、声の届かない所まで下がった。
「私ね、子供の頃からずっと、友達を連れ去った二人の男を探していたの」
「……その友達ってさ、もしかしなくても、アリアリが探してた初期のリーベンデイルの生きた人形?」
ベーコンを切り分けながら、ディノルフィーノはわずかに首を傾げた。
「そう。正確には、違法な愛玩奴隷がリーベンデイルの生きた人形と呼ばれるようになる前に連れ去られた、平民のとても美しい男女の双子」
「それでアリアリは、友達の行方を知りたくて、リーベンデイルの生きた人形の情報と、あの男達をずっと探してたの?」
アリシティアは頷いた。
「私ね、あの子達は私のせいで、誘拐されたのではないかと思っていたの」
「なんで?」
「私は街で平民の子供に混ざる為に、とても仲良くなったその子達と、服を交換したの」
「アリアリって、お金持ちの伯爵家なのに、子供の頃から貴族令嬢らしくなかったんだ」
「私は父親から放置されてたからね。母は愛してくれてたけど、貴族のご令嬢だから、子育てとかにも直接は関わらなかったし」
「けど、それならアリアリだって、貴族のお嬢様みたいに、使用人にちやほやされて育ったんじゃないの? よくそんな自由にしていられたね」
「抜け道なんていくらでも探せるもの。それに、貴族らしくないのはノルも同じでしょう?」
「ん? 俺んちは元々影の一族だから。ふつーの貴族とは違うよ。それにね、じーちゃん厳しかったけど、すっごく家族が大好きだった」
ディノルフィーノの言葉に、アリシティアは、前にディノルフィーノが言っていた言葉を思い出した。
『じーちゃんアメリカ軍の軍人だったんだって』
推測するまでもなく、ディノルフィーノ三兄弟の祖父は、前世持ちだ。アリシティアは前世で流行ったブートキャンプと、アメリカのホームドラマのような家族を連想した。
彼らを育てた祖父は、影としての教育に手を抜く事はなくとも、家族としては愛情たっぷりに育てたのだろう。
「ノルはおじいさんが、大好きね」
「うん、俺じーちゃん子だからね。ま、それはいいや。それで?」
ディノルフィーノに続きを促され、アリシティアは苦笑した。
「たまたま邸から出て馬車で移動してる時に、二人の男達に連れられた双子を見たの。その時二人とも私と交換した服を着ていて、どこかに出かけるのだろうとしか思わなかった。でもね、その後双子は姿を消した……」
「それってさぁ、アリアリが何歳位の時の話なの?」
「多分8歳かな」
「貴族のような服を着た、美しい平民の双子かぁ。すっごく人目についただろうね。だから、アリアリはその二人が誘拐されたと思ったの?」
「ええ。疑惑が確信に変わったのは、その双子を連れ去った男達を二度目に見た時。あの男達は前ラローヴェル侯爵と、ローヴェル邸の庭で、人目を避けるようにリーベンデイルの生きた人形について話していた。男達はどう見ても闇社会の人間で、前侯爵の人身売買に関わっていると思ったの」
「それでその双子ちゃんが、愛玩奴隷にされていると思って、アリアリは10年近くずっと探してた訳? なんか凄いね。目の前で無理に連れ去られた訳でもなく、ただいなくなった友達なんて、子供なら普通は忘れてしまうよね」
確かにそうかもしれない。けれどあの時のアリシティアの中には、大人だった前世の彼女がいた。
だからこそ、彼女と関わったせいで双子が消えた可能性に気付いた時に、とてつもない恐怖を感じた。
リーベンデイルの生きた人形と呼ばれた美しい少年や少女の末路は、とてつもなく悲惨だ。ただ一人の例外を除いて、皆死んだと聞いた。
そしてそのただ一人の例外、それはあの嵐の日のローヴェル邸での惨劇の中、夫人に滅多刺しにされる前侯爵のすぐそばで、血を浴び震えていた少年だ。
彼は義理の母親に売り払われ、愛玩奴隷として監禁され、大人の男に犯され、最後には赤に染まった世界で、地獄を目の当たりにした。彼は今もなお、小説の中のルイスのように永遠の悪夢から抜け出せずにいるのでは無いだろうか。
ローヴェル邸にいた、『リーベンデイルの生きた人形』の、唯一の生き残り。前ラローヴェル侯爵の最後の犠牲者。ベルナルド・インフォンティーノ。
少年はかつて、王弟ガーフィールド公爵が没落させた、インフォンティーノ公爵家の庶子だった。
執事が彼女の前から皿を下げた後、紅茶を一口飲み、ゆっくりと話し始めた。
「ねぇ、ノルはリーベンデイルの生きた人形について、どこまで知っているの?」
「どこまで?多分、侯爵さまが知っている事は全部知ってると思うよ?」
アリシティアの問いにディノルフィーノが答えると、ルイスをチラリと見た。ルイスは執事に人払いを言いつけると、執事はメイドを連れて、声の届かない所まで下がった。
「私ね、子供の頃からずっと、友達を連れ去った二人の男を探していたの」
「……その友達ってさ、もしかしなくても、アリアリが探してた初期のリーベンデイルの生きた人形?」
ベーコンを切り分けながら、ディノルフィーノはわずかに首を傾げた。
「そう。正確には、違法な愛玩奴隷がリーベンデイルの生きた人形と呼ばれるようになる前に連れ去られた、平民のとても美しい男女の双子」
「それでアリアリは、友達の行方を知りたくて、リーベンデイルの生きた人形の情報と、あの男達をずっと探してたの?」
アリシティアは頷いた。
「私ね、あの子達は私のせいで、誘拐されたのではないかと思っていたの」
「なんで?」
「私は街で平民の子供に混ざる為に、とても仲良くなったその子達と、服を交換したの」
「アリアリって、お金持ちの伯爵家なのに、子供の頃から貴族令嬢らしくなかったんだ」
「私は父親から放置されてたからね。母は愛してくれてたけど、貴族のご令嬢だから、子育てとかにも直接は関わらなかったし」
「けど、それならアリアリだって、貴族のお嬢様みたいに、使用人にちやほやされて育ったんじゃないの? よくそんな自由にしていられたね」
「抜け道なんていくらでも探せるもの。それに、貴族らしくないのはノルも同じでしょう?」
「ん? 俺んちは元々影の一族だから。ふつーの貴族とは違うよ。それにね、じーちゃん厳しかったけど、すっごく家族が大好きだった」
ディノルフィーノの言葉に、アリシティアは、前にディノルフィーノが言っていた言葉を思い出した。
『じーちゃんアメリカ軍の軍人だったんだって』
推測するまでもなく、ディノルフィーノ三兄弟の祖父は、前世持ちだ。アリシティアは前世で流行ったブートキャンプと、アメリカのホームドラマのような家族を連想した。
彼らを育てた祖父は、影としての教育に手を抜く事はなくとも、家族としては愛情たっぷりに育てたのだろう。
「ノルはおじいさんが、大好きね」
「うん、俺じーちゃん子だからね。ま、それはいいや。それで?」
ディノルフィーノに続きを促され、アリシティアは苦笑した。
「たまたま邸から出て馬車で移動してる時に、二人の男達に連れられた双子を見たの。その時二人とも私と交換した服を着ていて、どこかに出かけるのだろうとしか思わなかった。でもね、その後双子は姿を消した……」
「それってさぁ、アリアリが何歳位の時の話なの?」
「多分8歳かな」
「貴族のような服を着た、美しい平民の双子かぁ。すっごく人目についただろうね。だから、アリアリはその二人が誘拐されたと思ったの?」
「ええ。疑惑が確信に変わったのは、その双子を連れ去った男達を二度目に見た時。あの男達は前ラローヴェル侯爵と、ローヴェル邸の庭で、人目を避けるようにリーベンデイルの生きた人形について話していた。男達はどう見ても闇社会の人間で、前侯爵の人身売買に関わっていると思ったの」
「それでその双子ちゃんが、愛玩奴隷にされていると思って、アリアリは10年近くずっと探してた訳? なんか凄いね。目の前で無理に連れ去られた訳でもなく、ただいなくなった友達なんて、子供なら普通は忘れてしまうよね」
確かにそうかもしれない。けれどあの時のアリシティアの中には、大人だった前世の彼女がいた。
だからこそ、彼女と関わったせいで双子が消えた可能性に気付いた時に、とてつもない恐怖を感じた。
リーベンデイルの生きた人形と呼ばれた美しい少年や少女の末路は、とてつもなく悲惨だ。ただ一人の例外を除いて、皆死んだと聞いた。
そしてそのただ一人の例外、それはあの嵐の日のローヴェル邸での惨劇の中、夫人に滅多刺しにされる前侯爵のすぐそばで、血を浴び震えていた少年だ。
彼は義理の母親に売り払われ、愛玩奴隷として監禁され、大人の男に犯され、最後には赤に染まった世界で、地獄を目の当たりにした。彼は今もなお、小説の中のルイスのように永遠の悪夢から抜け出せずにいるのでは無いだろうか。
ローヴェル邸にいた、『リーベンデイルの生きた人形』の、唯一の生き残り。前ラローヴェル侯爵の最後の犠牲者。ベルナルド・インフォンティーノ。
少年はかつて、王弟ガーフィールド公爵が没落させた、インフォンティーノ公爵家の庶子だった。
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