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第三章
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すでに使われなくなって久しいのか、古びた別荘の扉を開くと、蝶番からギギギと耳障りな金属音が響いた。
建物の中は昼間なのに薄暗く、一直線に伸びた廊下には埃が積もり、壁には蜘蛛の巣が張っている。
「ああ、もう!!」
アリシティアは目の前の惨状に、思わず舌打ちした。
彼女の視線の先には、転々とむさくるしい三人の男が倒れている。だが、気絶しているのであればまだしも、男たちはモゾモゾと動き、今にも起き上がりそうだ。
放置するならせめて気絶させていけと、エリアスに対して、アリシティアは内心で毒を吐く。けれど心を落ち着けるように、ふっと息を吐き、手に持った鞭をふるう。
蛇のような黒い影が、床から体を起こした男を襲う。鞭先が空気を切り裂き、鋭い打撃音が響いた。同時に背に鞭を打ち込まれた、男は低いうめき声を上げる。再び床に這った男が、アリシティアを睨みつけた。
その気迫に押されて、アリシティアの肩が小さく揺れる。だが、早々に剣を拾おうとした男の手に二打目を打ち込む。鞭先が標的となる手をかすめた瞬間、その皮膚が裂けた。
一本鞭とはいえ、アリシティアが本気で鞭を振るえば、鞭先の速さは音速を超え、肉まで切り裂く。だが、流石に相手も命がかかっているため、皮膚を切り裂かれても、動きを止めることはない。仕方なく、背中に刺したダガーナイフの柄に手を伸ばしたとき、アリシティアの隣をルイスがすり抜けた。
「エリアスはやることが中途半端すぎるよね」
普段使っている華美なスモールソードではなく、ルイスは実用一辺倒な剣を振るう。今の黒衣姿のルイスは王家の影というよりも、死を司る天使のように禍々しく、けれど美しかった。
「ヴェル様、殺さないで」
「わかっている」
振り向いたルイスは、どこか退廃的な微笑浮かべる。彼はあまりにもあっさりと、廊下に転がっていた男たちを昏倒させた。多分、アリシティアに配慮し血を流さないようにしたのだろう。
「先に行っていいよ。僕はこいつらを縛りあげてから行くから」
「ありがとうございます」
アリシティアはルイスに短く礼をいい、レティシア・マクレガー公爵令嬢がいると思われる部屋へと向かった。
✥✥✥
アリシティアは薄汚れた廊下を走り、最奥の部屋の扉の前に立つ。その時薄い扉を介し、女性のすすり泣くような声が漏れ聞こえた。
アリシティアの全身がゾクリと震え、無意識のままノックすら忘れて勢いよく扉を開け放つ。瞬間。アリシティアの目に飛び込んできた光景に、彼女の中には普段では考えられないほどの怒りが湧き上がった。
「はぁ? 何これ、何してるの?!」
アリシティアが鞭を握る手に力を込めた。彼女の眼の前では、エリアスが寝台に寝かされた美しい令嬢の上から、飛び跳ねるように体を起こした。
「いや、これは…」
エリアスは慌てたように必死に言葉を探している。だが、エリアスの言葉など聞く必要はなかった。アリシティアの現実世界での最推し、レティシア・マクレガーの顔が涙に濡ている。しかもそのドレスは明らかに乱れていた。
考える前に、アリシティアは手に持った鞭をふるった。
「この、腐れ外道!!」
アリシティアの鞭が黒い蛇のようにうねり、鋭い打撃音と共にエリアスの背を打ち据える。
エリアスから「ぐっ」と、苦しげな声が零れる。彼が反射的に背をそらせた瞬間。アリシティアはエリアスの体に鞭を巻き付け、その身体を寝台から引きずり落とした。
「私の目が黒いうちは、生悪役令嬢レティシアさまに乱暴なんてさせないからね、この強姦魔が!」
アリシティアは怒りのあまり肩で息をしながら、エリアスに向かって容赦なく蹴りを叩き込む。そんなアリシティアにエリアスはうめき声を上げながら、必死に反論した。
「……お前の、目は、黒じゃないだろ…」
とっさに前世の言い回しを使ってしまったが、意味は変わらない。確かにアリシティアの今の瞳の色はブルーグレイだし、本当の色は夜明け色の瞳だ。けれどそういう問題ではないのだ。
アリシティアは急いでレティシアの傍に行き、太ももまで捲れ上がったドレスを整える。続いて胸元を直そうとして、その動きが止まってしまった。
彼女のアンバーブラウンの瞳からぽろりと涙がこぼれる。
社交界の大輪のバラと言われる程に、気高く気品あふれるレティシアを前に、アリシティアは思わず息を飲んだ。けれど、できるだけ冷静を心がけ、ドレスの胸元を直し、優しい声音で話しかけた。
「来るのが遅くなり申し訳ございません。怖かったでしょう? でももう大丈夫ですので、ご安心くださいませ、マクレガー公爵令嬢。悪い奴は全て捕らえました」
アリシティアは震えるレティシアに微笑みかけた。レティシアが泣いている理由は、間違いなくエリアスだろう。
レティシアの胸元に散った赤い鬱血跡が、そのことを物語っている。エリアスはかつて闇オークションで薬を使われたアリシティアに対して、ルイスがしたことと同じようなことをやらかしたのだ。
レティシアから視線を外したアリシティアは、エリアスを鋭く見据えた。
「この屑!!」
アリシティアは再び足を振り上げる。100発くらい蹴りを入れなければ気が済まない。けれど次の瞬間、アリシティアの体は後ろから拘束され、ふわりと宙に浮いた。
「どうどう。落ち着いて、ドール」
室内に入ってきたルイスが、ぎゅっとアリシティアを抱きしめ、なだめるようにそのこめかみにキスを落とした。
建物の中は昼間なのに薄暗く、一直線に伸びた廊下には埃が積もり、壁には蜘蛛の巣が張っている。
「ああ、もう!!」
アリシティアは目の前の惨状に、思わず舌打ちした。
彼女の視線の先には、転々とむさくるしい三人の男が倒れている。だが、気絶しているのであればまだしも、男たちはモゾモゾと動き、今にも起き上がりそうだ。
放置するならせめて気絶させていけと、エリアスに対して、アリシティアは内心で毒を吐く。けれど心を落ち着けるように、ふっと息を吐き、手に持った鞭をふるう。
蛇のような黒い影が、床から体を起こした男を襲う。鞭先が空気を切り裂き、鋭い打撃音が響いた。同時に背に鞭を打ち込まれた、男は低いうめき声を上げる。再び床に這った男が、アリシティアを睨みつけた。
その気迫に押されて、アリシティアの肩が小さく揺れる。だが、早々に剣を拾おうとした男の手に二打目を打ち込む。鞭先が標的となる手をかすめた瞬間、その皮膚が裂けた。
一本鞭とはいえ、アリシティアが本気で鞭を振るえば、鞭先の速さは音速を超え、肉まで切り裂く。だが、流石に相手も命がかかっているため、皮膚を切り裂かれても、動きを止めることはない。仕方なく、背中に刺したダガーナイフの柄に手を伸ばしたとき、アリシティアの隣をルイスがすり抜けた。
「エリアスはやることが中途半端すぎるよね」
普段使っている華美なスモールソードではなく、ルイスは実用一辺倒な剣を振るう。今の黒衣姿のルイスは王家の影というよりも、死を司る天使のように禍々しく、けれど美しかった。
「ヴェル様、殺さないで」
「わかっている」
振り向いたルイスは、どこか退廃的な微笑浮かべる。彼はあまりにもあっさりと、廊下に転がっていた男たちを昏倒させた。多分、アリシティアに配慮し血を流さないようにしたのだろう。
「先に行っていいよ。僕はこいつらを縛りあげてから行くから」
「ありがとうございます」
アリシティアはルイスに短く礼をいい、レティシア・マクレガー公爵令嬢がいると思われる部屋へと向かった。
✥✥✥
アリシティアは薄汚れた廊下を走り、最奥の部屋の扉の前に立つ。その時薄い扉を介し、女性のすすり泣くような声が漏れ聞こえた。
アリシティアの全身がゾクリと震え、無意識のままノックすら忘れて勢いよく扉を開け放つ。瞬間。アリシティアの目に飛び込んできた光景に、彼女の中には普段では考えられないほどの怒りが湧き上がった。
「はぁ? 何これ、何してるの?!」
アリシティアが鞭を握る手に力を込めた。彼女の眼の前では、エリアスが寝台に寝かされた美しい令嬢の上から、飛び跳ねるように体を起こした。
「いや、これは…」
エリアスは慌てたように必死に言葉を探している。だが、エリアスの言葉など聞く必要はなかった。アリシティアの現実世界での最推し、レティシア・マクレガーの顔が涙に濡ている。しかもそのドレスは明らかに乱れていた。
考える前に、アリシティアは手に持った鞭をふるった。
「この、腐れ外道!!」
アリシティアの鞭が黒い蛇のようにうねり、鋭い打撃音と共にエリアスの背を打ち据える。
エリアスから「ぐっ」と、苦しげな声が零れる。彼が反射的に背をそらせた瞬間。アリシティアはエリアスの体に鞭を巻き付け、その身体を寝台から引きずり落とした。
「私の目が黒いうちは、生悪役令嬢レティシアさまに乱暴なんてさせないからね、この強姦魔が!」
アリシティアは怒りのあまり肩で息をしながら、エリアスに向かって容赦なく蹴りを叩き込む。そんなアリシティアにエリアスはうめき声を上げながら、必死に反論した。
「……お前の、目は、黒じゃないだろ…」
とっさに前世の言い回しを使ってしまったが、意味は変わらない。確かにアリシティアの今の瞳の色はブルーグレイだし、本当の色は夜明け色の瞳だ。けれどそういう問題ではないのだ。
アリシティアは急いでレティシアの傍に行き、太ももまで捲れ上がったドレスを整える。続いて胸元を直そうとして、その動きが止まってしまった。
彼女のアンバーブラウンの瞳からぽろりと涙がこぼれる。
社交界の大輪のバラと言われる程に、気高く気品あふれるレティシアを前に、アリシティアは思わず息を飲んだ。けれど、できるだけ冷静を心がけ、ドレスの胸元を直し、優しい声音で話しかけた。
「来るのが遅くなり申し訳ございません。怖かったでしょう? でももう大丈夫ですので、ご安心くださいませ、マクレガー公爵令嬢。悪い奴は全て捕らえました」
アリシティアは震えるレティシアに微笑みかけた。レティシアが泣いている理由は、間違いなくエリアスだろう。
レティシアの胸元に散った赤い鬱血跡が、そのことを物語っている。エリアスはかつて闇オークションで薬を使われたアリシティアに対して、ルイスがしたことと同じようなことをやらかしたのだ。
レティシアから視線を外したアリシティアは、エリアスを鋭く見据えた。
「この屑!!」
アリシティアは再び足を振り上げる。100発くらい蹴りを入れなければ気が済まない。けれど次の瞬間、アリシティアの体は後ろから拘束され、ふわりと宙に浮いた。
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