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第三章
10.美女と野獣と暴走娘1
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噴き上がった炎は、触れる物全てを飲み込み、喰らい尽くそうとしている。
肌を焼くような熱が、煙と共に周囲を覆う。
一人、また一人と、男達が建物から飛び出してきて、炎の渦に巻き込まれた庭師小屋を見て、瞠目した。
「おい!!火事だ!!」
真っ先に飛び出して来た男が、別荘内の人間に聞こえるように、大きな声で叫んだ。
「なんだこれ、なんで急にこんな場所に火が…。見張りは何をしてる?!」
最初の男に追いついた男が、炎にまかれる庭師小屋を見て、背後から近づいて来た気配に問いかける。
「見張りなら寝てるよ。起きるかどうかはわからないけど」
「は?」
大人になりきっていない少年の声に、男達は振り返った。その視線の先には、熱風に黒髪を散らされながら、にっこりと笑う少年がいた。
トンッ、と少年が男に向かって跳躍し、抜き放った銀の刃を横に払う。同時に、男の身体から赤い鮮血が飛び散り、男は声もなく倒れた。
倒れた仲間を見たもう一人の男は、怒りの声をあげて、腰の剣を抜き放つ。
だが剣が交わる前に、男は短く呻き声を吐き出し、その場に崩れ落ちた。地に膝をついた男の両太ももと利き手の左肩には、クロスボウの矢が突き刺さっていた。
「あ、ちょっと、ドール。邪魔しないでよ!!」
文句を言いながら、少年は反転して剣を振り下ろす。キンッと硬質な金属音が響き渡り、新たに別荘から走り出して来た男によって、ディノルフィーノの剣が受け止められた。
「なんだ、お前達は!!」
少年が振り下ろした斬撃を、剣で受け止めた男が叫ぶ。
だが、次の瞬間。男が短い呻き声を漏らし、剣を持った手が奇妙に痙攣した。指先が引き攣ったように開き、男の右手から剣がこぼれ落ちる。男は歯を食い縛り、ディノルフィーノを睨みつけた。その右肩には、ディノルフィーノのもう一本の剣が、深く突き刺さっていた。
「そんな事聞いて、何か意味あんの?」
男の肩に突き刺さった剣を抜く代わりに、ディノルフィーノは男の腹を思いっきり蹴り飛ばした。男が後ろに倒れたと同時に、少年は剣を払い血を飛ばす。
「あれ?王子様は??」
振り返ったディノルフィーノが、アリシティアの方を見て、数度瞬きする。
「え?」
アリシティアは、集まって来た誘拐犯達にクロスボウの矢を打ち込みながら、驚いた声を上げ振り返った。
「エリアスなら、もうとっくに中に入って行ったよ」
剣を腰に佩いているものの、ただ見学していただけの黒衣姿のルイスが、小さく首を傾げて甘ったるく微笑む。
実の所、ルイスはこの案件からは外されていた。
それは当然だろう。王位継承権第二位のエリアスを連れて行くのに、第四位のルイスまで、同じ事件に関わらせる訳にはいかない。どれ程エリアスやルイスが強くても、何が起こるかはわからない。
けれどルイスは、アリシティアに頼みこみ、「ついて行くなとは言われていない」と屁理屈を捏ねて、ついて来たのだ。そして「手を出さないで下さいね。あと、僅かにでも危険を感じたら、逃げてください」と、愛しい婚約者に言われた事を、今の所は忠実に守っている。
もちろん、あらかた中の人間が出て来た時点で、エリアスが建物の中に飛び込んで行ったのも見ていた。けれどルイスは、手も声も出さず、ただ傍観していた。
「ああ、もう!!あの人は自分が王位継承権第二位って自覚はあるんですかね?!」
勢いよく1メートル近くはある剣を振り下ろしながら、ラブと名付けられたまとめ役の影、ヴィラブルが呻くような声をあげて、目の前の男の手を、剣ごと切り落とした。
幾重にも悲鳴や呻きが重なる。
中には逃げ出そうとする人間もいて、アリシティアは容赦なく足にクロスボウの太く短い矢を打ち込んでいく。
「絶対に殺さないでね!!後で拷問するんだから」
連写式のクロスボウの弾倉を取り替えながら、アリシティアは声をあげた。
「てか、お前こそ大丈夫なのかよ、あれは」
「ただの痺れ薬よ。多分ね」
「多分ってなんだ、多分って」
ヴィラブルが呆れた声を上げる。彼の視線の先には、アリシティアに矢を打ち込まれ、地に膝をついた男達が、必死に立ち上がろうとしていた。けれど身体が思うように動かないのか、直ぐにべしゃりと地に沈んでいた。
別荘から出て来た男達は、皆地に伏せているが、中には剣を手に立ちあがろうともがく者もいる。ディノルフィーノはそんな男達の腕を蹴り上げ、剣や目につく武器を足先で彼らの手の届かない所へと払っていった。
「私、レティシア様が心配だから、先に中に行くね、こいつらの事お願いしてもいい? 絶対死なせないで」
「おお。公女様を頼んだぞ」
アリシティアにヴィラブルが答えた。アリシティアはクロスボウを置き、腰に巻いたベルトの背に、ダガーナイフを差し込む。そして、ターゲットウィップを手に持った。
黒い鞭の持ち手には、レザーでできた赤い薔薇の花がついていて、3メートル程の鞭は複数の細い革紐を束ね、1本に編み込まれている。
アリシティアが手に持った鞭を軽く振るった瞬間、鈍く重い打撃音が響く。音速で蛇のようにしなった鞭先は、地に倒れた男の手から剣を吹き飛ばした。
「嫌な音」
肩をすくませ、ディノルフィーノが笑う。そんな黒髪の少年を一瞥して、アリシティアは建物の中に走り込んで行った。
肌を焼くような熱が、煙と共に周囲を覆う。
一人、また一人と、男達が建物から飛び出してきて、炎の渦に巻き込まれた庭師小屋を見て、瞠目した。
「おい!!火事だ!!」
真っ先に飛び出して来た男が、別荘内の人間に聞こえるように、大きな声で叫んだ。
「なんだこれ、なんで急にこんな場所に火が…。見張りは何をしてる?!」
最初の男に追いついた男が、炎にまかれる庭師小屋を見て、背後から近づいて来た気配に問いかける。
「見張りなら寝てるよ。起きるかどうかはわからないけど」
「は?」
大人になりきっていない少年の声に、男達は振り返った。その視線の先には、熱風に黒髪を散らされながら、にっこりと笑う少年がいた。
トンッ、と少年が男に向かって跳躍し、抜き放った銀の刃を横に払う。同時に、男の身体から赤い鮮血が飛び散り、男は声もなく倒れた。
倒れた仲間を見たもう一人の男は、怒りの声をあげて、腰の剣を抜き放つ。
だが剣が交わる前に、男は短く呻き声を吐き出し、その場に崩れ落ちた。地に膝をついた男の両太ももと利き手の左肩には、クロスボウの矢が突き刺さっていた。
「あ、ちょっと、ドール。邪魔しないでよ!!」
文句を言いながら、少年は反転して剣を振り下ろす。キンッと硬質な金属音が響き渡り、新たに別荘から走り出して来た男によって、ディノルフィーノの剣が受け止められた。
「なんだ、お前達は!!」
少年が振り下ろした斬撃を、剣で受け止めた男が叫ぶ。
だが、次の瞬間。男が短い呻き声を漏らし、剣を持った手が奇妙に痙攣した。指先が引き攣ったように開き、男の右手から剣がこぼれ落ちる。男は歯を食い縛り、ディノルフィーノを睨みつけた。その右肩には、ディノルフィーノのもう一本の剣が、深く突き刺さっていた。
「そんな事聞いて、何か意味あんの?」
男の肩に突き刺さった剣を抜く代わりに、ディノルフィーノは男の腹を思いっきり蹴り飛ばした。男が後ろに倒れたと同時に、少年は剣を払い血を飛ばす。
「あれ?王子様は??」
振り返ったディノルフィーノが、アリシティアの方を見て、数度瞬きする。
「え?」
アリシティアは、集まって来た誘拐犯達にクロスボウの矢を打ち込みながら、驚いた声を上げ振り返った。
「エリアスなら、もうとっくに中に入って行ったよ」
剣を腰に佩いているものの、ただ見学していただけの黒衣姿のルイスが、小さく首を傾げて甘ったるく微笑む。
実の所、ルイスはこの案件からは外されていた。
それは当然だろう。王位継承権第二位のエリアスを連れて行くのに、第四位のルイスまで、同じ事件に関わらせる訳にはいかない。どれ程エリアスやルイスが強くても、何が起こるかはわからない。
けれどルイスは、アリシティアに頼みこみ、「ついて行くなとは言われていない」と屁理屈を捏ねて、ついて来たのだ。そして「手を出さないで下さいね。あと、僅かにでも危険を感じたら、逃げてください」と、愛しい婚約者に言われた事を、今の所は忠実に守っている。
もちろん、あらかた中の人間が出て来た時点で、エリアスが建物の中に飛び込んで行ったのも見ていた。けれどルイスは、手も声も出さず、ただ傍観していた。
「ああ、もう!!あの人は自分が王位継承権第二位って自覚はあるんですかね?!」
勢いよく1メートル近くはある剣を振り下ろしながら、ラブと名付けられたまとめ役の影、ヴィラブルが呻くような声をあげて、目の前の男の手を、剣ごと切り落とした。
幾重にも悲鳴や呻きが重なる。
中には逃げ出そうとする人間もいて、アリシティアは容赦なく足にクロスボウの太く短い矢を打ち込んでいく。
「絶対に殺さないでね!!後で拷問するんだから」
連写式のクロスボウの弾倉を取り替えながら、アリシティアは声をあげた。
「てか、お前こそ大丈夫なのかよ、あれは」
「ただの痺れ薬よ。多分ね」
「多分ってなんだ、多分って」
ヴィラブルが呆れた声を上げる。彼の視線の先には、アリシティアに矢を打ち込まれ、地に膝をついた男達が、必死に立ち上がろうとしていた。けれど身体が思うように動かないのか、直ぐにべしゃりと地に沈んでいた。
別荘から出て来た男達は、皆地に伏せているが、中には剣を手に立ちあがろうともがく者もいる。ディノルフィーノはそんな男達の腕を蹴り上げ、剣や目につく武器を足先で彼らの手の届かない所へと払っていった。
「私、レティシア様が心配だから、先に中に行くね、こいつらの事お願いしてもいい? 絶対死なせないで」
「おお。公女様を頼んだぞ」
アリシティアにヴィラブルが答えた。アリシティアはクロスボウを置き、腰に巻いたベルトの背に、ダガーナイフを差し込む。そして、ターゲットウィップを手に持った。
黒い鞭の持ち手には、レザーでできた赤い薔薇の花がついていて、3メートル程の鞭は複数の細い革紐を束ね、1本に編み込まれている。
アリシティアが手に持った鞭を軽く振るった瞬間、鈍く重い打撃音が響く。音速で蛇のようにしなった鞭先は、地に倒れた男の手から剣を吹き飛ばした。
「嫌な音」
肩をすくませ、ディノルフィーノが笑う。そんな黒髪の少年を一瞥して、アリシティアは建物の中に走り込んで行った。
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